明日、地球は崩壊する。

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#隕石撮った

 一月三日、国連はNASAと共同で「約一ヶ月後に巨大天体Xが地球と衝突し、地球が崩壊する」と発表した。

 ESA、JAXAなどの有力な宇宙機関が次々と国連発表を支持した。

 一月四日、アメリカを中心に各国が核兵器、ミサイル等を使った天体Xの迎撃や、地球の軌道の変更等の検討を開始した。

 一月七日、アメリカは声明を発表した。曰く「天体Xとの衝突は、迎撃、回避その他あらゆる手段をもってしても回避不可能である。地球は、ロンドン本初子午線基準二月一日一八時四一分三十秒前後をもって、天体Xと衝突し、崩壊する」と。

 

 かくして地球は終末を迎えることとなった。

 

 

 

「きっつ、この坂こんな勾配あったっけ」

 スマホの明かりで足元を照らしながら急坂を歩くこのツンツン頭の少年は、島田という。彼は今、山を登っていた。彼の家から自転車で二十分ほどのところに登山口がある、400mほどの山である。彼はかれこれ一時間ほど登山道を歩いていた。

 現在時刻は二月一日二二時三十分頃。衝突予想時刻は日本で二月二日三時四一分であるから、残された時間はあと五時間ほどである。

 

 程なくして、彼は頂上に辿り着いた。

「ふう」

 彼は額の汗を拭い、息をついた。そして、いろいろ物が入って膨らんだバックパックを下ろそうとした時のことである。

「あれ、島田?」

 彼は聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。振り向いて声の主を見る。

「萩原か、久しぶり」

 聞き覚えがあるのも当然だった。彼女は教室で島田の隣席だった萩原だ。ピアス、少し派手な服、肩までの金髪、そしてトレードマークの星型のヘアピン。唯一、学校と違って制服ではない点が島田には目新しかった。

「一ヶ月ぶりくらいか?」

「まあそんぐらいじゃない?」

 適当に会話を流しながら彼女の座るレジャーシートに近づいた彼は、バックパックから自身のレジャーシートを取り出して広げた。重しの石を四隅に置いたあと、あぐらをかいて座り込む。そしてちらりと彼女の方を見て、怪訝そうな顔をした。

「どうやったらそんな荷物持って登って来れたんだ?」

 彼女の横には、華奢な彼女が背負って山を登るには大きすぎるザックがあった。

「なんか隣の山のスキーケーブル、整備のおっちゃんに頼んだら動かしてくれてさ〜、そっから尾根辿ってきたからあんまり疲れてない」

「うえ〜まじかよ。俺一時間は歩いたのに」

「お疲れさん、かわいそうだからポテチあげたげる」

 彼女がポテトチップスの大袋の端を摘んで持ち上げ、彼に言った。

「貰うわ、サンキュ。代わりにおにぎりいる?」

「ちょーだい」

 彼はコンビニで買ってきたいくつかのおにぎりを袋ごと渡した。

「やっぱ景色いいな」

「うん。それに、予測が外れなければこっから直接衝突見れるし」

 彼女の言う通り、隕石は太平洋のど真ん中に落ちるという予測が出ていたので、太平洋側のどこからでも観測できるはずである。

「死ぬならやっぱ綺麗なとこがいいっしょ。隕石、絶対映えるから撮るし」

 彼女はシールやら何やらでゴテゴテ装飾されたスマホを取り出した。

「何、インスタ?」

「そ、天国行って自慢すんの。あたし最後にこんな綺麗なの撮れたよって」

「夜だから暗いけど」

「隕石近づいてきたら明るくなるっしょ。なんか燃えたりして」

「知らね」

 いつものような中身のない会話が、二人には心地よく感じられた。

「学校なくなってから何してたん?」

「んー、昨日はカラオケしたな。結構ダラダラしてた。萩原は?」

「小説書いてた……恥ずかし」

「いーじゃん。どんな?」

 現代国語の成績が万年地をはっている島田にとってまともな文章が書ける人はそれだけで尊敬に値するのだった。

「……」

「んな恥ずかしがる? 小説書くのすげえって」

 彼がそう言ってもなお彼女は恥ずかしがった。

「…………えっとね、恋愛もの。読む? 今タブレットあるけど」

 照れ隠しのような早口で彼女は言った。

「借りるわ」

「即答だね」

「そりゃ気になるだろ、クラスメイトが書いた小説」

「あっち向いとくわ。ハズい」

 萩原は顔を赤らめて島田に背を向けた。

 

「サンキュ、結構おもろかった」

 彼女とのLINEの文体的に、絵文字顔文字混じりの若干読みづらい JK語で書かれていると島田は思っていたのだが、読んでみると普通の文体で拍子抜けした。てか普通に読みやすかったな、LINEもそうしてくれよと言うのが島田の感想であった。

「てか男のモデル、数学科の今村?」

 彼は読みながらうすうす感じていたことを言った。彼に確信はなかったが。

「はあっ!? なんでバレたし!」

「お、当たった」

 鎌かけに成功した彼はニヤニヤと笑う。

「まああいつイケメンだよな〜」

「まじでハズいって。誰にも言うなよ!」

「言わない言わない」

 ってか言えない、と島田は心の中でつぶやく。そもそもあと五時間弱、もう誰にも会う予定はない。

 

「そういやさ、さっきから気になってたんだけど、島田のそれ、ギター?」

 萩原は島田の横の黒いカバンを指して言った。

「おう」

「島田、ギターなんてやってたっけ?」

「実は弾ける」

 彼は若干自慢げな顔で言った。

「え、聴きたい」

 彼女は身を乗り出して興味を示した。

「ちょい待ち」

 彼はギターを取り出し、構える。そして、弾きながら歌い出した。

 

 演奏が終わり、萩原が噴き出す。

「んっ、ふふ、ごめん笑っちゃった」

「んだよ」

 島田が少し拗ねたような顔になる。

「いや、自信ありげに言ってたのにさ」

「言ってねーよ」

「その、あんまり上手くないのがツボっちゃった」

 くっくっくっ、と笑い続ける彼女に彼は反論する。

「しょうがないだろ。始めたの二週間前だから」

「でもさ、歌はうまかったって! プロ行ける!」

「えー……」

 彼は胡乱な目で彼女をみる。

「あたしファン一号ね! 次の歌ってよ」

「しゃーねーな」

 半分おちょくられているのは彼もわかっていたが、褒められると悪い気はしなかった。

 結局、彼が覚えていた残りの三曲も全て演奏した。

 

 空を見上げながら二人はつぶやく。

「さっきの小説、宇宙に飛ばしたんだよね。今頃宇宙にあるんじゃないかな」

「そういやあったな、打ち上げサービス。俺もなんか飛ばしときゃよかった」

 二人は寝転がりながら夜空を眺める。

「あ、うわ!」

 不意に萩原が勢いよく起き上がる。

「ん? どした」

「作者名入れるの忘れたっ! あー、宇宙にあたしの名前残したかったのに」

 彼女は、やってしまった、というような顔をしていた。

「いいじゃん、エモいんじゃね? 宇宙を漂う作者不明の小説」

「まあ言われてみれば?」

 ボイジャーとかもエモいし確かにね、と彼女は小さく付け足す。

「そういえば、一昨日だっけ? どっかの社長が乗ったロケット打ち上げる予定だったと思うんだけど」

「家族だけ乗せようとしたらいろんな人乗っちまったらしいな。で、打ち上げ失敗して海に落ちたんだとさ」

 彼は一昨日、つまり打ち上げ当日見たネットニュースの記事の内容を、そのまま言った。ちなみに、この次の記事の後、そのネットニュースは更新されていない。

「マジ?」

「マジなんじゃね、知らんけど」

 交通機関が麻痺し、ネット越しでしか遠隔地の情報を得られなくなった今、もはや遠国の事情を正しく知るすべなどない。

「……ご飯とかどうするつもりだったんだろ。ちっちゃい畑とかがあったのかなあ」

「なんか前見たSFにあったわ、そんな設定。結局増築しまくって宇宙船の中で街つくる、みたいな」

 彼は二、三年前に見た映画を思い出しながら言った。その映画も地球が壊れて人類が滅亡する話であった。まさか本当のことになるとはな、と彼は心の中でつぶやいた。

「へえ」

 

「そういえば読み残してた小説あるし、読もっかな。本何冊かあるから、余ってるやつ読む?」

「じゃ借りるわ」

 そう言って彼は彼女から本を受け取り、二人は各々読み始めた。

 

 

 

 本に没頭していた二人は、スマホからの通知音で意識を引き戻された。画面には、衝突まであと十分、と表示されている。

「……もうすぐだね。島田、なんかやり忘れたことある? ってまあ今更遅いか」

 カウントダウンを眺めながら彼女はそう言った。

「んー……特に思いつかねーな」

 彼はやりたいことをだいたい終えていたので心残りはなかった。

「あっ、あれ。上に見えてる!」

「うわデカっ! 思ってた以上にデカいな、隕石」

 彼らが本に夢中になっている間、いつのまにか天体Xは目視できるほどに近づいていた。

 まだ少し距離があるので小さめに見えるが、衝突直前には空の半分は覆うだろうという大きさだ。

 ただ、不思議と彼らに恐怖感はなかった。

「てか、暑っ……」

「熱とか出てんのかね」

「空気と摩擦? とかあるんじゃない? 知らないけど」

 季節は冬ながら、すでに真夏の酷暑を軽く上回る暑さとなっていた。

「なんか意外とあっさり終わりそうだね、人生。もっと泣いたりするかと思った」

「なんか現実感ないしな。死んで起きたら実は夢でした、みたいなのあるかもしれねー」

「そうだといいんだけどね〜!」

 

 激しい地鳴りが起こる。爆風が吹く。終わりの時は、近い。

 衝突まで二分を切った頃から、島田は目を瞑って感傷に浸っていた。

 もうあと十数秒で衝突という時。

 唐突に萩原が大声を上げた。

「あっBeRealきた!」

 彼女はスマホの通知を彼に見せた。

「島田、録るよ!」

「え今!? あと十秒ないって!」

「いいからこっち見て!」

 彼女は彼の腕を引っ掴んで、スマホを構えた。彼女は笑った。つられて彼も笑った。そして彼女が掛け声を出す。

「撮るよーっ! せーのっ!」

 

 パシャ!

 

 シャッター音と同時に閃光が視界を覆った。

 

 

 

 そして、世界は。

 


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