第四魔法科高校の優等生   作:悪事

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 四葉百合香、天性のアジテーターであり、政治家としての高い素養と支配者の適正を持つ。

 元老院、四大老の東道青葉をして“傾城の器”と称される。人類種の操作、コントロールに長けた世界で最も美しい魅了の怪異。


第二話

 

 

 

 国立魔法大学付属第四高校の入学式は、そのリハーサルの時点から、多くの衆目を集めていた。新入生は残らず入学式のかなり前から講堂の近辺に集まり、二年、三年も物見遊山で集合している始末。

 

 彼ら、彼女ら、学生たちの混雑や集まりすぎによるトラブルの収拾として生徒会役員や風紀委員たちはあちらこちらと奔走している。それに優秀極まりない魔法科高校の教師陣も付き合わされているのだから、その混沌具合たるや尋常ではない。

 

 

 四葉家の御令嬢の入学。この一大ニュースに誰も彼もが興味関心を惹かれて、畏怖や面白半分、恐怖に崇敬、あるいは警戒など様々な心情で入学式の開始を待ちわびている。

 

 

 入学式の開場時間になると新入生たちは講堂の中へと入っていき、各々が速やかに黙って席についていく。開始前の混乱は嘘のように整然と、落ち着き払った様子で。

 

 それもそのはず。壇上にいる一人の女性の気品と雅さに満ちた美貌を前に、不躾な真似ができるものなど誰一人として存在しない。四葉百合香、第四高の入試を首席で合格した十師族、四葉家の才女は一言も発さぬまま、ただ席に着いた姿勢と僅かな微笑だけで講堂の空気を研ぎ澄まされた清廉な異界に変貌させていた。

 

 いかなる男も彼女を目にすれば心を奪われ、女は嫉妬すら抱かない。あまりの隔絶、圧倒的なまでの存在としての差を前に人は崇敬しか選択できない。許されるならば、誰も彼もが賛辞と共に膝を折って(かしず)くだろう。

 

 彼女にとって、服従(それ)が無価値であるとも知らないで。

 

 

 

 開会より魔法科高校の入学式に参列した重鎮たちは、自らが端役であり、主役の登場まで場を温めるだけの前座でしかないことに苦笑いを零している。しかし、彼らに不満は微塵もなく妥当とさえ確信していた。

 

 

 それもそのはず。学生にとって単に偉い人の話よりも、自分たちと同じ学生の立場にありながら、ああまで異質で隔絶した気配を持つ美少女の祝辞こそ注目と関心の的なのだから。

 

 

 現に四高の校長や、静岡の県議会議員などの祝辞などを記憶していたものなど皆無に等しかった。彼らが話し終えたところ、いよいよ主役の舞台が始まる。

 

 誰かが放送した“新入生総代の挨拶”、という言葉も新入生たちの耳には入らない。

 

 彼女が悪名高い“四葉”の人間であることを誰も認識していなかった。それどころか、まだ会話すらしていないというのに大多数の人間が彼女に脈絡もない好意を持ち始めている。

 

 校長が離れ、入れ替わりで歩を進める一人の少女。立ち居振る舞いや姿勢から漂う気品。息を呑むことさえ憚られる中、四葉百合香が静かに登壇する。

 

 

 見開いた瞳は真っすぐ新入生たちに向けられ、全生徒が絶句した。色素の薄さだろうか、その虹彩は淡い紅、いや桜の花弁のような色彩の燐光を放ち、人々の心を捉えて離さない。彼女がフッと表情を緩ませたところで、観衆たちの認識が“美”という概念に押し流された。

 

 その意識の間隙に滑り込む可憐な声──。

 

「暖かな春の日差しに包まれ桜の花が満開となるこの季節。わたくし達のためこのように素晴らしい入学式を挙式していただき、心より御礼申し上げます──」

 

 鈴の音色を思わせる声、一言ずつ一音ごとの積み重ねが壮麗な楽曲のように会場に響き渡る。もっとも、百合香としては前日、適当とまではいわないがそれほど力を入れずに書き上げ、使い古しの定型(セオリー)を並べた言葉の羅列でしかない。

 

 

 だというのに、誰も彼もがそれを変に深読みしてしまう。

 

「今日この日よりわたくし達は国立魔法大学付属第四高校の門をくぐることを許され、新しい学生生活と素晴らしい学びの場に立つことに大きな期待と喜びを感じております。未熟な私どもを指導してくださる教師の皆さま、本校の先輩方のご期待に沿えるよう一日も早く、この学び舎に馴染み、それぞれが目標と展望、各々の抱く夢へと向かって精進して参ります」

 

 

 声の抑揚、視線の動き、靡く髪の一本一本、微かな表情の変化に聴衆たちは全神経を砥ぎ澄ませて、目に焼き付けようとしている。百合香にとっては、ただ喋っているだけだというのに、誰も彼もがそれを神聖視すらしていた。

 

 少女の美貌はもはや魔性だ。並べる言葉の一つ一つが脳髄を熔かし、その肢体の挙動は屈強な心根や警戒心を弛緩させる。敵意に至っては生じる隙も存在しない。

 

「これより三年間──。第四高校で過ごすかけがえのない日々の中、勉学・部活動・生徒会活動などに積極的に取り組み、様々な経験を己の糧とし、それらを本校の貢献に役立てたいと思います」

 

 生徒会に所属することを確定路線としてさらりと触れているが、リハーサルの時点で百合香は生徒会の勧誘を受け、それを既に受諾していた。もっとも、新入生たちも四葉百合香が生徒会に属することを当然と受け入れていたわけだが。

 

「昨今の魔法に関して、国際社会の緊張の影響か、国際魔法基準のみを指標とした早計な、実益のみを優先する風潮が目立っています。…………“魔法は理論”、“魔法は学問”。ああ、本校の素晴らしい校風ですね。魔法師誕生の黎明期、その役割は兵器たることに主眼を置かれ、諸外国のみならず日本でもそういった方針の研究が目立っていたと聞きます。しかし、魔法師の原点は世界秩序と平和の維持だったはずです。我々も、分かり易い実益に眼を奪われることなく、新たな技術進歩の探求に邁進していかなければなりません」

 

 兵器であることにどの家系よりも忠実に継承してきた四葉の人間が口にする平和の言葉。これを聞いた学生たちは単なる感動に留まったわけだが、教師や魔法界の潮流に長らく晒されてきた大人たちは百合香の発言に瞠目しながらも感銘を受けるほかなかった。

 

 

「例えとして国際魔法基準における評価の高い複雑な工程の魔法は、その行使自体が高難易度かつ発動に相応の時間を要します。これを少ない一から二工程の魔法の連続使用で代用できるとしたら、どうでしょうか?──座標や強度、持続時間などの情報を多変数化した上で数回のループキャストを用いて高速発動する。そうすれば生じる事象改変の結果はそのままに発動速度を高速化させ、発動難易度の改善も可能となります」

 

 次いで百合香が世間話くらいの軽さで語った内容に、上級生や生徒会役員、教師たちもが目から鱗、今まで意識していなかった少工程の魔法の学術的な価値に気づかされたことで騒然となる。

 

 新入生は“そういう工夫もあるのか”と頷いてみたりして、その意味を真に理解しているものは少数だったが。

 

「不思議なことに国際魔法評価基準において多変数化の項目は処理速度、演算規模、干渉強度のどれにも該当しておりません。そのため、多変数化を用いた少工程魔法の利用は軽視とまではいきませんが研究や工夫の余地がないと思われがちです。国際魔法評価基準で測れない資質は、現在の魔法師の評価体系では無いものとして扱われてしまう弊害でしょう」

 

 評価基準の外に存在する先天的な資質という新たな概念。

 

 教師や上級生たちが目を剥く中で、無垢な新入生たちは百合香が語る内容が幅広い意味で“自分たちを真に評価しているのでは?”という認識を与えることに成功していた。彼女であれば、“自分でも気づいていない資質や特性を理解してくれる”。

 

 そういう無邪気な信頼を百合香は、意図すらせずに集めていた。

 

「──手に余るほどの巨石を懸命に運びきるよりも、小さな石を手早く積み重ねることが最適解となる場合も存在します。魔法の柔軟な応用と斬新な工夫を踏まえたうえで新しい魔法技術をわたくしたちが作り上げ、今後の魔法の歴史と伝統としていけるよう努力と勉学を積み重ねていく所存です」

 

 百合香を熱狂的な眼差しで見つめる新入生の中でただ一人。彼女の執事である宗冬だけが壇上でスポットライトを浴び咲き誇る絶世の一輪を悲しげに傍観していた。

 

 

「──最後に、わたくし達を支えてくれた親類縁者、家族、そして関係者の皆さまへの感謝を忘れることなく国立魔法大学付属第四高校の生徒としての責任、自覚を持ち、今後の実り豊かな日々の生活を送ることを誓い、代表の挨拶とさせていただきます」

 

 百合香の優し気な眼差し、桜色をした“魅了の魔眼”が一際、美しく恐ろしげに極彩色の光を放った。

 

「新入生総代、四葉百合香──」

 

 

 折り目正しく下げられた頭に対し、会場に響き渡るのは万雷の喝采。割れんばかりの拍手が惜しげもなく、百合香へと贈られる。新入生、上級生、はては教師に来賓のお偉方まで、この場にいる全ての人間の感情を百合香は手中に収めていた。

 

 百合香は微笑みながら、その賞賛を、憧憬を、全て無価値だと嗤っている。褒めたたえられようと心は動かない。すごい、立派?わたくしの本心も見抜けない凡愚が何を評することができるというの?

 

 賛美、憧憬、歓喜、上面だけの美辞麗句の数々。

 

 求めていないものを溢れんばかりに浴びることの何と無味乾燥なるや。

 

 華のように麗しい微笑の裏、百合香の虚無と自閉の中の狂気は蕾のまま。その真実を、彼女の執事である宗冬だけが理解しながらも、それを正すための道、自分の本当の(イノリ)を彼は掴めずにいた。

 

 

 

 

 

 入学式を終え、配られたIDカードを受け取った百合香は、自分がAクラスに振り分けられたことだけを確認すると、自分と話したがっている新入生の皆へ適当な愛想だけを振りまいて、校舎を後にした。

 

 

 

 第四高に通うにあたって静岡で百合香に与えられた邸宅には、四葉から与えられた侍従たちが屋敷内の手入れし、防諜と侵入者を確殺するための仕掛けを用意していた。

 

 百合香はそれらを一瞥もせず、制服から楽な服装へと着替える。

 

 

 現代においては世界的な寒冷化の影響か、肌を露出するファッションに過剰な反応をする傾向がある。だが、百合香はそういったものに気にも留めず、肩、そして鎖骨を露出するような純白のワンピースを着て自身の書斎で豪奢な椅子に身を預けた。

 

 柔らかで沈み込む感触に百合香は頼りなさを覚える。

 

 そして相も変わらず、傍らの側近は案山子みたいに何も反応しない。

 

 

 常態と化した退屈にため息を漏らそうとしたとき──

 

 部屋の扉をノックする音が静寂を妨げた。百合香の一瞥、傍らにいた宗冬が扉を開き、一人の愛らしいメイド服の少女が入室する。この少女は“桜”シリーズの調整体。四葉百合香のメイドでありガーディアン、桜崎奈穂。

 

 彼女はティーワゴンを押し、白の磁器を手際よく用意する。その姿は侍女の鏡といってもいいほど洗練されていた。

 

 

 百合の花を思わせる純白のワンピースを着た百合香と、影法師さながらの漆黒の執事服を着た宗冬。二人の絶世ともいうべき美男美女を前に奈穂は怯みそうになる自分を叱咤して主人へと一礼する。

 

「お帰りなさいませ、百合香お嬢様。こちら、紅茶をお持ちしました」

 

 たれ目がちな愛嬌ある奈穂の姿に百合香も微笑を返す。出された紙のように薄い磁器を手に取り、こくりと無音のままに紅茶を口にする。それだけの絵だというのに、なんと蠱惑的なことか。呆然とする奈穂に百合香は柔らかな表情で向き合って──。

 

「ありがとう、奈穂。相変わらず素晴らしい紅茶の味ですね」

 

「ありがとうございます──」

 

 奈穂は敬愛する主人に直接、褒められたことで顔を真っ赤にして表情が緩んでいた。その弛緩を目撃し片眼鏡(モノクル)を怜悧に光らせた宗冬の眼光。奈穂は首筋を冷たい刃の切っ先に撫でられたような寒気を感じて、ピンと背筋を張る。

 

「奈穂、お嬢様の侍従たるなら安易に感情を表に出すものではないよ」

 

「も、申し訳ありません、宗冬さん──」

 

 宗冬が無表情で奈穂に視線を送っていると百合香が奈穂を庇いたてる。

 

「あまり奈穂を脅かすのは感心しませんね。良いではないですか、此処にはわたくしの側近しかいないのです。正式の場でない以上、そこまで厳しい作法や立ち振る舞いを求めません。それとも貴方はわたくしを狭量な主人にしたいのですか、宗冬?」

 

「しかし、従者の振る舞いはすなわち主人の格です。此処で手心を加え、他の場面で重大な失態を晒すことになれば奈穂自身、四葉家内での進退に影響します。……どだい、私は彼女の教官役です。恐れ、嫌われる事が本懐と心得ております」

 

「ああ、まったく融通の利かないこと」

 

 百合香は仕方がないと額に白魚のような指をあてて見せた。けれど、確かに自分のお気に入りである奈穂が四葉の他の執事やメイドに疎まれるのは好ましくない。従者にとっての不文律を主人が、あれこれ首を突っ込んで横紙破りするのも悪しき先例を残す。

 

 宗冬の言に一定の正当性を認めたうえで、百合香はからかうように言葉を紡いだ。

 

「そうね、奈穂も宗冬をよくよく見習うところがあるでしょう。でも、貴方も奈穂の紅茶の腕を見習いなさい。貴方、いつまで経っても紅茶の腕だけは上達しないのですから」

 

「は、今後も精進いたします……奈穂、すまないが後で私の紅茶の練習に付き合ってくれると助かる」

 

「はい、かしこまりました!」

 

 直立不動のまま頷く奈穂に脅かしすぎたのは間違いないらしいと宗冬は内心で反省しながらも、主人の傍に気配なく控える。手持無沙汰となった奈穂は、興味津々に今日の入学式のことを問題発言混じりに主人へ尋ねた。

 

 

「お嬢様、四高の入学式はどうでしたか?ああ、やっぱり私もどうにかして入学式に潜入してお嬢様の答辞を聞きたかったです……」

 

 本気で悔しがる奈穂の様子に宗冬が苦い顔を取る。

 

「四葉の隠密技能の使いどころをよく考えろ。もしも、お前が入学式の会場に潜り込んでいようものなら、すぐにつまみ出している」

 

「でも、お嬢様の“百貌の変異(ニャルラトホテプ)”を使って、入れ変わることを考えれば、お嬢様の学校における交友関係の理解は必須だと思うんですよ」

 

 桜崎奈穂が百合香の側近となった最大の理由。

 

 それは特殊な任務や元老院からの呼び出しで頻繁に動き回る百合香の代行、そして影武者としての役割を任せられていることにあった。百合香は、社交性に乏しく独立性が強い四葉のイメージ改善のため、お茶会やチャリティーなどの集まり、特殊な会合など多数、参加している多忙な身。

 

 しかし、百合香にしかできない魔法研究や任務などが存在していることから、百合香は自分の代行を任せられる人物として桜崎奈穂を側に置いているのだ。影武者というのも、元は暗殺の技術を叩きこまれた奈穂の経歴を生かすための措置。

 

 

 

 まぁ、これらは百合香が奈穂を傍に置くための“建前”なわけだが──。

 

 

「そうですね、奈穂の言う通りです。今後は奈穂と入れ替わることも考慮したうえで、第四高の生活に慣れていくとしましょう」

 

「はい、かしこまりました、お嬢さま!」

 

「でも、奈穂?わたくしの代行というなら、モーリ式MD(マルチディメンション)DB(データベース)の扱いをもっと勉強するのですよ。そうですね、とりあえず“A-”評価を取っておくように。良いですね?」

 

「モーリ式のA-評価ですか……私、すっごい頑張ってどうにか、やっとB評価を……かしこまり、ましたぁ」

 

 笑顔がしおしおと萎れていく奈穂に宗冬が笑いかける。

 

「奈穂、あとで私がモーリ式の勉強を手伝おう。とりあえずA評価が取れるところまで詰め込むから覚悟しておきなさい」

 

「うぅ、相変わらずのスパルタぁ。お嬢さまはA-でいいって…………はい、分かりました」

 

 奈穂は知っていた。四葉百合香の最側近たる彼、幽雫宗冬の学習方針が結構なスパルタ教育であることを。とにかく正論と課題の物量、厳しい採点基準、教育の圧が凄まじい。

 

 百合香の影武者、代行を務めるために奈穂は宗冬のマンツーマン教育で高校生まで学習過程を先取りしている。そのため通信教育の成績は常に高いのだが、知識を詰め込む過程のことを考えると素直に喜べないのが心情である。

 

 

 

 

 話が一区切りしたところで奈穂は、百合香に報告しなければいけなかったことを思い出して、報告に挙げる。

 

「あ、そういえば……お嬢様、お昼ごろに“周公瑾”からメールが届いています。また、自分の企んだ裏工作を詳細に教えてくれていますよ?」

 

 “周公瑾”、崑崙方院の残党の一人は、“部下への命令書”と認識を書き換えられた状態で、四葉家、いや百合香個人に自分の暗躍の報告を挙げているのだ。そのさまが余りに滑稽で、奈穂は愉快そうにしているのを隠しもしなかった。そして、それは百合香も同様。

 

「あら、相も変わらず、まだ気づいていないのですね」

 

「無理からぬことかと。“周公瑾”、あの下奴(かど)は他者を騙している自認はあっても、騙されていることは想定すらしない愚か者です」

 

「そうですねぇ、彼を良き反面教師として我々も気を引き締めなくてはいけませんね。……それで、報告の内容は?もしかして四葉の人間、つまりわたくしを狙って第四高校を襲撃でもしようという計画でも練っていたかしら?」

 

「あ~、いえ、第一高校に潜伏させているブランシュのメンバーに何やら指示を出しているそうです。どうしましょう、ご当主さまに連絡しておきますか?」

 

「……その情報は一時、止めておきなさい。第一高校には十師族が二家もいるのです。十文字家や七草家のお手並みを拝見するとしましょう。その方が、事態の収拾はスムーズに済みそうですから。良いですね、奈穂、宗冬?」

 

「はい、かしこまりました」

 

「仰せのままに」

 

 百合香たちが歓談しているところ、部屋に備え付けられたヴィジホンの着信。百合香はつまらない相手であれば、宗冬や奈穂に応対させようと考えたが、通信先の名前を見てその横着を取りやめることにした。

 

 真柴真佐(ましば しんすけ)、百合香の実の父にして真柴家の当主。そんな彼は朗らかな笑みと共にヴィジホンに顔を出して通話を始める。

 

『──やぁ、百合香。夜にいきなり掛けてしまいすまないね』

 

「お気になさらず、お父様。ちょうど諸々の手続きや荷ほどきも終わり、一休みしていたところですから」

 

『うん、良かった。慣れない土地で体調を崩しているのかもと、心配したんだがその心配はなさそうだ。あらためて、入学おめでとう──』

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 簡素ながらも百合香は、実の肉親へ心からの感謝を口にし、柔らかに微笑んだ。一方で、真柴の当主は口惜しそうに、歯噛みして腕を組んでいる。

 

『ああ全く、俺も任務さえなければ入学式で答辞を読む娘の晴れ舞台を見届けられたものを』

 

「気に病まないでください。任務となれば仕方ありません。それに宗冬や奈穂がいるおかげで、なに不自由なく過ごさせていただいています。長野から静岡へ居を移す際、側近をつれていくことも許していただいたり、居住地とする邸宅の準備をお父様やご当主様が手配して下さったおかげです、誠にありがとうございます」

 

 邸宅のことを触れると、父の表情に暗いものがよぎる。不本意だと言うような、面持ちに対して百合香はニコニコと楽しそうにしていた。

 

『なに、当然のことだ。そもそも、私は百合香が現時点で四葉の姓名を表で名乗ることにまだ納得がつかない。四葉に仇なそうという不埒な輩に襲われることを考えれば……』

 

「……大丈夫ですよ、わたくしの精霊の眼(エレメンタル・サイト)は精神干渉を得意とするおかげで受動性(パッシヴ)が非常に高いですから。わたくしを狙おうと認識した敵や思考をする者がいれば、先んじてその存在を感知することができます。ええ、だからこそ当主は私に四葉を名乗らせているのです」

 

『うぅむ、そうだな。確かに、百合香の言う通りだ。危機の察知能力も、実力から言っても、身贔屓な評価になるが他の分家の子たちよりも四葉の名を名乗るのは百合香が相応しかろう。しかし、だからといって何故、学生の時点で名乗ることを当主は命じたのか……』

 

 頭を抱えて不機嫌そうにうなる真柴真佐(ましば しんすけ)。喋り出してから彼は抱えていた鬱憤そのものを堪えきれなくなったのだろう。

 

『そもそも、わざわざ第四高、静岡に行かせる意図も読めん。津久葉の娘さんのように関東圏の第一高校でいいだろうに。いや、しかし、百合香に深雪さんや達也を近づけるのは……』

 

 自分を置いて思索にふけろうとする父へ百合香は水を向ける。

 

「お父様──?」

 

『むっ、ああ、すまない。話が長く、それに逸れてしまった。とりあえず入学おめでとう、百合香。何か困ったこと、があってもなくても連絡をしてくれ。待ってるよ』

 

 父がそういうと百合香は静かに頷いた。その様子を見てから、お父様はわざとらしく表情を硬いものとして、二人の従者に鋭い視線を向ける。

 

『それでは宗冬、奈穂。百合香の身の回りのことや安全はくれぐれも頼んだ。二人ともガーディアンの自覚を持って、娘に仕えてくれ』

 

「「畏まりました、旦那様」」

 

 

 そこから四葉百合香と真柴真佐(ましば しんすけ)がしばし世間話に興じた後、ヴィジホンは切れて部屋に再び静寂が降りる。

 

 

 時の止まったと錯覚するような静寂、百合香は明日からの学生生活に多少の好奇心と待ち遠しさを覚える。窓の外に視線を向けると、すっかり暗くなっている。

 

「明日から第四高校での生活に加え、四葉の人間としての任務や役割を熟していかなくてはなりません。二人とも、明日からもよくわたくしと四葉のお家に仕えてくださいね?」

 

 百合香が呟きに、奈穂と宗冬は恭しく一礼をして退室すると速やかに夕食や入浴、寝所の準備に取り掛かった。百合香が仮想体についての魔法論文を読んでいるうち、準備が終わり、食事や入浴を済ませて寝床に着く。

 

 

 身体はふわふわと脱力し、思考もゆるりとほどけていく。

 

 

 完全な眠りに落ちる前、百合香は一つの魔法式を構築して深い夢の底へと沈んでいく。夢界、想像と記憶の断片で作られた精巧極まる百合香の精神干渉系魔法の一つ。

 

 

 今、自分の居る世界がまぎれもない現実だと一体、誰に証明できるだろうか。覚めたまま見る明晰夢、夢のような現実、現実のような悪夢。それが百合香の持つ“夢”の魔法。

 

 

 

 系統外、精神干渉系魔法。白痴の夢界(アザトース)

 

 その効果は魔法を受け、マーキングされた人間を百合香の創界した夢の領域へ誘うこと。知らなければ、現実とまったく区別のつかない明晰夢の空間。

 

 

 百合香は夢の世界で、ぱちりと目を覚まし、ベッドから体を起こすと第四高校の制服に着替えて寝室のドアを開ける。ドアの向こう側の景色は、一面が四葉のクローバーで覆われた広大な草原のど真ん中。

 

 風に揺れる四葉のクローバーの草波。草原の向こう側に広がる青い空と白い雲。避暑地の趣ある空間は、とても作り物とは思えぬほど精巧だ。

 

 百合香が草原に吹き渡る風を全身に浴びていると、ふと背後から歩いてくる存在を感じ取る。百合香は振り返って第一高校の制服を着た青年を玲瓏な微笑みで出迎える。

 

『お久しぶりですね、達也さん?』

 

 

『確かに久しぶり、という事になるな。百合香──』

 

 

 麗しき令嬢然とした少女の微笑に凡庸な青年は少し気後れした風に挨拶に応じる。此処に夢の出来事ではあるが、世界を焼き払う怪物と世界を狂わせる怪物の両者。

 

 司波達也、四葉百合香。

 

 劣等生、優等生の違いはあれど──。

 

 二人は、魔法科高校の生徒になってから最初の邂逅を果たした。

 

 




エイプリル・フール記念投稿、しばらく投稿します。
お楽しみください。
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