――ならば、目立たずにいるにはいったいどうしたらよいのだろうか――
「はぁ?」
相手の提案は受け入れられない、ただ貴方としても別に周りの商売を邪魔したいわけではない。
ならば妥協点は無いだろうかと思った貴方の言葉に相手は困惑した。
「アンタ馬鹿かい? なんでアタシがそんなことしなきゃならないんだい? 何の得があって……」
――得はするんじゃないのだろうか――
自分が目立たなければ貴方は嬉しい、他の淫魔が周りに流れて周りも嬉しい
win-winの関係だと貴方は嘯く。
「ん? あれ、確かにそうなのかい……?」
そんなわけはないだろうと貴方は考える。
だが、ここで丸め込まなければ、窮地に立たされるのは自分であると分かっていた貴方は口を回す。
――先達の知恵をお貸し願えないだろうか――
「ま、まぁ身の程を弁えるならいいんだよ! 分かってるならねぇ!」
どうやら、相手方は乗せれば弱いと踏んだ貴方は、相手を煽てながら調子を合わせる。
「なに? この仕事に慣れてない? 先輩に教示して欲しい? ま、まぁ仕方がないね!」
貴方の狙いは功を奏し、姉貴風を吹かせた相手はそのまま咳ばらいを一つついた。
「アンタ、見るからに新人だったからね、こんな弱っちそうな奴初めて見たよ、一体何の種族なんだか……、境界から逃げた弱小部族ってトコかい?」
人であることを隠している貴方は返答に言い淀むが、相手はその様子を見て鼻を鳴らす。
「別に答えなくていいさ、そういう詮索はここじゃご法度だからね」
貴方は相手に頭を下げて、この場所での身の振り方を聞いてみる。
「身の振り方ってアンタねぇ、淫魔とよろしくやって金を貰うだけだよ、そっちの方がよっぽどうまくやってるじゃないか」
相手は貴方を指さす。
「……随分手の込んだ魔道具持たせて、こりゃ魔法陣もかなりの値打ちもんだね、ったくどうやって誑し込んだんだか……」
貴方の体を上から下まで眺め透かす相手は、貴方の身に付けている時計を見て眉を寄せる。
「その時計……、それもさっきの淫魔からの貰いもんかい?」
――この時計がどうかしたのだろうか――
なにか特別な魔法や意味があるのかと貴方はその時計を撫でる。
「そりゃただの時計だよ、仕掛けが魔法で動いてるだけで特別な魔法はなんもない、……まぁ随分ベッタリと魔力を込めて……ってこの魔力の込めよう、これ、贈った奴が作ったのかい?」
――それは分からないが作れてもおかしくはないように思う――
「まさに“血で磨いた刃は主より先に牙を剥く”ってヤツだねぇ………」
貴方の知らぬ慣用句を話す相手に貴方は困惑した。
――どういった意味だろうか――
「なんてことない、命を削って作った道具には魂が宿るってことをこっちじゃそう言っ――、……フン、そんな上等なもんじゃないか」
先ほどから相手の顔に浮かぶ隠さない嫌悪感を不思議に思った貴方。
――いったい何が気になっているのだろうか――
「バカかいアンタ? 懸想した奴から時計の送り物なんてアンタと行くところまで行きたいって言ってるようなもんさね」
貴方はそれを聞いて鼻先を掻く。
一般的に言って確かに異性相手に時計を送るというのはその手の意味を持つ場合もあるが、これはもっと実用的な方面の彼女の善意であると貴方は思っていた。
そんな貴方の反応を見て、相手はまるで腐ったものを嗅いだように顔をしかめる
「……アンタその態度、まさか本気で淫魔とツガイになろうなんて考えてるんじゃないだろうね」
突然に予想外の言葉を受け、貴方は面食らう。
「分かってると思うけどね、淫魔とツガイになんてなったら一生魔力を吸われるだけの奴隷、いくら優しくしたからって気を許すんじゃないよ、 騙されたなんて泣いても誰も助けちゃくれないんだよ」
相手の剣幕に押され、貴方は首を振った。
「ったく、アンタみたいな目を離したら取って食われそうな奴がよくここまでこれたもんだよ」
素直に頷く貴方を見て、相手はため息をつく。
「魔界にわざわざ体を売りに来るなんて奴らは、元の場所でのはみ出し者ってのが相場さ、大人しく金を稼いでそれを元手にまともな人生を歩むんだね」
どうやら、ここに居る彼女たちにとって、淫魔の相手とは出稼ぎ以上の価値はないようだ。
貴方は神妙な顔を張り付けて彼女の話を聞いた。
「なにを、今初めて聞いたみたいな顔してんだい全く……」
実際、貴方にとって今初めて聞いた話ではあるのだが、それを言うのはまずいだろう。
貴方は曖昧な返事のみにとどめた。
「境界は弱肉強食さ。けど、魔界で生きるのだって楽じゃない。稼いで、魔法なり技術なり身に付けて、さっさと戻れなきゃ終わりだよ。吸われすぎて衰弱して、稼げなくなって、最後は借金のかたに死ぬまで淫魔の相手さ」
相手の言い方はまるで自分たちが奴隷かのような言い方であると思うだろう。
「……そりゃ故郷の奴らの鼻をあかすために魔法を学びに魔界にって奴もいるだろうさ、魔界の方がそっちの分野は進んでるからね。……けどここで働くような大半は同族に売られた弱者が大半さ」
貴方はその言葉を聞いて驚く。
――同族を売るなんてことがあるのだろうか――
貴方の言葉は余りにも常識外れだったようで相手はいぶかしげな表情をする。
「なに言ってるんだい? 境界の弱者が淫魔の国相手に売られて、奴らの相手をさせられるなんて昔からやってただろう? 」
相手から疑いの目を感じた貴方は咄嗟に誤魔化す。
――もちろん知っていた。だが改めて考えれば疑問に思うほどひどいなと思っただけだ――
「まぁね……淫魔共は職業選択は自由だなんて言うけどね、何の取り柄もない奴らだからここに送り込まれた。結局できるのはこの手の仕事さ」
相手は貴方の言動の不自然さを流したようである。
しかし、一度火のついた不満はとまらずに相手の口から流される。
「奴らは国同士の公平な取引による入植で強制はないなんて言うけどね、こっちは生きるためには稼がなきゃいけない、……それに境界に帰っても捨てられた故郷に弱者の居場所なんてない」
「来たばかりはそれで生きれるからいいさ、それでもその内に淫魔に吸われ過ぎて衰弱して稼げなくなりゃ借金背負わせて死ぬまで変態共の玩具……」
「ったく、淫魔の奴らは心臓を握って腰を振らせるのを合意の上とでも言うのかねぇ」
このことは彼女にも聞かなかった話である。
あるいはあえて説明していなかったのだろうかとも貴方は考える。
ひとしきり話し終えた相手はたまった鬱憤を一通り吐き出すと頭に手を当てる
「あー、我ながら長々と何言ってるんだか……、アンタがやけに頼りないから……、ってこれが商売人気の秘訣かね、アタシも乗らされちまったよ」
相手は貴方の目を見る。
「つまりだ。さっきの淫魔がどれだけアンタに貢いだかは知らないが、やめときな」
初めは因縁をつけてきた人物と思えば、元は面倒見の良い性格をしているのかもしれないと貴方は考える。
つまりこれは善意の警告であると貴方は理解していた。
――ありがとう、しかしそれは私と彼女の問題だ――
なので貴方は誠意を持って彼女に言葉を返す。
目を丸くする相手は少しだけ呆けた後。
「はぁ、アンタが淫魔相手に好かれる理由がなんとなく分かったよ、あんたこの国じゃ長生きしないね、感情が見え過ぎだ」
まるで処置なしという風に呆れた後、相手は去っていく。
「淫魔じゃないが獣人族だって目を見れば相手の気持ちは分かる。他の淫魔連中に絡まれるのが嫌なら、さっきの撫でるような目でその時計でも眺めてりゃ大抵のやつは諦めるだろ」
相手はそれ以上は何も言わず、振り向かずに歩き去っていく。
貴方は――