恐らく現場は大変な忙しさになるであろうと身構えていた貴方。
しかし、今まさに彼女の首にしがみ付き、その覚悟はまだ生易しい物であったと気づくだろう。
(人間ちゃん! もうちょっとがっしり掴むっすよ!)
比喩でなく、貴方は振り落とされる勢いを耐えながら彼女にしがみ付いていた。
(人間ちゃん、ここで待機、後ろの柱に隠れるっス)
休みなく魔力炉を駆けまわる彼女は、様々な工程を見回せる高所に飛び止まったかと思えばすぐさま地面に落ちる勢いで降りる。
「管理人、配管は新しい設計図通りに今やってますよ? 何かありましたか?」
「……いや、今気づいたんすけど、ここのT字配管、設計通りにやったら魔力が干渉するっすね……」
「えぇ、どこだよ……? 設計のヤツ適当なの送ってきてんじゃねぇよ……」
「このままだと両側から流れた魔力が衝突して、外からの操作で急な力の変更があったらここが破裂するっス」
「はぁ……、どうすんだ。いったん作業止めるか? そんな時間ねぇぞ」
様々な管が血管のように接続されていくようにしか見えない貴方であるが、彼女たちの目ではそうではないらしい。
「コリャただの凡ミスっスね、しかもめっちゃ初歩的な……、今、新しい設計を共有するっス、片側を圧抜きに回して、主流はこっち一本に寄せるっス。接続順も逆にするっスよ」
「へっ、原則は報告の上で原因と影響範囲を特定じゃねぇのか? アンタの好きな手順はどうしたんだ手順は」
「報告しても、損して泥被るのは私らっス。守っても危険で、しかも現場だけ苦労するなら、それは手順じゃねぇっスよ、設計者のやつとは知った仲なんで後で詫びの品でも揺すってくるっス、明日の土産に持ってこさせるっすよ」
「ヒュー! だそうだ、アンタらこのまま続行だ!」
「たのんだっスよ」
作業を再開し始める彼女たちを感心したように眺めていると頭に声が響く。
(人間ちゃん、また飛ぶっす)
風に煽られないように小走りで駆け寄ってくる彼女に、貴方はぶつかる様にしがみ付いた。
彼女は一瞬で空高く舞い上がると、すぐさま別の淫魔達の元へ降り立つ。
「はぁ……、――ちょっとこの作業で確認したいことがあるんでいいっスか?」
「それ今ワタシがやんなきゃダメなやつ?」
「あー、別に資材で聞きたいことがあるんで、適当なヤツでいいっスよ」
「新人ー、ちょっと話聞いて」
「分かりました!」
彼女は、何事もない顔をしながら小走りで近づいてくる淫魔を連れて少し離れた所に歩く。
貴方は、その生真面目そうな淫魔に見覚えがあった。
「何か問題が?」
「問題ないっス、むしろ早いくらいっスね、悪いっスけど終わったら一名、2班に手を貸して欲しいっス」
「分かりました」
真面目そうな淫魔が返事をして、持ち場に戻ろうとする。
それを彼女は自然な歩法で遮った。
「……? まだなにか」
「そんで次が本題っスけど、……残魔力の申告、誤魔化してるっスね?」
彼女の一言に新人の淫魔の表情が強張る。
「魔力欠乏での業務は厳禁っていっつも言ってるっスよね」
「えっ、いや、自分は……! まだいけます!」
「まだいける奴は、工具を二回落とさないっス」
「で、でも、支給品以外の魔力補充は自腹で……、魔力が今厳しくて……」
「たくっ……、一体何に使ったんスか……」
「そ、その、目当ての子と一晩遊ぼうとして……、でも結局できなくて……」
暗い顔をする新人淫魔を見て、彼女は大きくため息をつく。
「はぁ……、育ちざかりの若い淫魔はヤリたがりっスね……、これ持ってくっスよ」
「い、いいんですか!?」
「普段、淫魔にしてはマジメな子だと思ってるから……今回は特別っスからね、見逃すから2班の手伝いの時にこれ持って、隙を見て補充するっスよ」
「あ、ありがとうございます……!」
「あと、ハマりすぎて身持ち崩すのは止めるっスよ、次やったら注意じゃすまないっスから」
何度も頭を下げる新人淫魔を彼女は最後まで見ずに貴方の元へ駆け寄り、空をかける。
その動きは縦横無尽と右往左往を混ぜ捏ねたような活躍であった。
「管理人! これ、規格合ってねぇよ、しっかりしてくれや」
「部品駄目にしなきゃ数あってたはずっスよ! 今直すんで待つっスよ!!」
北で部品が図面と合わないと訴える者がいれば、彼女の魔法で再構成し
「止めるっス」
「えぇ? 今度は何?」
「そこの接続ズレてるっス、そこは後で残す本管なんで慎重にやるっスよ」
「えーよくない?」
「これが出来た後、保守もやるんすよ? 後で泣きを見るのは私らっス」
南で粗い作業をする者を見つければ、すぐに駆け付けて相手を説得し
「もう無理じゃね? 管理人、これ納期に間に合うと思います?」
「間に合ったことにする方法なら、いま必死に考えてるっス」
「うわぁ……、最低だ……」
「終わったら差し入れ持ってくるっスからがんばるっスよ」
「へーい」
西に気力が失せた者がいれば、話を聞いて褒美で励まし
「……管理人、なんか計測器に変な反応が、ん? あれ、なんか向こうの柱に変に阻害されてるような……」
「あー、それ多分導管のノイズっスね、ちょっと再起動してみるっスよ、私はちょっと柱の方も見てくるっス」
「了解です。……ってすごい勢いで飛んでどこ行くんですか管理人、――――おっ、ホントだ正常になった」
「はぁはぁ……、き、きにしないで作業を続けるっス……!」
東の貴方に問題があれば、何よりも早く駆け付けた。
そんなことを何度か繰り返した頃であろうか。
ようやく彼女は空中に留まり、全体を俯瞰する。
(3班はこれで良し、他の班も問題ない……、魔力の流れは……、ん~? なんかヤケに5班のとこ少し詰まってる? 進捗が遅いだけっすかね……?)
彼女の思考が頭から漏れ出ているのか、その心の声が聞こえる貴方。
しかし、仕事の邪魔はしてはならないだろうと、貴方は彼女の体に静かに身を潜めた。
(って、思考漏れてた……、というか人間ちゃん、大丈夫っスか? 疲れてない?)
――今の貴女の姿を見て、そんな言葉を吐ける者などいないだろう
その言葉に、彼女は貴方の体を軽く抱き寄せ、誰にも見えない角度で、苦笑いを返す。
(まぁ、きつい仕事っすよ)
今も煙を吹き出す炉を見下ろしながら、そこで動き回る淫魔達を彼女と眺める。
「5班! そこ! まだ圧抜き終わってないっス!!」
会話の途中、彼女は大声で作業を行っている淫魔に指示を飛ばす。
貴方は遠くで淫魔が手を振るのが小さく見えた。
「声かけはしっかりするっスよ!!表示じゃなくて、人の目視と声かけでやるっス!」
「すんません! こっちの表示だと完了の表示になってました!!」
「表示を信じるなっス。表示は責任取らないっスからね!」
貴方はそのやり取りを聞き、門外漢だと分かっていながら、思わず口を挟んでしまう。
――なぜ稼働しながら炉をつくるのだろうか、全て作り終わってから動かせばよいのでは?
(おっ、いい質問っスねぇ~、人間ちゃん)
まるでニュース解説者のように彼女は話しだす。
(魔力炉は作って動かすんじゃなくて、すでに動いてる特殊で不安定な燃料の核、その周りに炉の機能を作っていくんですよ)
その話はまるで、鼓動する心臓を止めないまま、その周囲に血管と臓器を縫い足していくようなものに聞こえてしまう。
(ちなみに死ぬと大抵は爆発するっスね)
――自身の世界も人のことは言えないが、なんと危険なエネルギーを使っているのだろうか――
その心の声に彼女は曖昧な笑顔で返すと魔力炉の中心を見る。
(まぁ、そうっスね、……じゃあそろそろこの仕事にも飽きてきたんで、こっちの仕事に取り掛かるとするっス)
貴方はその言葉に頷くと、彼女は滑空しながら一度低い高度を取る。
「とりあえず順調そうなんで、今のうちに私は外殻の検査と補修をするっス! ちょっと離れるっスよ!!」
彼女の言葉に目を向ける淫魔は半数ほど、間延びした返事を返しながら、皆がそれぞれの作業に集中していた。
(急ぐっスよ)
彼女の体が加速する。
この慌ただしい現場の中で、彼女が無理やり作った僅かな空白。
それが何を意味するのかを貴方は理解している。
貴方は――