これ、なんてギャルゲー?   作:千之鴎

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これ、なんてギャルゲー?

 恋愛というのは字面は知っているが、実のところ経験はない。

 周りはやれ彼女がどうの、彼氏がなんと、と色恋で会話を盛り上げている。

 秋野冬貴(あきのふゆたか)(よわい)16にて恋を知らぬと言うのも考えものだ。

 ここは一つ、周りに流されないためにも恋人の一人くらいはほしいものだ。

 じゃあ誰か好きな人間がいるのかと言えば、その答えはノー。

 特段可愛いと思う人間も性格の合う女子にも出会っていない。

 まだ、5月。人が人を知るには早すぎる時期だ。

 というのに、彼氏彼女と盛り上がれる我がクラスのバイタリティには感服だ。

 よそはよそ、うちはうち。そう言い聞かせてもやはり、なんか羨ましい。学生特有の変な敗北感である。

 そういうこともあって俺は一つ恋をすることにした。

 なに、別に現実で無理に恋する必要はないのだ。

 昨今は恋愛アドベンチャーゲームなるものがある。コイツでいいではないか。

 

 「さて、やりますか」

 

 俺はパッケージからCDを取り出すと、そのまま包装を解き、ノートPC備え付けのCDドライブに読み込ませた。

 ––––––ウィィィン。

 独特の起動音を上げ、ノートPCはCDの情報を読み取っていく。

 今回買ったゲームは俗に言うギャルゲーだ。

 中でもシミュレーションタイプではなく、アドベンチャータイプのもの。

 アドベンチャータイプはよく見る選択肢によって物語が分岐するもので、シミュレーションタイプはヒロインの好感度を管理しながら物語を決めるもの。

 大きな違いは物語性が強いかどうか、だろう。

 シミュレーションタイプはどうしても好感度の管理の観点から話にノイズが走りやすい。

 その点アドベンチャータイプでは主人公の行動を端的に選択肢で選んでいくだけなので話の没入感を出しやすくある。

 まぁ、個人的な見解だ。アテにならない話だ。

 ただ、俺はそう思うというだけ。そして、そう思っているからこそ、今回はアドベンチャータイプを選んだのだ。

 

 「俺に恋を教えてくれよ?」

 

 意気込む俺はノートPCにニヤリと笑いかけた。

 

 

 

 ––––––しばらくして。大体一週間くらい経つだろうか。

 俺は全ルートクリア。CG回収も終え、遊び尽くしたと言って問題ないくらいにギャルゲーを楽しんだ。

 その感触はまるで名作の小説を読んだような読後感近い。

 が、そんな思いでありながら、俺は確かな不満を抱えていた。

 不満の正体は分からない。

 ネットで検索でもかけようかと思ったが、そんな気分でもない。

 そろそろ夕飯の時間だ。

 俺はそれを言い訳に考えることをやめ、ノートPCを落とした。

 

 ––––––––誰だ?この真っ暗な画面のPCに映し出されるモブ顔の男は?キモくて堪えるんだが?

 

 「あ、俺か––––––そうか……」

 

 瞬間、気がついてしまった。俺の抱える不満の正体に。

 俺は現実に絶望していたのだ。

 ギャルゲーの煌びやかな世界と現実世界を比べ、その差に落胆し、落ち込む。

 ……苦しい。現実はこうも醜いのか、と。

 何だろうな、向こうの世界も決して楽ではなかった。

 ヒロインは死ぬし、俺は振られるし、ヒロインは死ぬし、俺は弱いし。報われない瞬間というのはいくらでもあった。

 けど、俺は最後に笑えていたよ。

 現実はどうでしょうか。

 俺は今笑えているか?

 ふふ、愚問。向こうとこっちの落差に絶望しているところだが?

 

 「……」

 

 ノートPCに映る俺も気のせいか泣いているよ。

 恋を知る。などと言う大義名分はとっくの昔に捨てた。

 恋を知るうんぬんよりも、俺はドラマのある向こうの世界が好きになってしまった。

 俺が動けば良くも悪くも応えてくれるあの世界は素晴らしい。主人公、というのは気持ちが良いものだった。

 

 「はぁ……」

 

 ため息が出る。

 こっちでは俺一人が何かしても世界はそれに応えない。何なら世界どころか周りの人間すら知らんぷりだ。

 ゴミを拾って褒められるのは小学生まで。足が速くて褒められるのも。

 向こうじゃ、この一つ一つがフラグなのにな。

 全く、現実に辟易するぐらいには二次元が眩しすぎる。

 

 「はぁ……」

 

 まぁ、とどのつまり、俺はギャルゲーにどっぷりハマった訳だ。

 

 「冬貴〜。ご飯出来たわよ〜」

 

 一階から俺を呼ぶ声がする。

 どうやらご飯が出来たようだ。

 俺は立ち上がり、デスクに椅子を納めると一階のリビングへと足を向けた。

 

 「冬貴、アンタ今日やけに元気ないわね。どうしたの?」

 「あー、いや。大したことじゃないよ」

 「そう?この間までやたら元気だったのに……彼女にでも振られた?」

 「ははは、そんなんじゃないよ。うん、ほんとにね?」

 「それなら良いんだけど。あんまり辛気臭い顔しないでね。こっちまで気が滅入るから」

 「へい。気をつけるよ」

 

 誰が言えるでしょうか。

 ギャルゲーと現実の落差に落ち込んでるなどと。

 ある意味彼女に振られたとも言えなくもないが、こんなん親に言えねー。

 

 「冬貴、箸。止まってるわよ」

 「あ、あぁ。ごめん、ちょっと考えごと」

 「……何でもいいけど、潰れる前に相談しなさいよね」

 「そんなに心配される程のことじゃないよ」

 「そう、あんまりしつこいのも嫌でしょうからもう聞かないけど。ちゃんとしなさいね?」

 「へーい。じゃ、ご馳走!美味しかったよ!」

 「調子のいいこと」

 

 母さんはこれ以上問い詰めないと言っていたが、なんとなくあの空気は俺に響いた。

 無用な心配をかけさせているという事実が針のような鋭い痛みで俺を刺激する。罪悪感にも似た嫌な気分に俺は逃げ出すように自室に戻った。

 

 「現実は無情である」

 

 俺は過去を振り返らないように明日の学校の準備を整える。

 ゲームの世界は終わっても俺の日常は続くのだ。いつまでも引きずる訳にはいかない。

 体育、美術、数学I、現代文、英語、ホームルーム。

 それぞれの教科にあったものを揃えていく。体操服を出すなり、教科書を揃えるなり。

 そんな行動が妙に現実感を刺激し、さらに俺に虚しさを与えた。

 

 「––––––いっそのこと、ゲームみたいな選択肢の一つでもあれば……」

 

 そうしたら現実でも楽しい想いをしただろうか?

 来世ならワンチャン……。

 

 「っ、いかんいかん」

 

 直ぐに首を振って俺は考え直す。

 たかがゲーム一つ終わっただけで、なんでこの世に見切りをつけ、悟った雰囲気を纏わなきゃいかんのだ。

 ……あー、でも間違いなく。向こうの世界は俺のもう一つの人生だったな。

 思い返す度に郷愁の想いに惹かれる。

 

 「もう末期だわ。寝よ」

 

 過去を振り返らないはずが、気がつけばこのザマだ。

 こういう時は何をしてもダメだ。寝るのが一番である。

 俺は鞄に明日使うものが入っていることを確認すると、ベッドにダイブするのであった。

 

 翌日。

 目覚めは最悪だった。

 

 「頭の中、チリチリする」

 

 頭痛にも似た不快な感覚に俺は頭を押さえながらのそのそと起き上がった。

 上手く言語化できない。痛いとは違った感触。

 もう、とにかく気分は最悪に近かった。

 

 「うぅ〜、おはよ〜」

 「冬貴、アンタどうしたの?顔色悪いけど」

 

 朝の挨拶は程々に母さんに具合の悪さを見抜かれた。

 隠しては無かったがこんなにもあっさり見抜かれるとは。

 誤魔化す必要もないのでそのまま打ち明けることにした。

 

 「なんか頭痛っぽい感じがする……」

 「えぇ、病院行く?」

 「いい。学校始まってまだ、一ヶ月くらいだし、授業置いてかれるのは困る」

 「友達に聞けば良いじゃない」

 「友達作りとか全然してなかったから、そんな人いない」

 「アンタねぇ」

 

 呆れた表情に「別に俺の勝手だろ」と、抗議の一つでもしたいがこの重い頭じゃそれも怠くて仕方ない。

 俺は何も言い返さず、テーブルに準備されていた朝食を頂くことにした。

 

 「いただきます」

 

 今日の朝食はトーストにベーコン、サラダ、ヨーグルトの美しい洋食セットだ。ここに目玉焼きの一つでもあれば完璧だったな。

 無心で口を動かしているが、料理があまり減らない。

 量が多いのか?

 

 「なんか今日多くない?」

 「あー、分かる?昨日の晩御飯に使ったベーコンとサラダの期限が今日までだったの。今日の夜はカレーにする予定だったから、サラダは良いとして、ベーコンはもう朝に消費しちゃおうと思って」

 「そっか」

 

 いつもならこのくらい訳ないんだが、今はデバフが付いている。

 それもあって、やはり箸の進みが遅い。

 俺はチラリと時計を見る。体感としてはもう10分以上は食べているイメージだが、

 

 「うげっ!30分も経ってたのかよ」

 「あ、本当だ。そろそろ行く時間?」

 「あー、いや……」

 

 家から学校までは近くはないが、遠くもない。

 飛ばせば15分で着く。

 そして、今は7時40分。学校で遅刻扱いされるのは8時40分以降。

 全然時間はある。ただ、ここでちんたら食事してら顔洗う等の準備を巻きでやらなければならない。

 どうしたものか。

 

 「––––––うぐっ!」

 

 思案の最中、突如、今までチリ付いていた頭がクリアになる。

 急激に体調が良くなるものだから俺は驚きのあまり箸を落としてしまった。

 

 「大丈夫?やっぱり病院行った方が良いんじゃないの?」

 「あー、うん。それも悪くないかも––––––それより、なんかここら辺に変なの無い?」

 

 俺は宙を指差した。

 

 「無いけど?やっぱりおかしいんじゃない?」

 「そっか。ちょっと考えてもいい?」

 「良いけど、何を?」

 「ちょっと、ね」

 

 母さんは見えてないと言った。

 確かに言った。

 しかし、俺には見えている。

 

 ▶︎病院に行く

 ▶︎行く必要はない

 

 この"選択肢"が。

 

 もう何回も見た。

 ここ最近はこればっかり気にして生きてきた。

 青いウィンドウに囲まれ、ゴシック調の文字で書かれたこの簡素な文字列。

 これの導く結果に一喜一憂したあの日が恋しくて、遂に俺はイカれちまったのか?

 俺は現実かどうか確かめるために恐る恐るそれに手を伸ばす。

 すると一番上、「病院に行く」の選択肢が一段濃い青になった。

 これはカーソルが合っている状態、ということだろうか。

 試しに下の選択肢「行く必要はない」に手をかければそこが濃くなった。

 俺の手は今、マウスカーソルと同じ働きをしている。

 なんとなくだが、このまま選択肢に触れればそれが確定する気配を感じる。

 幻覚?それとも現実?

 

 「本当にどうしたの?何も無いとこに手を伸ばして。頭ってことは病院どこが良いのかしら?」

 

 母さんはもう俺を病院に連れて行く気満々だ。

 棚の中にしまってあった診察券をトランプみたいにテーブルに並べて吟味し始めている。

 もし、ここで「やっぱり良い」なんて言っても母さんは聞きやしないだろう。

 明らかに様子のおかしい息子をほっとくような人じゃない。

 

 だから俺は、ここで敢えて–––––

 

 「いや、やっぱりいいよ。行く必要はない」

 

 隠し切れない期待を胸に俺は選択肢に触れた。

 もし、これが本当の"選択肢"なら、俺が選択したようになるはずだ。

 どうなる、どうくる!

 

 母さんの口が開く。

 音が発せられるまでのこの時間がやけに長い。

 早く、早く!

 

 「そう?まぁ、そこまで言うなら良いけど……」

 「……は、え?ありがとう?」

 

 う、嘘だろ?

 

 「なんのお礼?」

 「えっと、世界に対して?」

 

 マジかよ!

 

 「やっぱり、病院行った方が良いんじゃないの?」

 「いや!良いよ!それより、俺、えっと、ごちそうさま!」

 

 これ、本物か⁈

 

 「もういいの?残ってるけど」

 「ご、ごめん!早く学校行きたくて!」

 

 俺、俺––––––!

 

 「そう」

 「う、うん!じゃ顔洗って歯磨みたら出るから!」

 

 主人公になったのか!!!

 

 ようやく自分に起こったことを冷静に噛み締めれるようになったのは家を出てからのことだった。

 俺はどうやら選択肢が見えるようになったみたいだ。

 ギャルゲーのようにこれが何かのフラグになっているに違いない。きっと、そう。

 俺もあのゲームの主人公のようになれるのか、煌びやかな生活を送れるのか!

 冷めない興奮が俺熱くする。

 特に意味もないのに走り出し、学校へ急ぐ。

 何かありそうな気がして、俺を急かす。

 

 「あぁ、クソ!楽しくなってきやがった!」

 

 信号で足止めをくらうも、足踏みを続け、俺止まらない暴走機関車状態だ。

 ようやく落ち着いて来た頃にはもう学校が目と鼻の先。

 息も切れ切れして、段々と興奮も収まってきた。

 そこで、ようやくというか、今更ながらの疑問至る。

 

 「どうしてこんな力が?」

 

 なんで俺にこんな力が宿ったのか、ということ。

 まぁ、力はこの際どうだっていい。

 それよりも、この選択肢元ネタは何だ?

 急に俺の日常に生えてきたってことか?

 それとも何か元となったゲームがある、とか?

 

 てか、選択肢がある日常を望んだ翌日にこれって都合良すぎないか?

 何だこの展開。

 

 「これ、なんてギャルゲーだよ」

 

 冷静になった俺はそうひとりごちた。

 




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