「どうやら終わったみたいだね~」
「お疲れさまです、タナカさん」
マグドラの戦艦が開いたワームホール、そこから発射された極大の光線によって僕たちが探索していたスペースコロニーはバリアごと跡形もなく消し飛んだ。
僕の霊感でも宇宙怪獣の存在は完全に消滅している。
宇宙怪獣は元から霊的な存在なせいか、死しても幽霊にならない。
「生まれたばかりで殺されるっていうのも、ちょっと可哀想だけどね」
「宇宙怪獣に対してそんな感情を抱けるのは、きっと君くらいだろうね」
ミロクがコーヒーをリビングのテーブルに人数分置いてくれた。
これを飲むと仕事が終わったって感じがする。
……さて、話をするとしようか。
「センリちゃん」
「はい」
隣に座ったセンリちゃんは、いつもより少しテンションが低いような気がする。
「僕さ、実は霊能力者なんだよね。幽霊とか見えちゃったり、触れちゃったり、祓ったりもできちゃうし、あとは式神とかも使えちゃうんだ。悪霊とか怨念とか呪いとか、そういう困りごとがあったら言ってね?」
僕が茶化しながらそう言うと、センリちゃんは短く頷いた。
「はい」
はい……?
「もしかして知ってた?」
「いえ、単純にそこまで驚くことではなかったというだけです。タナカさんのお力は、私の知る物理法則の外にあるものだという予感はありましたから」
「そうなんだ」
「はい」
「怖くないの?」
「私は、この船から逃げた時と変わりません。私の心があなたに甘えることが、ずっと怖いです」
自分が怖い……?
僕の力を見て、そんなことを言った人は初めてだ。
「気を遣わなくてもいいんだけど、傭兵団を抜けたくなってない?」
「言った通り、恐怖はあります。ですが、あなたから逃げてもその恐怖は諦めに変わるだけだということはわかっていますから」
まるで、少年漫画の主人公みたいだった。
「私はいつか、あなたを超える。そのためにここにいたいのです」
そう言ってジッとセンリちゃんの鋭い瞳が僕を見つめる。
「そっか、楽しみにしておくよ。センリちゃん」
「よいのですか? 私はあなたの足を引っ張っていますよ」
「そうかもね。でも、そのままじゃないんでしょ?」
「はい」
「それなら何も問題ないじゃん」
「……ふっ、そうですね」
小さく笑って、センリちゃんはコーヒーに口を付けた。
自分の力を打ち明けたのに気分がこんなに晴れやかなのは、僕の人生で初めてのことだ。
「あ、そうだ。じゃあコレあげる」
なんとなく捨てるのもと思って持ってきたんだ。
腰にある式符の横のポーチから、黄金の光を放つ板のようなそれを取り出し、センリちゃんに渡す。
「これはなんですか?」
「宇宙怪獣の卵の殻だよ。僕はいらないし、もしかしたらなにかに使えるかもしれないから」
「きっと尋常の素材ではないでしょう。武装の強化に役立つかもしれません。ありがごとうござます」
「いえいえ」
さて、仕事も終わったし……
「そろそろ帰ろっ――」
『タナカさん! 祝勝会しようぜ!』
リビングのホログラムディスプレイに映し出されたのは、非常にうるさいカムイの顔面だった。
「すまないねテンメイ、彼がどうしても君と話したいらしくてね。アマネ・フェルティには少し借りもあるから繋いでしまった。けれど彼の提案をどうするかは、君の自由だよ」
『センリ、約束してたでしょ? 付き合いなさい』
「タナカさん……」
「わかった。カムイ、どこでするの?」
『うちの船にはバーベキュールームがあるんだ。招待させてくれよ?』
◆
「オラァ、焼きまくるぞぉぉぉぉぉぉ!!」
何だこのテンション……
戦艦の中に造られた庭園に、船を稼働させるための最低限の人員以外は全員が集まっているようだ。
肉を焼く機械が沢山置かれていて、結構高そうなお肉が沢山焼かれている。
しかも空中にでっかいホログラムディスプレイが無数に投影されていて、その通信には多分他の戦艦で同じように焼肉をやってる人たちと繋がっている。
「タナカ、センリ、あんたたち何食べたい?」
「カルビとホタテ、あとイカかな」
「では牛タンと野菜を適当に」
「あのノリ入りにくいでしょ? 取って来てあげる」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
まさか毎回こんなことをしてるんだろうか?
けど態々船内にこんな空間を造るくらいだし、毎回やってるんだろうなぁ。
「ほい。あとセンリ借りていい?」
「もちろん、せっかく招待してもらったのに僕らだけで喋ってても仕方ないしね。あとTW壊させちゃってごめんね」
「別に気にしてないわ。どうせ経費だし」
「ありがとう」
「では少し外しますね」
「うん、いってらっしゃい」
ヴィーナちゃんとセンリちゃんが席を離れていくのを見送りながら、持って来てもらった肉に手を付ける。
「ミロクの料理の方が美味しいね」
ミロクは留守番してくれたけど、話したい人とかいなかったのかな?
「よっ、タナカさん。隣いいか?」
「カムイ、リーダーなのに輪の真ん中にいなくていいの?」
「そりゃお互い様だろ?」
「人が多いところってあんまり得意じゃないんだよ」
「そうか。じゃあちょっと悪い誘いしちまったか?」
「いや、センリちゃんはヴィーナちゃんと話したかっただろうし、僕も君に聞きたいことがあったから丁度いいよ」
「聞きたいこと? なんだよ?」
「団長ってさ、なにをすればいいの?」
団長、文字通り捉えればそれは団の長だ。
社長とか村長とか隊長とか会長とか、そういう〝長〟としての役割を熟せばいいのだろうか?
でも、長としての役割もよくわからないし、傭兵という特殊な職業でもそんな意識でやっていていいのかわからない。
「団長が何をすればいいか、か……仲間を護るとか、目標や進路を決めるとか……まぁ、俺もよくわかんねぇな」
「そうなの? 君は随分慕われてそうだと思ったけど」
「俺が慕われてるんじゃなくて俺がみんなを慕ってんのさ」
それでも、あんなに沢山の人の中心にいられる時点で、カムイは慕われている側の人間でもあるだろう。
カムイのような他者との関わり方が、僕にできるようになるとは僕には思えない。
「いや、1つだけあるな。団長としてってわけじゃねぇけど、俺が絶対にやること」
「なに?」
「応援することだ。仲間のやりてぇことを手伝ったり、必要なものがあれば俺にできる範囲で用意したりな。俺はみんなが頑張りてぇことを頑張れるようにしてぇんだ」
応援か……うん、なんか……
「なるほど、しっくりきたよ」
「そいつはよかった。けどセンリは応援なんてなくても勝手に結果を出すタイプな気はするがな」
「センリ……って、呼び捨てしてるの? なんか、随分仲良くなったんだね」
「なんだよ嫉妬か? じゃああんたも呼び捨てすりゃいいじゃねぇか」
呼び捨て……いやいやいや……
「無理だよそんなの!」
「なんで?」
「だ、だって恥ずかしいじゃん!」
「お、おう……」
まさか、こんな話をするほどの仲になるなんて出会った時は思ってもみなかった。
……そういや、僕はカムイの握手を拒んだんだったな。
「カムイ」
「なんだ?」
「今回はありがとう。助かった」
僕はそう言って握手を求めるように手を差し出す。
カムイがいなければ、マグドラがいなければ、僕が力を使ってあの宇宙怪獣を止めるしかなかった。
でもそうしていたら、きっと僕の力は世界中に知れ渡ることになっていただろう。
そうならなかったのは、カムイのお陰だ。
「あぁ、こっちこそありがとな」
カムイは嫌味のない笑みを浮かべ、僕の手を取った。
◆
「センリ、タナカってどんなヤツなの?」
「尊敬に値する方です。優しく、強く、なのに驕ることもない。そんな方です」
「まったく強そうには見えないけど?」
それは彼の霊能が、常人に理解できる範疇を逸脱しているからだ。
「でもたしかに余裕はあったのよね。Sランクの依頼なのに警戒心がまったくなかったっていうか……もしかして隠している力でもあるのかしら?」
あれ……バレかかってる?
「ないです」
「え?」
「ないです。タナカさんは弱いです」
「強いって言ってなかった?」
「いえ、武術の心得も皆無ですし、TWの操縦もできませんし、思慮も浅いです。それに自堕落だし、チョロいし、抱き締めたら骨折れそうですし……」
「自分の団長に酷い言い草ね。じゃあなんであんたはタナカと一緒にいるのよ?」
「……優しいからです」
「どういうところが?」
マポリオンから私を助けてくれた。
私の代わりに隕石を破壊してくれた。
ゲスラ少佐からも助けてくれた。
それに今回も、私に力を見せてまで救ってくれた。
でも、それを正直に言ってタナカさんのお力がバレるわけにはいかないし……
「……プ、プレゼントを貰いました」
「へぇ、どんな?」
「えっと、樹の枝と卵の殻……です」
「……なにそれ怖」
◆
「君はバーベキューとやらに参加しなくていいのかい?」
ホログラムディスプレイに映し出されたアマネ・フェルティにそう聞くと、部下であろう者たちが彼女の前に焼かれた肉と飲み物を持ってくるのが映り込んだ。
『単純に、1番話したい方と話しながら食事をしようと思っただけですわ』
「そうか。人工知能ごときと話したいだなんて殊勝な人間だね」
『その説は申し訳ありませんでした。どうやらあなたはわたくしが知る通常の人工知能とはかなり異なる存在のようです。お肉、届けさせましょうか?』
手を振って「結構だ」と返しながら、私は自分で作ったカクテルを口に運ぶ。
アンドロイドには食事は不要だが、摂れないわけではない。
そもそも私は式神だし、味覚も感じる。
ただ単純に、自分で作ったものの方が美味しいと感じるだけだ。
「それで話したいこととは?」
『コロニー内でのことですわ。団長とヴィーナから報告は受けていますが、あなたはどう見ますか?』
式神との知識共有では、式神が見聞きしたことしかわからないから、私もテンメイとセンリ・ゴールドバーグから改めて事情は聞いた。
「どう見る……つまり、あの第1王子のことかい?」
『はい。洗脳と転移、今回の主犯は最低でも2つのアーティファクトを所持しているということになります。それに権力と財力の面でもマグドラは負けている』
たしかに帝国の第1王子の姿とテンメイたちが遭遇した人物の人相は一致する。
しかし、それが本当に本人だったかは少々疑問だ。
『いくら大国と言えど、アーティファクトの所有数はそこまで多いとは思えません。それを2つも個人に渡して前線に出すでしょうか? しかも王子なんて身分の人間を……』
アマネ・フェルティ。
マグドラの副団長で、参謀のような役割を担っていると聞いている。
この程度のことに気が付くのは当然か。
「まぁ、共有しておいて問題はないか」
『と言いますと?』
「あの王子と名乗った人物が使っていたアーティファクトはおそらく3つだ。テンメイの話では、〝姿を変えていた〟らしい」
手術による整形ではなく、瞬時に姿を変えられる類のものだろう。
幻覚か肉体操作かはわからないが……
『なるほど、実に面倒な力ですわね』
「そうだね」
『今後は依頼人について詳しく調べてから仕事を受けることにいたします』
「それがいいだろうね。まぁ、うちの
『ヴィーナが愚痴っているのを聞いたことがあります。彼女は随分と優秀らしいですわね』
人間という枠の中で見れば、センリ・ゴールドバーグは最上級だ。
それは私も否定するところではない。
「だが、テンメイに比べればまだまだだよ」
『不思議ですね。あなたはセンリさんが優秀であることを喜ぶと同時に憂いている』
「そう見えるかい?」
『はい。わたくしも似たような経験がありますわ。自分の部下が自分以上の力を見せた時に感じる、自分の地位の揺らぎ。副団長という地位に自分が相応しいのかという疑問』
「そういう時、君はどうする?」
『頑張ります。下が育つということは、上の価値が上がるということです。それに見合うよう頑張る。わたくしにはそれしかできませんから』
だからこそ、今も私と話をして、少しでも団の利益になるように行動しているわけだ。
「立派だね。だが私は、それほどまでこの居場所にしがみつきたいとは思えないんだよ」
『それは、わたくしにはわからない感情ですわね』
「そうだろうね。それじゃあ君とカムイの恋愛話でも聞かせてくれよ」
『なっ、わたくしと団長は別にそういう関係では!』
揶揄うとアマネ・フェルティは怒ってしまって、その後すぐに通話は終わった。
テンメイは人であることを望んでいる。
「だったら、その隣にはきっと人間がいるべきなのだろうね……」
1人になったリビングで私は呟いた。
◆
黒と金を基調に設計されたその広間の最奥には、一際豪華な玉座が存在した。
玉座の間、その中央に突如として黒い穴が出現する。
「おかえりなさいませ陛下」
広い玉座の間にたった1人で控えた執事服の老人は、黒い穴へ向けて頭を下げる。
「ご苦労リヒト」
黒い穴から出て来た人物、アヌス・ソルティガ・グレイラスはそう言って老人を労う。
リヒト・アマイア・メトス、それが皇帝へ仕える執事の名だった。
男は玉座まで真っ直ぐに歩き、そこに腰かける。
その瞬間、男の姿が変質した。
褐色肌に白髪なのはアヌスの時と変わらないが、全体的に一気に老け込んだ。
その姿、この国の皇帝『ヴァン・ソルティガ・アーロ・グレイラス』そのものだ。
「此度の冒険も退屈しなかった」
「陛下の遊び癖には困ったものです」
「この宇宙にはまだ多くの不思議が残っている。その解明や接触を他の誰かに譲るなど、そんなもったいないことができるか」
それは皇帝という立場の人物にははばかられる行為であるが、過去の経験から何度言っても無駄と知っているリヒトは黙って頭を下げる。
「それで、如何でしたか?」
「タナカ・テンメイ……あやつがいる限り世界征服は無理だ」
「……それほどの力ですか?」
「見せた力自体はそうでもない。しかし底が知れん」
正直戦いたくない、と皇帝はごちる。
「余は多くの人間を目にして来た。伝説的な英雄。高名な学者。己が道を行く芸術家。
「怪物……」
「余はあやつに第1王子と名乗った。しかしあやつは余のことを〝王様〟と呼び続けた。このアーティファクトの存在にも気が付いていたということだ」
アーティファクト【
そして、身体性能もその姿に準じる。
つまり、帝国皇帝ヴァン・ソルティガ・アーロ・グレイラスは〝不老〟の皇帝である。
「タナカ・テンメイの寿命が尽きるまで、あまり大事は起こすべきではなさそうだ」
「その者も不老である可能性はないのですか?」
「あるな。だがそうなったらもう知らん。考えたくもない。というか疲れた」
気だるそうに皇帝は天を仰いだ。
「それよりアレはどうなった?」
「〝使徒〟のことですな。一般種は計2000。3種の上位種は……」
「
「なんですかなそれは?」
「タナカ・テンメイがそう呼んでいた。丁度いいからそう命名する」
「なるほど、では
宇宙怪獣の卵から出て来た〝出来損ない〟の怪獣。
基本的な生物ではないが、宇宙怪獣ほどの特異性もない。
卵に流し込まれ、要らぬと排泄された元人間は、もはや原型をとどめてはいなかった。
そんな半端なモノたちを皇帝は『
帝国ではそれを『使徒』という種族名で呼称している。
「それだけいれば十分戦力だな」
「しかし、卵の防衛にも奴らを使っていたにも関わらず突破されたのでは? それに私も手合わせしましたが、あまり強いとは言えぬかと」
「ふっ」
ヴァンはリヒトの言に失笑し、問いかけた。
「では、お前は使徒が何体いれば自分は負けると思う?」
「そうですな、衰えた今となっても一般種なら300ほど、上位種でも30体は同時に相手にできるかと」
「では、お前は生後10日のお前が何人いれば自分を殺せると思う?」
その問いによって、リヒトはヴァンの言わんとすることを理解した。
「つまり、
「生まれて2週間足らずであそこまで動ける生物だぞ? しかも材料は人間だ、成長しないと考える方が無理がある。武術を教えろ。戦術や連携を理解させろ。教育を施せ。アレは近い将来、我が国最強の軍事力になる」
「かしこまりました。ではそのように」
「うむ。では少し1人にしてくれ。考える」
「かしこまりました」
天井を見ながら
――世界征服、それが余の考える最善であり、王とはその領域における絶対正義を象徴する存在。故に余は、その目的に向かって邁進する。成就か、もしくは己が王となる覚悟を持った
「あぁ、この世界はどこまでも甘美だ。腹が減る。まだ死にたくない」