西城レオンハルトは国立第一魔法科高校の一年生である。カラッとした気質と義理堅く温和で話しやすい性格から一科二科問わず広い交友関係を持ち、女子人気の高い“実は気になる男子”枠にいる男子生徒。
二科生でありながら、環境や待遇などに腐ることなく自身の夢である“山岳救助隊”を目指して、その関連分野の実習や山岳部の活動にも励んでいる。定型的な分類をするなら、質実剛健とした快男児という印象が強い。
快活で横着や怠惰ゆえの楽を良しとせず、険しい道や選択を重視したうえで、それを苦にも見せないというのがクラスメイトたちの印象。
だからこそ、ある日にレオが口に出した呟きはクラスメイトである達也やエリカたちの目を見張らせることとなった。
『魔法について何の知識もない人間が、CAD無しで魔法を高速発動することができるのか?』
それは基礎魔法工学の授業がひと段落したときのことだった。同じ一年E組のクラスメイトである達也に、ふとレオは唐突な質問を投げかける。そして、言ってからしくじった、というような表情で顔を歪める。
近くにいたエリカは不審そうにレオを見つめ、その隣の美月は不思議そうに首を傾げるだけだ。一方、レオに妙な、けれど真剣な問いをされた達也はというと──。
友人の唐突な疑問を邪険にすることもなく、異端の劣等生はレオの質問に誠実な回答を返す。
「難しいな、現代の魔法技術においては、今言ったことの前者も、後者も実現は困難を極める。そのどちらかを実現させるだけでも数世代は技術的な革新が必須になるだろう」
「……あ、あ~。そうだよな、わりぃ、急に変なこと聞いてさ。変なこと聞いて悪かった、今のは忘れてくれ」
「いきなり、何を間の抜けたこと聞いてるんだか?」
「ぐっ、今回に関しちゃ何も言い返せねぇ……」
呆れるあまり普段通りの罵倒すらしなかったエリカを前にレオは肩を落として大人しく口を閉じる。彼も、今の質問がどれほど空想めいたものかをよく理解してのことだったらしい。
だからこそ、“おかしい”とエリカは眉を顰める。
「アンタ、変な情報掴まされて大金を払ったなんて事してないでしょうね?“誰でも今日から自由に魔法が上手く使えるサプリ”なんて有り得ないから」
「そんな嘘っぱちを真に受けるほどボケちゃいねーよ。いや、あれだよ。魔法工学の授業を聞いて、ふと、さ。CAD無しで魔法を発動させることって不可能なのかなって思っただけで──」
今のレオのセリフには、“魔法について何の知識もない者”というポイントが話題から抜けているが、達也は深い追及をせずただ事実だけを伝える事とした。
「魔法師にとってCADは必需品だ。だが、魔法の発動に不可欠というわけではない。その気になれば、CADを介さなくても魔法師は魔法を“
「でもその代わり、発動にかかる時間はとても大きなものとなってしまいますよ?それに発動するにあたって、発動魔法に関する情報処理を言語化しなくてはいけませんし」
「言語化てーと、ああ、呪文のことだっけ?」
「ああ、普段はCADが高速処理してくれているから、気にしてないことかもしれないが本来は魔法の発動に呪文の詠唱や手掌での印組みといった情報処理を自前で行う必要がある。もしくは特定のステップ、歩法を踏んだり事前に発動条件を記載した呪符の用意などもポピュラーだな」
現代魔法は、思うだけで世界現実を捻じ曲げる超能力から発展したモノ。それを体系化し、実践するうえで有効化されたのがCADという情報処理デバイスである。それ無しで魔法を発動する難易度は非魔法師の想像をはるかに超えるモノだ。
「そうだな、レオ。お前が“硬化魔法”を無手で発動するとしたら、どれくらいの情報を口頭で詠唱しなくてならない?」
「え、そっか、硬化魔法だと……そうだな、ハルト。セット:相対位置座標固定から……」
「待った。“ハルト”の部分はCADの音声認証に必要な部分だろ。CADを使わない想定だから、そこは省略してもいい」
省略してもいい、と言われてもレオの表情は難しいままでしばらくしてからようやく脳内で纏まったらしく、声に出し指折り確認しながら詠唱を唱え始める。
「セット:相対位置固定・座標固定・有効化時間を五秒に限定……そんで対象位置エリアは自己を起点:エントリー。事象改変実行。魔法名“硬化”……でいいんだよな?」
少し不安そうにレオが達也たちの目を伺う。けれど、エリカたちもその視線に返答を返すのは難しそうだった。
「アンタの得意魔法でしょ?なんでアンタが首傾げてんのよ」
「だってよぉ、いざ口で発動定義を諳んじるとなると話がまるで違うぜ。さんざん使ってる魔法なのに、まったく別物って感じがしやがる。音声認証なら一言で済むってのに……」
レオが頭を掻いてる横、達也は脳内で魔法の定義破綻が起こらないことをシュミレーションし終えたのか、一度頷いてレオに微笑みかける。
「ああ、発動条件には十分だろう。今の呪文なら、定義破綻は起こらなそうだ。ただ、緊急時に今の呪文を唱えている余裕があるかと言うと難しいだろうがな」
「あはは……だよなぁ」
レオはそこであることに思い至る。この質問は結構、無神経というかしたらいけない類いの質問だったのではないかと。
魔工師志望の友達にCADが要らなくなる技術について、所見を求めたことのまずさに気づき、レオは冷や汗を流し始める。どうにか、沈黙し続けることを避けるため、レオは精一杯の謝意を端的に達也へ告げた。
「達也、今度なんかおごらせてくれ……」
「はて、特に気にするようなことはなかったと思うが、折角と言うならごちそうになろう」
「恩に切るぜ……」
レオが小さく身を縮こませているのが気になったのか、達也は軽い口調を選んでレオに現代魔法におけるCADの必要性について簡単な説明をする。
「ロッククライミングをするのに道具を使えないと不便だろう?そういうことだ」
「確かに……いくらベテランだろうとそんなんほぼ不可能だな……」
レオは今の達也の説明を聞いて、やはり“ CAD”無しで高速の魔法発動は不可能に近いと再認識することができた。いわんや、それを魔法の知識もない者が発動できるなど、ありえないと笑い飛ばされて当然の妄言である。
「ただ……」
「ただ──?」
「魔法師でない者にも魔法を使えるようにすること。CAD無しで高速の魔法発動ができるようにすること。そのどちらも両立したうえで技術化ができるのだとすれば、それはまず間違いなく、“この世界を変える技術”になるだろうな、と思っただけさ」
魔法は先天的な素養、才能と言い換えてもいいが、生まれ持ったモノが大きく影響する種類の能力。訓練で底上げできるモノも才能によって大きく縛られる。知識はその前提から少し外れるが、魔法の専門的知識を追求するには魔法の素養が不可欠となってしまう。
生まれ持った素養を持たない者は魔法を扱うことも、学ぶこともできない。
学び舎の門扉を叩くことすら許されない残酷な現実。
魔法師という存在が
雑談もそこそこにレオたちがE組の教室に着き、ほぼ自習に等しい次の授業“現代魔法史”の授業のため、各々の端末を開こうとすると珍しい者の入室にE組の生徒たちが首を傾げた。
校内カウンセラーである教師、小野遥が不意に教室に現れたのだ。教室に教師が現れるということは、実は魔法科高校では珍しいことにあたる。魔法科高校の座学は各々が端末から授業を進める方式を取っている。つまり、ほぼ自習に近い形のカリキュラムなのだ。教師が付いて行う授業など魔法の実習くらいだが、二科生の場合はそれも一科と比べると少ない。
つまり、二科生の授業に教師が現れるのは、中々のレアケースという事になる。
驚きながらも着席した生徒たちを教壇から眺め、皆の注目が集まってから口を開く。
「皆さん、“現代魔法史学”の授業の前に、少しだけ学校側からの報告事項があります」
何事だろうと生徒たちは周囲に目配せを行うが、生徒たちはひとまず沈黙したまま小野遥の話を聞こうと耳をそばたてる。
「ありがとうございます。……学校からの連絡事項は、近頃秘匿性が高い非正規サイトなどで魔法に関する違法行為を記録した動画や信憑性の薄い情報などが出回っています。中には“魔法について学んだことがなくとも、魔法を使いこなせるようになる”といった情報などがあたかも事実のように流布されているのです」
いつの時代もよくある話だ。
学力向上、体力増進、集中力を高める、自己治癒力を倍増、エトセトラエトセトラ。胡散臭い話とは、ありえないほどの誇張で彩られているものだ。もちろん、情報を鵜呑みにせず信じない者も多いが、ごく少数の信じてしまう者の多くは過剰にのめり込むケースがよく見られる。
「魔法を上手く使えるようにするデバイス、発動速度を急激に上昇させるテクニック、処理速度や演算規模をたった一日で拡大するノウハウ。そういった楽な近道というモノは魔法を学ぶ上ではありません。日ごろの研鑽と地道な積み重ね、自分の能力と真摯に向き合うことが上達の最適解であることを皆さんも知っているはずです」
魔法について学んだ者にとって、急激な魔法技能の向上は有り得ないという知識があるはずだ。しかし、第一魔法科高校には懸念があった。
“一科生はともかくとして、二科生はどうだろうか?”という懸念がだ。
通常であれば、ありえないと笑い飛ばしもしようが──。
二科生は、春先の一件で学校側より“魔法の行使に対するコンプレックスが大きい”と認識されていた。コンプレックスの元となる差別構造を作った側が、それの対処をしようというのはレオや達也からして滑稽にしか見えなかったが、それを連絡しているだけの小野遥に思うところはない。それはまた別の話と理解しているために。
とにかく、学校側は二科生が胡散臭い情報に飛びつかないよう警告を発しているらしい。小野遥も真剣に生徒たちの悩みに向き合おうとしている姿勢から、反発心などを抱かせにくく素直な在り様で情報を共有することに成功していた。
「皆さん、改めてお話しますが魔法技能について困った際や悩みがあれば、このような怪しげな文言に釣られることなく、校内カウンセラーである私や他の先生たちに気兼ねなく相談してください。決して、怪しげな情報に耳を傾けることなく、健全な形で魔法の学習を進めてください──」
周囲は何を当然な、という顔をしていたが、レオはエリカや美月からの視線を背中に感じて肩を落とす。あまりにもタイムリーな話であったがため、何やら疑われたらしいが幸いにも達也が普段通り冷静かつ泰然としていたがためその後の追求はされることなく済んだ。
放課後になって、一科の生徒である深雪たちとこんな話があったという話題にはなったものの、それ以上の深掘りはなくその日は解散となった。
一人、家路についたレオは帰る途中で駅のロッカーに入れていた私服に着替え、友人たちとの待ち合わせ場所へ向かう。
予感という漠然とした要素がレオに囁いていた。友人たちから話を聞いた後、すぐに学校側が与太話に対する周知徹底をしたこと。嫌な繋がりだ、偶然というには出来過ぎている。
こうなったら、一刻も早く動くべきだ。
拙速であろうが、今晩にでも噂の遊園地へと向かう。友人たちを騙しているであろう場所を調べるため、そして、かつて自分を救ったはずの
パーカーのフードを目深に被り、レオは約束していた友人たちと合流し夜の街並みの中へ紛れていった。
ぱちり、と絶世の美貌を誇る青年が桜色に例えられる瞳をゆっくりと開く。
眠っていた意識が入れ替わり、思考は少女のものから少年のものに切り替わった。ベッドを降り、少年は軽く肩を回した。しなやかな肢体、艶やかな横顔は目にすれば、女も男も美貌の虜に陥る魔力を秘めている。
けれど、その身体の所有権を半分有する彼にとって、その美貌の凄まじさは認識の外。むしろ、身体の成長を少しばかり憂うような気配すらあった。
美し過ぎるがゆえ、魔法を使い続けなければ男装として成立しないという悩み。
女性的な魅力を発揮する箇所は丸みと豊かさを帯び、引き締まることで美を表す部位は余分な肉が付かないという返って贅沢な悩みが出てしまう。女性的な美貌、天与のポロポーション。美しさという一点において四葉百合香・
それは百合香が生来有している“魅了の魔眼”に由来する構成要素。
卵が先か、鶏が先か。
他者を引き付ける魔力を有したがために美しく成長せざるを得なかったのか。
あるいは美しいからこそ“魅了の魔力”を得てしまったのか。
どちらでもいいことだ、と少女の身体を有する彼は胸元の膨らみを鬱陶しそうに視界から外し、黒のキャミソールからストリート風の装束に素早く着替えた。
男性めいた服装に女性らしいボディラインを隠して軽く息を付く。身体の曲線を隠すため、少し大きめの服装を選んでいるが派手に動こうとすると揺れるモノがある。仕方なく、胸元に矯正用のウェアを付けてみたが、どうにも息苦しい。
だが、その息苦しさも
長い黒夜のごとき長髪を雑に束ねていると、部屋をノックする音が一つ。
「どうぞ、入って構わないよ──」
彼が許可を出すと、すぐメイドの服装をした愛らしい少女、桜井奈穂が入室する。
「恐れ入ります、
「ああ、よろしく頼む、奈穂」
俺がひらひらと手を振ると、少女はずいと髪留めのピンやバレッタなどを手に距離を詰めてくる。
「よろしければ、
「……百合香が何か言ってたか?」
「ええと……はい。あまり乱暴に髪を纏められては翌朝の支度に響く、と」
「そうは言うが、結局キャップで髪を隠すんだし、下手に髪を結っていると性別の認識齟齬が上手く働かなくなってバレる恐れも──」
「ご冗談を。百合香様の魔法が十師族でもない者に気取られるなど、ありえません」
主人への絶対的な信頼、いや妄信にも近かったが、その断言ゆえに俺が奈穂の意見を却下する道は途絶えてしまった。元々、奈穂は百合香に心酔するあまり、俺の命令や願い事の優先度が低めだ。
まぁ、それは宗冬にも言えることだが気にしていない。不便だと思うこともあるが、
苦笑気味にやむなく観念して漆黒の長髪を奈穂へ委ねる。百合香の傍付き、側近といってもいい少女は軽やかな手際で
敢えて、女性らしさから外し中性的に見えるような纏め方で──。
素晴らしい手際で結われた髪を隠すのは少し惜しい気もしたが、クローバーのバッジが付けられたキャップを被り俺たちは夜空の下へ飛び出す。俺が起きていられる時間が幕を開けた。百合香の心が眠っているときだけ、俺は目を醒ます。俺は“百合香”の夢であり、同時に“司波達也”の魂の残響でもある。
男の意思、価値観に女性の身体。相容れぬはずの在り方は、超絶の精神干渉魔法師の手腕により完璧な統合を果たしている。だからこそ、彼・彼女はあらゆるものの心を奪い、掌握する事に長けていた。
例外は、百合香の本質を理解する一握りの益荒男のみ。
百合香の最側近である
ある意味、もう一人の自分ともいえる司波達也。
堅牢な意思と熱い想いを持つ十文字克人。
あるいは救われた恩義と恋慕を抱いた九藤光宣。
そして、魅了の魔性に心を奪われた西城レオンハルト──。
レオは友人たちの案内で、廃墟と化した遊園地へと無事に潜入していた。いいや、潜入というには大げさだろう。何せ、誰でも自由に出入りが許され、見張りなども存在しない。年齢層は比較的に若く、十代から二十代ほどの者が男女問わず続々と園内に集まっていた。最年少の者となると中学生くらいの子供らが満面の笑顔でたむろしていたりする。
明らかに不良っぽい男性陣がストリートダンサーめいた女子と笑い、時には騒いで場を盛り上げている。切れかかったネオンの看板が、まるで間接照明のような柔らかな明かりとなって、とても廃墟とは思えないほどに場の空気は整然としていた。
てっきり、もっとアンダーグラウンドめいた場所を想像していたレオからすると、肩透かし感が否めないが、それでも友人たちを変な遊びに巻き込んだことに対し一言言ってやるという気持ちは枯れていない。
たとえその相手が、かつての自分と祖父を救った少年と同じ名前だとしても──。
「おーい、レオ。こっちこっち」
「ヨシヤさんなら、いっつもあの辺にいるはずだぜ」
「……おぉ。分かった。じゃあちょっくら文句でも言ってくるか」
「あんま……手荒なことはナシで頼むぜ」
「さてな、相手の出方次第だろう」
「そりゃ、勝手に魔法使うのが犯罪でもさ……楽しくて、うれしかったんだ。俺たちもレオと同じ世界をみてるんじゃないかって……」
「…………」
自分が決めた進路のため、中学のときの友人たちをは別の学校に行くことになった。もちろん、会おうと思えば会えるのだが、魔法師となるべく道を分けたことはやはり、友人たちも寂寥感があったのだろう。
それを責める気持ちになれないレオは口を噤んで、否定も肯定もせずふと夜空を見上げた。
廃墟となった遊園地の最高地点。メインランドマークであっただろう観覧車の輪の中心。そこに一人の少年が腰かけている。地上から数メートルの距離が空いていても、遠く離れていても、分かることがただ一つ。
“美しい”。綺麗だという想いが自然と心の奥底から零れ落ちる。
整った鼻梁、小さくも均整の取れた端正な顔立ち。遊園地のネオンの光を受け、色素の薄い瞳が一等星のように瞬いている。後ろで結ばれた髪は何処か男性と言うよりも女性的な艶やかさを発していた。
あの美しさを、その顔を、桜色の双眸を──。
西城レオンハルトは覚えている。
──忘れるはずがない。
レオが無意識に一歩前へ踏み出したとき、ちょうど観覧車のネオンが発光。“Welcome to”という文字が輝き出す。
その背後、元はオバケ屋敷だったであろう施設の電光版、“nightmare”の文字も光る。
“Welcome to nightmare”。
観覧車の中心点に座る少年の背後、ライトアップされた看板の文字列は広げた翼のように衆目の目に映ったことだろう。
絵画のような光景、絵になる位置取りに自然と立つセンス。
世界からの寵愛を受けたがごとき美貌。
レオは彼を知っている。
見上げる態勢のままに彼は声を張り上げた。
「本当に……お前、
その声に気づいて、眼下に立つ少年を見下ろした
「……へぇ、久しぶりだな。レオ」
ようやくレオと四四八が邂逅。
次回はエクストリームスポーツっぽく描写できるよう頑張ります。