あらかじめ日記を手に入れたいから未来デパートの商品転売してるけど、魔王って呼ばれてるっぽい   作:ゲケエベレッケ

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もしもボックス

 

 

狭いワンルームのアパートに、不釣り合いな巨大な段ボール箱が鎮座していた。

 

「本当に届くとはな……」

 

連日の深夜残業で擦り切れた精神を癒やすため、日課のAmazon徘徊をしていた時のことだ。スパムメールフォルダに紛れ込んでいた『未来デパート・特別招待状』というふざけたタイトルのメール。普段なら即座に削除するところだが、疲労で判断力が鈍っていたのだろう。リンクを踏み、そこに並んでいたラインナップの中から、冗談半分で『もしもボックス』をポチってしまったのだ。

価格はなぜか、現在のなけなしの貯金でギリギリ買える額だった。

 

箱を開けると、見慣れた公衆電話ボックス型のそれが姿を現した。おもちゃにしては精巧すぎる。受話器を手に取ると、ツーという冷たい音が鼓膜を叩いた。

 

「……どうせただのジョークグッズだ。けど、もし本当に使えるなら」

 

ブラック企業で搾取され続け、金も希望もない底辺の社畜人生。どうせなら、誰もが振り返るような、そして誰にも負けない存在になってみたい。

受話器を握り締め、乾いた唇を開いた。

 

「もしも、自分が人類最強の身体能力を持つ黒髪爆乳美女だったら!」

 

チリン、とベルが鳴った。

直後、視界がぐにゃりと歪む。全身の骨が組み替わるような、それでいて全く痛みのない奇妙な感覚。着ていたヨレヨレのスーツが、急激に変化した体型に耐えきれず弾け飛んだ。

 

「……は?」

 

洗面所の鏡の前に立つ。そこに映っていたのは、血走った目の冴えない男ではない。

腰まで届く艶やかな黒髪、重力に逆らうように豊満な胸、そして、無駄な肉が一切なく、しなやかな筋肉が躍動する完璧な肢体を持つ美女だった。

試しに洗面台の縁を軽く握ると、硬い陶器がまるでビスケットのように呆気なく砕け散った。

 

「……本物だ。全部、現実なんだ」

 

人類最強の力。そしてこの圧倒的な容姿。

だが、今の彼女(彼?)の脳内を占めていたのは、そんな自己陶酔ではない。未来デパートが実在するという決定的な事実だ。あそこには、他にも無数の道具が売られていた。それを手に入れれば、文字通り世界のルールすらハックできる。

 

しかし、貯金は先ほどのもしもボックスで完全に尽きている。

視線を部屋の隅に向けた。そこには、過酷な現実からの唯一の逃避先だったプレミア付きのフィギュアや、希少なレトロゲームのコレクションがうず高く積まれている。

 

「……全部売ろう」

 

血を吐く思いだった。彼女は即座にフリマアプリと買取業者を限界まで駆使し、部屋中の趣味の品を血涙を流しながら金に換えた。

 

数日後、手元にはまとまった資金ができていた。

彼女は再び未来デパートのカタログを開く。資金には限りがあるため、高額な道具や完全版は買えない。だが、使い方次第で化ける『安い道具』なら手が届く。

彼女の目は、ゲーマーがバグ技の最適解を探すように冷徹に光っていた。

 

「道具をいちいち鞄から取り出しているようじゃ遅い。奪われるリスクもある」

 

ならばどうするか。答えは明白だった。

 

『もしも、購入したひみつ道具を自分の肉体に直接埋め込める世界だったら』

 

再びもしもボックスで世界の法則を捻じ曲げる。

そして第一弾として購入したのは、空間移動の代名詞『どこでもドア』。ただし、巨大なドアそのものではない。その空間接続機能だけを抽出した安価な『中枢デバイス(ジャンク扱い)』だ。

 

取り寄せたピンク色の小さなチップを手に取り、彼女は自らの腹部に爪を立てた。人類最強の耐久力を持つ肉体だが、自らの意志と力で切り裂くことはできる。

鮮血が滴る中、無表情のままチップを肉の奥深くへと押し込んだ。

傷口は、もしもボックスで設定した法則と驚異的な治癒力により、瞬時に細胞と同化して塞がっていく。

 

「……接続完了(リンク・オン)」

 

思考と同時に、目の前の空間が歪み、見知らぬ景色の向こう側へと繋がる穴が開いた。

ドアを取り出す必要すらない。己の肉体が、空間を繋ぐゲートそのものとなったのだ。

 

「素晴らしい。これなら、どんな場所へでも思考の速度でアクセスできる」

 

黒髪の美女は、妖艶で、そしてどこか狂気を孕んだ笑みを浮かべた。

社畜としての弱者は死んだ。ここから始まるのは、あらゆる理不尽を蹂躙し、世界のシステムそのものを喰い尽くす、彼女だけのゲームだ。

 

手当たり次第に買い漁った安価なジャンク品。それらの大半を、彼女は一切の躊躇なく自らの肉体へと埋め込んだ。個々の能力や具体的な機能の詳細は、今はどうでもいい。重要なのは、複数の道具を肉体という一つのシステム内で強引に連結させ、最適化したことだ。

その中でも核となるのは、やはり『どこでもドア』の中枢デバイスである。

 

「さて、チュートリアルは終わりだ。テストも兼ねて狩りに行こうか」

 

彼女は体内へと溶け込んだ『もしもボックス』の機能にアクセスし、冷徹に世界を書き換える。

 

『もしも、モンスターが跋扈する世界に移ったら』

 

もしもボックスの本来の機能は、指定した条件のパラレルワールドへの移行だ。だが、彼女の肉体に施された改変と埋め込まれたひみつ道具たちは、その世界線の移動という枠組みを越え、彼女のステータスとして完全に維持されていた。

 

転移した先は、血の匂いと濃密な魔力が渦巻く荒野だった。

 

歓迎の挨拶とばかりに、彼女を取り囲むのはこの世界の生態系の頂点に君臨する化物たち。

 

あらゆる物理・魔法攻撃を無効化し、触れたものを即死させる呪詛を撒き散らす『怨霊の巨竜』。

 

認識した瞬間に相手の精神を破壊し、空間そのものを削り取って捕食する『多眼の魔神』。

 

それと同格が複数、常識で測れば、国を三つは容易く滅ぼせるほどの理不尽なチート能力を持った災厄の群れである。

 

だが、人類最強の力を持つ黒髪の美女は、豊満な胸を揺らして退屈そうに欠伸をした。

 

魔神の空間を削る不可視の斬撃が、彼女の華奢な首筋に触れた瞬間――その攻撃は文字通り消滅した。

 

否、消えたのではない。彼女の全身を覆う不可視の力場、【黒鎧】が作動したのだ。防壁系のひみつ道具とどこでもドアの空間操作を悪魔合体させたその特製装甲は、触れたあらゆる物理・魔力・事象のベクトルを強制的に宇宙の彼方へと転送する。ダメージという概念すら、彼女の肌には届かない。

 

「次はこっちの番だ」

 

彼女が軽く手を振ると、どこでもドアの次元操作機能が空間をティッシュペーパーのようにあっさりと引き裂いた。

ゲートの向こう側から現れたのは、魔法や剣技などという生易しいものではない。純粋な環境の暴力だ。

 

裂け目から、活火山の奥底から直輸入された数万度のマグマが滝のように降り注ぐ。

同時に展開された別のゲートからは、水深一万メートル級の深海水圧が極太の砲弾となって魔神の巨体を紙屑のように粉砕し、さらに致死性の猛毒ガスが竜の呪詛ごと荒野を塗り潰していく。

 

「なるほどなるほど、どこでもドアはイカれてるな」

 

狂気を孕んだ笑い声と共に、彼女は空を見上げた。遥か上空に開かれた巨大なゲートから、宇宙空間を漂っていた小惑星サイズの隕石が、燃え盛る質量兵器となって降り注ぎ、大地ごと化物たちをまとめてすり潰していく。

 

「……あぁ、しぶといのが一匹いるな」

 

隕石の直撃を避け、デタラメな再生能力に物を言わせて土中から奇襲をかけようとしていた怪物がいた。

彼女は振り返りもせず、しなやかな指を鳴らした。

 

パチン、と。

 

軽快な指パッチンの音が響いた瞬間、その怪物の全方位にピンポイントでゲートが開く。

転送先は、太陽の中心。

悲鳴を上げる間もなく、数千万度の超高熱と異常重力の中に放り込まれた怪物は、細胞の一片すら残さず一瞬でプラズマへと還元された。

 

焦土と化した荒野の中心で、全くの無傷で立つ彼女の姿は、もはや魔王すら凌駕する絶対的なバグであった

 

焼け野原となった異世界から、彼女はふらりと元のワンルームへと帰還した。

指先一つで空間を割いて、である。

 

「……うん。大体のことはできるな。控えめに言って、神様みてえだ」

 

自らの掌を見つめ、彼女は艶やかな唇を歪めた。

地球の科学技術は行き着くところまで行けば魔法やファンタジーと区別がつかないとよく言われるが、今の彼女の肉体には、その究極系が常軌を逸した密度で詰め込まれている。物理法則すら完全に無視するその力は、まさに全能に近かった。

 

だが、「近い」だけで完全ではない。

彼女の思考と連動するシステムには、いくつかの見えない壁――厄介な制限が存在していた。致命的ではないが、ゲーマーにとってマップの見えない壁にぶつかるような、ひどく歯痒い不快感がある。

 

「この制限を完全に外すには……やっぱりアレを買うしかないか」

 

彼女が脳内の未来デパートのカタログから検索したのは、最強のひみつ道具と名高い『あらかじめ日記』。そこに書き込んだことは絶対の事象として確定する、まさに因果律を弄る神のノートだ。これさえあれば、自分を縛るあらゆる制限を書き換えることができる。

 

しかし、その購入ボタンの下に表示された価格を見て、彼女は思わず真顔になった。

 

『価格:一無量大数円』

 

「……馬鹿みたいな値段だな」

 

無量大数。ゼロが68個も並ぶ、天文学的どころではないふざけた数字だ。異世界の金銀財宝を山ほどかき集めて換金したところで、到底届くような額ではない。

 

「さて、どうやって稼ぐか……」

 

部屋の片隅に視線をやると、自身の肉体に埋め込む過程で余った、あるいは選別から漏れた『ジャンク品のひみつ道具』の残骸やパーツがいくつか転がっていた。

未来のデパート基準ではただのガラクタでも、現代の地球においてはオーパーツなどというチャチな言葉では済まされない劇薬だ。

 

「ああ、じゃあ、この余ったジャンク品でも売るか」

 

彼女は悪魔のような、いや、それ以上にタチの悪い狂気を孕んだ笑みを浮かべた。

売り先は、個人では話にならない。莫大な予算を動かせ、かつ喉から手が出るほど『未知の力』を欲している組織。

 

「まずは小手調べだ。日本政府にでも売りつけに行こうか」

 

ほんやくコンニャクのエキスによって拡張された脳が、瞬時に地球上のあらゆる地理情報をインデックス化し、目的地への空間座標を弾き出す。

 

東京都千代田区永田町二丁目三番一号。

内閣総理大臣官邸、地下危機管理センター。

日本という国家の中枢であり、最高レベルのセキュリティで守られた絶対不可侵の密室。

 

「アポなしだけど、許してね」

 

人類最強の肉体を持つ黒髪美女は、手近なジャンク品を無造作に掴むと、総理大臣官邸の奥深くへと直通するゲートを、近所のコンビニへ行くような気軽さで展開した。

 

 

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