宇宙海賊狩りのタナカ   作:水色の山葵

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第22話『最後の桜』

 

 センリちゃんがこの船に乗って1カ月が経過した。

 

 僕は今、非常に、最も、最高に、極めて、重要な問題に直面している。

 

 銀河標準暦(G.C.)1264年9月12日。

 その日はセンリちゃんの19歳の〝誕生日〟だった。

 

 そして本日は、同年同月10日である。

 

 ミロクが間違えてディスプレイに映したセンリちゃんの履歴書で確認したから間違いない。

 

 普通なら誕生日プレゼントを選んで渡せばいいだけだ。

 

『惑星【ドラゴンマウンテン】にトレジャーハンターや探検家、傭兵、研究者など様々な方々が集まっています』

 

 だけど問題がある。

 

『その目的は100年に1度のみ花を咲かせると言われる伝説の【百年桜】です』

 

 この前の傭兵支援機構からの報酬で、センリちゃんは個人的な給与として5億CM以上のお金が入金されている。

 

 つまりセンリちゃんは今、大抵の物は自分で買えるってことだ。

 

 どうしよう……

 

『その希少性からすでに1輪に数千万の値段が付いており、更なる高騰が予想されます』

 

 ……いや、これじゃん!!!

 

 たまたまリビングのモニターに映し出されていたニュースを見て、僕は決心した。

 

「ミロク」

「なんだいテンメイ?」

「僕ちょっと出かけてくるね」

「送ろうか?」

「いや、この船を動かすとセンリちゃんにバレちゃうから、宇宙列車で行ってくるよ」

「わかった。いってらっしゃい」

 

 そうして、僕はすぐにドラゴンマウンテンへの直通チケットを取り、宇宙列車の駅まで向かった。

 

 でもどうして、僕が宇宙船でも使わないと行けないような場所に行こうとしてるって、ミロクはわかったんだろう?

 

 

 ◆

 

 

「さて、これで彼女と2人でゆっくり話せるね」

 

 

 ◆

 

 

 ワープ渡航に必ず必要になる技術が〝ワームホール〟の作成技術だ。

 

 しかし、ワームホールは巨大な物を造ろうとするほど多くの電力を消費する。

 

 なので宇宙船を列車のように直線状の構造にすることで、ワームホールのサイズと消費電力を軽減した結果、大衆向けの長距離移動手段として〝宇宙列車〟が生まれた。

 

 しかも各駅にワームホール発生装置があるから、駅と駅へのワープしかできないが、その代わり1日に何回でもワープできるというわけだ。

 

 ドラゴンマウンテンは駅から近い星で、5時間ほど列車に揺られた僕は目的地に到着した。

 

 この星も昔にテラフォーミングしようとして失敗した星の1つらしい。

 

 その名が付けられたのは、この星の頂点捕食者とされる生物が、飛行性能を有した爬虫類だったことに起因する。

 

 2足2翼のワイバーン。4足2翼のドラゴン。

 

 そんな1000年前ならファンタジーの中にしか登場しなかったような特徴を持った生物が、この星には現存している。

 

 でも、ワイバーンやドラゴンがいるなら、あんまり低い位置に行くとこの列車も危ない気がするけど。

 

「どうやって下車するんだろう?」

 

 誰に向けたわけでもない独り言と同時に車内にアナウンスが流れる。

 

『惑星【ドラゴンマウンテン】、百年桜の咲く【斉涼山(せいりょうざん)】の上空に到着いたしました。それでは切り離しを開始いたしますので、10~12両にお乗りの皆さまはシートベルトを締めてください』

 

 アナウンスが終わった瞬間、唐突な浮遊感が全身を襲った。

 

「わっ」

 

 重力発生装置が壊れた?

 

 違う。窓の外を見れば一目瞭然だ。この車両は〝落下〟している。

 

 式神の常在効果がある僕は地面に直撃しても死なないだろうけど、他の乗客はそうもいかないだろう。

 

 だけど、乗客の誰も慌てている人はいない。

 

 どころかボックス席の対面に座ったお姉さんは、僕の驚いた声を聴いて微笑んでいる。

 

 落下から10秒ほど経つと浮遊感は徐々に軽減されていった。足下が微妙に振動している。

 

「下部にロケットエンジンが付いているのよ。姿勢制御も完璧だから問題なく着陸できるの」

 

 赤い眼鏡が印象的なお姉さんは僕にそう教えてくれた。

 

 我ながらエスカレーターに初めて乗った子供みたいだ。恥ずかしい。

 

「そうなんだ、教えてくれてありがとう」

「どういたしまして。またここにくれば定期的に列車が迎えに来てくれるから、登頂が難しいと思った時はここで待っていればいいわよ。お互い頑張りましょ」

 

 そう言い残して、列車が着陸するとお姉さんは外に出ていった。

 

 なんとなく、僕は最後まで残ってから外に出た。

 

 人類の故郷、地球にはエベレストという最長の山があったらしい。

 

 しかし、この星は重力の低さも相まってエベレストの2倍の標高を持つ山が存在する。

 

 ドラゴンマウンテンとは、原生生物の名を冠すとともに、この星の山を象徴する名前でもあるわけだ。

 

 さて、行くか。

 

霧氷(むひょう)の凶将・(いぬ)たる瑠璃(るり)・北西の星――名を【天空】」

 

 1人になれる場所まで移動した僕は式神を呼び出す。

 

 いや、呼び出すという表現は正しくないな。

 

 【天空】は異界そのものとも言える式神。その完全顕現は僕自身が異界に入るということだ。

 

 基本的に物を収納するのに使っている【天空】だが、その内部は物理世界とは次元の違う場所に存在する。

 

 この中はいわゆる〝霊界〟であり、世界同士は相互に干渉することができないようになっている。

 

 霊感がない人間は僕や白虎のことを視ることはできないし、触るなんてもっての他だ。

 

「白虎、頂上まで連れていって」

「グルゥ!」

 

 天空の中を通っても距離は変わらないから、白虎の背中に乗って移動する。

 

「相変わらず殺風景な世界」

 

 霊界には色がなく、すべての景色は灰色に見える。

 

「グル?」

「なんでもないよ」

 

 白虎の速度は雷と同じ。

 

 もちろん僕の乗り心地を考慮して、最高速度なんて出してないけど、それでも十数分で頂上まで辿り着いた。

 

「ありがとう、天空、白虎」

 

 2体の式神の顕現を解除すると、世界は色を取り戻す。

 

 山頂は、猛吹雪だった。

 

「寒っ……宇宙服に防寒機能が付いていてよかった」

 

 しかしその吹雪には似つかわしくなく、山頂の広場には一際目を引く大樹があった。

 

 どういうわけか、その周囲5メートルほどの空間にのみ雪が降っていない。

 

 その一点にのみ、台風の目のようにか細い光が天から注いでいる。

 

「すご……」

 

 吹雪の中に君臨するその桜の樹は、風景とは極めてミスマッチだったけれど、すごく幻想的な光景だった。

 

 でもこの山の環境は思ったよりも厳しいものらしい。

 

 麓には数百人はいたと思うけど、ここには僕以外に生身の人間は誰もいない。

 

「それで、君はなにをしているの?」

『俺が見えているのか?』

 

 その霊は桜の樹の前で胡坐をかいていた。

 

 黒髪は後ろで結われ、無精髭は威厳を感じさせる。

 

 和を感じさせるデザインの宇宙服は、僕のと少し似ているが、腰に差している2本の刀も相まって『侍』のようなイメージを連想させる。

 

 でもこの人、どっかで見たことあるような気がするんだよな……

 

 まぁいいや。

 

「この奇妙な天候を造っているのは君?」

『然様』

「久々に見たよ……」

 

 悪霊、妖怪。そういうモノは、確かにこの世に存在する。

 

 そう言ったモノは人に憑いて悪さをしたりするのがほとんどだ。

 

 僕はそれを見ることができるし、払うこともできる。

 

 だけど、この人は悪霊(ソレ)じゃない。

 悪霊や妖怪というものには理性が存在しない。

 

 欲望のままに悪意を振りまく宇宙海賊みたいな存在だ。

 

 とてもではないけれど、会話なんてままならない。

 

 でも彼にはしっかりとした理性が残っている。

 

 だが彼は普通の幽霊ではない。普通に幽霊にここまで物質世界に干渉する力は宿らない。

 

「君は【英霊】だね」

『英霊……?』

「生前の偉業によって多くの人間からの期待や尊敬、そんな肯定的な感情を一身に受けた人間は、死後も世界に影響を与えるんだ。今の君みたいにね」

 

 まぁ、それでもここまで世界に影響を与えられる存在は珍しいけどね。

 

「僕は君のような存在を英霊って呼んでいる」

『なるほど……俺は英霊という存在なのか。過ぎた名だな……』

 

 なにかを……多分生前を思い出すように、彼は呟いた。

 

「最初の質問に戻ろうか。君はここでなにをしているの? どうしてここだけ晴れさせてるの?」

『俺はただ最後のソメイヨシノを護っているだけよ』

「最後?」

『この桜は元々地球にあった品種だ。だが地球は滅びただろう?』

 

 歴史の授業なんてあんまり憶えていないけれど、それくらいは僕も知っている。

 

 遠い昔のご先祖様は、地球の外に出られるテクノロジーを得た時にまだ誰の物でもなかった惑星(りょうど)を巡って大戦争をした。

 

 結果として、その災禍を最も受けたのは僕らの故郷『地球』だった。

 

『地球の桜は全部なくなっちまったが、俺は持っていた桜の樹のここに接ぎ木した』

「他にも接ぎ木して増やせばいいんじゃないの?」

『そいつは無理だな。もうこの樹は接ぎ木しても増やせねぇ』

「なんで?」

『この極寒のせいさ。コールドスリープされたお陰でまだ寿命は残ってるが、後遺症みてぇなモンで接ぎ木しても育たなくなっちまってる』

 

 まぁ、それができるなら枝を持ち帰った人が増やしたりしているはずで、これが【百年桜】なんて呼ばれて希少性が付くことはないか。

 

『冷凍保存されたこいつにはまだギリギリ咲く機能が残ってる。だがそれもたまに溶かしてやんなきゃ失われちまう。こいつがなくなっちまえば、この世界からソメイヨシノは完全に消え去ることになる』

「この花が好きなんだね」

『俺じゃねぇ。娘が好きだったんだ。俺の4分の1も生きられなかった娘がな』

「……そう。その娘とは会えたの?」

『いいや、とっくに成仏したんじゃねぇかな』

「なのにその桜を守る必要があるの?」

『俺は生前、あいつのためになにもしてやれなかった。正義だとか平和だとか、くだらねぇことに固執して、1番大事なものがなんなのか、無くなるまでわからなかった馬鹿野郎が俺だ』

 

 幽霊は饒舌だ。

 幽霊はみんな、この世界に未練があるから成仏していない。

 

『この樹は俺が護り続ける。文句あっか?』

 

 必ずそれを成し遂げると誓ったような形相で彼はそう言った。

 

 その瞬間、吹雪が一層強く吹きすさぶ。

 

『ッチ、今年も来やがったか』

 

 己が創成した曇天を切り裂くように、ソレは空より現れた。

 

 氷結を纏ったような蒼い鱗。

 最強が己であると自覚せし蒼い瞳。

 

 TWすら悠々と超えるその巨体は、4つの足と2つの翼を携えていた。

 

『氷龍王【アルフリート】。吹雪はあいつの影響さ』

「龍王……かっこいいねー」

『呑気なモンだな……あいつは天候すら操る生ける天変地異だぜ?』

 

 なるほど、これがドラゴン……これが、この星の頂点捕食者……

 

『そして、俺の仇でもある』

「仇? 君はあれに殺されたの?」

『あぁ、生前の俺はこの星のテラフォーミングをしながら余生を過ごすつもりだった。環境を整え、接ぎ木でソメイヨシノを復活させたのはいいが、あんなのが生まれちまって全部パァだ』

 

 たしかに、あの龍は普通のTWなんかより余程強そうだ。

 

『殺されて、諦めかけてたが、幽霊になっても多少は世界に干渉できた。娘の好きだった桜を永遠に守り続けられるのは幸運だったよ』

「永遠なんてないよ。どんなに強い怨念を持ってても数百年もすれば自分の心残りがなんだったかも忘れて君も成仏する」

 

 復讐を誓った相手が老死したり、護りたかったものが原型を失ったり、そうして霊は自分の願いを忘れていく。

 

 心残りが解消されてあの世に行く霊なんて稀な例だ。

 

「英霊もそれは同じだ。英霊は今を生きる人間の信仰によって力を得ている。だけどその時代の教科書には当たり前に乗っていた総理大臣の名前も、千年もすれば誰も覚えてなんかいない」

 

 人から忘れられれば、英霊は力を失う。

 

「その桜は永遠には護り続けられない。接ぎ木できないならいつかこの世界から消える。そして、絶望という形で目的(こころのこり)を失った君は天に召される」

 

 龍が大きく息を吸い込んでいるのが見える。

 

 きっと、その口内には途方もない量の冷気が蓄積されているのだろう。

 

 龍はその冷気を光線のように集束させ、一気に放つ。

 

『だからなんだ?』

 

 しかし、日差しの差し込むこの領域にはその冷気の一切は届かない。

 

 なるほど、この領域は結界の役割も果たしているわけだ。

 

 100年に1度の満開。それを護り続けることでソメイヨシノという種を保存し続けているわけだ。

 

『文句あんのかよ?』

 

 そう言って彼は、ギロリとした視線で僕を見つめる。

 

 海賊なんて目にもならない、圧倒的な殺意の凝縮された黒い瞳。

 

「ないよ。むしろ感謝してる。君のお陰でセンリちゃんの誕生日プレゼントを決められたんだからね」

『プレゼント?』

「だから、お礼をするよ。あの龍を討伐するっていうのはどう?」

『ありゃ宇宙怪獣とはまではいかねぇが、それに匹敵する怪物だ。人が敵う相手じゃねぇよ』

「じゃあ倒したら、桜の花を1輪貰ってもいいかい?」

『できるモンなら花束でも持って行きな』

「ありがとう」

 

 契約成立だ。依頼内容は龍王の討伐。報酬は百年桜。

 

 それじゃあ傭兵として、仕事を始めようか。

 

銭財(せんざい)の吉将・(とら)たる天蓋(てんがい)・北東の星――名を【青龍】」

 

 胸の前に構えた式符から、とぐろを巻くようにそれは姿を現す。

 

 全長は100メートルを超える。それは巨大な〝龍〟だ。

 

 鬼のような形相。全身を覆う緑の鱗。樹木のような太い角。長い3本爪は赤い宝玉を握りしめている。

 

「青龍、本物の龍の息吹を見せてあげなよ」

 

 氷のドラゴンと青龍が睨み合う。

 が、青龍の方がかなり大きい。

 

 氷のドラゴン『アルフリート』はまるで蛇に睨まれた蛙のようだ。

 

 互いに大口を開ける。

 

 互いに、エネルギーがその口内へ吸い込まれていく。

 

 アルフリートの冷気。

 対して青龍は周囲の霊力を吸収し、一点に集約させる。

 

「キィィィィィィィィィィィィィィィンンンンンン!!!!!!」

「フゥゥゥ」

 

 互いのブレスが激突する。

 

 だが、大きさも、密度も、その間には圧倒的な差があった。

 

 青龍のブレスは冷気を消し飛ばし、そのままアルフリートに直撃。

 

 アルフリートの肉体を貫通して、隣の山に穴を開けた。

 

「悪いね龍王さま。怨みはないけれど、誕生日プレゼントのためだ」

 

 君はなにも悪いことはしていない。

 

 己の本能に従って、捕食と縄張りの拡大を続けただけだ。

 

 でも、だから、僕が同じことをしても文句はないだろう?

 

「フゥ」

 

 青龍が僕に顔を近づけてきて、蒼い宝石のようなものを手に落とした。

 

「え、なにこれ?」

「フゥ、フフ、フシュゥ」

「なに言ってるかわかんないや。まぁ貰っておくね」

 

 僕は青龍を式符に戻す。

 

『千年以上だ。千年以上前から俺はあいつからここを護り続けてきた。俺には護ることしかできなかった。なのに、まさかこんな簡単に倒しちまうとはな……』

「それじゃあ約束通り貰っていくよ?」

『あぁ、好きにしろ』

 

 僕は天空の中に、ソメイヨシノを1輪入れた。

 

『なんでアレを倒した? 花の1つくらい今まで来たヤツらだって何度か獲っていった。お前は俺を成仏させたかったのか?』

「違うよ。むしろ成仏なんてされたら困る。このままずっとこの桜を、この絶景を、護っていってよ」

『ハッ、変な霊能者だな』

「別になりたくてなったわけじゃないからね」

 

 用事は済んだ。

 ついでに吹雪も止んで、空が晴れてきた。

 

『俺の名前はライドウ・コウマだ。お前も名乗ってけよ』

「タナカ・テンメイ。傭兵だよ」

『傭兵……そうか……』

 

 晴れやかな笑みを浮かべてコウマは言った。

 

『あいつが好きだった桜を護ってくれてありがとな、テンメイ』

「気にしなくていいよ、僕はただ受けた仕事を熟しただけだから」

 

 さて、帰ろ。

 

 それにしてもライドウ・コウマか……

 

 さすがにその名前は僕も知ってる。

 

 この銀河で最初のSランク傭兵。僕の先輩だ。マーセルにも彼の銅像がある。

 

「それならよかった」

 

 傭兵というものが宇宙に存在する限りは、あの桜が枯れることはなさそうだ。

 

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