宇宙海賊狩りのタナカ   作:水色の山葵

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第23話『守護者』

 

 私がいつものようにトレーニングを終えてリビングに戻ると、そこにはミロクさんだけがいた。

 

 大抵タナカさんがいて、リビングでゲームをしたり動画を見たりしているのに珍しい。

 

「テンメイは出かけているよ」

「そうですか」

「なにか飲むかい?」

「いえ、それよりも……ここは一体どこなのか、説明してもらえますか?」

 

 この船はビクティリア連邦首都惑星『ビクトリア』に停泊していたはずだ。

 

 けれど、リビングの窓ガラスから見える宇宙の景色は、ビクトリアから見える夜空とはかけ離れている。

 

 私の問いにミロクさんは不敵に笑いながら、答え始めた。

 

「この銀河には様々な星がある。例えば希少な資源が多くあり、その採取を拒むような存在が全くおらず、故にテラフォーミングこそされているが、すべての希少資源が取り尽くされて無人となった星なんてのもあるわけだ」

 

 宇宙船が惑星の大気圏に入った。

 

 重力発生装置の影響で揺れはない。窓の外に見える景色だけがどんどん降下していく。

 

 子機で降りないのは危険性のない星だからだろう。

 

「さて、到着だ。外に出ようか」

「何をする気ですか?」

「2次試験だよ」

 

 一切崩れぬ不敵な笑みで、ミロクさんはそう言った。

 

 

 ◆

 

 

 雲1つない満点の夜空が見渡せる灰色の荒野。

 

 満月が照らすその場所で、私とミロクさんは向かう会う。

 

常性(じょうせい)の吉将・(ひつじ)たる真言(しんげん)・南西の星――名を【太裳(たいじょう)】」

 

 詠唱と共に、ミロクさんの姿が変わっていく。

 白髪は黒髪へ。執事服は衣冠のような服装へ変化する。

 

 その詠唱は何度か聞いたことがある。タナカさんが霊能力を使う時に唱えているものだ。

 

 しかし部分的に違う。特に最後の部分は、召喚される存在の名称を示しているようだが〝太裳〟というのは初めて聞く。

 

「私もテンメイの式神の1つでね。太裳……それが私の真名だ」

「なるほど。あなたの高度なハッキング能力は、タナカさんの力に由来するものだったのですね」

「そうだね。君はきっとテンメイの力に興味があるだろう? だけど本人に聞くのは少し気まずそうだから、私が代わりに教えてあげよう」

 

 たしかにタナカさんの力について、私は興味を持っている。

 だけど本人が隠しているものだし、あけすけに聞くのは控えていた。

 

「式神は全12種で、すべて違う能力を持っている。そして、私の能力は〝テンメイの力の模倣〟だ」

「模倣……」

「そう。テンメイが霊能力でできることは私にもできる。例えば私を含めた12種の式神を呼び出したり、私本来の姿を顕現させたりね」

 

 朱雀、六合、白虎、天后、勾陳、天空、そして太裳。

 私は12種のうち7つを見た。

 

 どれも規格外の異能だったが、まだ5つも残っているのか……

 

「教えていただきありがとうございます。ですが、どうして私にそんなことを話そうと思ったのですか?」

「テンメイは人間という領域に収まる存在ではない。それをキチンと理解してくれれば、君はテンメイの元から去るかもしれないと思ってね。どうやら誘いは沢山あるようじゃないか」

「……知っていたのですね」

「私の趣味はハッキングだからね」

 

 ヴィーナさんと仮想世界で戦ってから1週間。

 それだけの時間で、あの戦闘ログは30万回以上再生されている。

 

 それを見た傭兵団から勧誘が20件近く来ている。

 

「私はこの団を辞めるつもりはありません」

「その言葉、数時間後も(のたま)えていることを願うばかりだ」

 

 ミロクさんの胸の前の空間に黒い穴が開き、右手がその中へ消える。

 

 引き出された手の中には、1枚の式符のようなものが握られていた。

 

「それじゃあ始めようか」

「よろしくお願いします」

福徳(ふくとく)の吉将・(うし)たる般若(はんにゃ)・北東の星――名を【貴人(きじん)】」

 

 詠唱と同時に式符の中からなにかが出て来る。

 

 1秒ほどで、それは完全な姿を形成した。

 

 黄金の全身鎧を纏い、赤いマントを羽織った人型の式神。

 

「勾陳」

 

 さらに、宇宙怪獣の出来損ないと戦った時にタナカさんが使っていた黄金の剣が、貴人と呼ばれた式神の手の中に召喚される。

 

 黄金の全身鎧と剣を備えた【貴人】は私に向かって一礼した。

 

「センリ・ゴールドバーグと申します」

 

 返事はない。

 

 喋れないのか、喋らないのか。よくわからないが、貴人は剣を構える。

 

 それに合わせて私も携帯端末に付いたストラップ、『人参怪獣キャロン』を握り潰してビームサーベルを展開する。

 

「方法は問わない、貴人を倒してみたまえ。それが君の合格条件だ」

「しかし……」

「心配しなくても、式神はテンメイが死なない限り致命傷を負ったとしても式符に戻るだけだ。丸1日もすれば回復する」

「……わかりました」

 

 私が視線を向けると、彼か彼女かもわからぬソレは、空いた左手を前に出し、私を挑発するように人差し指を曲げる。

 

「いきます」

 

 一気に間合いを詰め、ビームサーベルを上段から振り下ろす。

 

 貴人はそれを受けるために黄金の剣を横に構えた。

 

 私のサーベルが貴人の剣と打ち合う直前――

 

「解除」

 

 ナノマシンテクノロジーによるビームサーベルの形成を解除。ビームサーベルは人参怪獣キャロンのぬいぐるみに姿を変えて、私の右手に納まる。

 

 そのまま私は右手を貴人の腹部辺りまで振り下ろし、「展開」もう一度キャロンを握り潰せばビームサーベルが再度現れる。

 

 刺突。狙いは喉。

 

 1撃で決める。その信念で放った技は――

 

「……?」

 

 貴人の手に掴まれ、止められた。

 

「ビームサーベルを掴んだ……?」

 

 その現象そのものにも驚くばかりだが、それ以上に凄まじい握力だ。幾つも改造手術を受けている私でも、その手を払えない。

 

 だが、驚くべきはそこではない。

 光を掴むその腕も、圧倒的な握力も、関係ないほどに貴人の〝ある能力〟は卓越している。

 

「どうやって、私の動きを読んだのですか?」

 

 今の動きは、私の行動を予見していなければ不可能な反応速度だった。

 

「……」

 

 貴人は答えない。

 

「でも、まだです」

 

 ビームサーベルから右手を放し、左手で別のぬいぐるみを握り潰す。

 

 首狩り兎ラビィ。それは『強化ブーツ』を展開するぬいぐるみだ。

 

 片足開脚の要領で姿勢を低く落とし、踵を地面に滑らせた蹴りで転倒を狙う。

 

 だが、貴人は狙われた足を1歩前に出してそれに対応した。

 

 インパクトのタイミングを完全にズラされた……

 

「だったら」

 

 両手を地面に付け、両足を浮かす。

 腕を軸にしながら、全身を回転させる。

 

 逆立ちしながらの回し蹴り。顔面を狙う右足はフェイント、腹を狙った左足の2撃目が本命。

 

 しかし、私の多段蹴りを貴人は剣の腹と掌で受け流した。

 

「嘘……」

 

 私は両手を強く伸縮させ、その場から宙返りで飛び退く。

 

 それを見た貴人は、握ったままだったビームサーベルを私に投げ返してきた。

 

 読まれている……

 

 攻防の感想はそれに尽きる。

 

 私が次になにをするのか、完全に予測されている。

 

「打つ手なしかい?」

 

 煽るようなミロクさんの言葉に怒りも湧いてこない。

 

 実際、どうすれば貴人(これ)を倒せるのか、私にはイメージができない。

 

 相手は武の達人だ。

 立ち姿、歩き方、剣技、どれを見てもそれは明らか。

 

 今の攻防も、貴人は最小限しか動いていなかった。

 貴人の動きは、常に私の攻撃に対する完璧な回答だった。

 

 初見の人間を相手に……あんなのあと何十年修行しても真似できる気がしない。

 

 これがタナカさんの本気……の12分の1か……

 

「でも、諦めるわけにはいかないのです」

 

 枝豆怪人ナっちゃん(レーザーハンドガン)。人工魔王ハンドくん(強化グローブ)。救済知性カミアイズ(レーザードローン)。瞳の魔女アナちゃん(シールドジェネレーター)。

 

 ビームサーベルと強化ブーツを合わせ、10種の武装のうち6つを同時展開する。

 

「もう1度、いきます」

 

 技術で負けるのなら、それ以外で勝つしかない。

 

 膂力。速度。発想。

 

 どれでもいい、全部試す。

 

「言い忘れていたね。説明してあげよう。完全顕現時の貴人の能力は〝5秒先の未来視〟だ」

 

 強化ブーツによってさっきの倍近い速度を出し、ドローンの射撃支援を受けながら突っ込んだ私に、完全にタイミングを合わせた黄金の剣が振り下ろされた。

 

「ぱ……?」

 

 

 ◆

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 視線の先真っ直ぐに満月が見える。私は今、倒れているらしい。

 

 私の攻撃は悉く当たらなかった。

 

 弾かれ、いなされ、避けられ、止められる。

 

 あらゆるアイデアと身体操作を駆使して挑んだが、そのせいで逆に私の体力が尽きた。

 

 何時間経ったのだろう?

 携帯端末の時計を確認してみるが、まだ30分も経っていなかった。

 

「どうやら終わりみたいだね。センリ・ゴールドバーグ」

「っ……」

 

 これがタナカさんの扱う式神の力……

 

 これが他に11体もいるのか。

 

「式神は同時に何体まで使えるんですか?」

「すべて同時に出せるよ」

「……そうですか」

 

 狂おしいほどの絶望だ。

 

 愛おしいほどの高みだ。

 

「君は人間が至れる最高峰の力を持っている。だがそれじゃあダメだ。まったく、なにもかもが足りていない。自覚できたかい?」

「はい」

 

 そもそも違うのだろう。

 私がしている鍛錬は、タナカさんの霊能力の前には『努力』と呼べることですらないのだ。

 

 筋トレも、武術の理解も、改造手術も、その程度が意味を持つ領域ではないのだ。

 

「テンメイはこの力を一切の努力を行わずに得ている。卑怯だろう? 恨めしいだろう? 嫉妬するだろう?」

「いいえ、私はあの方を尊敬します。そんな力を持ちながら、あの方には悪意がない。他人の笑顔に共感し、他者を貶める行為を否定する。私はそれを学びたい」

 

 タナカさんがどんな力を持っているか。

 それはあまり重要ではない。

 

 私に模倣不可能ということがわかった時点で、その分析にはあまり意味がない。

 

 私にとって重要なのは……私が憧れるのは……タナカ・テンメイの優しさだ。

 

「私が今している努力が無意味なら、別の努力をするだけです。逃げ出す理由は斬り捨てる。諦める理由は捻じ伏せる。目指す場所が思ったよりも遠かったなんて、よくあることですから」

「何を言っているんだい? テンメイは人間を超越した存在だ。君が幾百年の修練を積もうが、テンメイに追いつくことはない。遠いんじゃない。届かないんだ」

 

 でも、人類は進歩してきた。

 

 炎を制し、雷を制し、空を制し――光すら何万年もかかるような距離を、ワープという技術を生み出して飛び越え、宇宙(ほしぞら)を制したのだ。

 

 たしかに、私が何をすればタナカさんに及べるのかは、今はまだわからない。

 

 だけどそれは、私が諦める理由にはならない。

 

 この宇宙には星すら喰らう宇宙怪獣がいる。

 

 この宇宙には再現不可能なテクノロジーを備えたアーティファクトが存在する。

 

 タナカさんのような超能力者も他にもいるかもしれない。

 

 この宇宙は未知に満ち溢れている。

 

 人間としての努力では足りないというのなら、人知の外の力を求めればいい。

 

「君じゃテンメイとは釣り合わない。別の傭兵団に行きなよ。そこでなら君でも活躍できるさ。褒めてもらえるさ。必要としてもらえるさ。君のような才人がテンメイにこだわる必要はない。人として、英雄的な生涯を歩めばいいじゃ……」

「ずっとタナカさんは寂しそうなんです……あなたが、他の誰が認めずとも、私がタナカさんを人間にします!」

 

 タナカさんは絶大な力を持っている。

 

 だから彼は孤独に苛まれている。

 

 他者に共有できない力。怖れられて当然の力。

 

 私に打ち明けなかったのも、そんな彼の自己防衛なのだろう。

 

 私は、私だけは、そんな彼を救わなければいけないと思った。

 

「君ごときがテンメイを救いたいなんて、驕り以外の何物でもない」

「それでも、諦める気はありません」

「……はぁ、テンメイとこれだけ一緒にいられている時点で、君も真面じゃないのだろうね」

「もう十分休めました。もう1度、貴人さんと戦わせてください」

 

 呆れたような、けれどどこか嬉しそうな表情でミロクさんはもう1度溜息を吐いた。

 

「……はぁ、わかったよ」

 

 私は立ち上がり、武装を展開する。

 

「けれど、同じ相手と何度も戦うよりも、未だ知らない敵と戦った方が経験も積めるだろう? だから次はTW戦といこう」

 

 ミロクさんが新たな式符を取り出し、先ほどとは異なる詠唱を綴る。

 

銭財(せんざい)の吉将・(とら)たる天蓋(てんがい)・北東の星――名を【青龍】」

 

 怪物。規格外。異能。

 

 ソレはその言葉に相応しき姿を顕現させる。

 

 

 ――私の目の前に、巨大な龍が姿を現した。

 

 

 TWを使い、日が跨ぐまで私は戦い続けた。

 

 この星の夜は長く、24時間が経過しても日が昇ることはなかった。

 

 

 ◆

 

 

「ただいまー」

 

 宇宙船がビクトリアに戻って少しすると、タナカさんが船に帰って来た。

 

「お帰り、テンメイ」

「お帰りなさい、タナカさん」

 

 彼は、いつも通りの無邪気な表情を浮かべながらリビングに入ってくる。

 

「ねぇ、センリちゃん」

「はい?」

 

 タナカさんは私の前まで移動してきて、「天空」と呟いた。

 

 彼が異空間から取り出したのは、カプセルに入った『桜の花』だった。

 

「ソメイヨシノって言うらしいんだけど」

「ソメイヨシノ……たしか絶滅種のはずです。どこで手に入れたのですか?」

「ドラゴンマウンテンって星で、100年に1度咲く桜として残ってたんだ」

「百年桜……これがそうなんですね……」

「うん。いや、それでね」

「はい?」

「センリちゃん、誕生日おめでとう!」

 

 そう言ってタナカさんは、それを私に差し出した。

 

「え?」

「え? って、誕生日でしょ? センリちゃん」

「そう……ですね……」

「どうしたの?」

 

 誕生日。たしかに今日は私の19歳の誕生日だ。

 

 タナカさんは何も間違っていない。

 

 間違っているとしたら、それはきっと私の方だ。

 

 誕生日プレゼントを貰うのなんて、両親が生きていた頃以来で、どう返事していいのかわからなかった。

 

「もしかして気に入らなかった?」

「いえ、とても嬉しいです。本当にありがとうございます」

 

 私がその花を受け取ると、タナカさんは安心するように笑った。

 

「よかった。TWのブースターも桜色だし、好きなのかなと思って」

「いえ、そうでもありません」

「え、そうなの?」

「でも、あなたが選んでわざわざ取って来てくれたということが、嬉しいです」

「そういうもの? 僕も誕生日プレゼントを渡すのなんて初めてでさ」

「はい、きっとそういうものだと思います」

 

 自分の顔が自然と綻ぶのを感じる。

 

「だったらいっか」

 

 タナカさんもそう言って私に微笑んでくれた。

 

「プリザーブドフラワーの加工をしてくれたお店の人が、ブレスレットとかネックレスにするのに丁度いいサイズだって言っていたよ」

「そうですか。でも大切にしたいので、部屋に飾っておきます」

「それもいいね。最近の技術はすごくて、カプセルから出さない限りは100年は持つって言ってたよ」

「わかりました。大切にします」

「あ、後ついでにコレもあげる」

 

 そう言ってタナカさんは青い宝石のようなものを手渡してくる。

 

「これは……サファイアですか?」

「いや、ドラゴンマウンテンで氷龍王とか呼ばれていたヤツを倒したんだけど、それだけ消滅せずに残ったんだよね。何かは知らない」

「そう……ですか……」

 

 アーティファクトが製造した樹の枝。

 宇宙怪獣の卵の殻。

 そして、龍王の残した結晶。

 

 昨日の試験で、人間的な努力ではタナカさんには及ばないことを私は理解した。

 

 だから、その問題をクリアするために、私はこの宇宙に存在する未だ解明されていない力について調べるつもりだった。

 

 でもその思考すらも、よく考えればタナカさんのよくわからない収集品に影響されてのことなのかもしれない。

 

「ありがとうございます。貰っておきます」

 

 いつも、この人は私の進むべき道を教えてくれる。

 

「あなたが団長で本当によかった」

「センリちゃんは褒め上手だね」

 

 私は他の団には行かない。改めて、私はそう決めた。

 

「さて、ケーキができたよ」

「気が利くじゃんミロク」

「ありがとうございます。ミロクさん、ミロクさんからの誕生日プレゼントもとても嬉しかったです」

「え、ミロクも何かあげたの?」

「テンメイには内緒だよ」

「えー、センリちゃん何貰ったの?」

「……内緒です」

「ね~え~! 教えてよぉ!」

 

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