あらかじめ日記を手に入れたいから未来デパートの商品転売してるけど、魔王って呼ばれてるっぽい   作:評価を…評価をクレメンス

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国家の胃痛と三百五十億円のポテトチップス

 官邸から黒瀬薫が姿を消して十分と経たないうちに、関係者のみを緊急招集した極秘会議が幕を開けた。

 

 別室へ隔離された『タイムふろしき』と『四次元収納箱』。そこへ警察、内閣官房、財務、経産、防衛、外務の各トップと、複数の技術担当官が次々と吸い込まれていく。誰も口には出さないが、室内に充満する共通認識は一つだった。「今日この日を境に、国家が抱える厄介事の次元が根底から変わってしまった」と。

 

 官邸内部では、黒瀬本人と一連の未来道具を総称し「MAO(Material Anomaly Originator=異常物品供給者)案件」と呼称することが早々に決まった。長ったらしい名前に大した意味はない。記録や報告のたびに「黒瀬」「未来道具」と連呼するより、部外者から見て意味不明な隠語の方が都合が良かっただけだ。

 

 この呼称を聞かされた時点で、高町はすでに酷い胃痛に苛まれていた。日本初の女性総理という看板を背負い、就任以来何をしても性別と結びつけて論じられる重圧には、とうに慣れたつもりでいたのだ。だが、今の絶望的な状況に比べれば、あれすらも「想定内の政治ゲーム」に過ぎなかったのだと、お門違いな実感に襲われている。

 

 机の向こうでは、技術担当者が血の気の引いた顔でタイムふろしきの試験結果を報告していた。

 

 物理的に破壊した端末が元に戻る。焼却した樹脂も元通り。削除された記録媒体のデータすら、黒瀬がこの布を未来デパートから購入した時点以降の変化であれば、完璧に過去の状態へ巻き戻せた。

 

 それだけでも現代物理学への死刑宣告だが、四次元収納箱はさらにタチが悪かった。外寸はただの工具箱。だが内部には100立方メートル近い物体を呑み込む。重量は一切増加せず、放り込んだ発信機の電波は完全にロストし、外部から透過撮影を試みても既知の構造らしきものは何も映らない。

 

 業を煮やした研究者たちは、ついに箱の分解に踏み切った。壊して中身を開けば、せめて一つくらいは原理の糸口が掴めるだろうという、科学者としての意地だった。

 

 しかし、外装を切断し、部材を外し、内部空間へ到達するはずの位置まで削り込んでも、100立方メートルの空間などどこにも存在しなかった。目の前に散らばっているのは、奇妙な未知の素材と理解不能な部品の山だけ。それを元通りに組み直したところで、同じ機能が再現できる気配は微塵もない。分解作業に参加した研究者の一人は、途中から苛立ちを通り越して乾いた笑いを漏らし始めていた。

 

 そして、バラバラに破壊された四次元収納箱にタイムふろしきを被せると、数十秒後には傷一つない元の姿に復元されてしまう。切り離して別の机に避難させていた部品すら忽然と消え失せ、箱の側へと「巻き戻って」いるのだ。部品だけを物理的に隔離して複製し、未来素材を量産するという一縷の望みは、その瞬間に完全に断たれた。

 

「もう一度やります。条件を細かく変えれば、何か拾えるかもしれません」

 

 技術担当者が執念深く告げ、二度目の解体ショーが始まった。計測器の数を増やし、全工程を記録しながら慎重に壊していく。だが結果は同じ。構造など一切理解できないまま、ただの布切れ一枚ですべてが無に帰す。

 

 三度目は破壊のアプローチを変え、四度目は環境温度をいじり、五度目は内部に荷物を詰め込んだ状態で箱を破壊し、復元後に何が起こるかを検証した。データだけは膨大に積み上がっていくが、「なぜ動くのか」という最も渇望する答えだけが、嘲笑うかのように遠ざかっていく。

 

 高町は分厚い報告書から顔を上げ、四次元収納箱そのものよりも、そこに無造作に貼られた「未来デパート」の管理シールを見つめた。

 

 黒瀬はこれを「安物」と呼んだ。タイムふろしきについても、「ジャンク品だから性能が低い」と平然と言い放っている。もしこれが、未来のカタログの最底辺に位置する商品だとしたら、その上には一体どんな地獄が待っているのか。高町は、その先を想像することすら拒絶したかった。

 

 思考を巡らせるほど、胃薬の効果が薄れていく。高町はたまらず会議を一時中断し、隣室に待機させていた男を招き入れた。しばらくしてふらりと姿を現したのは、総理経験者である岸川だった。

 

 岸川という男は、総理の座に就くまでは人並み以上に野心に溢れていた。しかし、実際にトップに登り詰め、国家の命運を己の名で決断し続ける日々に心底摩耗し、退任後は「二度とあの椅子には座りたくない」と公言してはばからない。今は若隠居を決め込み、高町から泣きつかれた時だけ顔を出す、ご意見番のような気楽なポジションに収まっていた。

 

 そんな岸川でさえ、机に並べられた報告書を読み終える頃には、無言で胃の辺りを強く押さえていた。高町はそれを見て、ほんの少しだけ息を吐く。同じ地獄を見た人間が、同じように胃を痛めている。ただそれだけで、妙な連帯感があった。

 

「日本初の女性総理だの何だのと、あれだけプレッシャーに感じていたのに。今となっては、ずいぶんと可愛らしい悩みに思えますよ」

 

 岸川は露骨に嫌そうな顔をした。「そういうスケールの比較に、私を巻き込まないでほしいな」とぼやきながら、再び資料へ視線を落とす。彼が最も長く目を留めていたのは、黒瀬本人の発言やパーソナリティを分析したプロファイリングのページだった。

 

 黒瀬薫は、日本という国家に敵意を抱いていない。国家転覆を目論むテロリストでもなく、特定の思想を布教したい狂信者でもない。ただ純粋に「欲しい物があるから金が要る」「未来デパートの道具が現代で高く売れるから売る」。その極めてシンプルで即物的な動機だけで動いている。かつて満員電車に揺られ、給料日までの日数を数えていた会社員時代と、根本的な思考回路はそう変わっていないのかもしれない。

 

 だからこそ、岸川は極めて冷徹かつシンプルな結論を導き出した。

 

 捕まえるな。脅すな。安く買い叩こうとするな。

 

 その三原則だ。

 

「……拘束して管理下に置くべきだ、と主張する人間は必ず出ます。早めにトップとしての方針を固めておくべきでしょう」

 

 高町が水を向けると、岸川は呆れたように肩をすくめた。

 

「実行可能かどうか以前の問題です。成功した時のリターンに対して、失敗した時の国家の損失が天文学的すぎる。彼女の能力が申告通りの『ほんの一部』に過ぎないなら、こちらからわざわざ敵対する理由はどこにもない」

 

 それに、すでに情報を隠し通せるフェーズはとうに過ぎている。タイムふろしきの検証動画は世界中のネットの海へ拡散し、最初の購入者であるYouTuberは出品元の情報をあっけなく暴露している。黒瀬自身も身を隠す気など毛頭なく、海外勢力へ売り払うことへの心理的ハードルも皆無だ。

 

 ここで、高町は発想を逆転させた。

 

 黒瀬薫という特異点を、日本だけで完全に囲い込むのは不可能だ。ならば、他国へ行かせまいと無理な鎖を繋ぐのではなく、「どこへ寄り道しても、結局は一番最初に日本へ戻ってくる理由」を作ればいい。

 

『世界で一番都合の良い、気前のいい上客になること』。それが、高町の導き出した最適解だった。

 

 支払いは即座に行う。絶対に値切らない。面倒な身体拘束や身辺調査は控える。ただし、危険性の高いオーバーテクノロジーに限り、他所へ売る前に必ず事前に相談してほしいと頼み込む。その代わり、日本政府はどんな国よりも高く買い取る。国家間の安全保障という大義名分を押し付けるより、その方がよほど彼女の利己的な性格に刺さるはずだ。

 

「MAOにとって、世界一使い勝手のいいATMになる。結果的に、それが一番安い投資かもしれませんね」

 

 岸川は少しだけ口角を上げた。「財務省の連中が聞いたら卒倒しそうな言い回しだ」と皮肉ったが、否定はしなかった。目先の数百億円をケチった結果、数兆円規模の経済効果を生む未来技術が敵対国へ流出するなら、そちらの方がよほど致命的な損失になる。

 

 最大の問題は、「いくら出すか」だった。

 

 タイムふろしきにも四次元収納箱にも、市場の相場など存在しない。原価も不明、比較対象すらゼロ。「適正価格」という概念そのものが崩壊しているのだ。

 

 即座に現金化するプランはすでにいくつか上がっていた。四次元収納箱を重要物資の輸送に転用すれば、容積と重量の概念に縛られていた莫大な航空輸送コストを一瞬で消し飛ばせる。タイムふろしきを巨大メーカーの破壊試験にリースすれば、莫大な開発費のかかる試作品をロストすることなく、何度でも限界試験をループできる。どれも明日から巨額のマネーを生み出せる手堅いプランだが、関わる人間が増えれば増えるほど、MAO案件をトップシークレットとして維持することは不可能になる。

 

 そもそも、秘密にするという前提がすでに破綻しつつあった。YouTubeの映像は海外のプラットフォームに転載され続け、各国メディアから官邸への問い合わせが殺到し、在京大使館の諜報員たちも水面下で嗅ぎ回り始めている。SFファンタジーが現実世界に混入したという事実を、国民と世界から永遠に隠蔽し続ける選択肢は、もはや高町の手札には残されていなかった。

 

 財務省のトップは、今すぐ動かせる予備費の枠と、国会での追加承認が必要となる金額とをシビアに切り分けて算定した。とりあえず使途が確定していない予算をかき集め、今後は未来道具の運用によって浮いた輸送費や研究費、さらにリースで得られる莫大な使用料まで、すべてを次の「仕入れ資金」へと還流させるスキームを構築する。

 

 その記念すべき第一弾のジャブとして、高町は「350億円」を提示することに決めた。これなら総理の権限で即応でき、同時に黒瀬へ「日本政府は本気で買う気がある」という強烈なメッセージになる。

 

 もちろん、この程度で終わらせるつもりなど毛頭ない。今後もMAOから継続的に未知のテクノロジーが供給されるのであれば、補正予算を組んででも1兆円規模の特別取得・研究枠を新設する必要がある。高町の頭の中では、350億など単なる手付金に過ぎなかった。

 

 それでも、高町には一抹の不安があった。もし350億という数字を見て、あの傲慢な女が鼻で笑ったらどうするか。その時は即座に追加額を提示する。500億、1,000億。それでも首を縦に振らなければ、奥の手を考えるしかない。未来道具の供給ラインを日本が世界で最初に握っているという事実には、それだけの出血を強いる価値がある。

 

 連絡役の人間が、黒瀬へ電話で金額を伝えたのは、その日の夕方のことだった。官邸の首脳陣は、彼女からの返答を張り詰めた空気の中で待ちながら、早くも追加提示額の準備に取り掛かっていた。

 

 ■■■■

 

 その頃、黒瀬薫は黒のオーバーサイズパーカーというだらしない格好でソファに寝転がり、片手にポテトチップス、もう片手にキンキンに冷えたコーラを握りしめていた。

 

 官邸の奥深くで、国家の安全保障だの技術流出だのと深刻な議論が交わされていることなど知る由もない。彼女はただ、未来デパートの商品一覧をスマホでスクロールしながら、「次は何をポチろうかしら」と呑気に考えているところだった。

 

 電話越しに提示された金額を聞いた瞬間、黒瀬の口の中でポテトチップスを咀嚼する音がピタリと止まった。

 

 350億円。

 

 タイムふろしきと四次元収納箱、二つセットでの買取価格だという。

 

「……350億? たった二つで?」

 

 念のために確認したが、相手の答えは変わらなかった。黒瀬はポテトチップスの袋を膝の上に置き、無言で未来デパートの購入履歴画面を開いた。

 

 タイムふろしきと四次元収納箱。それは、型落ちジャンク品のまとめ売りセールで、たったの「500円」で仕入れた代物だった。

 

 500円が、350億円。

 

 利益率という概念がゲシュタルト崩壊を起こすような異常な差額に、さすがの黒瀬も自らの購入履歴を二度見した。

 

 数秒の沈黙ののち、黒瀬は思わず口元を緩めた。高町たちが裏で追加予算の準備までして脂汗を流していることなど、知るはずもない。彼女のシンプルな思考回路の中では、「350億円=日本政府が必死に掻き集めた全額」としてあっさり認識された。

 

「いいわ。その値段で売ってあげる」

 

 あまりにも即答だったため、電話の向こうの連絡役が一瞬言葉を詰まらせた。黒瀬はそんな相手の困惑など意に介さず、残っていたポテトチップスを無造作に口へ放り込む。500円のガラクタが350億に化けるのだ。こちらから値切る理由など、微塵も存在しなかった。

 

 むしろ、日本政府は思った以上に「気前が良くて話の早い客」だと高評価を下したくらいだ。手続きや確認は鬱陶しかったが、モノの価値を見せつければポンと大金を出す。これなら、今後も贔屓にして、真っ先に新商品を持ち込んでやってもいい。

 

 通話を終えてしばらくすると、今度はスマートフォンのメール通知が、壊れたように立て続けに鳴り始めた。

 

 国内の大手物流企業、トップクラスの電機メーカー、総合商社、医療機器のメガベンチャー。一体どこから個人の連絡先を嗅ぎつけたのか、未来の技術について至急対面で話がしたいという熱烈なオファーが、滝のように届き始めている。

 

 黒瀬はコーラをストローで啜りながら、その文面を上から順に流し読みしていった。ライセンスの独占契約、共同研究機構の設立、未曾有の技術提供。使われているビジネス用語は様々だが、要するに「うちにもそのヤバい道具を売ってくれ」という欲望の羅列だ。

 

 その有象無象の中に、一通の英文メールが紛れ込んでいた。

 

 送り主は、かつて社畜だった黒瀬でさえ知っている、アメリカの超巨大IT企業だった。未来技術についてトップ同士で直接協議したい。移動費も超高級ホテルの宿泊費も最高レベルの警備もすべてこちらが負担し、必要とあればプライベートジェットを今すぐ日本へ飛ばす、とある。

 

「専用機? わざわざいらないわよ。どこでもドアで行けるんだから」

 

 画面を閉じようとした黒瀬の指が、ふと『報酬』の欄でピタリと止まった。

 

『CEOと面会していただくだけで、報酬として1億円をお支払いします。商品の購入交渉については、別途上限なしで協議させていただきます』

 

 黒瀬は、ソファから少しだけ身を起こした。さらにスクロールすると、ヨーロッパの王族、中東のオイルマネー、アジアのコングロマリットからも似たような招待状が殺到しており、民間企業だけでなく、明らかに国家の特務機関を名乗るものまで混じり始めている。

 

 350億円という巨額を提示して安堵している日本政府。

 

 だが、その外側の世界では、もっと底知れない資金力を持った無数の買い手たちが、彼女のポケットの中身に狂ったような値段をつけようと群がり始めていた。

 

 黒瀬は空になったポテトチップスの袋をくしゃりと丸め、ゴミ箱へ放り投げた。

 

 ほんの数分前まで「次はどれを買って遊ぼうか」と考えていたはずなのに、今度は「誰を顧客に選んでやろうか」という贅沢な悩みが加わってしまったらしい。

 

「……これ、私が思ってたよりずっと面白いことになりそうね」

 

 未来デパートのサイトを開けば、そこには現代の常識を破壊するような商品が、まだまだ山のように眠っている。黒瀬はコーラをもう一口飲み、世界中から殺到するオファーの山と、無量大数円に至る商品カタログとを交互に見比べながら、最高に楽しそうな笑みを浮かべて次の「仕入れ」を物色し始めた。

 

 

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