第四魔法科高校の優等生   作:悪事

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 達也たち第一高校の視点へ。



第四話

 

 

 高校生生活、二日目。達也は簡単に顔を洗うと朝の鍛錬のためにトレーニングウェアへと着替えた。着替えの最中、起きる直前までの明晰夢、四葉百合香との会話内容を思い返す。第一高校に存在するブランシュの思想汚染。

 

 “その内容を深雪に伝えるべきかどうか”。

 

 

 達也の葛藤の時間は長いようで短かった。結論として、現状では伝えるまでもないことに分類。入学して間もない深雪に余計な心労、悩みの種となる情報を伝えるのを彼に残された僅かな感情が倦厭したのだ。それに“ブランシュ”も公安当局にマークされている程度の組織。

 

 実体を掴ませている時点で二流もいいところ。少なくともあの“百合香”が放置している時点で危険性は薄いと見ていい。

 

 “警戒を怠る気はないが──”。

 

 今はまだ、普通の高校生としての生活を守ることを達也は選択した。

 

 尤も、深雪の害になるようなら──。怜悧に砥がれた思考を振り払い、トレーニングウェアに着替えてダイニングへと降りる。そこには朝食の準備を始めていた絶世の美少女、いいや達也の妹である司波深雪の姿があった。

 

「──おはよう、深雪。どうしたんだ、今日は一段と早いようだが……」

 

 もしや生徒会からの要件でもあったのだろうか?それなら、朝の予定を少し変えて共に通学する必要がある。深雪の護衛と自分の鍛錬、優先順位は既に決まり切っていた。ただ、深雪に急いでいるような様子はなく、エプロンを外し穏やかな微笑みで達也にフレッシュジュースの注がれたコップを差し出す。

 

「おはようございます、お兄様。……こちらをどうぞ」

 

「ああ、ありがとう。いただくよ」

 

 律儀に礼を言い、一息に飲み干してから深雪が朝食らしきサンドイッチを詰めたバスケットを用意していることに気づく。

 

「今日はお兄様とご一緒しようかと思いまして早いうちに朝食を作っていたんです。先生にまだ進学の報告をしていませんでしたから」

 

「そういえば、師匠のところに揃って顔を出したのは入試前だったな」

 

 ふと、エプロンの下が制服であることに、おや、と達也は首を傾げる。

 

「一緒に行くのは構わないが、制服で行くのか?」

 

 鍛錬で汚してしまうのを懸念しての発言だが、深雪は少し困った顔で微笑むと──。

 

「わたしではもうお兄様の鍛錬について行けませんから」

 

「別に朝練で深雪が俺と同じ格闘の鍛錬をする必要はないんだが。師匠には日ごろ世話になっている。無事、二人揃って第一高校に入学した事を伝えるのは筋ではあるか。うん、そういうことなら一緒に行くとしよう。きっと師匠も喜んで……いや、喜び過ぎてタガが外れやしないか不安だな」

 

「ふふ、深雪に不安などございません。お兄様がお傍にいて守ってくださるのです。安心こそあれ、不安など決して抱きませんよ」

 

「嗚呼。偶には兄貴らしいところを見せないと俺の立つ瀬がない」

 

 

 可愛らしく片目をつむって見せる妹に、達也は何処にでもいる妹思いな兄としての自然な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 達也と深雪は早朝の冷たい空気を切って街中を疾走する。朝もやの残る街並み、そこを時速60キロで駆け抜ける走影。深雪はローラースケートに加重系統の魔法を掛け続けることで一度のキックもなく道路を疾走。追いすがるように達也は一歩ずつ魔法を行使し続け、深雪の速度についていく。

 

 走る達也に対し、ローラースケートで疾駆する深雪の方が負荷としては軽そうに見えるが、二人は魔法的には同程度の負荷を掛けて早朝のランニングに臨んでいた。

 

 運動ベクトル制御のため魔法を行使し続けなくてはならない深雪。

 

 片や、小規模な魔法しか使えない達也は一歩ずつという短い間隔で魔法を行使し続けなくてはならない。

 

 方向性こそ違えど、二人は極めて高い負荷の鍛錬を自身に課していた。

 

 

 

 

 やがて、二人は小高い丘の上にある寺、自分たちの師匠が住まう九重寺に辿り着く。到着して早々、達也を手荒く出迎えようとする集団。九重寺門下の彼らは古い形容で言えば、僧兵というべきようないで立ちをしていた。

 

 

 そんな屈強な彼ら──。

 

 九重寺の門弟が二十名ほど現れるや、総がかりの稽古が合図もなく始まる。極めて実戦的な稽古。多勢に無勢でありながら、達也は一歩も引かず拳を握り、戦うための構えを取る。

 

 僧兵たちが動き、達也も迎え撃つ。振りかぶられた拳に応じ、交差法の掌底を叩きこんだ。砥がれた鎌を思わせる軌道の蹴りなら、鍛えた脛で受け止めてから防御に使った脚を上段蹴りに変化させて蹴り倒す。

 

 迫る拳打、蹴り足をいなし、達也は次々と同門たちを無力化していった。

 

 

 達也の鍛錬を見つめる深雪の背後、忍び寄った一人の僧侶。九重寺を預かる僧侶でありながら、忍びを自称する彼こそ“稀代の忍術遣い”、“今果心”と呼ばれる九重八雲その人。

 

 門弟たちを少しばかり無理して早急に倒すと、達也は荒げた息を整えぬまま師匠の背後に意趣返しとばかり迫り寄る。はからずも聞こえてくる深雪たちの会話内容。入学の話を大人しく聞いていたかと思えば、高校の制服について何やら熱い持論を展開している。

 

 

 “萌え”だとか連呼する師匠の言動に達也は手加減の必要はないと悟った。

 

 深雪へ軽薄な態度のまま異様なテンションで詰め寄る不審者と化した師匠に達也は稚気にも似た殺気と明確なダメージを与える意図を以て手刀を振り下ろす。

 

 鈍い衝突音、完璧な不意を突いたと思われた手刀は容易く師匠の手によって防御されてしまう。歯噛みする達也は、内心を隠してニヒルな笑みを浮かべ師匠を窘めた。

 

「師匠、深雪が怯えていますので、少し落ち着いてもらえませんか」

 

「おっとと……やるね、達也くん。僕の背後を取るとは、ふっ!」

 

 刹那、両者の腕、肘、手首が複雑な軌道を描く。骨身へ響く拳打、関節を砕く極め技、互いに痛烈な痛手を一瞬に躱し、相手の悪手ないし隙の瞬間を待つ。八雲和尚の拳を受け止めた達也は脇に抱え込み姿勢を無理にでも崩すため、勢いをつけて背中から倒れ込もうとする。

 

 その流れに逆らわず、かといって達也の思惑通りに動くほど九重八雲という男は素直な性格の持ち主ではない。倒れ込む勢いから更に加速、前転して全体重を掛けた高速の踵落としがギロチンめいて達也に飛来する。

 

 八雲を拘束し続けるメリットと脳天に踵落としを受けるデメリット、達也の損得の天秤は当然のごとく後者に比重を重くした。

 

 身を捻って拘束を解くと、八雲はするりと達也の間合いから離れていってしまった。此処で達也は自身が勝機を逸したと理解する。地力の技量で劣る達也は主導権を手放せば、それを取り返すのは容易くない。

 

 おまけに門弟たちとの総がかり稽古で達也は体力を損耗している。

 

 敗色は濃厚、結果は分かり切っているが妹、“深雪”の前で情けなく降参することはできない。達也に残された唯一の情動から来る意地が戦闘続行の覚悟を決めさせた。

 

 そんな達也の内心を読み取ったのか、八雲の浮かべる胡散臭い笑顔がより深くなる。意地の悪い師匠の態度に達也は微かにイラっと来る何かを感じた。

 

 二人は間合いを保ったまま見合って次の一手を想定する。

 

 いつの間にか形成された人だかり、見物人たちの囲みの内側で達也と八雲は再度、交差する。今はまだ、師匠に及ばないことを理解しながらも達也はこぶしを握り、高みへと至るため小さく前進の一歩を積み重ねた。

 

 

 

 

 鍛錬が終わり息も絶え絶えとなった達也が深雪の魔法で身支度を整えたあと、彼らは縁側の方で深雪の用意した朝食のサンドイッチに舌鼓を打っていた。

 

 甲斐甲斐しく。それでいて生き生きと達也の世話を焼く深雪。二人のそんな様子を人の悪そうな目で眺めている八雲はしみじみとした口調で達也の鍛錬の成果を賞賛する。

 

「いやぁ、達也くんもだいぶ成長したもんだ。ひょっとすると体術だけなら、僕を越えたんじゃない?」

 

 深雪は我がことのように表情を輝かせているが、達也は渋い顔をする。彼が師匠からの賞賛を額面通りに受け取れないのは、先だっての鍛錬の結果があまりに順当に落ち着いたことによるものだろう。

 

「買い被りですよ。……そもそも体術で大きな差がないというなら、あれだけ一方的にボコボコにされることはないはずでは?……鍛錬を重ねるたび自分の未熟を痛感しています、師匠」

 

 

「な~に、そう卑下するもんじゃないさ。それは在る種、当然というものだよ。いいかい、達也くん。僕は君の師匠で、さっきは僕の得意な土俵、有利な状況で組み手をしてたんだから。勝ち目が薄いのは明々白々」

 

 しかし、納得のいってなさそうな達也に八雲は坊主頭を掻いて嘆息する。

 

 

「君はまだ十五歳。対して僕は君よりも長い間、鍛錬を積み重ねてきた。いくら呑み込みが早いと言っても半人前の君に後れを取るようでは弟子に逃げられてしまうよ。……ふむ、そうなったら僕が弟子入りしてみるのも面白いかなぁ。達也くんはどう思う?」

 

「半人前の俺には厳しいですのでどうか勘弁してください」

 

 そういって、八雲の評価から逃げようとする達也に嬉しそうな深雪が小さく手を打って、彼を援護するように褒めたたえる。

 

「ふふ、お兄様はご自身の評価に鈍感なところがありますから。謙遜なさらずともいいではありませんか。先生が珍しく褒めてくださったのですから、むしろ胸を張って高笑いしてご自身の研鑽を誇示すべきなのです。少なくとも深雪は、お兄様の為してきたことを誇りに思っておりますよ?」

 

「ああ、それはありがたいが……」

 

 言ってから達也は自分が師匠の前で受けた評価を鵜呑みにして高笑いしてる所を想像する。胸をそらし、偉そうに、高笑いする自分の姿。軽く想像しただけだが……。

 

うん、人間的に大分、あれな気がする。

 

 

「……もしかしなくとも、かなり嫌みな奴に見えてしまうのでは……」

 

 不思議そうに小首を傾げた深雪の死角で、同意するように師匠が頷くのを達也は目撃した。少なくとも、この件においては深雪の発言よりも師匠の発言の信憑性を信じるほかなさそうだ。

 

 

 

 

 朝食を食べきり、寺を後にしようとする二人を見送る八雲が思い出したように、今年度の魔法科高校にまつわる話題を挙げる。

 

 

「そういえば、達也くんたちは聞き及んでいるかな?今年の魔法科高校に関することで特に注目を集める一大事があったんだ」

 

「一大事……ですか」

 

「一体、なんでしょうか──」

 

 深雪、達也が師匠の言う一大事の内容を聞くため身構える。八雲は身構えた二人に対し、最近の魔法師界隈を騒がせた情報を明かした。

 

「今年、第四高校に、“あの一族”の人間が入学したという話だ。君たちも一度は聞いたことはあるだろう?……十師族、“四葉家”の人間さ。名前は確か“四葉百合香”といったかな。君たちと同学年。少なくとも今後の九校戦や論文コンペなどで出くわすだろう、十師族の大物だよ」

 

 緊迫感たっぷりに語られた内容、これを聞き達也と深雪は驚愕の態度を“装って”見せた。達也、深雪は今現在、四葉の関係者を名乗れない立場にいる。それが幸運か、不運かはさておき。

 

 たとえ、師匠であろうとも達也たちが四葉に連なる者であることを知られるわけにはいかない。あるいは師匠の鎌かけの可能性もあるが、そこまでは気にしていられない。

 

 二人は、自分たちと四葉百合香の関係性を気取られないよう巧みに表情や会話の抑揚を使っていく。

 

「あの、四葉家の魔法師が、ですか……」

 

「……師匠、四葉といえば十師族でも特に秘密主義で他家との交流がほぼないという噂では?」

 

「今年、入学した彼女は他家との交流や意見交換なんかも積極的に行っていてね。必然、情報も手に入りやすい。まぁ、もっとも得意魔法についてはガードが堅いね。精神干渉系魔法の技量は、特に卓越しているという話だが……」

 

 

 そこで、深雪の表情に一瞬だけ昏いものが過ぎった。精神干渉魔法、深雪自身も適正こそあるが百合香と比べてしまえば、些細なものとしか言い表せない。スケールが違うのだ。精神干渉系魔法において千変万化ともいうべき万能性を百合香は持っていた。

 

 

 加えて、彼女は先代当主たる四葉元造が得意とした“死”の魔法。

 

 “死神の刃(グリムリーパー)”を完全な形で使いこなしている。

 

 そのために彼女は四葉の当主候補たちの中でも頭一つ抜けた存在。深雪は、彼女を前にして初めて劣等感というものを、誰かを羨む気持ちを知った。万人を魅了し、極めて情動の薄い兄の眼をも奪う蠱惑的な美貌。腰までかかる星空を思わせる艶やかな黒髪。桜色を帯びた儚げで触れがたい神聖さを持つ瞳。同じ女性であっても見蕩れしまうほどに芸術的な曲線を描いた肢体。

 

 

 自身が劣っているとは思わない。けれど、深雪は百合香を前にするといつも立ち竦んでしまう。

 

 “百合香さんと兄が並ぶ姿を見たくない”。

 

 その理由は、深雪も内心では理解していたからだろう。いくら心が否定し認めなくとも魔法師として培った感覚が叫んでいた。

 

 達也に相応しい女性がいるとすれば、彼女しかいない──。

 

 

 司波達也と同じスケールで“魔法”を理解しているのは四葉百合香しかいないのだ。

 

 

 誰も、本質的には理解していなかった。世界を滅ぼせる規模の魔法について。

 

 誰も知ろうとしなかった、理解を拒絶するほどの隔絶した強さ。深雪自身も理解しきれているか判断に窮するところだ。もちろん、理解しようと努めてはいる。しかし、大半の人間はお兄様を理解しきれなかった。たぶん、百合香さんを除いて……。

 

 

 彼女もまた、世界を滅ぼしうる魔法師の一人だったから……。

 

 

 

 沈黙する深雪たちを、置き去りに興奮ぎみな八雲は僧侶の外見に似つかわしくない俗っぽい観点から会話を広げていった。

 

「伝え聞いた話だけど、四葉のご令嬢はかなりの美人なんだとか。いやぁ、深雪くんといい、四葉のご令嬢といい、今年の魔法科高校の女性陣は華やかでいいねぇ」

 

「……見知らぬ女子高校生のことでそこまで盛り上がられても、反応に困りますよ」

 

「ああ、失敬失敬──」

 

 呆れた素振りを達也が取ることで会話を中断する流れへと持っていく。八雲も、これから学校に向かわなくてはならない二人を長々と拘束するつもりはなかったのか、肩を竦めて寺の方に戻っていこうとする。その途中、普段から細めていた目を見開いて、達也たちへ高校入学の祝いとしての助言を贈った。

 

「でも、達也くんに深雪くんも気を付けるといい。第四高の彼女がただ者でないように、君たちも異質なモノを秘め隠しているんだ。異質なモノ同士は望むと望まざるに限らず、惹かれ合う性質がある。君たちの隠すモノを気取られないようにね」

 

 九重八雲の師匠としての気配りを察した達也と深雪は、深々と頭を下げる。

 

「──ええ、承知しました」

 

「──それでは、また鍛錬の際にお邪魔いたします。今日もありがとうございました、先生」

 

 

 

 立ち去る二人の気配が遠ざかり見えなくなってから、ようやく九重八雲は独白を零す。

 

「──第一高校の件は“お嬢”の言う通りに事が運びそうだ。これなら僕も忙しなく動く必要はないかな」

 

 誰にも聞かれていないこと、認識されていないことを確認した八雲は、現時点では誰にも分らない独白を呟いている。

 

 唯一分かるのは彼が“お嬢”と呼んだ存在に特別強い感情を抱いているだろうという予想だけ。それも彼の感情の読み取れない表情から辛うじて読み取れるものでしかない。忍びを自称する九重寺の和尚は誰にも本心や裏を明かさず、現状、盤面において誰の目にも止まらぬ第三者としての立ち位置を維持する。

 

 

 勤行に励む修行僧たちを指導しながら、九重八雲は人の悪い笑顔で今後の魔法師たちの動向に張り巡らされた策謀について思いを馳せる。十師族、元老院、USNA、大亜連合、新ソ連など──。

 

 八雲がお嬢と呼ぶ少女の暗躍と策謀によって裏打ちされた絶対不敗の盤面。

 

 愉快痛快な見世物と最後の最後に起きるであろうどんでん返し。世界各国の大物らがそれに戸惑い、魅せられる瞬間を想像し今果心と呼ばれる忍術遣い、九重八雲は食わせ者というに相応しい笑みを浮かべた。

 

「たとえ、仏や天魔だろうとお嬢の裏は絶対に取れないだろうねぇ」

 

 

 

 

 

 第一魔法科高校、入学より二日目。新入生の皆は各々のクラスメイトとの良好な関係性を作るため今後の学生生活について雑談をしたり、気の合う者とのグループを形成しつつあった。

 

 達也個人としてはそういったものを特別重視する質でもないが、入学式の際に顔を合わせた女子生徒と同じクラスだったことで図らずも交流の輪が広がっていく。

 

「オハヨ~、司波くん」

 

「おはようございます」

 

「ああ、おはよう二人とも」

 

 シバに、シバタ、チバと五十音順で並べられたためだろう。入学式で隣に着席していた柴田美月と千葉エリカに呼ばれ、達也もそれに返事をする。ぞんざいに扱うわけではないが、意識しすぎないように達也は内心で警戒をし続ける。

 

 二人は自分と深雪を繋ぐ事象を視ることのできる存在。ある意味、同じ十師族である十文字や七草よりも脅威度の高い“学友”であった。

 

 柴田美月という眼鏡をかけた少女は霊視過敏症により、霊子(プシオン)に高い感受性を持っている。“千葉エリカ”は、かつて四葉百合香に才能と剣技の腕を買われ、精霊の眼(エレメンタル・サイト)を後天的に付与されたと聞いている。

 

 どちらも、達也の隠す秘密と相性の悪い非物質的な事象への高い知覚力。深雪との繋がりを勘繰られたとき、どう対応すべきか。

 

 今から言い訳など考えておこうとしている物騒な思考中であろうとも、達也は牧歌的なやり取りを行っていた。

 

「入学式と似たような並びになったか…………ふむ、司波達也です。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 それは入学式、達也の隣に座ろうとした美月の言い回しを冗談めかして真似た挨拶。達也の冗談を聞いて、エリカと美月は表情を綻ばせて笑顔を返す。

 

「またご近所だし、よろしくね~」

 

「はい、こちらこそどうぞよろしくお願いします」

 

 達也も微笑を返すとエリカは意外そうに眼を瞬かせている。

 

「それにしても司波くんって、こういう冗談とか言うんだねぇ」

 

「随分な言われようだな。こういう冗談を言えないほど融通が利かないヤツに見えるのかな、俺は?」

 

「あはは、いや美月がこういう洒落とか苦手だし、その先入観が悪さしたのかも~?」

 

「エリカちゃん、どうしてそこで私が?」

 

「柴田さんが引き合いに出された理由が分からないんだが……?」

 

「だって、二人ともシバにシバタで名前が似てるし~。ジョークセンスも同じかな~って思ってね」

 

「はぁ、根拠としては薄い理由が出て来たな」

 

「もう、エリカちゃんったら!」

 

「あっはは、ごめんって~」

 

 エリカと美月のじゃれ合いを余所に、達也は端末からインフォメーションを確認する。履修や風紀に関する規則、施設利用にあたっての注意事項に、自治活動の内容や一学期のカリキュラムなど。

 

 膨大なデータを高速で記憶して、そのままキーボードオンリーの操作で受講登録の煩雑な手続きを短時間でやり終えてしまった。達也が端末の操作を終え、顔を上げると驚いたように目を丸くしてこちらを覗き込む男子生徒と視線が交差する。

 

「……別に見られて困るようなことはないが……」

 

「んっ?ああ、すまん。珍しいやら、すげぇやらでつい見入っちまった」

 

「……すごい、という例えは言い過ぎにしても珍しいか?そりゃ、キーボード操作に慣れてるから多少は早かったかもしれないが」

 

「珍しいさ。今時は視線ポインタに脳波アシストだってあるんだ。そんなご時世にキーボードオンリーで操作してるヤツ、初めて見たぜ」

 

「慣れさえすれば、こちらの方が正確で速いんだがな」

 

 達也のそのセリフを聞いて、目の前の男子生徒は面白そうに達也を見つめた。

 

「ハハッ、そういうセリフは機械オンチが言うもんだと思ってたぜ。それにしてもすげースピードだ。これだけで十分、食っていけるんじゃないか?」

 

「まさか、アルバイトが精々さ」

 

「そうかぁ?あんなにすげーのになぁ……」

 

 達也の謙遜に不思議そうな顔をする青年は、暗くなりそうな展開を先読みして朗らかに声をあげる。

 

「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は西城レオンハルト。親父がハーフ、お袋がクォーターな所為で外見は純日本人風だが、名前だけ洋風になってる感じだ。得意な術式は収束系の硬化魔法。志望コースは身体を動かす系、警察の機動隊だとか山岳警備隊を目指してる。レオって呼んでくれ」

 

 気さくな自己紹介の中に詳しい進路志望が含まれていることに違和感は覚えない。現代の魔法師にとって素質は進路と密接に繋がっている。だからこそ、レオの自己紹介に違和感を持つことはなく達也も名乗り返した。

 

「司波達也だ。俺のことも達也でいい」

 

「──」

 

 “タツヤ”その名前の響きと彼の発する雰囲気に、レオは少年時代のある出会いを想起した。

 

 偶然、街中でぶつかって、呼び止められた過去。

 

 

 レオを呼び止めた余りにも美しい相貌の少年──?

 

 男にしては長い印象を受ける肩までかかった漆黒の髪。

 

 “桜の花弁を思わせる色彩をした吸い込まれそうなほどに澄んだ眼”。

 

 自分とじいさんを調整体の運命から救った規格外の魔法。

 

 たった二日間の出会い、それでもレオは返しきれない恩と共に、その少年の事と“ヨシヤ”という名前だけを憶えている。

 

 

 眼前の“タツヤ”と記憶の中の“ヨシヤ”は似ても似つかない。発する雰囲気は酷似しているのに、細部や立ち居振る舞いで大きくイメージとずれ込む。その差異にレオが頭を悩ませていると──。

 

 

「──どうかしたか?」

 

 レオが呆然としたことで達也が何かあったのかと尋ねる。それに対し、何事もなかったかのようにレオは喋り続けることにした。

 

「ああいや、わりぃ。ちょっと考え事してた……OK、達也って呼ばせてもらうぜ。それで、そっちの得意魔法は何なんだ?」

 

「実技は苦手でね。魔工技師を目指してる」

 

「なーる、頭よさそうだもんな。ああ、さっきの手さばきといい、魔法工学とかCADをいじるのとか、イメージが簡単にできる」

 

 レオがにこやかに喋っているところ、横合いから美月と話していたエリカが話に加わる。

 

「え、ホント?達也くんって魔工師志望なの?」

 

「うぉっ、……達也、コイツ誰?」

 

 興味津々に割って入ったエリカをレオはぞんざいに指差して目の前の達也に尋ねる。そのぞんざいさが気に障ったのだろう、エリカがすぐさま自分より大柄なレオに負けじと憎まれ口をたたいた。

 

「うわっ!いきなり、コイツ呼ばわりとかある?失礼なヤツね、礼儀って言葉を知らないのかしら?モテない男って、これだから」

 

「んなっ、失礼なのはどっちだ!いきなり勝手な決めつけをしやがって礼儀をどうこう言えた義理か!少しくらいツラが良いからって、調子こいてんじゃねーぞ!」

 

「ルックスは大事なのよ?だらしなさをワイルドさと勘違いしてるむさい男には分からないでしょーけどね。それに何よ、時代観を一世紀は間違えたようなそのスラング。今時そんなのが流行ると思ってるわけ~」

 

「んだと~!」

 

「なによ~!」

 

 

 エリカ、レオたちの激突必死の口論を美月と達也の二人で止めて、どうにか場を収拾する。

 

「美月たちがそう言うんだったら……」

 

「……分かったぜ」

 

 顔を背ける二人だが、目線は逸らそうとしない。逸らせば負けだというのだろうか。両者の同じくらいな負けず嫌いさを目にした達也は案外、気が合ってうまくやっていけるのでは、と内心で考えていた。

 

 

 





 あとしばらく投稿していこうかと思います。
 エイプリルフールの書きだめ分だけですが、ぜひお楽しみを。
 作者の励み、執筆の原動力になるため、良ければ感想やここすき評価などお願いします。
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