第四魔法科高校の優等生   作:悪事

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黎明編:序
第一話


 

 

 

 “魔法”、この言葉が空想、幻想、あるいはただのお伽噺として信じられていたのは今や昔。

 

 西暦1999年、過去の大予言者によって人類滅亡を予言された世紀末。とある警官が超能力によって核兵器テロを阻止したことを皮切りに、世界は“魔法”と呼ばれる夢を現実のものに引きずりおろした。

 

 はじめは“超能力”、やがて研究、理解が進んでいくにつれ、名称は“魔法”と改められる。その黎明期は属人的な才能や血統が必要とされた異能の力も、研究や実験を重ねていく中で体系化され、やはり才能や血統にある程度の素養を求めるものの“魔法”は一種の技術体系化に成功した。

 

 研究から数十年の年月を経て、未だにマイノリティーではあるものの魔法は現実の技術として認知されていき、現代の複雑怪奇な国際情勢下、戦力均衡の中、世界各国が技術革新とその研究に血道をあげている。

 

 

 

 

 二十一世紀末、西暦2095年。

 

 国立魔法大学附属第四高校。

 

 静岡県浜松市に設立された日本でも九校しか存在しない魔法科高校。

 

 その中の一つである第四校の特色は、学術的に意義の高い魔法の研究と深い理解にあった。全国的に、今の魔法技能師(略称:魔法師)に求められるのは国際評価基準に該当する能力の高さであり、評価の困難な、もしくは評価項目に該当しない分野、専門的で深い内容の研究などは魔法大学などでしか必要とされていない。

 

 しかし、第四高校は高校生という若い年代から次世代の魔法体系、魔法工学を生徒たちに意識させていた。それはカリキュラムにも反映され国際評価基準を他校より重視しておらず、教えているのは学術的には意義のある複雑で工程の多い魔法、言い換えれば実践的ではない魔法の数々。

 

 “魔法は理論”、“魔法は学問”というモットーが、その校風を如実に物語る。一学年の定員は100名。入学を許された100人は誰もかれも、魔法という分野において選び抜かれたエリートたち。

 

 そんなエリートたちの中にあって今年、一際異色を放つ一人の新入生がいた。

 

 入試の成績をトップで飾り、魔法実技は二位以下と圧倒的な大差をつけて今年度の新入生総代となった少女。

 

 研究者の白衣をモチーフとした純白の制服をドレスのように着こなし、腰までかかる星屑を散りばめた夜空を彷彿とさせる三つ編みにした二房の濡れ羽色の髪、玲瓏な桜の花弁を思わせる色素の薄い瞳、完全な左右対称の相貌、芸術品じみた造形と傾城のプロポーション。一目見ただけで万人の意識を奪うほどの超越の美貌。

 

 

 彼女を語るのに美貌だけでは不足である。その血、受け継いだ魔法と畏怖もまた彼女を構成する一要素。

 

 日本の魔法師たちの枠組みにおいて明確に別格と称される十の家系、“十師族”。

 

 その中でも特に恐れられる第四研の末裔、第四の数を冠する一族、四葉家。その次期当主と目される一人の少女。

 

 不世出の天才、当代屈指の精神干渉魔法の術者と目される“現代の異能”。

 

 その名を“四葉百合香”。遠い未来において“月光の魔王”と謳われる最強の魔法師。

 

 

 

 第四高校、入学式を目前とした百合香はその艶やかな唇で澄んだ音を発した。

 

「退屈、ですね──」

 

 彼女は失望を隠そうともせず、その麗しい美貌を曇らせて校舎へと続く桜並木を歩く新入生たちを観察していた。

 

 異様なことに桜並木の道の中央で立つ百合香のことを誰も認識できていない。その美貌を目すれば、余人は狼狽え、視線を奪われるはずだというのに、それこそ誰もが存在を感知できていないという異常事態。

 

 新入生は無論のこと、それより学びと成長を重ねた二年、三年の誰もが百合香にとって呼吸や児戯に等しい小規模な精神干渉魔法に気づけなかったのである。

 

 精神干渉魔法、時として人の思考や認識を改竄する魔法は、特殊な事態や状況でない限り、その使用を厳に禁じられ、使用が発覚すれば重罪になり得る。無論、それが十師族であろうとだ。

 

 百合香は自分の経歴を毀損しかねない魔法を、まるで悪戯くらいの感覚で行使していた。いや、むしろ自分を破滅させる事態の発生を待ち望んでいるようでさえある。

 

 他者の認識を鈍化させ、認知機能に誤作動を起こさせる初歩的な人払いの精神干渉。恐るべきは依然、魔法を発動し続けているにも関わらず、第四高校の敷地内に設置された魔法発動を検知する各種探知機器、サイオンレーダー等を欺き続けていることだ。

 

 その精緻で怪物的な魔技を行使し続けて、なお違和感を欠片と気づかせない。否、百合香は未熟な魔法師が“自分を認識する”のを許さなかった、と言うべきだろう。

 

「嗚呼、どなたも実に凡庸。やはり、取り立てて目に止まる逸材というのは、在野にそう転がっているモノではありませんか」

 

 くすりと愛らしく微笑む百合香の半歩後ろに控えていた片眼鏡(モノクル)の青年が、彼女の独白を静かに(たしな)める。

 

「──お言葉ですが、お嬢様。いかに優秀とはいえ所詮は学生。国内で最も精神干渉に長じた四葉家の、それも当主候補たるお嬢様の精神干渉を寄せ付けない者など、魔法科高校の在学生どころか数字付き(ナンバーズ)でも希少かと存じます」

 

「あら、そうはいっても千葉家の末の姫は、わたくしの悪戯を看破してみせましたよ?」

 

「明確な例外、というべき方を引き合いに出されましても……。生徒は言わずもがな魔法科高校の教師でさえ、お嬢様の児戯を見破れるかどうか。エリカ様は一般の学生と並べるには適しませんな。あの方は才覚だけで見るならば千葉の長兄、次兄を上回る。接近戦ともなれば、十師族でも後れを取るやもしれません」

 

「ふふ、それは貴方が千葉家の道場で鍛えられた経験から来る実感ですか」

 

「──ええ、時として極めた体術や剣技の担い手は、魔法を使わずとも魔法じみたことをやってのけるものです。単純な魔法の技量のみで相手の力量を断ずるのは些かに危険であると愚考します」

 

 百合香に付き従う執事、幽雫宗冬(くらなむねふゆ)は主人の言葉に表向きは諫言を述べる。しかし、その諫言の前提にあるのは、主人が手を抜いているということ。彼女の本領について、さらりと宗冬は言及する。

 

「尤も、お嬢様がご自身の固有魔法を開帳されるのであれば、それが数字付き(ナンバーズ)や十師族、いえ四葉の当主候補の皆様でも抵抗はおろか看破も叶わぬでしょう。強いて挙げるとすれば、精霊の眼(エレメンタルサイト)を持つ者が辛うじて違和感を覚えるやもしれませんが……」

 

 しかし、宗冬の当たり障りない言葉に百合香は、口を尖らせ目を細めた。精神干渉魔法を得意とし、自身の固有魔法とする百合香にとって、その選択は最初から考慮に入れていなかった。

 

 理由は単純明快、あまりにも事が簡単に運びすぎるため。

 

「……“ラヴクラフト”の行使は、あまり気が進みませんね。だって、あまりに退屈なんですもの。使ってしまえば、それまでの技巧戦や駆け引きを全て無為にしてしまいます。そもそも、使うに値する状況や相手と出会うのが難しいですから。……達也さんの質量爆散(マテリアルバースト)と同様、むやみやたらと使うわけにはいかないでしょう?」

 

 百合香はそこで自身の魅了を香らせるように笑み綻んで宗冬の瞳の奥を覗き込んだ。片眼鏡(モノクル)の向こう側の宗冬の虹彩が一瞬だけ揺らめく。その人間的な揺らぎも刹那のこと、すぐさま無機質な凪ぎの目に変わり宗冬は無表情で主人の探るような眼差しを受け止める。

 

「もしかして“元老院”は、わたくしが力を誇示することをお望みなのですか?派手に動いて、国際情勢をかき乱して、四葉を処分する大義名分を欲していると?」

 

「断じて──。そのようなことは決してございません」

 

「ええ、そうですね。東道閣下はまだ四葉を必要としていてくださるでしょう。それは四葉も同様です。でも、他の大老がたや、これまでわたくしの危険性を間近で見てきた“貴方”は四葉を潰せる好機を黙ってみていられますか」

 

「……元老院、いえ東道閣下は四葉家との良好な関係性を望んでおいでです」

 

 宗冬のつまらない一般論にわたくしは、ため息を零した。

 

「ええ、でも何時までも良好な関係が維持できると楽観はできません。なにせ、四葉は個の質こそ上がりましたが、一族として見るなら現在は弱体化しているといっていいですもの。もしも、何らかの拍子に四葉を潰す機会が巡ってきたら、元老院のお歴々は弱った四葉を潰せるという誘惑に目がくらまないと言い切れるかしら」

 

 くすくすと愛らしく嗤う百合香は、元老院から寄越された自身の専属の執事にして、自分の死刑執行人となりうる幽雫宗冬を見定めようとする。いや、見定めるというよりも宗冬という男に何かの反応を期待しての挑発。

 

 

 百合香は更に宗冬を煽るかのような言葉を紡ぐ。

 

「ねぇ、宗冬。これまで執事として仕えてきた貴方なら“世界を狂わせてしまえる” わたくしが恐ろしいでしょう?本音を言えばわたくしのような怪物、殺せるものなら殺しておきたいのではなくて?」

 

 振り返って、優しく微笑んだ百合香は怜悧で整った相貌をした宗冬との距離をそっと詰める。互いの虹彩に映る相手の表情が見えるほど近く。制服の胸元を押し上げる双丘が宗冬に触れかねない距離。そして、百合香が予測した宗冬の必殺が自分の命に届くであろう間合い。

 

 百合香の瞳に桜色の狂気が灯る。一般人や名に数字を持たない普通の魔法師、精神干渉に対して特別な措置を受けていない者が受ければ、錯乱してしまいかねないほどに強力な精神干渉の色を帯びた事象干渉力の発露。

 

 

 魅了の魔眼と謳われる桜色の眼差し、華を思わせる甘い香り、ゾッとするほどの色香を帯びた蠱惑的な肉体美、それを目の当たりにして尚、元老院からの刺客である宗冬は無表情を保ったまま、主人の蠱惑的な戯言に毅然とした態度を取った。

 

「お戯れを、お嬢様。私はあくまで四葉の執事としてお嬢様に使えております。もし、元老院から特別の命が下されたのであれば、葉山様より四葉家の執事の職務にお暇をいただいてより臨む所存です」

 

 百合香は、宗冬の毅然とした応対を聞き、やはり退屈そうな風情で目を閉じる。

 

“つまらない、この男もやはり自分に従うだけか”と思考しかけたとき──。

 

 

 “まぁ、宗冬らしい生真面目さでいいんじゃないか?”。と内心から百合香の思考を補助する人格の呟きが浮かんできた。狂を孕んだ感情の熱が引いていく。

 

 “彼”がそう言っているうえに、自身もどうでもいいと感じ始めている。何より入学式、総代としての挨拶の時間が近づいていることだし悪ふざけにこれ以上、時間を費やすこともない。私は意識を切り替えることにした。

 

「そうね、貴方の忠義に疑いの余地はないもの。今後もわたくしの執事として励むように。……差しあたっては紅茶の腕を磨きなさい。今の腕前では奈穂に笑われてしまいますよ」

 

「──心得ました、お嬢様」

 

 

 わたくしは、しばし展開していた人払いの魔法を解除しようとしてため息を吐く。

 

「それにしても十師族はまだしもわたくしの同期に数字付き(ナンバーズ)すらいないというのはどうかと思います。人材不足を痛感しますね、これでは今年の九校戦の結果も望み薄です」

 

 拗ねるような態度を取る主人に、宗冬は小さく苦笑する。

 

「……やはり総合力の高さで知られる第一高校や、尚武の気風が強い第三高校に目立った人材は集まりやすいのでしょう。第三高校には一条家の令息、基本コードを見出したカーディナル・ジョージ、他にも一色家のご令嬢などが入学されるとか。第一高校にも千葉エリカ様はじめエレメントの家系、ゴールディ家の遠縁など粒ぞろいと聞き及んでいます」

 

「第四校にも、そういった注目できそうな方はいるのかしら」

 

「……水のエレメントの係累、と噂が立った家の子女が入学すると聞いていますが、お嬢様のご期待に沿えるほどの能力では」

 

「噂が立つ程度には優秀なんでしょうけど、(それ)止まりでは」

 

 やれやれと頭を振る百合香は冷静に三校と一校の能力を比較、結果はすぐに出た。

 

「そうなると今年の九校戦は順当に第一高校の勝利で決まりですね」

 

「第四高校を優勝させなくともよろしいのですか?私や奈穂、他の配下たちも動員すれば──」

 

「たかが学生の一行事に、それほど力を入れることもないでしょう。分かり切ったことですが、一条、七草、十文字、他家がほどほどに手を抜いて競技に挑むのです。わたくしがむきになる道理もありません。それにああいう平和で、退屈な競技はわたくしの得手ではないですから」

 

「お嬢様の魔法は他家の皆様と比しても特に対人性に長けておいでです。無理からぬことかと」

 

 実に他人事のように言う宗冬の口調に百合香は薄く口角を上げた。

 

「それをいうなら、貴方もでしょう。言うまでもないことですが、貴方に与えた“分解”の魔法は使用を厳に禁じます。使うのであれば斬撃状の“解”としての運用に留めなさい」

 

 頭を垂れた宗冬を横目に百合香は精神干渉魔法を解除。執事を伴って、四葉の少女は桜並木を歩き出す。突如、青天の霹靂のように現れた絶世の美女と美男の闊歩に、周囲の新入生や二年、三年生たちがやにわにざわつく。

 

 圧巻の美貌に魅せられ陶然とした周囲の学生たちに、百合香は表向きの愛想と笑顔を振りまき、入学式を行う講堂へ執事と共に向かっていく。

 

 その微笑みの裏にある感情を余人に気取らせないままに。

 

 

 

 こうして第四魔法科高校でも物語は始まる。

 

 

 第四魔法科高校の優等生である四葉百合香の入学によって、暗躍と策謀、諜報と騙し合い、嘘と欺瞞に満ちた波乱の舞台が幕を開けた。

 

 

 

 

 

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