事務所から出ると、その場にいた作業員たちの目が集まる。
「管理人、無事か」
「無事に見えるなら目医者行くっスよ」
「おー、いつもの管理人だ。じゃあ大丈夫じゃね?」
「大丈夫ではないっスよ?」
「いったい何をやらかしたんだか、アンタが消されりゃ作業が止まって、私らの給料がヤバいんだから頼むぜ」
「私の心配をするっスよ、私の」
近づいてくる淫魔達は彼女を見ると安心したように胸を撫で下ろす。
「いやてっきりあのサディストに管理人が消されてるんじゃないかと話してた」
「何言われたんだ? 現場が締め上げられるようなことは勘弁よ」
その言葉に彼女はあえて答えずにただ微笑む。
「安心するっスそのための責任者っスよ、現場に責は行かないっス」
「つーかマジでなにやらかしたん管理人?」
「……工作魔法陣の不正利用がバレたッスね、んで今からそれをどうにかするために抜けさせてもらうっスよ」
「えぇ……!? そんなの何処もやってんじゃん! なんで私らだけ言われなきゃいけないのさ」
「またどっか行くのかよ、現場にいて貰わないと困るのにさぁー」
「いなくても動けるように日ごろから色々言ってるっスよね? 私抜きで現場回せなきゃ困るのは自分達っスよ?」
「えー、仕事しろよ管理人」
「そーだ、そーだ、もっと甘やかせー」
「つけあがらせるとこれだからアンタたちは……、ほら、さっさと作業に戻るっス」
現場の小言を彼女は宥めながら、その人波を抑えると、淫魔達は文句を言いながらも次第に作業へ戻っていった。
「……管理人、少し話いいか?」
「班長達には場を仕切ってもらわなきゃ困るっス、手短に頼むっスよ」
しかし、その中でも何人かはその場に残り、険しい顔をしており、その中で一人の淫魔が代表するように彼女へ近づいた
「その体、無理に直したな? しかも、その穴だらけの体……、まさか消滅しかけるぐらいの目にあったんじゃないのか」
「あー、まぁバレるっスよね」
「となると……、おいおい。管理人アンタ会社の魔力瓶を使ったのか?」
「根こそぎ使ったっス」
「……マジかよ、魔力の不正利用は厳罰じゃすまねぇぞ」
「そうっスね」
「そうっすね、じゃねぇよ管理人。お前どういうつもりで――」
「安心するっス」
彼女は相手の言葉を遮ると、残った面々に対して言い含めるように話しだす。
「現場が巻き込まれることにはならないっスよ、工場長はクソっスけど、嫌になるくらいの合理主義っス、意味のない嫌がらせはしないっスよ」
その言葉を聞いて相手の淫魔は大きなため息をつく。
「まるで、自分は消えるから問題ないと言いたげな」
彼女は曖昧に笑みを浮かべるだけであった。
「お前、マジに消える気か?」
淫魔は彼女の態度を見て、少しだけ語気を荒くする。
「消えたくはないっスよ、でもまぁ、やらなきゃいけないことがあるんス」
彼女は多くを説明しない、だがその目を見て、周りの淫魔達は瞑目した。
「……戻ってくる気がある奴の声じゃねぇんだよ」
「管理人がいなくなったら誰が私らの尻拭いするのよ……」
「あーあ、ちょっと使える上司かと思ったら大抵はこうなっちゃうんだよねぇ」
淫魔達は思い思いの言葉を吐くが、誰もそれ以上は彼女に踏み込まずにいた。
まるで、こうして誰かを見送ることに慣れているかのような態度だった。
「ここに私がいて困るのはアンタ等っスよ、工場長は私がいたら、現場ごと圧をかけてくるっスから」
その言葉を聞いて、その場にいた皆は諦めたように目を伏せる。
そしてしばらくの沈黙の後、彼女は口を開いた。
「現場で重大な規則違反をした淫魔に対する対応は分かってるっスね」
彼女はそう言った後、作業員たちとの間に線を引くように一歩後ろへ下がる。
それを見て作業員たちも彼女から距離を取って立った。
「私は仕事を辞めるっス」
「わーってるよ、……たく厄介者め、さっさとどこぞへと行っちまえ」
「管理人の癖に低魔力、現場の機嫌取りぐらいしか取り柄のない、ひどい上司だったわ」
「現場でおちょくれる管理人なんて私が知る限り貴女ぐらい、まったくイヤになっちゃう」
覇気のない声で彼女を責め立てる作業員達。
罵倒というより、決められた台詞を読み上げているような彼らを彼女は確認するように眺める。
「現場は私を止めた。けど、私はそれを無視して職務を放棄した。そうログに残すっス。工場長が戻る前に、管理部へちゃんと報告するっスよ」
その言葉に彼女たちは目を合わせずに軽く顎を動かして了承の意を示す。
彼女はそれを満足そうに眺めた後に、その場から歩き出しながら貴方に語り掛ける。
(じゃあ行くっス)
――すまない
(いいっスよ、どうせここには戻れないっスから)
――目的達成後はどうするつもりだろうか
(前に言ってた人間ちゃんを保護してくれそうな組織、その中で話が通じそうな淫魔とコンタクトが取れたっス。事を終えたらそこに高跳びっスね)
綱渡りのような作戦である。
だがこうなった以上、貴方は彼女と共に無理を通す覚悟はできていた。
貴方達は現場を離れる。
その背後で佇む淫魔達が声をかけることはもうなかった。
しかしその時である。
「あ、あの、管理人……!」
その空気を割るように、頼りない声がした。
「わ、私、さっきの分を返そうと……、そしたら話を聞いちゃって……」
先ほど、残魔力の申告を誤魔化していた新人だった。
「あー、新人、とりあえず今は黙って、仕事に戻るっス」
「でも、管理人……、や、辞めちゃうんですか……!」
「まぁこういうことはよくあるっス、新人は上長を見習って賢く生きるっスよ」
彼女はそれ以上の話はせずに、この場を貴方と共に去ろうとする。
「な、なら、これ……、これを持っていってください……!」
しかし、新人は彼女の前に回り込むと、手元から半分ほど魔力の入った瓶を取り出す。
「……それは、もうアンタの支給分っス」
「……はい」
「困るっスよ。作業員同士の魔力の融通は禁止っス」
「で、でも管理人は……」
「そんなことをした記憶はないっス、いいから仕事に戻るっスよ」
少しだけ険の入った声を出すと、新人の淫魔は少しだけ俯くが、意を決したように顔をあげる。
「さ、さっき管理人が言ったんです。魔力が欠乏した状態で作業するなって」
呆気にとられた彼女に新人の淫魔は瓶を彼女の胸へ突き出す。
「だから、管理人も無茶しないでください!」
「ぷっ……、クク、舐められすぎだろ……」
「会社の魔力がぶ飲みして、あの魔力量ってのがヤバいわよね」
「上司の素の魔力量を煽るとか、新人ちゃんやるゥー!」
彼女の背後から笑い声が漏れる。
彼女はそれを気分を害したかのように眉を顰めるが、淫魔達を見ないように目を逸らす。
「おい新人! 午後にぶっ倒れられても困る! これも持ってけ」
「私は半分だけね、今日買いたい女がいるの」
「ははっ新人より少ないじゃん」
「アンタのだって相当古いじゃない。新人が腹壊すんじゃない?」
「魔力瓶で腹は壊さないでしょ」
「管理人なら弱すぎて壊しそうじゃない?」
「たしかに、あり得そうだな」
「わわっ……」
新人淫魔に魔力瓶を押し付ける淫魔達はその場から離れていく。
「あいつら……、こういう屁理屈だけ上手になって……、マジでこの先やっていけるか心配っス……」
「ど、どうぞ管理人」
「……アンタもすぐ、現場に戻るっス、記録の誤魔化し方はアイツらに聞くっスよ」
「はいッ!」
そしてそれらの瓶は最終的に彼女に押し付けられていくことになった。
(……たくっ、本当に舐められたもんっスね、こっちは疑われないようにしてるっていうのに……)
――餞別品の代わりなのだろう、有難く受け取ろう
(まぁ、魔力はいくらあっても困らないと思うことにするっス)
彼女は受け取った魔力を体に振りかけると羽を広げる。
貴方は――