第四魔法科高校の優等生   作:悪事

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 本作の主人公と原作の主人公の会話、これを書いてみたかった!
 攻殻機動隊みたくキレ者同士のやり取りになってるかは微妙ですが、どうかご覧ください。


第三話

 

 

 

 クローバーが一面に群生した草原、四葉百合香の創界した明晰夢。現実と寸分たがわない風や匂い、大地の感触。だというのに、これが夢と確信できる現実との大きな差異。それは一面に群生しているクローバーが全て、四葉であること。

 

 “白痴の夢界(アザトース)”に共通する現実との差異。

 

 現実と同等の夢界を作り出せるがため、夢と現実を混同しないため四葉百合香が構築した視覚的な安全装置。達也は感嘆に背筋を震わせる。彼の眼前に広がる風景は恐ろしいことに現実と同等の情報量を持つ。

 

 達也は一歩、四葉のクローバーだけで出来た草原の感触を確かめるために踏み出した。足裏の感触、青臭い葉の匂い、肌を撫でる風の感触。鋭敏な彼の五感はこれが現実としか認識できない。

 

 いつもと同じ感覚で精霊の眼(エレメンタル・サイト)を使っても、これが本当に夢幻なのか事情を知らなければ確証を得られないほど──。

 

 

 ただ、それよりも恐ろしい事実は、達也が精神干渉系魔法の術中、すなわち夢の中にいるということだ。

 

 司波達也は夢を見ない、いいや見られない。

 

 

 達也は幼い頃、激情に分類される強い情動を世界最高峰の精神干渉魔法師と謳われた司波深夜の精神改造手術によって白紙化されている。

 

 代償に得たのは、先天的な魔法演算領域に比べ性能の劣る人工魔法演算領域と、精神干渉系魔法や非魔法的洗脳手段に対してほぼ完全とも言える無二の抵抗力。

 

 

 その副作用的な影響で達也は夢を見ることができないのだが、四葉百合香の魔法はその大原則を無視している。これは百合香が精神干渉魔法師として達也の母、司波深夜の技量を既に越えていることの証左に他ならない。つまり、四葉百合香の精神干渉魔法は達也に効果を発揮するのである。

 

 

 四葉百合香の“白痴の夢界(アザトース)”は、卓越した魔法研究者である達也からしても攻略不能、無敵に等しい魔法であると結論付けられていた。

 

 

 何度か見たことのある夢の世界の光景を好奇心旺盛に観察する達也の後ろでパチン、と指を鳴らす音がした。

 

 虚空からガーデンチェアとテーブルが草原のただ中に創り出され、百合香はそこに腰かける。テーブルの上には上品な風合いのティーセットが整然と並んでいた。

 

「積もる話もありますし、お茶にしながら近況報告と必要事項の共有をいたしましょう」

 

「──ああ、ではありがたく相伴に預からせてもらうよ」

 

 百合香は実に手慣れた様子でお湯を用意し、ティーポットの茶葉を蒸らし始めた。その工程を前に達也が苦笑する。

 

「相変わらずの丁寧さ、というより手際の良さというべきか。百合香の紅茶を淹れる手際といい、深雪のコーヒー豆を挽く手際といい、俺には到底できそうにない」

 

「ふふ、こういった手間を掛けることにも意味があるのですよ。紅茶は茶葉を蒸らす時間も楽しんでこそのものですから。……まぁ、コーヒー党の達也さんから理解を得るのは難しいでしょうが……」

 

 百合香が手ずから淹れた紅茶を喉に流し、達也は頷く。

 

「美味しい、プロ顔負けの味だ」

 

 そうは言いながら、微笑しかしない達也に百合香はため息をつく。

 

「全く、美味しい、不味いを判別できる舌を持っているのに味に無頓着なんですから。貴方、深雪さんが淹れてくれるから豆を挽いたコーヒーを飲んでいるだけで、自分が飲むならインスタントで済ませられるのでは?」

 

「ふむ、耳が痛いな……確かに美味い、不味いは特に気にならない情報だ。俺に本質的な嗜好品を楽しむことができないのもあるが、昔から飲んでいるから一種の惰性、いや習慣になっているんだろう」

 

 達也と百合香、二人の互いに笑い合って軽口を叩き合う姿は、何処にでもいる普通の仲の良い親戚のようだ。百合香は、第四高校の答辞でループキャストについて触れたことを達也へ楽しそうに話す。百合香のあどけない喜びの表情を目の当たりにし、ループキャストの開発者たる達也はどこか気恥ずかしそうに頬を掻いてみせる。

 

 彼の珍しい様子に満足した百合香は、達也たちの入学式について興味を示す。

 

 

「第一高校の入学式はどうでしたか?達也さんの扱いに敏感な深雪さんが、ただ耳障りの良い答辞を話すとは思えませんが」

 

 トントン、と百合香は制服の胸元、自身の胸で押し上げられた第四高のエンブレムを指でタップする。達也の視線が第一高校の、自分の制服の胸元へ向かった。そこには、本来あるべき刺繍が欠けていた。苦笑を零し、達也は入学式のことを思い返す。

 

「察しの通り、“等しく”、“一丸となって”、“魔法以外にも”と際どいフレーズが織り交ぜられていたよ。建前で上手く覆い隠していたので反感らしきものは今のところ出てきていないようだ」

 

「一科生、二科生制度ですか。ふふふ、まったく実に下らない。魔法科高校を卒業すらしていない未熟者たちが“花冠(ブルーム)”や“雑草(ウィード)”などと大した差もないのに意識し合って……」

 

 百合香は愉快そうに第一高校が続けてきた制度を嗤っている。くだらない、つまらない、滑稽だと。実に愉快そうな嘲笑。自身の受ける差別が、清々しいほど嗤われている事実に釣られ、達也も愉快そうになる。

 

 

 だが、俺は当事者であるのだからと気を引き締め──。

 

「そうはいうが魔法の実習を行うにあたり、教員の絶対数は全国的に不足している。効率的なカリキュラムや伸びる生徒、つまり一科生に重点的に力を入れたいという点なら、よくはできている制度だよ。差別の助長を別としてね」

 

「差別?ああ、制服の刺繡の件ですね。校章である花がないから二科生を“雑草(ウィード)”。一科生を“花冠(ブルーム)”と呼称する。事情を知っていると、滑稽とすら感じてしまいます」

 

「というと、生徒のカリキュラムを区別する以外に別の意図があったのか?」

 

「意図というほど大それたものではないのですが……あら、達也さんはご存じではなかったのですね。まぁ、表立って言えるような話でもありませんか」

 

 百合香がつつっと白磁のカップの縁を撫でつけ、微笑みと共に第一高校が内に秘めてきた歪みを白日に晒す。

 

 二科生、一科生の差別構造の始まり──。

 

「第一高校の制服の刺繍、その有り無しに特別な理由はありません。まして学校側の意図などと。……その差異は単に生徒数を増やす際に刺繍の直しが間に合わなかっただけの事ですよ」

 

 ぽかん、と常に鋭利な眼差しをした達也が珍しく呆然と虚を突かれた表情になる。それが面白かったのか、第一高校の内情へ向けた嘲笑と打って変わって、百合香は実に楽しそうな微笑みを浮かべた。頭痛を堪えるよう額に手を当て、達也は聞き返す。

 

「優秀な魔法科高校の教師陣が、そんな些細なミスの修正をできずにいるというのか?今の今まで?」

 

「実に面白いですよね?」

 

「……ああ、差別に頭を悩ませているのが馬鹿らしく思えてきた。ひどい茶番だ……」

 

 

「発端は、昔の定員数増加が原因だと聞き及んでいます。過去に定員を増やそうとしたとき、政府が手続きを間違えて新年度から増やすはずが年度途中に追加募集を掛けてしまった。当時の魔法師の教員不足は今よりも深刻だというのに性急なこと──」

 

「……なんとなく話のオチが見えてきたぞ」

 

「そう結論を急がず。──追加募集された編入生の数に対し、教師はそう簡単に増やせない。こうなってはカリキュラムに大きな変更が必要になります。新たな教師を確保するまでの苦肉の策、いいえ策というよりその場凌ぎでしょう。とにかく編入生は進級までの間、理論を学ばせておき、実技は二年になってから、というのが初期の二科生制度の構想でした」

 

「初期というからには変遷があったわけだ。……なるほど、そこで刺繍の有無が関わってくるのか」

 

「ええ、いざ二科生を入学させる段になって、学校側が制服の発注ミスをしてしまったそうです。その所為で編入した一年生、つまり最初の二科生の皆さんは校章のない制服が支給され、元からいた一年生と編入した一年生の間に勘違いが起こってしまった。“刺繍の有無”で優秀か、そうでないかが決まってしまう、と。まったく二科生制度など進級までの暫定措置、ただ中途で編入しただけの同じ一年生に過ぎないというのに──」

 

「制服の差異で生じた勘違いで二科生は補欠と見做されるようになり、“花冠(ブルーム)”、“雑草(ウィード)”の差別構造に発展した、と」

 

「結局、教師の数を増やすことができず、二科生の補欠扱いが追認された影響ですね。この泥縄な追認を最初から計画通りだというように放置し続けているのが、第一高校の制服に関する真相となります。個人的には無用なコストをかけてまで二種類の制服を作り続けているのが信じられません。制服の縫製など一貫自動加工なのですから、デザインを分けずに作った方がコストも安いでしょうに」

 

 第一高校にはびこる差別を百合香は“ミスと無駄の産物”と言ってのける。これには達也も痛快さを感じてしまった。だが、しかし──。

 

「これは深雪には伝えられないな」

 

「確かに──。くだらなすぎて、季節外れの大雪が降りそうです」

 

 第一高のあの桜並木、あの見事な景色が雪に埋もれてしまうのは少しばかり惜しい。達也は今の話を胸の内に秘めておくことを此処で決めた。親戚同士のたわいもない世間話。その会話の変容が始まったのは、百合香の微笑みの性質に後ろ暗い性質が増したところからになる。

 

 

「いつまでも、つまらない問題を後生大事に抱えているから“ブランシュ”のような低俗な輩に付け入られる隙を生むのです」

 

 百合香の何気なく告げた内容に、達也の意識が冷たい鋭利さを取り戻す。“ブランシュ”。魔法師が政治的に優遇されている現代の行政システムに否定的な立場を取り、魔法能力による社会差別や収入格差の根絶することを目的とした政治団体。そもそも魔法師は社会的にはマイノリティー、しかも一部の優秀な魔法師が高所得や特別な地位にいるだけで総体として優遇されているわけではないのだ。

 

 その事実に目を背け、歪な平等を主張する反魔法主義者。

 

 

 魔法師の優遇を是正し、平等な社会を──。

 

 といえば、ご大層な集団だが実体は公安当局からマークされるテロリスト予備軍に過ぎない。

 

「第一高校が、反魔法国際政治団体の思想汚染を受けていると──?」

 

「正確には、ブランシュの下部組織、“エガリテ”が干渉しているようです」

 

「なるほど、学校側のミスによってできた差別構造と並行して表面的な平等をうそぶく反魔法思想の蔓延。取り合わせとしては悪くはない」

 

「まぁ、どちらも事情を知っていると茶番としか思えませんね」

 

 クスクスと愛らしく笑う百合香を前に達也の瞳は凍てついた鋼鉄の色に染まっていた。

 

「……四葉家からの指令か。……“ブランシュ”を処分しろ、と?」

 

「考えすぎですよ、これは四葉や任務とは無関係の注意喚起。入学祝のようなものと思って下さい」

 

 百合香のあっけらかんとした表現に達也は呆れた声をあげる。

 

「入学祝にしては物騒すぎやしないか、だがまぁ、助かるよ。こういった情報収集は本家や師匠に頼むと高くつく。対価は……以前から言っていた通り“飛行魔法”の魔法式でいいんだな」

 

「ええ、“飛行魔法”完成時には魔法式の共有をお願いします。それまでの間、達也さんの生活や環境に大きな変化が無いよう影ながらになりますが支援は惜しまないつもりです」

 

「わかった。とはいえ、まだ魔法式のブラッシュアップに時間がかかる。今すぐにとはいかないが、夏前には形になりそうだ。そちらの“自立式仮想精神体”の進捗は?」

 

「問題なく──。相互観測システムを導入した仮想精神構造体は自我に問題無し、サイオンの自己生成と自己補完も開始しています。今、完成している完全自立型仮想精神体は八体、これからは全体数を増やしていく事に専念できそうです」

 

 そこで百合香は声のトーンを落とし、ぽつり、と世界を大きく変革する内容を同志であり、競合相手である達也に語り掛けた。

 

「“重力制御式熱核融合炉”のピースは着々と揃ってきましたね」

 

「“ループキャスト”、“飛行魔法”、そして常駐的に魔法を行使し続ける“完全自立型仮想体”。これらが揃えば、俺たち魔法師は“兵器としての呪縛”から解放される。あと、少しだ」

 

 達也は鋭利な瞳を弛緩させ、ふぅ、と息を付いて脱力してから百合香と視線を重ねる。

 

「もっとも、百合香の“全ての人間へ魔法を与える”という計画の方が先に完成しそうなのが少し悔しいところではある。……先天的特性と思われていた乗積魔法、マルチプリケイティブ・キャストの技術化と完全自立型仮想体……」

 

「あとは達也さんの飛行魔法があれば、元老院へのお披露目に十分な出来栄えとなりますね。……ただ、研究成果を認められたとして、大規模なパラダイム・シフトの影響を考えて実際に社会へ導入されるまで五~六年ほどは待たされるでしょう。それでも、魔法師に待つ未来は明るいものとなる」

 

 達也は何処か、肩の荷が下りたような不思議とリラックスした表情で紅茶を口にする。空になったカップを置いたところで、百合香が第一高校の情報についての捕捉を伝えた。

 

「エガリテは剣道部を起点に動いているようです。動向をよく観察しておいた方が達也さんと深雪さんにとっても都合よく動けるでしょう。まぁ、最初から関与しない、というのも一つの手ですが──」

 

「分かった……いつも通り百合香の情報源について詮索はしないが、“剣道部がエガリテに関与している”と断定できる裏付けはあるのか?」

 

「ええ、ブランシュ日本支部のリーダーの名前は司一(つかさ はじめ)。そして彼の義理の弟は国立魔法大学付属第一高校に在籍しています。弟さんは二科生、剣道部主将の司甲(つかさ きのえ)。旧姓は“鴨野”だったかしら。血は薄いですが、あの賀茂氏の傍系だとか。此処まで言えば、おわかりでしょう──?」

 

「なるほど、義兄に巻き込まれてブランシュへ……事の次第はおおよそ分かった」

 

 達也は内心で、ブランシュ、エガリテの思想汚染を受けた者がいたら距離を取ろうと考え、特に剣道部の人間を要注意対象に設定する。入学早々、第一高の内部事情が思ったよりガタついている事実に少し気落ちして蒼天を見上げる。

 

「せめて、俺の在学中は大人しくしてくれるといいのだが……」

 

「あら、噂をすれば影が差しますよ。いえ我々、現実を思うように書き換える魔法師が口に出せば、“魔”が差すかもしれません」

 

「縁起でもない、勘弁してくれ」

 

 達也が困った顔で苦笑しているのに対し、百合香は微笑みを消して達也へ改めて忠告する。

 

「……達也さん、ブランシュという雑兵に気を取られ、自分たちの正体が露見することのないように。特に今の第一高校には同じ十師族、十文字、七草の二人がいるのです。多少、特異な才能や能力を見せても、すぐに達也さんや深雪さんを十師族と結び付けはしないでしょう。しかし、なるべくなら疑念すら抱かせないでください」

 

「ああ、気を付けよう」

 

「ええ、お願いしますね」

 

「……しかし、主席で生徒会役員になった深雪ならともかく、俺は二科生、対外的には何処にでもいる劣等生だ。そう注目される機会もないと思うがな」

 

 

 達也の自己評価の低さからくる呑気な未来予想に、百合香は肩を竦める。この調子では本当に魔が差してくるかもしれない、と言いたげに。

 

 

 不意に草原へ吹き抜ける一陣の風、四葉のクローバーが寄せては返す波のように揺れ動く。しかし、平和だったのも束の間。

 

 爽快さを感じる風は刹那のうちに鋭利な刃となり、達也と百合香の頸部を通過した。二人の首をぐるりと囲むように滲んだ赤色。いいや血液はとめどなく流れ──。夢から目覚めるための疑似的な死の情報が百合香たちの精神体に書き込まれる。

 

 断頭、達也の刈り取られた意識()が草原へと落下する直前、この夢界の主たる四葉百合香の声が聞こえた気がした。

 

『それではお互い、新たな学生生活を楽しみましょう──』

 

 

 草原に首だけとなった思考が叩きつけられたのと同時、達也の精神は魔法によって構築された明晰夢から覚醒する。

 

 窓から差し込む朝日により、達也は自分が眠りから覚めたことを自覚した。目覚めた瞬間、夢の中の出来事を記憶に強く焼き付けて情報を整理。ブランシュ、エガリテ、十師族。

 

 学生生活における問題は山積み。

 

 

 だというのに百合香の愉快そうな声を思い出し、達也は自分の中で、薄れてこそしまったが確かに存在する好奇心に胸が高鳴るのを感じ取った。

 

 

 

 

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