第四魔法科高校の優等生   作:悪事

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第八話

 

 

 第一高校には、生徒が利用できる会議室というものが複数、存在する。これは魔法研究のために扱われたり、生徒同士の魔法の研鑽を推奨してのもの。魔法研究のみならず、部活のミーティングやクラス単位でのディスカッションなどにも広く使われている。

 

 学校側に申請すれば、一年生であろうと会議室を使うことは可能だという。

 

 もっとも、一年生の魔法研究なんてたかが知れているし、普通は一般のカリキュラムや課題、部活動などを熟すだけで手一杯になるものだから、一年生が使うことは滅多とないという話だ。

 

 

 

 かくいう達也も入学して今まで使ったことは無いのだが、今日は用事があるため風紀委員のパトロールを終えて、指定された会議室へと入室する。

 

 達也は、はじめて入る会議室を見て、こう思った。

 

“……裁判所か?”と。

 

 

 

「来たか、司波──」

 

「達也くん、いらっしゃい。ほら、そこの席に座って」

 

「パトロールお疲れ。遠慮せず座りたまえ、達也君」

 

「わかりました──」

 

 コの字の並びをした机、その間にぽつんと置かれた一つの椅子。傍聴席や弁護士、検察官はいなくとも、並びからして裁判所みたいな印象を受ける。特に達也が座る所なんて、裁判官の面前にいる被告人みたいなポジション。そこに達也は観念して着席した。

 

 眼前には三年のトップともいえる部活連の会頭、十文字克人。風紀委員長であり達也の上役にあたる渡辺摩利。そして、深雪の上役である生徒会長の七草真由美がそろい踏みしていた。

 

 

 あらためて、この三人が並んで座っていると途轍もなく雰囲気が濃いものだと達也は呑気に感心しながらも口元を引き結んだ。真面目な顔を装い、達也は内心にある億劫さを隠している。まぁ、どうやら七草会長はそれを見通して面白がっているし、渡辺先輩は比較的、同情に寄っている。内心が分からないのは巌のような体躯と表情をした十文字先輩くらいだ。

 

 

 最初に口を開いたのは険しい顔つきをした十文字先輩だった。

 

「早速ですまないが本題に入ろう」

 

「……そうね、本当だったら、もう少し雑談とかして達也くんの緊張を解いてあげたりとかしたかったんだけど」

 

 七草会長の申し出に俺は軽く会釈して目線を眼前の三人と突き合わせる。

 

「……いえ、お気遣いなく。こちらとしても話が手早く終わるなら、それに越したことはありません」

 

「ほら、言った通りだろう?達也君はそんな繊細でもないと」

 

 肩を竦めて渡辺委員長がしたり顔で笑みを見せた。お互い、表面上の気遣いは無用ということを知っている分、こちらとしても話しやすい。七草会長も俺の言うことをある程度は信憑性を持ってくれているらしい。

 

 問題は十文字会頭だ。彼の眼には疑い、とまではいかずとも確証を持てずにいるための僅かな葛藤が見え隠れする。

 

 達也が物怖じせず着席して、詳細を語ろうとする姿勢なのを見て十文字克人は少し反省したように卓上に手を置いた。

 

「ふむ、いささか性急すぎるきらいはあったか。しかしだ、報告に挙げられた内容が内容だからな」

 

 十文字克人の重厚な声に合わせ、渡辺摩利は表情を切り替えて達也へ尋ねる。

 

「それでは、聞かせてもらおう……君が掴んだ情報、ブランシュが行おうとしているテロ活動について」

 

 

 

 達也は一度、頷いてから、もっともらしく聞こえるよう意識して会話を構築する。事前に四葉百合香と話し合い、開示することにした範囲の公開情報(オープンソース)

 

 それが今、第一高の三巨頭たちへ提示された。

 

 

「この度、自分が得た情報はブランシュが第一高校を襲撃し、機密資料の奪取を目論んでいることです。ブランシュ側は武装を行い、当校での破壊工作と混乱による陽動のさなかに機密文献の閲覧、複製が予想されます。当然、このテロ活動には校内のエガリテのメンバーも関与する恐れがあるかと。その関与の程度は侵入の手引きか、校内の破壊工作までかは不明ですが──」

 

「……エガリテの、いえ、当校の生徒たちがテロ活動に関与してしまうと、達也くんは予想しているのね」

 

「はっ、エガリテの関与はほぼ確実であると考えています」

 

 達也の冷たい言い分に渡辺摩利は腕を組み、考え込んで──。

 

「待ってくれ、達也君。確かにエガリテはブランシュの下部組織だが、当校の生徒であることに違いはない。武装テロを実施するとなれば、同年代の生徒たちを傷つける可能性に気づいて彼らも──」

 

「同年代であっても、“同じ”生徒ではないでしょう?」

 

「うっ……」

 

 達也の興味のなさそうな声音から発される実質的な第一高校のスタンスが明かされ、摩利は言葉に詰まる。それもそのはず、達也の眼前にいる三人は一科生、二科生の差別を疎ましく思いはしても、思考はその先を想像していなかった。

 

 学校側との交渉も、抜本的な改革も、差別行為の厳罰化も、一科と二科の学習機会の差を縮めることも。ただ、自分たちの平凡な日常を務めるのに終始してしまった。三人が一年から三年に上がるまで差別は当然の事として存在し、達也が入学するまで現存している。

 

 無論、責任の一端こそあれ、渡辺摩利・七草真由美・十文字克人たちだけが悪いわけではない。

 

 

 

 差別を日常とした一科生、差別に甘んじた二科生、差別行為を見逃した教師、学校長。もっというなら、第一高校は国公立。責任の所在を問い詰めていくなら、国の体制にまで波及するだろう。

 

 罪は上に挙げた者たち全てにあり、罰はその全ての関与者に降り注ぐ。

 

 ブランシュが掲げる表面上の平等よりも、平等なものがそこにあった。

 

 

 

 

 差別行為の善悪。その議論を捨て置いて、達也は冷静に話を続ける。

 

「誰かが悪かった、という話でもないでしょう。単に差別構造を前提とした学校運営の限界が此処だったというだけのことです」

 

「う、うん、そうね。……達也くんの言う通り、差別を当たり前のシステムにした時点で間違いは始まっていた。誰も悪くないって言うけど、破綻していないからって放置してしまった生徒会長である私にも責任はあります」

 

「真由美だけじゃない、差別行為を取り締まる側の風紀委員にだって二科生に対する偏見は存在していた。私も同罪だろうな」

 

「よせ、二人とも。司波の言うように特定の誰かが悪いという話ではない。座視していただけの俺や大半の生徒にも責任は帰結する。問題は、解決策をどう取るかだ」

 

 

 三人は自分たちの責任というが、第一高校が一科と二科に分かれているのは入学以前から公開されている情報なのだ。差別が前提、魔法という特別な技能を磨くために半数が捨て石となることを確約されている校風。

 

 しかし、その苛烈さゆえに第一高校は全魔法科高校においても総合性で頂点にあるといってもいい。他の魔法科高校より抜きんでた一校。だからこそ、大半の学生が第一高校の入学を志した。差別を承知の上で。

 

 しかし、実際にその差別に晒されて、不平等を嘆くのはそれこそ“無責任”というヤツだ。

 

 

 責任とは期待であり、支払わなければならない代償でもある。

 

 達也は理解していた。四葉の直系であるはずの自分がガーディアンとなったのも、自分には四葉の魔法師としての責任、言い換えれば所定の性能を果たせないからである。

 

 同時に真柴の姓ではなく四葉の姓を名乗らざるを得なかった少女は、四葉において最高位の精神干渉魔法を有するがゆえの責任を全うするしかなかった。

 

 

 はたして、どちらがより不幸なのかを考え出す前に十文字会頭が建設的な話に持って行ってくれた。

 

「エガリテのメンバーの動向については警戒するように通達しておく。可能ならテロ活動に関与する前に制止しておきたい。眼を光らせておこう。……司波、ブランシュは第一高の機密情報をどのようにして奪取するのか、分かる範囲で良いが詳細を聞きたい」

 

「ハッキングツールなどを利用して特別閲覧室から一般閲覧禁止の非公開文献を奪取するのが目的ですね。達成困難であれば、第一高校の破壊工作に目標が移行するやもしれませんが」

 

「特別閲覧室か……達也君の言うことを此処に来て疑うわけではないが特別閲覧室はその重要さからセキュリティが特に厳重だ。武装しただけのテロリストが到達できるとは思えない」

 

「……摩利、エガリテに傾倒した生徒が人質にされる場合は?」

 

「むっ、そうなると話は変わってくる、が相手はエガリテ所属の生徒を一応は同志として扱っている。その信頼関係が破綻すれば、ブランシュの人間は途端に校内で孤立無援になるだろう。そのリスクを冒してくるかどうかだな」

 

「こちらは最悪の場合を想定して動く必要がある。司波、その辺りについて補足はあるか?」

 

「ブランシュ側はセキュリティを薄くしてから実行に臨むでしょう」

 

 三人は首を傾げる。セキュリティを薄くするとはいっても、そう都合よく監視の目が弱まる機会など……。

 

 

「エガリテに指示して校内で差別撤廃に対する交渉のテーブルを用意させ、学校側と風紀委員や部活連などの眼をそこに集中するよう誘導することが調査で分かっています」

 

「……そういう意見を出されれば、こちらがそれを無下にすることはできないわね」

 

「討論をしている間に監視体制の甘くなった図書館などを襲撃し機密情報を盗み出す。討論を行う会場には当然、風紀委員も張り付かねばならなくなる。学校側としても暴動にならないように監視役を立てるとすれば、侵入者の対応に手が回らなくなるだろうな……」

 

「つまり、エガリテに毒された者たちが交渉のため指定してくる日取りはテロリストたちが当校を襲撃する日にちでもあるということか」

 

 

 十文字克人、七草真由美の両名は、一生徒とは思えない深刻そうな顔つきで検討する。葛藤の重さは魔法師としての名家の重責を知るがゆえに。その重責に囚われぬ女傑、渡辺摩利が不意に立ち上がった。

 

「テロリストどもの思惑通りにはさせん。ブランシュがのこのこと現れるというなら、万全の布陣を仕掛けておくまでのことだ。相手が襲撃するタイミングが分かるなら、こちらはその時を見越して待ち構えればいい」

 

「摩利……そうね、当校を狙う相手を一網打尽にできる好機と捉えましょう。風紀委員、部活連、生徒会で連携を取り、ブランシュを確実に撃退します」

 

「学校側には俺が話をつけておく。元を正せば、責任は差別構造を作ってしまった学校側にもある。エガリテに所属してしまった生徒たちの処分を可能な限り軽くしてもらおう」

 

「十文字くん……でも、それには絶対に達成しなければならない条件があるわよね」

 

「ああ、学校側にこの条件を呑ませるためには、生徒の被害が皆無でなければならん。死傷者を出すことは許されない」

 

「上等だ。此処まで好条件で相手を迎え撃てることなんて、早々無いだろう。怪我人も出さず、テロリストどもを完封してやる」

 

 

 やる気満々になっている三巨頭を前に、達也は限りなく存在感を殺して木石のごとく黙りこくっている。気配を薄め、達也が大人しくしていると──。

 

 三者の議論が終わったところで、十文字会頭がこちらを強めの眼差しで見つめてくる。

 

「……一つ聞いておきたい。この情報の出どころについて話すことは可能か」

 

 十文字会頭の言葉は、俺の立場を最大限尊重してくれたものだった。その気遣いが分からぬほど、こちらも捻くれてもいないつもりだ。

 

「……自分が独自に調べ上げたものになります」

 

 

 この発言を鵜呑みにすることはないだろう。情報の裏どりや俺の身辺調査などをされることを想定しておく。ただまぁ、こちらの情報の確度についてはそれなりに信頼してくれたらしい。

 

 

 あとは百合香との打ち合わせで創作した欺瞞情報(カバーストーリー)、その内容を語って、“言いくるめ”に成功するかどうか。

 

 達也はとうとうと嘘を並べ立てる。以前、壬生紗耶香に接触されたときから、ブランシュの情報を調査していたこと。ブランシュの動きに不審なものがあり、ハッキングなどを行って相手の企みを調べ上げた、という嘘に満ちた物語。

 

 

 言いくるめることができたか、達也は三人の様子を気づかれないよう伺った。

 

 “その結果(判定)は──”。

 

 

 “成功”した。

 

 達也は嘘を真実として思い込ませ、迂遠なやり方ではあるが情報のリークを完遂したのだ。三巨頭は、静かに頷いて達也の話した内容を信じてくれた。十文字克人の鋼じみた気配が僅かに和らぎ、世間話くらいの気安さで質問を投じる。

 

「大した調査能力だ…………司波、確かお前はかの“忍術遣い”九重八雲氏に師事しているのだったな。では、お前も古式の──」

 

「──いえ、その方面にも才能がなかったようで、自分は“古式魔法”の遣い手ではありません」

 

 敢えて、“古式魔法”の遣い手ではないことを強調する。ただし、“忍術”、“忍び”の点には触れず、ぼかすような口ぶり。三者がハッと数瞬だけ目を見開いたのを確認する。

 

 察しの良い三人は、言葉の裏に込められた意図、仕掛けられたミスリードに気づいてくれた。

 

 俺が“忍び”ではないかという可能性に──。

 

 

「自分が知るブランシュの情報はこれで以上になります。……退出してもよろしいでしょうか?」

 

「……ああ、下がってかまわん。情報提供、感謝する」

 

「えぇ、達也くんが報せてくれた情報のおかげで、テロ活動に有効な対策を打てそうです。本当にありがとう」

 

「腕っぷしだけではなく、相当な情報通でもあると──。まったく君は実に面白いな」

 

 

 明確な回答は控えて、俺は立ち上がるとそれっぽい去り際のセリフを口にする。

 

「──それでは今後ともご贔屓に」

 

 

 我ながら、なんとも胡散臭いセリフを吐いたものだと感心してしまう。師匠や百合香の雰囲気に毒されでもしただろうかと僅かに考え込んだが、それは別にいい。

 

 ともかく、情報をリークした時点で今回の俺の役目は終わり。

 

 あとは十文字先輩や七草先輩が骨を折ってくれるだろう。

 

 

 

 

 元より達也には、何が何でも自分の手でブランシュを潰そうという気はなかった。学校側や生徒会などの対応が後手後手なら、手っ取り早く自分で始末したかもしれない。けれど、自分が動く必要がなくなれば話は別になる。

 

 元より目立ってはいけない身。十文字や七草の関心を惹いたかもしれないが、大多数に深雪や自分の実力を明かす愚は犯せない。

 

 

 そう、情報をリークすることによって──。

 

 

 今回の達也は、当事者であることを放棄した。

 

 

 既に達也は事態の蚊帳の外に位置している。これからブランシュがテロ行為に及ぶだろうが、深雪や達也は普通の一年生の範囲で動いていればいい。

 

 達也にとっての最優先事項は初めから決まっている。

 

 

 深雪の身の安全と平穏な学生生活を守ること。

 

 そのためなら、第一高校に被害が出ようと、エガリテに関わった者の進退、一科二科の差別問題。

 

 全てが些事である。

 

 

 校内でブランシュと多少の戦闘はあるだろうが、そこそこ腕の立つ一年というくらいに抑えておけば問題はない。これは楽観視ではなく確証を持っていることだ。

 

 問題が起こる不確定要素など最初から刈り尽くされている。

 

 

 何故なら、これはあの四葉百合香が用意した盤面(セッション)なのだから。

 

 

 




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