第四魔法科高校の優等生   作:悪事

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第六話

 

 

 生徒会長である七草真由美と風紀委員長、渡辺摩利が去った後、場の空気はなんともいいがたい沈黙に包まれていた。達也は“このまま無言で立ち去れば、何事もなかったように済むかもしれない”と一縷の淡い期待を持つ。

 

 なるべく気配を殺したまま、彼が音もなく身体を翻そうとしたとき。

 

 その機先を読んで、ということは在り得ないだろうが、一科生の一人が刺々しい物言いで場の張りつめた空気を割った。

 

「借りなどと、思わないからな……」

 

 達也に庇われた形となった一科の青年は苦々しい顔で、二科生である達也を睨みつける。自尊心、誇り、そういうものがあるから、彼も引くに引けないのだろう。

 

 感情をある一定までしか持たぬ達也も、そういった心の揺れ動きを知識としては理解している。それに自分の生活の支障や深雪の害にならない限り、できるだけ尊重しようという意思もあった。

 

「むしろ、貸し借りという話にはしないでもらいたいものだ。今日の件は初めから起こらなかった。無いものには貸しも、借りも発生しないだろう?」

 

「え、達也くんはそれでいーの?」

 

 不服そうなエリカは、やれやれと呆れかえった表情を一転させて、意外そうな目で達也に尋ねる。“此処でガツンと言っておかないと同じことが起こるのでは?”

 

 エリカの瞳は雄弁にそれを物語る。

 

 対して、達也の言い分は端的なもので──。

 

「入学二日目からトラブルを起こした問題児なんて評価を受けたいのか?俺は御免被る」

 

「あ~、あっはは、そーよね、そりゃそうだ」

 

「おめぇ、もっと考えて話せよ。なんでそう血の気が多いかね?」

 

「は~?アンタみたいな野蛮人に言われたくないんですけど~?」

 

「言ったな、コラ。てめぇ鏡見てこい、鏡を!」

 

「エリカちゃんも、レオ君もそこまで、ほら、達也さんが困っちゃってるよっ」

 

 美月が取りなしてくれて、ホッと息を呑む。そのまま達也は肩を竦めて、なんでもないことのように振舞った。

 

「それに決め手になったのはエリカの分析と深雪の誠意だ。俺の舌先なんて、そう大した影響を与えなかったさ」

 

「お兄様ときたら言い負かすのは得意でも、説得するのは苦手なんですから。ふふ、正論や理詰めは常に最適解ではありませんよ」

 

「違いない──」

 

 深雪と達也の牧歌的な会話に毒気を抜かれたのか、一科の青年は敵意の薄れた顔で名乗りを上げた。

 

「……ふん。僕の名前は森崎駿。お前が見抜いた通り、森崎の本家に連なる者だ」

 

「見抜いたとか、そうおおげさな話ではないんだが……ほら、模範実技の映像資料、あれを偶々見ていただけで……」

 

「あっ、思い出した。言われてみれば、あたしもそれ見たことあった」

 

「言われるまで思い出さねぇんじゃなぁ。ちっともその映像資料が身になってねぇだろ」

 

「うっさいわねぇ。元々、対銃の初動を潰すために見てただけで、実技をやった人間の顔までは意識してなかったのよ。大体、起動中のホウキに素手で手を出すあんぽんたんにだけは偉そうに言われたくないわよ」

 

「誰が、あんぽんたんだ」

 

「あの……本当に危なかったんですよ。他の魔法師のサイオンで形成された起動式は自分の演算領域と拒否反応を起こしてしまうものです。そのダメージは時に深刻なものになりますから……」

 

「そーよ、美月の言う通り。アンタも分かった?」

 

 自身の言うことに乗っかろうとしたエリカに美月が苦言を呈する。

 

「エリカちゃんもなんだからね。直接、触れなくても何らかの干渉を受けることは十分あり得たんだから」

 

「あはは、大丈夫。この警棒、シールド済みだから」

 

「千葉さんの行動も危険ではあったんだが……まぁ、レオに関しては、もっと慎重に動くべきだったな。あんぽんたんも大概にしないと危ないぞ」

 

「……おう、気を付けるぜ……って、達也“あんぽんたん”とか言うの、死ぬほど似合ってないな」

 

「何をいう。言葉に似合う、似合わないとかないだろ」

 

「そうですよ、西城くん。……それにしても、エリカも気をつけなさい。考えがあったの事なのでしょうが、闇雲に動いてはエリカもあんぽんたんと呼ばれてしまいますよ」

 

「おっと、深雪が言うと更に似合ってないわ」

 

「そう、だね。深雪さんにはちょっと……」

 

 明らかに面白がって、横道にそれまくった会話をしている達也たちにややギレした森崎が不愉快そうに告げる。

 

「生徒会長たちはお前のはったりに免じたようだが。僕は認めないぞ、司波達也。司波さんは僕たちと一緒にいるべきなんだ」

 

 そのはったりと生徒会長のお目こぼしで助かったというのに、と考えながら、達也は冷ややかに計算する。此処で無視して何事もなく事態を終える一案。一言、ちくりと刺すような言葉で釘を打っておく二案。

 

 安穏と日々を送りたいのなら一案目なのだが、一科二科のくだらない差別の内情を知り、辟易としていた達也は嘆息して皮肉を告げた。

 

「別にお前に認められたからといって、俺が一科生になれるわけじゃないんだがな」

 

 その皮肉が聞こえたのか、肩を震わせながらも立ち止まることはなく森崎駿はその場を去っていった。残された一科生たちも、気まずそうに散って帰路へ着いていく。

 

 

 一科生も二科生も、何も得るものがなかった諍い。

 

それがようやく収束したのをみて深雪は達也の横に並んだ。

 

「それでは、お兄様。我々も帰るとしましょうか──」

 

「ああ、此処にいても仕方がない。レオ、千葉さん、柴田さん、帰ろうか」

 

 当然、異論が出るはずもなく皆、帰ろうと動き出したところで、待ったをかけるように立ち塞がったのは、先ほど魔法を行使しようとした一科生の少女ともう一人の小柄な女の子。

 

 達也は、どうしたものかと困惑していると──。

 

「光井ほのかです。あの、さっきは失礼なことを言ってすみませんでした」

 

 急に頭を下げて謝罪されたことに達也は柄にもなく唖然とする。先ほどまでのエリート意識を隠しきれていなかった少女と今、目の前で頭を下げている少女の像が脳内で合致しなかった。しかし、現実に目の前で光井ほのかという一科生の少女は二科生である自分たちへ謝罪をしていた。

 

「庇ってくれて、ありがとうございました。森崎くんはああ言いましたけど、大事にならなかったのはお兄さんのおかげです」

 

 “大事にしたくなかっただけなんだが”。そんな感想は臆面と出さず、波風の立たぬ言葉を慎重に選ぶ。

 

「気にしなくていい、お互い何事もなくて本当に良かった。……あと、お兄さんはやめてくれ。これでも同じ一年生だ」

 

「分かりました。では、なんとお呼びすれば──」

 

 そこで達也は言い淀む。魔法を行使したことへの謝罪だけして、あとはさよなら、くらいを想像していたのに、まさか此処から会話を続けようとするとは。

 

 予想外ではあったが、別につっけどんに応対するほどではない。

 

「俺のことは達也、でいいから」

 

「分かりました、それで、その……」

 

「なんでしょうか?」

 

 深雪がやや警戒を露わにするが、返ってきた返事は肩透かしなものだった。

 

「……駅までご一緒してもいいですか?」

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、深雪さんのCADを調整しているのは達也さんなんですか?」

 

「ええ、お兄様にお任せするのが一番安心ですから」

 

 気が付くと達也は隣に深雪、その反対側でほのかという女子生徒が並び、先ほどの諍いがなかったように下校していた。深雪から尊敬の眼差しが送られ、横にいるほのかも釣られて同系統の感情が乗った視線を向けてくる。

 

 達也は、自分の能力を把握されないよう過小に偽り、些細に騙り、謙遜を重ね、容易いことだと錯覚させる意図を以て自分の作業を説明した。

 

「少しアレンジしているだけなんだけどね。それに、深雪は元々の処理能力が高いからCADのメンテに手がかからないんだ」

 

 しかし、後ろの方にいた美月が、達也の語った謙遜に関する違和感を指摘した。

 

「でも、達也さん?それだって、デバイスのOSを理解できるだけの知識がないとできませんよね」

 

 レオもそこは同感だったらしく、うんうんと頷きながら凄いことだと感心する。

 

「CADの基礎システムにアクセスできるスキルもないとな。大したもんだぜ」

 

「ねぇねぇ、達也くん。あたしのホウキも見てもらえない?」

 

 エリカは敢えて、達也が精霊の眼(エレメンタル・サイト)を有する者であると確認を取らなかった。魔法師にとって、他家の魔法技術への追及は無作法なものという一般的な認識が働いたためか。

 

 達也は、追及されなかったことに安堵しながらも、彼女の提案、刻印術式が施された警棒型デバイスのメンテには渋い顔をした。

 

「無理、あんな特殊な形状のCADをいじる自信はないよ」

 

 達也が自然と言い放ったことに周囲は首を傾げる。特殊な形状のCAD?いいや、そもそも千葉エリカはCADを持っていたのかと。エリカは達也が精霊の眼(エレメンタル・サイト)を持つのだから驚かないと分かっていて、それでも達也を称賛した。

 

「あはっ、やっぱりすごいね、達也くんは。これがホウキってわかっちゃうんだ?」

 

「え、さっきの警棒ってデバイスだったの?」

 

「普通の反応ありがとう、美月。みんなが気づいてたら、蘊蓄(うんちく)の語り甲斐もないってもんよ」

 

 エリカの呟きに対し、レオの瞳が学術的な好奇心を灯す。

 

「……何処にシステムを組み込んでるんだ?さっきの感じじゃ、全部空洞ってわけじゃないんだろ?」

 

「ブーッ、柄以外は全部空洞よ」

 

「待てよ、そりゃあおかしいぜ。だったら、強度をどうやって担保してんだよ」

 

 そこでもったいぶらなかったのは、既にタネを理解している達也がいたためだろう。エリカはあっさりと自分の獲物である警棒型デバイスの仔細をつまびらかにした。

 

「表層に刻印型の術式を施してあるのよ。術式の内容は言わなくても分かるわよね?アンタ、硬化魔法は得意分野って自分で言ってたじゃん」

 

「刻印型……術式を幾何学紋様化して感応性の合金に刻み、サイオンを注入することで発動するって、アレか?そんなもん使ってたら、並のサイオン量じゃ済まないぜ?よくガス欠にならねぇな?そもそも刻印型自体、燃費が悪過ぎってんで今じゃあんまり使われてねぇ旧い術式のはずだぜ」

 

「おっ、さすが得意分野。でも残念、もう一歩ね。強度が必要になるのは,振り出しと打ち込みの一瞬だけ。その刹那を捕まえてサイオンを流してやれば、そんなに消耗しないわ。兜割りの原理と同じよ。……って、みんなどうしたの?」

 

 エリカが何気なく言った説明にレオだけでなく、美月や、ほのかたちも言葉を失っていた。簡単に“誰でもできる”くらいのノリで剣術の最高峰の技術を魔法に応用したと言ったが、普通、兜割りを習得するまでに何年を要する事やら。

 

 エリカのやったことが普遍的に誰でもできれば刻印型の術式はもう少しメジャーなものとなっている。

 

 大体、今の説明なら術式がすごいのではなく振り出し、打ち込みの刹那、際どい一瞬のタイミングを自在に捉えられるエリカの剣技の方がすごいという話になるのではないか。

 

 深雪は、無自覚に天才剣術家っぷりを披露したエリカに一般論を告げる。

 

「エリカ……兜割りって、それこそ秘伝とか奥義とかに分類される技術だと思うのだけど。単純にサイオン量が多いより余程すごいわよ」

 

 うんうん、とレオをはじめ、達也や美月、ほのかたちも頷いてみせる。そこでエリカは一般的な女子高生は兜割りの技巧を使えないと理解して強張った表情、わりと本気な焦りを隠せないでいた。

 

 

「達也さんも深雪さんもすごいけど、エリカちゃんもすごい人だったのね……うちの学校って、一般人の方が珍しいのかな?」

 

「魔法科高校に普通の一般人はいないと思う」

 

 美月の天然発言にかぶせる様に、ここまで押し黙っていた北山雫がぽつりと的確過ぎる鋭利なツッコミを披露した。

 

 

 

 

 

 第一高校の一年たちの下校は駅まで着いたところで、自然と解散した。入学二日目から、非常に濃い様々なイベント、トラブルに遭遇し、“彼女”は帰宅してから、ようやく安堵により肩の力を抜く。

 

 “あの方”に言われた通り、“司波の兄妹”は様々な波乱に愛されているらしい。聞いていたよりも普通と考えた自分の見積もりが如何に甘かったか。いいや、あの二人の擬態が巧妙だったというべきだろう。

 

 

 ふぅ、と小さく息をついて、腕輪型のCADを起動する。短縮キーの一番、あの方がじきじきに入力してくれた魔法を発動する。

 

 発動直後、空間が一変した。世界現実が空想と狂気に捻じ曲げられ、虚無と夢幻に移ろいで行く。此処であって、此処ではない場所。見慣れた自室であるというのに、魔法行使前と後では全くの別物。魔法によって構築された仮想領域。

 

 古いオカルト的な言い回しで言うなら、幽世(かくりよ)と呼ばれるものが近しいだろうか。その実態はイデアからの情報的な隔離、断絶。この空間で起こったこと、生じた動向、語られた内容は、たとえ精霊の眼(エレメンタル・サイト)を持つ者であっても認知、遡及不可能。

 

 外界と完全に断絶されたのを“視”て、ようやく手元の情報端末にあったある番号へ掛ける。数秒のコールのあと、相手が応答したところで少女は“あの方”へ報告を挙げた。

 

「──はい、お久しぶりです。ええ、入学二日目ですが、お伝えしたほうがいいと判断する出来事があったので、こうしてご連絡をいたしました」

 

 自身の主人は通信越しだというのに言葉だけで脳を揺らし、他者を魅了する調べを奏でる。決して陶酔しないよう自分を強く律して、少女は通信を続けた。

 

「そうです、一科生と二科生に関することで少々、トラブルが……。いえ、あの兄妹が手を下すほどではありませんでした。十三束?いいえ、ナンバーズの人間ではなく森崎家の嫡男と光井という女子生徒です」

 

 

 電話越しの声に不思議そうな雰囲気が過ぎった。傍らの執事の声でようやく、第一高校には、護衛、SPでそこそこ名を上げた森崎家の長男、そしてエレメントの系譜である光井の娘がいることを思い出す。

 

 だが、その実力に興味がないのか、主人の反応はひどく退屈そうだった。

 

「……はい。その場での対応はエリカちゃ……失礼しました。千葉エリカさんのおかげで事なきを得ました。ただ、その場に生徒会長と風紀委員長が現れてしまい……反応を見るに、あのお二人の関心を買ってしまったようで」

 

 第一高校の生徒会長にして、十師族の一員たる七草真由美。そして風紀委員長にして、古くは清和源氏の血統に連なる渡辺家の傍流、渡辺摩利。どちらも、一時代における上澄みというべき実力を有する者ら。だというのに、主人はあまり気にも留めていないようだ。

 

 いや、七草という家名には多少、関心を持ったが、その程度。“七草真由美”という個人については何ら意識していなかった。

 

「生徒会に対して、何か干渉をした方がよろしいでしょうか?」

 

 その問いかけに主人は“不要”と端的に命じる。今は表立って目立つ必要なしと判断は下された。

 

「わかりました、引き続き監視を続けます──」

 

 

 

 

 電話の向こうにいる令嬢は、静かに尋ねる。

 

 “貴女の正体については──?”

 

「はい、わたしの正体は誰にも気づかれていません。公安の人間にも、十師族にも、もちろん、監視対象である達也さんや深雪さんにも──」

 

 

 くすり、と笑って彼女、司波達也と同じクラスに属している一年生の女子生徒、柴田美月は妖しく呟いた。

 

「ええ、そうですね。司波さんたちに気づかれないよう、私はあくまで監視役(ウォッチャー)に徹します。この“眼”であれば、司波兄弟の動向のみならず、彼らの学生生活の障害となる者の動きも見逃しません。……はい、ありがとうございます──」

 

 

 電話越しの声が柔和に美月を労う。

 

 “今後も、達也さんと深雪さんのことを頼みましたよ、美月──”

 

 柴田美月は恭しく忠誠を誓った主人へ頭を垂れる。

 

 

 

「ええ、それでは……百合香様」

 

 

 





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