カムイモシリの守り人   作:Haruyama

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囲い火の坑道

―翌朝―

 

 土方の号令で一癖も二癖もある面々が集まった。

 

「夕張の剥製所に刺青人皮があるらしい。この件は牛山と尾形、史戸那に任せる」

「……剥製所」

 

 小さな呟きを牛山は聞き逃さなかった。

 

「知ってるのか?」

「夕張で剥製所と言えば――江渡貝弥作の所しかない」

 

北海道で剥製を扱う店など限られている。

まして夕張と名が出れば、ほぼ一択だ。

 

「有名なのか」

「墓を荒らして遺体を剥製にする変態ですよ。腕は確かですが」

 

 本来、剥製は動物が対象だ。人間の皮を扱うなど正気ではない。

 

「悪趣味だな」

「刺青人皮を集めている時点で、こちらも似たようなものでは?」

 

 土方の尤もな返しに、アサムは小さく笑った。こうして三人は夕張へ向かうこととなった。

 

________________________________________

 

 数日後、夕張に到着。情報収集の最中、アサムは二人とはぐれてしまう。土地勘がないせいか、嗅覚も視覚も僅かに鈍る。

 

(……どこだ、ここ)

 

 視線の先に軍服姿の男が歩いていた。

 

(聞くだけ聞くか)

「すみません、少しよろしいでしょうか」

 

 振り返った男は風呂桶を抱えている。

 

「はい、何でしょう」

 

 穏やかな声音。

 

「道に迷ってしまって。この近くに剥製所があると聞いたのですが」

 

 その瞬間、男の目がわずかに鋭くなる。

 

「……どのようなご用件で?」

 

 服装を見て気づく。第七師団。

 

「主人に頼まれまして。屋敷に飾る剥製を注文する前に、腕前を見てこいと」

 

 男は柔らかく笑った。

 

「そうでしたか。実は私もそこへ戻るところです。よろしければご案内しましょう」

「助かります」

 

 男は名を名乗った。――月島軍曹。道中、世間話を交わす。

 

「江渡貝は気難しいですが、腕は一級品です」

 

 第七師団にもまともな人物はいるのか、とアサムは思う。少なくとも、鶴見の側近らしく狂気を滲ませるタイプには見えない。

 やがて建物が見えた。

 

「……あれが江渡貝剥製所です」

 

 だが、アサムは足を止める。

 

「扉が開いてますね」

 

 次の瞬間、月島の頭を強く引き下げた。窓ガラスに残る狙撃痕。

 

「腕のいい射手ですね。これは私が関与すべき類ではない」

 

 淡々と分析する姿に、月島は目を細める。――ただの依頼人ではない。

 

「……では私は失礼します。まだ死にたくないので」

「ああ、その方が賢明だろう」

 

 軽く手を振り、アサムはその場を離れた。月島は小さく呟く。

 

「只者ではないな……」

 

 

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 建物の手前で、背後から銃を突きつけられる。

 

「お前はここにいた兵士の仲間か?」

 

 聞き覚えのある声。振り返る。

 

「……杉元?」

「!!アサムじゃねぇか!」

 

 銃を構えていたのは――杉元佐一。中から白石由竹が飛び出してくる。

 

「アシリパも夕張にいるんですか」

「ああ」

 

 白石は慌てて戻ってくる。

 

「見ろよこれ! 鶴見中尉はここで偽物の刺青人皮を作らせてたんだ!」

 

 両手には異様な人型剥製と、試作の皮片。

 

「何か知ってるか?」

「町でシロクマが走っていると聞きました。この状況なら、その正体は剥製の皮を被った江渡貝でしょう。狙撃で仲間を失い、偽物を持って逃走――妥当です」

 

 杉元は頷く。

 

「よし、追うぞ! アサムは?」

「……中を見ます」

「剥製に興味か?」

 

 茶化す白石を背に、アサムは建物に足を向けた。

 

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 静まり返る剥製所内。鼻が利く。微かな火薬と血の匂い。

 

「……見っけ」

 

 物陰に潜んでいた男。――尾形百之助。

 

「……杉元たちを知っているのか」

 

 低い声。

 

「尾形さんと出会う前にね。知り合いが一緒に行動している」

 

 その瞬間、空気が変わる。表情は笑っている。だが目が笑っていない。

 

(あ、嫉妬だ)

 

 わかりやすいほどの独占欲。

 

「……あいつらの方が先か」

 

 静かな問い。そこにあるのは確認ではなく、測定だ。

――自分がどの位置にいるのかを。

 

 アサムはあえて軽く手を握る。

 

「ほら、追いかけましょう」

 

 一瞬、尾形の指が強く絡む。ただ引かれるのではない。引き戻せる力を確かめるように。

 

「……俺から離れるなよ」

 

 冗談めかした声音。だが力は緩まない。

 

それは庇護ではない。

選択肢を削る静かな圧力。

 

アサムはまだ気づいていない。

この男の視線が、守るためではなく

“囲う”ためのものに変わりつつあることに。

 

 

 手を引き、二人は外へ出た。

 

――…

 杉元たちの後を追って炭鉱へ向かうと、シロクマが坑道へ逃げ込んだという情報が入った。坑口に辿り着いた瞬間、ちょうどトロッコに飛び乗る、杉元佐一と白石由竹の姿が見える。

 その先には、月島軍曹とシロクマ。

 

「……トロッコか。乗るぞ」

「えー……」

 

 不満の声を無視し、尾形百之助はアサムを軽々と抱え上げ、トロッコへ放り込む。続いて自らも飛び乗った。

 

 坑道内で銃声が反響する。杉元と月島の銃撃戦。その間を縫うように走るトロッコ。尾形は前方へ銃を構える。

 

(あー……哀れ)

 

 自分の立場の曖昧さを、今さらながらに思う。

 

杉元側か。

尾形側か。

だが、居心地がいいのはどちらかと問われれば――

 

ドンッ

 

 急な揺れに体勢を崩し、尾形の背へぶつかる。

 

「何ぼーっとしている」

 

 どうやらレールの切り替えをしたらしい。

 

「はは……」

 

 本気で考え込んでいた。前を見ると、杉元たちの姿は消え、前方には月島とシロクマだけがいる。

 

「ちゃんと前を見てろ」

 

 そのとき、月島の視線が一瞬アサムに向き、驚愕に変わる。

 

「……なんか嫌な予感」

 

 尾形が聞き返そうとした、その瞬間。

 

「マイトに火を点けたぞぉ! 止まれーッ!!」

 

 坑夫の叫び。反応したのはアサムだった。咄嗟に鉄棒を掴み、車輪とレールの隙間にねじ込む。凄まじい摩擦音とともにトロッコが減速。

 

 直後、爆発。

 

「……ほれ」

「ホレじゃない。月島に逃げられる」

 

 尾形は飛び降り、トロッコを押す。だがびくともしない。その瞬間。

 

鼻腔を焼く異臭。

 

「――尾形さん、下がって」

 

 尾形の背後に立つ。

 

「ガスだ」

 

 鉄が焦げるような匂い。

 

「ガス突出だ! 逃げろぉ!!」

 

 叫びと同時に、凄まじい爆轟。アサムは尾形を突き飛ばした。

 

 

爆風が坑道を吹き抜ける。

さらに連鎖爆発。

地面が跳ね、岩盤が崩れる。

 

 

 尾形は転がりながら起き上がる。黒煙で何も見えない。さっきまで自分が立っていた場所は瓦礫の山だ。

 

(……アサム……!!)

 

胸が冷える。

もし下敷きになっていたら。考えただけで思考が止まりそうになる。

 

 そのとき、足元で微かな感触。服を掴む指。

 

「……尾形……さん」

 

 血に濡れた顔。

 

「アサム!!」

 

 頭部から大量出血。尾形は即座に背負う。地を這うように出口へ。

 

「喋るな。出口はすぐだ」

「……眠……い……」

 

 首に回っていた腕の力が抜ける。完全に意識が落ちた。

 

 

 

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 外へ出ると、まばゆい光。

 

「起きろ!」

「……ん……」

 

 目を擦る。周囲には負傷者。黒煙。混乱。

 頭が割れるように痛む。それでも立ち上がろうとするアサムの背に、尾形の視線が止まる。

 

焼け爛れた皮膚。

爆風から庇ったときの傷ではない。

もっと古い、根の深い痕。

 

 尾形は何も言わず外套を被せる。

 

「……着ろ」

「?」

「見苦しい」

 

 乱暴な言い方。だが視線は周囲から遮る位置に立っている。

 

「……ありがとう」

 

 わずかに笑う。尾形は額の血を拭う。だがその手は、まだ震えていた。

――失う可能性を初めて現実として突きつけられた男の震えだ。

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 やがて、牛山辰馬と合流。そこには杉元と白石もいる。そのとき。

 

「アサム!!」

 

 駆け寄る少女。アシリパ。抱き止める。

 

「久しぶりだな!」

「アシリパこそ」

 

 胸の奥が温かくなる。頭痛が消えるほどに。その後ろから、キロランケが煙管をくわえ笑う。

 

「久しいな、アサム」

 

 懐かしい声。その輪の外に、尾形は立っていた。彼だけが、入れない。

 

 

「なぁ尾形」

 

 牛山が問う。

 

「アサムって史戸那のあだ名か?」

 

 尾形は視線を外さず答える。

 

「あぁ。こいつらはそう呼んでいる。合わせた方がいいだろうな」

 

 あくまで淡々と。だが胸の奥に沈む違和感。

――あの少年が見せた笑顔は、自分に向けられたものとは違う。

 

そこには“過去”がある。

自分の入り込めない時間。

爆発の瞬間よりも、ずっと静かで、ずっと重い感情が沈殿する。

 

――離すな。

理性の奥で、何かが囁く。

 

 

 

 再び一行は、江渡貝弥作の剥製所へ向かうこととなった。その道中、尾形は一度もアサムの手を離さなかった。

 

――…

 道中、アシリパやキロランケと他愛のない話を交わしているうちに、気づけば再び剥製所へ辿り着いていた。

 

「……ちょっとやってくるわ」

「ああ」

 

 アサムは武器一式をキロランケに預けると、迷いなく中へ入る。その後を、尾形が追った。

 

「アサム、どうしたんだ?」

 

 アシリパの問いにキロランケが答える。

 

「死者への儀式だ。中で人が死んでいるんだろう?放置するより、せめて形だけでも整えてやりたいとさっき言っていた」

 

敵味方は関係ない。

死者は死者だ。

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――室内

 頭部に一発。即死。横たわる兵士の瞼をそっと閉じる。

 

 血を拭い、乱れた衣服を整える。死後硬直した身体を日の当たらぬ場所へと運ぶ。保存状態が少しでも保たれるように。最後に軍帽を胸元へ置き、静かに手を合わせた。

 

 

 背後から声。

 

「何をしている」

「弔い」

 

 尾形の視線は冷ややかだ。

 

「……矛盾してますよね」

 

 振り向かずに言う。

 

「散々人を殺してきた奴が、今さら死者に手を合わせるなんて」

 

 軍帽を整えながら続ける。

 

「だったら最初から殺すな、って話ですよね」

 

 だが表情は淡々としている。

 

「でも私、罪悪感なんてないですよ。殺しは生き残るための手段でしかない」

 

 それは事実だろう。

 

「弔う気持ちもない。ただ――」

 

 わずかに笑う。

 

「形から入るだけ。そうすれば、何かを持っている“ふり”はできるから」

 

 尾形はその笑顔を見つめる。

 

空洞。

だが、完全な虚無でもない。

 

「……そうか」

 

 それ以上踏み込まない。

 

「終わりました。戻りましょう」

 

 何事もなかったように歩き出す。

 

 

________________________________________

 

 外では、土方歳三と家永カノが来ていた。

 

「食事の前に傷を診てもらえ」

「大したことないです」

 

 左顔半分は血まみれ。

 

「家永、診てやってくれ」

「そのうち治ります」

 

 拒む。だが家永は興味深そうに微笑む。

 

「まあまあ。ご飯の前に少しだけ」

 

 小部屋へ誘導。尾形も当然のように入る。血を拭うと、傷は浅い。

 

「少し切れただけですね」

「背中も診てやってくれ」

 

 尾形が即答する。その瞬間、空気が変わる。

 

「……結構です」

 

 家永が背に視線を向けた途端、アサムは上着を掴み羽織った。

 

「古傷です。怪我じゃない」

 

 声は硬い。家永は察する。

――踏み込めば拒絶される。

 

 そっと頬に触れる。

 

「綺麗な顔立ちなのに、傷を増やしてはだめですよ。もう少しご自分を大事に」

 

 アサムは小さく首を傾げるだけ。家永はそれ以上追わず部屋を出た。

________________________________________

 

――外

 

「古傷とは何だ」

 

 尾形の声は低い。

 

「知る必要がありますか」

 

 振り向かない。

 

「過去の遺産です。傷だらけの身体なんて……人に見せるものじゃない」

 

拒絶。

明確な線引き。

 

「背中のことは触れないでください」

 

 尾形は黙る。触れられない領域。そこに踏み込みたい衝動が、逆に強まる。

 

「……尾形さんは怪我しませんね」

 

 話題を変える。

 

「いいですね、傷がなくて」

 

棒読み。

狙撃兵と前線の差。

 

 尾形は答えない。

 

“傷がない”のではない。

見えないだけだ。

 

 そのときアサムは家永が台所へ戻るのを見つけ、そちらへ歩いていった。

 尾形はその背を見送る。笑みが浮かぶ。だがそれは柔らかいものではない。

 

「……欲しくなるな」

 

 

爆発の瞬間。

失うかもしれないと理解した。

過去に踏み込めないと知った。

他の人間と笑い合う姿を見せつけられた。

 

理解できない部分があるほど、

手に入れたくなる。

 

独占では足りない。

全てを把握したい。

拒絶すらも含めて囲い込みたい。

 

「クク……」

 

楽しげな声。

だがその本質は、所有欲。

 

守りたいのではない。

手放したくないのだ。

 

そしてそれは、

愛情よりもはるかに重い感情だった。

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