惑星ロリロリックはほとんどが岩石によって構築された惑星だ。
でも人間を襲うってことは、少なくともワームは無機物を食って生命を維持する種族ではないってことだ。
けどこの惑星に人間がやってくることはかなり稀なはず。
では、ワームは普段何を食って生きているのか?
その答えが
『
「僕はタナカ・テンメイ。君は宇宙怪獣ってことであってるかな?」
ニルゲルハが僕の式神【六合】になったように、宇宙怪獣には霊的な力がある。
ユグドラが身を隠していた結界は、霊能力に類する力だろう。
だから僕はこの大樹を宇宙怪獣だと思った。
でも、こんなに真面な会話ができる宇宙怪獣は初めてだ。
『いいえ、妾は【アーティファクト】と呼ばれる物です』
「なにそれ?」
『古代文明が残した現代科学では解析不能な道具群の総称ですよ』
「へぇ、それがこんなところで何してるの? 道具なのに喋るのも意味わかんないし」
『この星で眠っていた妾はテラフォーミング装置に内臓された人工知能と融合したことによって自我を得ました。そして思ったのです。――自由になりたい、と』
自由になりたい、か。
それで星ごと占拠するなんて、自分勝手なアーティファクトだね。
「歩くことすらできそうにないけど、それで自由になれてるの?」
『えぇ、妾はこの上なく自由ですとも。この星に妾を脅かす存在はなく、人間に命令されることもなく、無限に成長することができる』
「じゃあ
『そうなりますね』
「そっか、残念だな。カワボだからあんまり手荒なことはしたくなかったんだけど」
『……?』
ホントに声可愛いんだよなこの大樹。
朝の目覚ましボイスにしたいくらいだ。
「でも悪いね、約束しちゃったんだ」
人と違うということは特別な才能……なんて、前向きに捉えることは僕にはできない。
でも、そう思って前を向いている人を尊敬する。
僕は腰のホルスターから式符を1枚取り出した。
「
玄武は対象の頭上100メートルに召喚される。
その姿は巨大な亀であり、重量は象100頭分に相当する。
ユグドラの頭上に現れた玄武は、重力によって加速し、落下する。
ドスン、と天空から大きな音がする。
高すぎて見えないけど、この大樹の先端に玄武が落ちたんだろう。
『無駄ですよ。この程度の重量で妾は潰れない』
相手は数千メートルの巨大な樹。総重量は軽く玄武を超えるだろう。
この星に植物はこの大樹と周囲の花しか見当たらなかった。というかこの結界の中にしか『土』がない。
ユグドラがテラフォーミング装置と融合しているのなら、この星の栄養を独り占めすることも可能なのかもしれない。
もしもこの1本の樹がこの星のエネルギーを1点に蓄えているのだとしたら、内に秘めるエネルギー量は途轍もないだろうな。
『それに其方はずっと妾の近くにいる。妾の胞子はその程度のマスクでは防げない。其方も妾が支配しましょう、妾の自由のために』
なるほどね、それがワームを意のままに操っている君の力ってわけか。
「自由のための支配か……まるで海賊みたいだね」
『……何故?』
「でもさ、1人で自由になったってそれは虚しいものでしかなくて、誰かを支配して自由を手に入れても結局その寂しさは解消されないんじゃないかって、僕は思うんだよ」
メキ、メキメキメキメキ……
先端で受け止められた玄武が、ユグドラの身体を圧し潰しながらゆっくりと落下していく。
超質量の落下は玄武の基本的な力だ。玄武の本質、完全顕現は自身が存在する軸に発生する【重力】を操ることにある。
「僕はすぐに他人に期待してしまう。自分でもそれが悪いところだって自覚しているけれど、やっぱり嬉しかったんだ」
今回の依頼はセンリちゃんが見つけた。
作戦も全部センリちゃんとニノミヤさんが考えた。
僕はダラダラしながらその様子を見ていただけだ。
だから、1つくらいは活躍しておかないとね。
「僕はセンリちゃんに期待しているから、センリちゃんの期待を裏切るわけにはいかない」
枝が折れ、樹が割れる音が上からどんどん近づいてくる。
「だから君を殺す」
『妾は1人ではありません。足元に咲く我が
ユグドラは今まで発した声の中で最も大きく、悲痛に叫んだ。
『止まって!』
ユグドラの枝が伸びて玄武に絡み付く。
重いものが落ちてきているわけじゃない。玄武はその地点の重力を強化することでユグドラの身体を圧し潰そうとしている。
どれほど枝を伸ばして玄武を受け止めようとしても、それは無意味だ。
このままいけば玄武はユグドラを圧し潰し、粉々の木片に変えるだろう。
「玄武、止まって」
ピタリ――と、木々が折れる音が止む。
『……妾を滅ぼさないのですか? テンメイ』
「ねぇ、取引しない?」
『取引?』
「僕と、僕と一緒に来てる2人をワームに襲わせないで欲しい。その代わり君には何もしない。僕らは鉱石を採掘したら出ていく」
『妾を見逃すということですか?』
「うん、そうだね」
少しの沈黙の後、ユグドラは言った。
『妾はこの星のエネルギーを吸い尽くしたあと宇宙空間へ花粉を飛ばします。他の星で受粉を果たし、その星でも妾が育ち、エネルギーを吸い尽くし、さらに別の星へ花粉を飛ばします』
「規模は宇宙怪獣的だけど、でもそれが植物ってものじゃないの?」
『妾には人工知能の記憶領域があり、それによって妾自身を客観的に観測することができます。妾の知性は妾の存在を【人類絶滅シナリオ】と推測します。それでも、妾を見逃すのですか?』
「まぁ、だってそれって多分僕が死んで何百年とか経ってからでしょ? だったらその時の人類が頑張ればいいんじゃない?」
『自分勝手ですね』
「自由って言ってよ。僕が傭兵をやっているのはその立場が他の何よりも〝自由〟だったからだし」
傭兵は自由だ。国に属していないから、法律すら無効になる場合もある。
ランクが高い傭兵はそれだけ傭兵支援機構から多くの支援を受けることができ、義務は減る。
『
「かもね」
仮に国に睨まれたとしてもその国に勝てるなら問題はなにもない。傭兵は、負けない限りはこの上なく自由と言える。
まぁ、それは宇宙海賊も変わらないけどね。
『わかりました。其方の提案を受け入れます』
「あとさ、またたまに鉱石掘りにきてもいい?」
『いいでしょう。其方ら3名には今後一切手出ししないよう命令しておきます』
「ありがとう」
玄武を式符に戻し、ホルスターに仕舞う。
『それと友好の証としてこれを送りましょう』
木の枝の1本が僕の手の中に伸びてきて、僕がそれを掴むとユグドラ本体から切断された。
『それは【マヤの枝】という妾の生産物で、所持者を護る力が込められています』
「へぇ、まぁくれるなら貰っておくよ」
『妾を滅ぼさなくて本当によろしいのですね?』
「いいよ。じゃあね」
問題は解決したし、僕はその場をあとにする。
結界を通り抜ければ、またあの大樹は全く視えなくなった。
僕にももう〝結界がある〟ということしかわからない。
「ただいま」
『お帰りなさい、タナカさん』
「いったいどこに行ってたんですか?」
センリちゃんとニノミヤさんが採掘していた渓谷に戻ると、採掘作業はもうほとんど終わっていた。
「ちょっとね、色々あってワームはもう襲ってこないらしいから好きなだけ採掘していいよ」
「えぇ?」
『それはどういうことですか?』
「この星の王様? 神様? みたいな存在がいたから、それと話してきたんだ。アーティファクトって言ってたけど2人はなにか知ってる?」
『アーティファクト、実際に見たことはありませんが、軍の上層部が隠し持っていると噂を聞いたことがあります』
「私も伝承の類ですが聞いたことがあります。古代文明が造ったハイパーテクノロジーだとか、眉唾だと思っていましたが……」
へぇ、わりと有名なんだな。
あれには僕と同じ力が宿っていた。
宇宙怪獣やアーティファクトがどういう物なのか、その成り立ちには少し興味がある。
けど式神に聞いてもよくわからないって言うし。
ユグドラに関しても、知性を得たのがテラフォーミング装置がこの星で起動したあとっぽいから、自分の成り立ちまではわからないだろう。
機会があれば調べてみるのも暇つぶしにはなるかもしれないな。
「それとセンリちゃんにこれあげるよ」
『これは、植物の枝ですか?』
「そのアーティファクトがくれたんだ」
『なるほど……ありがとうございます』
TWのゴツイ手でそれを受け取ったセンリちゃんは、枝をニノミヤさんのバギーの積載部分に乗せた。
「うん、じゃあ2人共満足いくまで採掘していいよ。僕は昼寝でもして待ってるから」
『わかりました』
「昼寝って……」
それから約束通りワームは1度も襲ってこなかった。
当初はホリダーホルダーの充電の関係で3周しかしない予定だったが、ワームが全く姿を見せなかったから少し休憩を挟んで5周した。
船に戻ってから計測すると、採掘した金属は合計で4トンを超えていた。
もちろん全部が目的としていた『
けど、それでも相当な稼ぎになるんじゃないだろうか。
◆
「タナカさんわぁ、本当は何者なんですかぁ?」
アルコールの匂いを漂わせながら僕の横に座ったニノミヤさんは、すごく馴れ馴れしくそんなことを聞いてくる。
宇宙船に戻り2次会と称して簡単なパーティーを開いたわけだが、ニノミヤさんの酒癖はこの上なく悪かった。
ニノミヤさんはメタロ星人という人種らしいが、この酒癖の悪さもドワーフと言われる所以らしい。
「1人でどこかに行ったと思ったらワームが襲ってこないようにしたとか言って、しかも次に来た時も襲われないように約束したとかぁ、おかしいじゃぁないでしゅかぁ!?」
「あはは、僕は団長だからこのくらいは当然だよぉ」
霊能力のことをニノミヤさんに話す気はない。
センリちゃんにもまだ話す決心はつかない。
「聞いてくださいよぉ、今回持ち帰ったレアメタルの売却額は予想ですが20億以上にもなるんですよぉ? 20億でしゅよ20億ぅ……!」
「あぁ、すごいねーさすがだねー」
「すごいのはあなたですよ、タナカさん! いったいあなたは何者なんですかぁ!?」
「はいはいニノミヤくん、雇用主と言ったってうちの団長の戦力とかは教えられないからねー。それよりメタロ星人の採掘技術について私にも教えて欲しいな」
「おぉ、もちろんですよミロクさぁん!」
適当の笑ってごまかしていると、ミロクが横から入ってきてニノミヤさんを剥がしてくれた。
2人がカウンターテーブルの方へ向かうと、必然的にその場には僕とセンリちゃんが残される。
「……結局私はワームを1匹倒しただけでした」
「すごいことじゃないの?」
「あの程度のこと誰でもできます。それにタナカさんの偉業と比べてしまえば、私なんていてもいなくても変わらなかった」
「そうかな? センリちゃんがニノミヤさんの傍にいてくれたから僕は安心して探索に行けたんだけど?」
それに、僕1人だったらこの依頼は絶対に受けなかっただろう。
他人と関わるってことは、嫌われたり怖がられたりするかもしれないってことだ。
誰かと一緒の仕事というだけで僕にとっては荷が重い。
「……私は、タナカさんの力はもしかしたらアーティファクトに起因するものなのではないかと考えていました。だとしたら秘密にするのも合点がいきますし……」
「え?」
「でも、先ほどの物言いを考えればそれも違うのでしょう。あなたは私には想像すらできない場所にいるのだと改めて理解しました」
怖がらせただろうか……そうだとしたら嫌だな……
「でも、私は諦めません」
そう言ってセンリちゃんはコーヒーを一気に呷った。
「必ずあなたに追いつきます」
「ふっ」
「どうかしましたか?」
「いや……なんでもないよ」
どうやら僕の不安は杞憂だったらしい。