あらかじめ日記を手に入れたいから未来デパートの商品転売してるけど、魔王って呼ばれてるっぽい 作:評価を…評価をクレメンス
前回のは行き詰まりを感じていたのでリライトさせていただいてます
前バージョンが好きだった方には申し訳ありませんでした
黒瀬は、ふと踏みとどまった。未来デパートのダンボールから無造作に転がり出たジャンク品を見下ろし、いきなり政府へ持ち込むのはいささか飛躍しすぎではないかと思い直したのだ。そもそも、この手のオーパーツが現代の市場でどれほどの価値を持つのか、まだ一度もテストしていない。
しがない会社員だった頃なら、国家を相手に怪しげなブツを売りつけるなど夢にも思わなかっただろう。だが、今の黒瀬には手軽な実験場がある。彼女はスマートフォンを取り出し、手慣れた動作でメルカリを開いた。
「まずはここでいいわ。売れなかったら、その時考えればいい」
今回の生贄に選んだのは『タイムふろしき』。もっとも、未来デパートで購入した時点で立派なジャンク品扱いであり、「ドラえもん」に出てくるような万能ツールではない。時間を巻き戻せるのは黒瀬が購入した時点までで、対象も無生物に限られる。それでも、故障した家電や割れた皿を元通りにする程度なら造作もなかった。
今の黒瀬にとって、こんなものは無用の長物だ。自身の肉体にインストール済みの修復系ひみつ道具があれば大抵の破損には対応できるし、そもそも物を壊して困るような生活水準はとうに抜け出している。未来では中古家電以下のガラクタでも、捨てるよりマシな小銭になれば御の字だった。
スマホで適当に写真を撮り、説明欄に最低限のスペックを打ち込む。『タイムふろしき。ジャンク品。無生物専用。購入時点より前には戻せません。動作確認済み』。価格は9,800円。未来デパートでの仕入れ値を思えば、かなり強気な価格設定のつもりだった。
出品からほどなくして、コメント欄が動いた。「ドラえもんのグッズですか?」「本当に時間が戻るんですか?」「どういう仕組みですか?」。黒瀬は三つ目の質問にだけほんの少し思考を割き、自分でもさっぱり分からないので黙殺した。
結局、それを買ったのは一人の物好きな男だった。購入の動機は極めて単純。9,800円なら、動画のネタとして滑っても痛手にはならないと考えたからだ。数日後、送られてきた布を広げた男は、「思った以上にただの風呂敷だな」と苦笑いしながらカメラを回し始めた。
最初は、部屋の隅で埃を被っていた古いゲーム機を包んでみた。当然、何も起こらない。黒瀬がこの風呂敷を買った時点で、そのゲーム機はすでに古びていたのだから当たり前だ。しかし、そんな事情を知る由もない男は、「ほら、やっぱりインチキじゃん」とレンズに向かっておどけてみせた。
そこでふと商品説明を読み返し、『購入時点より前には戻せません』の一文に思い至る。半信半疑のまま、今しがたまで使っていた自分のスマートフォンを机から落とし、画面に派手なクモの巣状のヒビを入れた。少しだけ顔を引きつらせながらタイムふろしきを被せ、数秒待ってから勢いよく布を取り払う。
ヒビが、消えていた。
保護フィルムの話ではない。液晶そのものが、落下させる直前と寸分違わぬ状態に巻き戻っているのだ。男は無言でスマホを拾い上げ、裏返し、側面を撫で、もう一度画面を凝視した。
「……え?」
そこからは狂気の検証実験だった。空き缶をベコベコに潰しては戻す。新品のコントローラーをバラバラに分解しては戻す。真っ白なシャツに油性ペンで落書きをし、風呂敷を被せて汚れを不可逆的に消し去る。男の顔からヘラヘラとした笑いが消え去り、代わりにじっとりとした嫌な汗が吹き出し始めた。
常識的な大人なら、すぐに警察か大学の研究室へ駆け込む事案だ。しかし、男の職業はYouTuberだった。物理法則を無視したオーパーツを前にして、真っ先に「これを動画にすれば絶対にバズる」と思考が直結してしまうのは、悲しいかな職業病である。
案の定、投稿された動画の初速は冷ややかなものだった。編集だ、CGだ、仕込みだ、再生数稼ぎのフェイクだ。コメント欄には辛辣な言葉が並んだが、男も意地になって生配信を敢行した。視聴者からリアルタイムで指定された物をその場でぶっ壊し、瞬時に復元してみせる。同業の配信者を自宅に招いてノーカットで検証させ、それでもなお、現代科学では到底説明のつかない異常な映像だけがネットの海へ増殖していった。
3日後、事態はもはやネット上のエンタメを逸脱していた。
テレビ局のワイドショー、大学の物理学者、大手メーカーの技術者、果ては海外メディアや投資家までが動画を血眼で分析し始めたのだ。男のチャンネル登録者数は一夜にして桁を飛び越え、世間の興味はタイムふろしきそのものの真贋から、「それを一体どこで手に入れたのか」という一点へと集約されていく。
男に隠す気はなかった。秘密保持契約など結んでいないし、見ず知らずの出品者を庇う義理もない。
「メルカリです。黒瀬って人から9,800円で買いましたよ」
生配信中、あっさりとそう口走り、ご丁寧に購入履歴の画面まで晒し上げた。
その瞬間を境に、黒瀬のアカウントは阿鼻叫喚の地獄と化した。
通知音が滝のように鳴り続け、フォロワー数が秒単位でバグのように跳ね上がる。過去に出品したどうでもいい日用品にまで、狂ったようなコメントが殺到し始めた。
「タイムふろしきはまだありますか」
「1,000万円出します」
「弊社に至急ご連絡ください」
「海外への独占販売契約は可能でしょうか」
「他にも同種のテクノロジーを所有していますか」
あまりの勢いにスマートフォンの通知設定をオフにしても、アプリを開くたびに未読バッジの数字が天文学的な勢いで増えていく。
黒瀬はソファに寝転がったまま、その異常な熱狂を冷めた目で眺めていた。
たった9,800円で売り飛ばしたただの布切れに、顔も知らない連中が数百万、数千万という札束を突きつけて殺到している。未来デパートでは見向きもされないジャンク品一つで、世界がこれほど簡単にひっくり返るのだ。
「……これ、使えるわね」
ようやく、彼女は確信した。未来のゴミは、現代では値段がつけられないほどの特級呪物になる。ならば、チマチマとフリマアプリで小銭を稼ぐ必要もないし、どこかの小金持ちを捕まえて愛想笑いを浮かべる必要もない。
黒瀬は空中に未来デパートの購入履歴を展開し、部屋の床に無造作に転がっている道具たちを見渡した。タイムふろしきなど比にならないほどヤバい代物が、まだいくつも転がっている。自分には不要でも、現代の権力者なら国家予算を削ってでも欲しがる品ばかりだ。
「個人相手じゃ小さすぎる。企業……いえ、それでも話を通すのが面倒だわ」
この国で一番カネを持っていて、一番こういう力を必要としているのは誰か。少し頭を回せば、答えは明白だった。平の会社員時代なら一生交わることのなかった雲の上の存在だが、神にも等しい力を持つ今の黒瀬なら、アポなしで会いに行くことなど造作もない。
彼女は検索ブラウザを立ち上げ、フリック入力で滑らかに文字を打ち込んだ。
『日本 一番偉い人』
ずらりと並んだ検索結果のトップを眺め、黒瀬は気まぐれに一つ頷いた。政治の仕組みや正確な役職名など、今の彼女にはどうでもいいことだ。要するに、この国で一番話が早くて、一番権力を持っているトップの首根っこを直接掴めばいいだけの話である。
「じゃあ、そこに売りに行きましょうか」
数日前まで、満員電車に揺られながら給料日を待つだけのしがない社畜だった女は今、未来のガラクタを片手に、日本という国家そのものを「上客」として品定めしようとしていた。