貴方を小脇に抱えた彼女は工場の上を飛んで行く。
普段はこの工場手前の公園で下ろされてきた貴方である。
彼女が配管にまみれた建築物を超えた時に見えた光景、それは摩訶不思議な光景であった。
それは一見、整列する塔のようにも思えた。
しかし実際に見るそれは、貴方が想像していた煙突でも、炉でも、建物でもなかった。
画像
貴方の知る言葉で一番近いものを探すなら、巨大な臓器の墓標であろうと貴方は感じた。
その塊のどれも脈を打つように明滅し、紫がかった光を吐いているそれらは幾つも並んでいる。
(あれ一基ごとに責任者がいて、それが私の仕事っス)
――たしか、管理人と呼ばれていたのであっただろうか――
「ちなみに正式な名前は魔力炉建造区画現場管理責任者っスけど、現場じゃ管理人って呼ばれてるっス。長い肩書きほど給料に反映されない、魔界あるあるっスね」
彼女のボヤキに相槌をうちながらも、貴方はそれらの異様さに圧倒されていると、彼女がいくつかの魔力炉の中から、明らかに作りかけのモノへ近づいた。
(あそこの作りかけが第六魔力炉、私の管轄っス、そんでその近くの掘っ立て小屋が担当炉詰所……、働いてる事務所って言った方が分かりやすいっスかね?)
巨大な魔力炉の傍、配管と導管の隙間に、無理やり増築されたような小部屋。
壁は金属とも骨ともつかない素材。
外側には導管が這っていて、部屋そのものが炉の鼓動で微かに震えている。
窓はあるが、普通のガラスではなく、黒紫色の硬質なガラス様の何かが炉の光を反射して常にちらついている。
貴方には、それが事務所というより、巨大な生物の肋骨の間に差し込まれた監視小屋のように見えた。
(ついてきてくださいっス、こっからは基本的に念話で話すっス)
彼女は事務所らしい場所の近くに降り立つと貴方を地面におろす。
しかし緊張で身を固くする貴方は地面に立つことすら手間取っていると、頭の中に彼女の優しげな声が響く。
(安心していいっスよ、まだ誰も来てないっスから)
彼女は建物の扉を開くと確かに他の者の気配はなく、炉の脈動するような稼働音のみが響いていた。
(まぁ、今日も一日がんばるっスかねぇ……)
奇怪な見た目とは裏腹に、その内部は意外にも見慣れた生活感が垣間見える。
部屋に並べられた狭い机、何やら矢印と文字だらけの板は工程表だろうか、どの席にも紙の束がつまれ、その後ろには仮眠用の薄い寝台のようなものが置かれていた。
壁を見れば様々な掲示物が繰り返し張られたせいで内壁が薄汚れている。
規定外魔力消費は自己負担
事故ゼロ継続:二日目
本日工程:第三導管接続/炉心外殻検査
今月の重点目標:納期厳守
簡易な図に何とか読み取れる文字に貴方はやけに嫌な現実味を感じてしまうだろう。
そんな煩雑な机の間をするするとぬけていく彼女は振り返って貴方を見る。
(狭い場所っスけど、人間ちゃんは私の机の後ろに居れば基本的に問題ないと思うっス)
彼女の横にある机は、妙に物が多かった。
乱雑なのではない、整理した上で、それでも多いと貴方は感じる。
彼女の言う通りに席の後ろ側に回ると彼女は椅子に座った。
すると机上にスクリーンが浮かび文字が浮かぶ、彼女はそれを手際よく読み流していく。
貴方はその文字を目で追い、その意味を理解してみようと試みる。
炉心同調率:72.4%/許容範囲内、ただし微細な揺らぎあり
魔力圧:上昇傾向/第三槽にて局所的な高まりを検出
魔力流量:規定値+8.7%/補正術式により一時安定
導管負荷:82%/第二・第七導管に過熱反応
外殻亀裂率:3.2%/即時停止基準未満、要経過観察
作業員魔力残量:平均41%/二名が継続作業不適格域
接続者数:14名/予定数より一名不足
安定化術式稼働率:91%/補助陣二基が断続的に遅延
異常振動:微弱検出/炉心下層より周期不明の震え
監査対象ログ:警告一件/作業者残存魔力、非推奨値1名
文章はさらに高速で流れていく、しかし貴方は最初の数行だけだけを見て、目を逸らした。
流れる情報、目でなく直接理解を流し込まれる心地に貴方は少しだけ、めまいを覚えてしまう。
(大丈夫っスか人間ちゃん? あー、翻訳の機能にキャパ超えちゃいましたね……、ちょっときついっスよね? そこに書類箱出しとくんで、座っててくださいっス)
彼女に促されるまま腰を掛ける貴方、その間も彼女は高速で流れるモニターの文字を見ていた。
貴方は先ほどの二の舞にならぬよう、焦点を合わせないように画面を眺める。
貴方には、それらがどのような意味を持ち、何が正常なのか異常なのか分からない。
ただ、緑より黄色が多く、黄色より赤が目についた。
(……まぁ、平常運転って感じっスね)
彼女はそう呟くように話すが、そのげんなりした顔を見ればどうやら今日の仕事への心持に覚悟がいる様子である。
(今日は緑が三つあるから当たりっスよ、……そう思うことにしてるっス)
貴方は何も知らないが、平常と異常が裏返っているように貴方は感じてしまう。
(外で資材の搬入を確認してくるから、人間ちゃんは待ってて欲しいっス、大丈夫っス、どうせまだ他の作業員は来ないっすよ)
手早くモニターを見終わった彼女はそう言うと外に出る。
貴方はその間、雑多なこの部屋を見回すが、その半分も見ないうちに彼女が悩まし気に呻きながら戻ってくる。
「うげぇ……、あれだけ図面変更するから気を付けろって念押して発注書送りなおしたのに、運ばれた資材の規格間違ってるじゃん……、というか品質水準足りてないのもチラホラ……、資材は資材部と製造部に連絡して……、私が現場で部品を再構成して、最初の段取りを変更すれば……」
仕事が始まってすらいないはずなのに死んだ顔をする彼女は、独り言をつぶやきながら、工程表と思われる板に手をかざし、書き換えていく。
その時、彼女の机から短い電子音が鳴る。
それを聞いた彼女は机から離れた場所で、片手を耳に当てる。
「はい、第6魔力炉建造区画 現場管理責任者です。えぇ、はい……」
初めは普通の声色で話す彼女は、次第に表情が硬くなり、声は低いものとなっていく
「ハァ!? 設計の変更! 今!? 無理ムリムリムリ、カタツムリィ!! ちゃんとそっちで断ってもらわなきゃ――、上級淫魔からの要請……? ぐっ……、グギギギギ……、わ、わかったっスよ……、でももちろん納期の延長は――、……いや、たったそれぽっちじゃ無理でしょう……! 不可能っス! バックしながらキス超えて、フェラしながら挿入ぐらい意味不明な指示っすよそれは……!!」
しばらくのち、言い合いのような言葉の後静かになり、残されたのは頭を抱える彼女。
「はぁ……、今日以降の工程どうなるスかこれ……、とりあえず今日の作業やってる内に工程を前倒しにするしか……、今日中に工程表を作り直して……、それで生産部に補充用魔力申請して……、作業者には……、皆にこれなんて言ったら納得してもらえるんス……?」
貴方の存在をはたして覚えているのか思う程、茫然としながら独り言を漏らす彼女。
貴方は、彼女が帰ってくる部屋しか知らなかった。
だがこの時初めて、彼女が何を背負ってあの部屋へ帰ってきていたのかを、貴方はほんの少しだけ知った。
貴方は――