あらかじめ日記を手に入れたいから未来デパートの商品転売してるけど、魔王って呼ばれてるっぽい 作:ゲケエベレッケ
「魔王(アークエネミー)、か。なるほど、中二病心をくすぐる良いネーミングセンスだ」
官邸地下の非常時対策室。絶対の安全を誇るはずの密室に、突如として艶やかな声が響き渡った。
全員の視線が弾かれたように声の主へと向く。
部屋の隅、いつの間にかそこに「彼女」が立っていた。漆黒の髪を揺らし、豊満な胸元を強調するような黒い服装。護衛を突破したのではない。最初からそこにいて、ただ空間の裏側から眺めていたとでも言うような、あまりにも自然な佇まいだった。
「ば、な……っ!」
私が言葉を失う中、合衆国大統領の決断は常軌を逸するほど迅速だった。
彼は自らの腕時計型端末を躊躇なく操作し、血を吐くような声で叫んだ。
「この場ごと爆撃しろ! すまん親友! そして日本の国民たちよ!」
それは、合衆国大統領にのみ許された最終プロトコル。大統領の命と引き換えに、この官邸地下へ向けて直接、戦略級の核弾頭を撃ち込む自爆命令だった。
核兵器。それは人類が到達した破壊の極致。おとぎ話やファンタジーの世界であっても、上澄み一パーセントの神に等しい存在を除けば、そのすべてを光と熱で跡形もなく消し飛ばす絶対の暴力だ。
サイレンすら鳴る暇もなく、上空から飛来した死が官邸を貫き、直撃する。
強固な防空システムも、地下数十メートルのコンクリート装甲も、核の直撃の前には濡れたティッシュペーパーに等しい。
起爆。
太陽が地下室に出現したかのような、視神経を焼き切る閃光。
だが、その地獄の釜の蓋が開いた瞬間、彼女は退屈そうに指を鳴らした。
パチン、と。
「どこでもド……ゲフンゲフン、展開しろ、『黒門(ブラックゲート)』」
彼女の背後に、中二病全開の禍々しい意匠が施された漆黒の空間の裂け目が出現した。
本来なら、彼女自身は逃げる必要すらない。「身がわり紙人形」によるダメージの完全肩代わり、「ウルトラ・スペシャルマイティ・ストロングスーパーよろい」による絶対物理防御、そして「ソウナルじょう」による自分は無傷だと思い込めばそうなるという多重の概念バフが常時展開されている。そもそも、そんなひみつ道具の恩恵がなくとも、彼女のベースの肉体そのものが核の直撃程度なら涼しい顔で耐え切れるように設計されていた。
だが、目の前の取引相手(スポンサー)たちが蒸発してしまっては、彼女にとって途方もないデメリットになるのだ。
黒い門が、爆発の瞬間の核弾頭ごと、膨張する光と熱を丸呑みにした。
転送先は、ここから何万光年も離れた別の太陽系の真っ只中。
閃光が収まる。
爆発音はおろか、熱風の一陣すら吹かなかった。
ただ、官邸の天井に巨大な風穴が空き、そこから見えた青空を、一筋の飛行機雲が流れていくだけ。
「あ、あ……」
私はへたり込み、大統領は膝から崩れ落ちた。
人類の切り札たる核兵器すら、彼女は文字通り指先一つで、あくびをしながら消しさったのだ。
ああ、これで世界は終わりか。
人類が何万年かけて積み上げた叡智も、武力も、この化け物の前ではただの砂遊びだったのだ。
終わりだ…終わり……………………………………………………?
「……なぜ、我々を殺さない? なぜ、世界を滅ぼさないのだ……?」
大統領が、魂の抜けたような声で絞り出す。
その悲痛な問いかけに、黒髪の美女はきょとんとした顔で首を傾げた。
「世界を滅ぼす? なんで? そんなことしても一円の得にもならないじゃん。言ったでしょ、取引をしようって」
彼女はコツコツとヒールを鳴らして円卓に歩み寄り、呆然とする私たちを見下ろして、とびきり人懐っこい笑顔を浮かべた。
「どうでもいいことかもしれないけど、私はただの金欠の転売屋で、ゲームの好きな至って普通の人間なんだ。君たちには、私の優良な顧客になって、ちゃんとしたお金を払ってほしいだけ」
道具の力で金そのものを錬成することは可能だが、それでは未来デパートの決済システムを誤魔化すことはできない。彼女が更なる力を得るためには、この時代で流通している真っ当な法定通貨の、それも国家予算規模の莫大なキャッシュが必要なのだ。
だからこそ、彼女は世界の安定を望んでいるし、この世界を愛しているのだ。自分の商品を買ってくれる金ヅルとして。
ただの転売屋。至って普通の人間。
その言葉を聞いた瞬間、私と大統領の脳裏に、全く同じツッコミが絶望と共に木霊した。
((こいつが人間とか、冗談だろ!!))
世界の命運を握るトップ二人の胃に、かつてないほどの巨大な穴が開きかけていた。
「…私は至って純粋な人間だよ。君たちだって、あと百年もすればすぐに辿り着く技術だ。私はちょっとばかし運が良くて、百年ばかり先に商品を手に入れただけさ」
彼女は呆然とする日米のトップを前に、悪びれもせず言葉を続けた。
「やれる事は全部試したいゲーマー気質の私と違って、『のび太くん』だってやろうと思えば私と全く同じ事ができる。でも、偉大な彼はその自重を知っている。本当に尊敬するよ」
その言葉に、合衆国大統領の顔が強張った。
(のび太? 誰だそれは。この『魔王』と同じ次元の力を持つ、別の超越者の名前か……!?)
隣で床に這いつくばっている私――日本国総理大臣の脳内は、別の意味でパニックを起こしていた。
(なんでここで『のび太』を出した!? まさか、あの国民的アニメの話をしているのか!? この歩く終末は!)
あまりの不条理に頭が割れそうになる中、彼女は無造作にポケットを探り、とんでもないものを円卓の上にゴトッと置いた。
「とりあえず、兵器が欲しいならこれなんてどう? 『地球破壊爆弾』。文字通り、地球がまるごと木っ端微塵になるよ」
「い、要りません!!」
私と大統領は弾かれたように叫び、最高権力者のプライドなど欠片もなく、冷たい床に額を擦り付けた。完全な平身低頭である。
「攻撃力はもう地球には有り余っております! 過剰です! 核兵器で十分お腹いっぱいですから!」
「頼むからその物騒なオモチャをしまってくれ! 我々の心臓がもたん!」
涙目で懇願する二人の初老を前に、彼女は「ちぇっ」と不満げに鼻を鳴らした。
「じゃあ、何が欲しいのさ」
「さ、先ほどの……転移能力は、どうでしょうか」
私が恐る恐る提案すると、彼女はポンと手を打った。
「ああ、空間転移ね! 願望をそのまま叶えるチート系を除けば、私の商品の中でも間違いなく最優で最強、最高のツールだよ。いいよ、普通に売ってあげる」
彼女が朗らかに笑い、虚空から謎のデバイスを取り出そうとしたその瞬間だった。
「待て! 駄目だ、それは絶対に駄目だ!!」
大統領が血相を変え、私の肩を乱暴に掴んで叫んだ。
先ほどの核ミサイル着弾の瞬間よりも、さらに焦燥しきった顔だった。
「大統領!? しかし、あの技術があれば物流や軍事の前提が……」
「だから駄目なんだ!! 転移能力などという異常な代物、インフラに与える影響がデカすぎる! 予想ができなさすぎる!」
大統領は口から唾を飛ばし、恐怖に見開かれた目でまくし立てた。
「よく考えろ総理! 空間をゼロ秒で繋ぐ技術がもし世に出れば、あるいはその一部でもリバースエンジニアリングされればどうなる!? 航空、海運、鉄道、トラック……世界の全交通インフラは即座に無用の長物と化す! 数億人規模の失業者が世界中で同時に溢れ返るんだぞ!」
大統領の指摘に、私はハッと息を呑んだ。
「それだけじゃない! 交通が消滅すれば石油の必要性は底を打ち、中東をはじめとする世界の経済システムは即死する。都心のオフィスやタワーマンションの不動産価値は紙屑だ。サハラ砂漠からでもゼロ秒で通勤できるのだからな! 国境という概念は完全に破壊され、国家は体をなさない。誰もが他人の寝室に瞬時に侵入できるようになれば、プライバシーという概念も崩壊する。おまけに、未知の病原菌や外来種が何の検疫も通過せずに世界中へ瞬時に拡散され、医療も生態系も完全に破壊される!」
息継ぎも忘れて叫ぶ大統領の顔は、どす黒く変色していた。
たった一つの道具。それは地球を物理的に破壊する爆弾よりも遥かに残酷に、人類の社会構造を内側から食い破る『概念の爆弾』だったのだ。
「いいか、これは今の10秒で思いついた、『悪意を持たず、極めて平和的に運用された場合』の話だぞ! もしこの転移装置が悪意を持って運用されたら……奪われでもしたらどうする! たった今、私の中でこの転移装置を使って人類を滅ぼす方法が十個は思いついた! こんなものを地球のシステムに組み込むなど、論外だ! 絶対に駄目だ!!」
大統領の絶叫が地下室に響き渡り、沈黙が落ちた。
純粋な物理的破壊力に怯えていた私は、次元が違えど、これもまた世界を終わらせる『終末の道具』なのだと思い知らされた。
「……ふーん。あっそう。アメリカのトップは意外と保守的なんだね」
彼女はつまらなそうにデバイスを虚空へと放り投げると、再びポケットをごそごそと漁り始めた。
そして、今度は何の変哲もない、四角く灰色をしたゼリー状の物体を取り出し、円卓の上に無造作に置いた。
「じゃあ、これならどう? 『翻訳コンニャク』」
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