「賭けは僕の勝ちだね」
「そうみてぇだな。じゃあ帰るか、アマネ」
「団長……よろしいのですか?」
はぁ……
信頼とは、相手の行動に自分の運命を託すということ。
カムイの言ったことは間違いじゃないと、僕も思う。
でもそれは、僕1人で勝手にこの仕事を受けるかどうかを決めていいって意味じゃない。
「カムイ、ちょっと待って」
「なんだ?」
「センリちゃんは僕の信頼に応えてくれた。だから僕は、ちゃんとセンリちゃんと相談したい」
「なるほど、そんじゃあ返事は明日にするか?」
「いや、緊急の依頼だし……ミロク、センリちゃんをここに呼んで」
「いいだろう」
ミロクの声と同時に、机の横に光が現れる。
それは人型を造り、最終的にはセンリちゃんの姿となって落ち着いた。
「タナカさん? これは……強制転送ですか? ということは、この世界を管理する方とお知り合いなのですね?」
「まぁその認識は間違っていないよ。ここにいるメルは、傭兵支援機構の統括管理AIだからね。だが、君を呼び出したのは私だよ」
「ミロクさんが……いえ、タナカさんと共にする人工知能なのですから驚きはしません。それで私を呼んだ理由はなんでしょうか?」
思ったよりもすんなりと状況を理解してくれたセンリちゃんに、僕は包み隠さず本題を話す。
「傭兵支援機構から依頼が来たんだ。でもそれはチームアップの要請で、僕はそれを拒否した。理由は説明しなくてもわかるよね?」
「はい」
「でも相手の傭兵団『マグドラ』の団長、カムイがなんか突っかかって来てね」
「マグドラ……ヴィーナさんの所属する傭兵団ですね」
「そうだ。うちのヴィーナが迷惑かけちまったな」
「いえ、有意義な時間でした」
どうやら、センリちゃんは怒ってはいなさそうだ。
やっぱり呼んで正解だったかな。
「僕とカムイは賭けをしたんだ。ヴィーナちゃんが勝てば、僕は彼らと協力する。センリちゃんが勝った時は、チームアップは拒否するっていう内容でね」
「では、共同依頼は……」
「いや、まだ決めてない。だからセンリちゃんを呼んだんだ。僕らは傭兵団だ、そして団員は僕と君しかいない。なのにセンリちゃん抜きで話を進めるのはおかしいと思ったから」
それが僕がセンリちゃんをここに呼んだ理由。
「センリちゃんは、今回の依頼どうするべきだと思う?」
「私はたかが団員で、あなたは団長です。私はタナカさんがどのような決定をしようがそれに従い、その完遂に従事します。ですが、個人的な意見を言うのであれば……」
少しだけ言葉を溜めたセンリちゃんは、切れ長の目で真っ直ぐに僕を見て言った。
「私はもっと〝傭兵〟というものについて知るべきだと思っています。そして今回の依頼は、その目的に極めて即していると思います」
「そっか。じゃあやろう」
「よろしいのですか?」
「うん。カムイ、色々悪かったね。共同で依頼を受けてもいいかな?」
「粗相をしたのはウチが先だ。謝られるようなことはなんもねぇ。よろしく頼むぜ、タナカさん」
◆
依頼内容『古代文明スペース・コロニー【アクルシア】の調査』
達成難度『S』
目標『アクルシアの防衛機能の無効化、およびアーティファクトの存在調査。存在していた場合はそれの回収』
報酬『各傭兵団に25億CM+回収した物品の優先所有権』
概要『現在、アクルシア周囲では【ビクティリア連邦軍】【グレイラス帝国軍】【トラセウム所属の私兵団】の戦艦全1万隻が睨み合い、コロニー内に入ろうとする者を牽制している。その包囲網を突破してアクルシア内に侵入し、アクルシア内で起こっている事象を調査してください』
特記事項1『Cランク傭兵2組、Bランク傭兵1組が全滅。Bランク傭兵1組、Aランク傭兵1組が失敗』
特記事項2『コロニー周囲は強力なエネルギーシールドで守られている。シールドには一部空白があるが、そこから以外の侵入は困難』
特記事項3『内部を破壊しすぎるとアーティファクトが消失する可能性があるため、内部でのTW使用は避けられたし』
特記事項4『すでにグレイラス帝国軍の少数部隊が突入しており、175時間が経過している』
特記事項5『帝国軍が発見した時点で、アクルシアに海賊船1隻が停泊していた』
◆
「何度読み直しても無理難題としか言いようのない依頼ですね」
センリちゃんは、ホログラムタブレットを難しそうな顔で眺めながらそう呟く。
船に戻って来た僕らは、その依頼の緊急性からすぐに出発することとなった。
目的地はビクトリアからワープ7回分の距離で、明後日には到着する。
センリちゃんはその時のために、色々と作戦を考えているようだ。
「センリちゃん、今回の依頼についてちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」
「なんでしょうか?」
「僕は誰にも力を見せたくない」
「はい」
「だからお願いだ、僕を護って欲しい」
僕がそう言うと、センリちゃんは驚くように目を見開いた。
彼女は片膝を付き、僕へ向かって首を垂れた。
「やっと……私はやっとあなたの力になれるのですね。誓います。私、センリ・ゴールドバーグは、命を賭してあなたを守護すると」
「え」
……ビックリした。
「なにしてるの? センリちゃん?」
「私の故郷は帝国領土で、そこでは貴族や騎士の習慣が根付いていました。これは騎士が王に誓いを捧げる時に用いた姿勢です」
「へぇ、そうなんだ」
その姿を見て、僕は思った。
まるで命令を完遂するためだけに動く『ロボット』みたいだ、って。
喜びが堪えきれない表情、羨望の眼差し、それはまるで僕の力で復讐を果たした『死霊』を彷彿とさせる。
「タナカさん? どうかしましたか?」
「センリちゃん……あのね、違くてさ、僕は……」
僕はただ、君と、友達に……そう言おうとしたのに、喉から先に言葉が出ていかない。
はは、怖いな。
センリちゃんが僕から離れていくのがこの上なく怖くて、僕はそれ以上なにも言うことはできなかった。
「いや、ありがとう。それじゃあよろしくね、僕はもう寝るよ」
「タナカさん……?」
自分の気持ちを伝えることすら僕はできない。
大切にしているから、なんてのは言い訳だ。僕はただビビりなだけだ。
困惑したセンリちゃんの表情。少しだけ怒りを帯びたミロクの顔。
2人を残して僕はリビングを後にし、自室に引きこもった。
◆
「タナカさん……」
私はまた何か余計なことをしたのだろうか?
「君はまるであれだね、嬉しさに感極まって糞尿を巻き散らす犬畜生のようだね。センリ・ゴールドバーグ」
「ミロクさん……どういう意味ですか?」
「いや、私は喜んでいるのだよ。君がテンメイという存在を正しく認識してくれたようで、本当に嬉しい限りだ」
「説明してください。あなたはタナカさんのあの表情の意味を知っているのですか?」
ミロクさんの表情には、いつものような人を子馬鹿にした笑みはなかった。
代わりにそこには圧力があった。
悪魔の類が目の前に立っているかのような、寒気を催す圧力が。
「自分の願いは、テンメイと並び立つことだと君は言った。それに私は、君の瞳にはテンメイを追い抜かんとするほどの意志を感じていたのだけれど、それは私の勘違いだったのだろうか?」
「私の願いはタナカさんを追い抜くことです。間違いはありません」
「では、なぜに膝を折る? 追い抜かんとする相手に、なぜ屈する?」
たしかに、私にとってタナカさんはいずれ追い越す相手だ。
「重ねて問おう。君はテンメイを〝人〟と言った。君はヒトで、テンメイも人であるのならば、力量に差はあれど、その存在は対等であるはずだ。ではどうして、君はテンメイに首を垂れる?」
……
「教えてあげよう、君は認めているからだ。タナカ・テンメイという存在が、センリ・ゴールドバーグという〝人間〟よりも上位の存在であるということを、君は心の底で理解しているのだ」
違う。
「ゆえに、君は平服したのだ。敬愛し、崇拝し、信仰したのだ」
……違う。
「君はテンメイと過ごすうちに、直観的に理解していた。その存在に認められることこそが至上の喜びであり、その存在に見初められることこそが生存の理由であるのだと」
……違う!
「今一度、君に問おう。君はテンメイのなにを求めて、この船に乗った?」
「私は……ただ、ただタナカさんを護りたいと思っただけです……」
「自分の命を賭してまでかい? もうその時点で、自身の命とテンメイの命が等価ではないと認めているじゃないか」
……
「君の善性は今に始まったことではない。自分の命を賭してでも他者を護りたいという君の願いは、たしかに素晴らしく、美しい。だが、テンメイに己を捧げるということは君がもっとも嫌悪する〝力による支配〟そのものだ」
私がタナカさんに支配されることを望んでいた?
「君はテンメイに勝てぬと悟り、己を賭した。まぁ、君が勝手に捧げただけだけどね」
そんなはずはない……
「恥じる必要はないよ。上位存在に畏怖を抱き、加護を求めて媚びへつらうその行動は、極めて人間的なものなのだから」
認められて、頼られて、お願いをされて……
嬉しかった。嬉しくてたまらなかった。
「従属し、平服し、信奉すればいい。テンメイを主と定め、騎士のごとくに誓いを立て、認証という名のプライドと支配される快楽に身を任せ、そのままテンメイの懐の中へ堕ちていけばいい。その様は限りなく、人間的だ」
――お願いだ、僕を護って欲しい。
そう言われたあの刹那、たしかに多幸感が私の全身を支配した。
私はタナカ・テンメイの力になりたいと思った。己が持つあらゆるものを投げ捨てたとしても。
……違わない。何も違わない。
ミロクさんの言う通りだ。
少なくともあの瞬間、私の心はタナカさんと対等になることを諦めていた。
「ッ!!!」
私は自分の顔面を殴り付けた。
「ミロクさん、ありがとうございます。目が覚めました」
「私はそれでも構わないよ。むしろ当然のことだと思う。君ごときがテンメイと並ぼうだなんて、分不相応も甚だしい」
驕り、プライド、それは私が失ったものだ。
タナカさんを見て、ポッキリと折られたものだ。
愚かにも同じ間違いを繰り返す。
信念を再構築し、何度心に据え置いても、その形状は完璧には程遠く、私は未だタナカさんよりずっと劣る。
成長したなどと調子に乗って、己が存在を堕落させていく。
そんな自分の愚かしさに吐き気が込み上げてくる。
いつかタナカさんに抱いた恐怖は、信仰に色を変え、きっと私は彼を傷つけた。
最低だ。
だから、取り戻さなければならない。
プライドを、信念を、誇りを――
「少し、ひとりにしてくれますか?」
「いいだろう。その成長痛に好きなだけ咽び泣けばいい」
やはり彼は優しい人工知能だ。
この身の愚行を成長と呼んでくれるのだから。
だからこそ、私は私が許せない。
ミロクさんがリビングから出て行くのを確認した私の膝は、自然と崩れる。
大量の涙が零れ、腹の底から、喉を通って、何かが溢れてくる。
誓ったはずだ。
甘えないと、祈らないと、縋らないと――
何も、私は何も、できていない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
◆
「人はそう簡単に変わらないし、努力なんて一朝一夕で実を結ぶものではない。それでも君がそれを願い続け、失敗を脳髄に刻み続けるのなら、近づいていない……なんてこともないのだろうね」
センリ・ゴールドバーグの絶叫を聞きながら、私はそう演算する。
「だとしたら、私の役目が終わるのも、そう遠い話ではないのかもしれない」