「淫魔の本能を甘く見てたっすね、怖い思いをさせてごめんっス人間ちゃん」
まともに待機することすらできない自分を恥じ、貴方は彼女に謝罪する。
「あっ、そういうつもりじゃなくて……! ご、ごめんっス。人間ちゃんが目立ってしまうのにあんな所に置いた自分が悪いっスよ!」
――役割を全うできなかったのは自分の方である――
貴方に気を遣う彼女はそのまま、貴方の反論を封じるように加速した。
「それをいうなら、目的のモノを作れない自分の方っス……、今日こそは人間ちゃんにプレゼントするから待っててくださいッス!!」
いつものように彼女は工作室の近くまで飛ぶと貴方を慎重におろし、周りに身を隠すように指示を出す。
その直前である。
「今日の相手はちょっと厄介かも知れないっス、だから人間ちゃん、今日も頑張って隠れて欲しいっス」
貴方は彼女の言葉の意図を測りかねながらもその言葉に同意した。
貴方はいつにもまして慎重に、いつも以上に小さな虫のように身をひそめ暗闇に隠れた。
彼女が暫く進んだ先にで声が反響して耳に届く。
「あー、待ってたわよ! 随分遅かったみたいじゃない?」
「悪いっスね、頼んでるのに待たせるなんて」
「いいの、いいの! なんてったって“貴方”からの頼み事ですもの!」
「ははっ……」
「あなたこういうことしなかったでしょ? それなのに急に私に頼み込むなんて……ね?」
和やかな語り口、しかしどうしてか貴方は相対している淫魔の語りの節々から含みを感じていた。
「私程度の器量じゃ、こういうことをしないと生き抜けないっスから」
「ふーん……、で一応聞いてもいいかしら? 何するつもりなの?」
「へへ、ジャンク品を魔法陣にかけて修理して売りさばくんすよ、魔力が流石に心もとなくてっスね」
相手の淫魔はコツコツと足音を立てながら彼女の周りをクルクルと歩き回る。
「それじゃ弱いな~、貴方と私って派閥が別でしょ? わざわざそんな相手に弱み見せる?」
「弱みを見せてどうにかしてくれるのが貴方ぐらいしか思いつかなかったんスよ、貸し一つで動いてくれるのは」
「ふふーん! せーかーい!」
鼻歌を歌いながら気色満面が浮かぶその声で、歌い上げるように淫魔は話す。
「でも気になるな~、マジメ一辺倒で弱みを見せない貴方がここ最近は随分とハデにやっちゃってさぁ~」
「そ、それは……、ただ、魔力が欲しくて……」
「はい、うそ~、出世とか興味ないのが貴方でしょ? 私もおなじだよ~、甘い汁を吸うためにもう一個か二個上の役職欲しいけど、それが私の欲望の限界? というかめんどいし?」
彼女が息をのむ声が聞こえる。
「さみしーなー、何となく楽な立場で適当に過ごせればいいと思ってた仲間同士って思ってて、すごいきょうみあったのにな~」
「それは嬉しいっス……」
「いや、ほんとに、どうせ裏があるはずだって思ってたのにガード硬くて……、絶対その弱みを見てやるっておもってたのにさぁ……」
一段周りの空気が冷えたような感覚。
貴方は背筋を震わせたかったが、その動きを全身で凍らせて止めた。
「うー! つまんない! つまんない! つーまーんなーい!」
「中身が何もないっスから、そりゃあつまんないっスよ」
彼女の声色から余裕がはがれる。
「そういえば、こんな話を知ってる? 下っ端共の盛り場でヤケにかわいいって評判の子がいるらしいんだけど、あれって誰の女なんだろうね?」
貴方の耳には彼女の息をのむ声が聞こえた。
「それは……!」
「うふふー、おもしろーい……!」
「か、彼女は関係なくて……!!」
「言えよ、それが条件だ」
貴方の心臓はその圧に留まりかける。
「……困ってるんでしょう? だったら理由を言わなきゃ」
「グッ……」
彼女は苦渋の声を滲ませ、絞るように話しだす。
「ぜ、絶対に彼女には手を出さないでください」
「話次第かなー」
「……彼女は偶然色街で出会って……、私のことを好きになって、で、でも病気で! 肺が弱いんすよ、私がこの魔法陣で治療のための道具を作らないといけなくて……!!」
「ふーん? それで?」
「その子、妹も故郷にいるんス! だから仕送りをしないといけなくて!! お金が必要なんスよ!」
「あー、うん?」
「それにお金を貯めて店を開きたいって…… だから貯金も崩して……」
「あー、はい、そういうかんじ?」
「無趣味な私にもやさしい子なんス! 絶対に幸せにしなきゃいけないんス!!」
貴方は彼女が嘘を言っていることに気づく。
相手の淫魔は彼女の嘘に何度も頷きながらその邪悪な気を静めていく。
「……そっかそっか! ふーん、そういうこと……、あー、じゃあ分かってるよね?」
「貸し一つっスね?」
「分かってるならよーし! じゃあ好きに使ってOK! 困った時はお互い様だよー!」
「ほ、ほんとっスか!?」
「こんな貸しで貴方の腕を自由に使えるなんて丸儲け! 良いよ! お幸せに!」
彼女は鼻歌交じりのステップを踏みながら、貴方のそばを過ぎ去り歩いていく。
「はぁー、つまんな、いいオモチャかと思ったら見込み違いだったか~」
まるで興味を失ったオモチャを捨てるように、彼女は退屈さを滲ませながら去っていった。
「部屋の中の盗聴、盗視の魔法陣は潰したんで、もう出てきていいっスよ」
貴方は先ほどの殺気に当てられ、少しふらつきながら彼女の元へと歩く。
「いやー、正直あの子の手を借りることはしたくなかったけどまぁ、仕方がないっスね、結果的に向こうは私なんてどうでも良いと思ってくれたんで成功っす」
――なにやら危ない橋を渡っていたように思える――
「あぁ、派閥とか? まぁ私には関係ない話っスよ」
――派閥というが本当に大丈夫なのだろうか――
「私の上にここ全部の魔力炉を統括する人と、この工場を統括する人らがいるんすけどそこの派閥? まぁそんなのがいましてね、それで各地のここみたいな場所を牛耳ってるのが上級淫魔って感じっス、なんか立ち位置的に私はその魔力炉を統括する人の派閥らしいっスけどまぁ、知らないっすね」
毛ほども興味なさそうに話す彼女は面倒くさそうに、体をだらしなく崩す。
そのゆるい態度はいまだに体の震えが収まらない貴方を落ち着かせるような振る舞いであった。
「それでさっきの子は工場長側の派閥っス、おっかなかったっスねぇ……、あの子、上級淫魔から生まれた子なんで魔力がバリバリでもう一緒にいるだけで鳥肌もんス、あぁいう子が上に行くんすよねぇ……」
――上とは上級淫魔のことだろうか――
しみじみと遠い目をした彼女は肩を回して歩き始める。
「上級の半ば、俗にいう中級淫魔って奴になりたい奴は多いっスから、あぁいう駆け引きをゲーム感覚で楽しめる子が向いてるっスね、――さぁ、早く中に行くっす」
彼女は貴方に背を向け、目的の部屋へと入る。
彼女と話し、ようやく落ち着いた貴方は息を吐く
貴方は――