宇宙海賊狩りのタナカ   作:水色の山葵

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第24話『時間。可能性。関係』

 

「テンメイ、依頼だよ」

 

 センリちゃんと将棋を打っていると、ミロクがコーヒーを机に並べながらそう言った。

 

「えー、この前帰って来たばっかりじゃん」

「帰って来てもう1週間は経っていますよ」

「でもこの前の報酬まだ全然残ってるよ?」

「そうですね、私は1団員ですのでタナカさんの判断に従います。王手」

 

 あ、詰んでる……

 

 顔を上げると、センリちゃんの切れ長の目が僕を見つめていた。

 

 多分そんなことは思ってないんだろうけど、その目を見ているとまるで責められているような気がしてくる。

 

 というかセンリちゃんに責める気がなくても、ガッカリされるようなことはしたくない……

 

「依頼ってなに?」

「シアトからの護衛依頼だ」

「え、シアト爺? それを先に行ってよ、シアト爺の依頼なら受けるよ」

「シアト爺……?」

「テンメイは基本的に人からの依頼はあまり受けないけど、シアトという老人の依頼だけは別なんだ」

「ご友人かなにかですか?」

 

 友人……?

 いや、さすがにあれを友達って呼ぶのはな……

 

「あの人には恩があるんだよね」

 

 

 ◆

 

 

 シアト爺が住むのは厳密には星ではない。

 月の13分の1ほどの大きさの『バイパード彗星』の上に、シアト爺は居を構えている。

 

 ビクトリアからの距離はそこまで離れていなかったから、依頼が来た翌日にはバイパード彗星に到着した。

 

 この彗星は推進方向が完全に管理されているから、一種の宇宙船としての役割も熟している。

 

「着陸できそう?」

「問題ないよ。何度が来ているからね」

 

 ミロクがそう言うと、僕らの船は丁寧な操縦で移動し続ける彗星の上に着陸した。

 

 彗星は重力がほとんどないから、アンカーを地面に刺して船体を固定する。

 

「シアトさまは何故このような場所に住んでおられるのでしょうか?」

「浮浪者だから?」

「きっと人に会いたくないのだろう。偏屈な男だしね」

「偏屈……」

 

 そんな会話をしながら僕ら3人は船を降りる。

 

「ミロクさんも行かれるのですね?」

「あぁ、挨拶くらいはしておこうかと思ってね」

 

 船を降りると、僕らの乗って来たもの以外に2隻の船が停泊していた。

 

 1つはシアト爺がたまに出かける時に使う船。でももう1隻は知らない船だ。

 

「お客さんかな?」

「何か営んでいる方なのですか?」

「シアト爺はお医者さんだよ」

 

 彗星の上はほぼ重力がないから身体が浮く。

 

 僕らは宇宙服の足裏に内臓されたグラップリングフック式の楔を展開して、重力に振り切られないように歩く。

 

 目的地は宇宙船の着陸場所のすぐ近くにある、かまくらが巨大化したような建造物だ。

 

 大きさはそれなりの屋敷くらいで、シアト爺はこの中に住んでいる。

 

「シアト爺、来たよー」

 

 先頭の僕が扉を開けると、

 

「死ね! このインチキジジイ!」

 

 突然若い男が飛び出して来て、僕にぶつかりながら外へ出てくる。

 

「タナカさん、大丈夫ですか!?」

 

 男は、そのまま誰のかわからなかった船に乗って飛び去っていった。

 

「大丈夫。取手を掴んでたからね」

 

 掴んでなかったら無重力でぶっ飛ばされてたかも。危ない危ない。

 

「ミロクさん、あの船もハッキングで止められるんですか?」

「簡単なことだよ。君の操縦技術ならあれに追いつけるね?」

「……2人共何言ってんの? 気にしてないから早く入ろうよ」

 

 半開きの扉を開けると中にはもう1枚扉があって、それは1枚目を閉めないと開かない仕組みになっている。

 空気がある場所とない場所を区切るためによく使われる仕組みだ。僕の宇宙船もそうなってる。

 

「開かないから早く来てって」

「わかりました」

「仕方ないね」

 

 何故かしぶしぶといった様子で2人が入ってくる。

 

 扉と扉の間に設置された監視カメラを一瞥すると、自動的に1枚目の扉が閉まり次の扉が開く。

 

 部屋の中は仰々しい装置と器具が所せましと置かれている。

 

 手術室と研究室を足して2で割ったような場所だ。

 

 たしかにここは病院のような側面もあるけれど、入り口を抜けてすぐに手術室がある病院なんて宇宙中探してもここくらいのものだろう。

 

「タナカ、それにミロクもよく来てくれたな」

 

 部屋の奥から声が響き、その人物の物であろう靴音が近付いてくる。

 

「久しぶり、シアト爺」

「相変わらずみすぼらしい姿だね」

「相変わらず口の減らぬ人工知能だな」

 

 僕が手を上げて挨拶すると、奥の暗闇から褪せた白衣を纏った1人の老人が杖を突きながら現れる。

 

 髪はない。肌は灰色。白い髭が顔の下半分を覆い、眼球が飛び出そうなほどのギョロ目だ。

 

「紹介するよ。こっちは少し前から一緒に傭兵をしているセンリちゃん」

「センリ・ゴールドバーグと申します」

「シアトだ。医者をしている。見た目が悪くてすまんな」

「いえ、何かのご病気ですか?」

「200年生きればお前もこうなる」

「……?」

「シアト爺はお医者さんでね、自分を何度も治療して寿命を延ばしてるんだよ」

「寿命の延長は150歳程度が限界と論文で呼んだことがあります」

「その論文を書いた者の机上より儂の脳と腕が勝っとるだけじゃ」

 

 そう言いながらシアト爺は手術台に腰かける。

 

「シアト爺、さっき男の人が飛び出して来たけど大丈夫?」

「あぁ、施術の後で儂をインチキ呼ばわりしてきてな。支払った金を返せと怒鳴ってきおった。じゃから銃口を突き付けてやったら、悪態を吐きながら帰って行ったというわけだ」

「相変わらず手荒だね」

「健常者の相手をしとるほど儂は暇ではない」

 

 そう言ってシアト爺は不気味に笑う。

 

「それで僕らへの依頼は? 護衛って話だったけど」

「あぁ、最近宇宙海賊に何度が襲撃されてな。追い返してはいるが、ここにある兵器での防衛ではそろそろ限界そうじゃったからお前を呼んだ」

「なるほどね」

 

 シアト爺の研究成果と医者としての腕は世界有数、分野によっては1番かもしれない。

 

 宇宙海賊に狙われる理由としては十分だ。

 

「それじゃあ宇宙海賊が襲ってくるまで外に停泊するけどいいよね?」

「あぁ、かまわん。だが宇宙海賊は全滅させてくれ。儂のことを風潮されても敵わん」

「わかった」

 

 僕とシアト爺は握手を交わす。

 

 僕らはその家を後にして、宇宙船に戻った。

 

「あの方は何故、このような場所で医療行為を行っているのでしょうか?」

「シアト爺は完全な世捨て人でどこの国の国民でもない。だからこんなところで医者をしてるんだと思うよ。だから軍じゃなくて僕ら傭兵に依頼を出す。それに手術内容も特殊だからね」

「どんな手術なんですか?」

「シアト爺が治すのは病でも怪我でもない。シアト爺は多分この宇宙で1人しかいない、〝特定の記憶だけを消すことができる〟医者なんだ」

「記憶を……本当ですか?」

「詳しくは僕も知らないけど、興味があるなら本人に聞いてみれば?」

 

 

 ◆

 

 

 私たちがこの彗星に来て1週間ほど経ったが、まだ海賊は襲ってこない。

 

「シアトさま、少しお話したいのですがよろしいでしょうか?」

 

 監視カメラにそう話しかけると2枚目の扉が開く。

 

「どうかしたか?」

 

 以前来た時と同じように手術台に座った彼に、私は質問する。

 

「あなたは記憶を消す手術をしていると、タナカさんから伺いました」

「そうだな」

「記憶消去のテクノロジー自体は軍事レベルの科学技術の中には存在しますが、禁止されています」

「だからなんだ?」

「法を犯しているという自覚はあるのですね?」

 

 ふっ、とシアトさまは小さく笑った。

 

「国が記憶消去を禁止するのは、それが不完全な代物だからだ。だが儂の施術は違う。お前の中の法とは、守られるためにあるのか? それとも新たな法を生み出す下地か?」

 

 その通りだ。

 ビクティリア連邦が行える脳手術では、『すべての』記憶を消すことしかできない。

 

 それを彼の技術と比べることは前提が違い過ぎる。

 

 だから私は彼に聞いてみたいと思った。

 

「わかりません。少し前、私は依頼によって軍隊が護るコロニーに侵入しました。これも公務執行妨害。ビクティリア国民が行えば立派な犯罪です」

 

 それでも、今の私は傭兵。

 

 国家に所属する存在ではない以上、私の最優先は依頼の完遂だ。

 

 それに傭兵の行動は傭兵支援機構の預かりになり、仮に他国から苦情があったとしても、傭兵支援機構が不問とすればそれは罪にはならない。

 

 もちろん、白桜を見せた以上……白桜での戦闘映像がネットに公開されている以上、ビクティリアに睨まれているのは確実だろう。

 

 だが、それでもビクティリア連邦から追手や処罰の類がないのは、傭兵支援機構が私たちのしたことを正当なものとしているからだ。

 

 私はわからない。

 

 正しさとは、何をもって決定されるのか。

 

「あなたは何故、こんな場所で人の記憶を消す手術を行っているのですか?」

「病気も、怪我も、治すことなどできはしない。どれほど完璧に治療しても、怪我をした時点で、病に侵された時点で、それは〝マイナス〟なのだ」

 

 視線を下げながら、何かを思い出すように、彼は淡々と語る。

 

「奪われた時間、奪われた可能性、奪われた関係、それには治療法などない」

「……」

「記憶を消しても同じだ。時が巻き戻るわけでもない。過去が変化するわけでもない。1度の間違いが人生を狂わせるように、1度の事故が人生を破綻させることもある」

「……記憶を消すことでその対処ができると?」

「できるわけがない。そんなことはわかっている。それでも儂はここで記憶を消している。儂が何故こんなことをしているのかだと? そんなこと、儂が1番聞きたい」

 

 

 ◆

 

 

 この彗星に着陸して20日。

 宇宙海賊は僕らの前に姿を現した。

 

 彗星を囲むように5隻の宇宙戦艦が追従しているのが、リビングの窓ガラスからよく見える。

 

『俺の名は宇宙海賊【ドメラゴート】。天才脳外科医シアト、俺たちに協力しろ。拒否するなら殺す。1時間だけやる。よく考えることだ』

 

 そんな通信が宇宙海賊の旗艦から発信された。

 

「頭は僕が潰すよ。センリちゃん、残りは任せてもいい?」

「わかりました」

「それじゃあ先に行くね。霧氷(むひょう)の凶将・(いぬ)たる瑠璃・北西の星――名を【天空】」

 

 開いた異空の穴に僕は入り、灰色の世界を僕は白虎に乗って翔ける。

 

 天空の中にあるものは霊体のような扱いになり、物質と干渉しない。

 

 外装を透過して旗艦の内部に入り、中の様子を確認しながら歩いて行く。

 

 海賊の戦艦には大抵かなりの数の霊が憑りついている。彼らに話を聞けば、海賊の頭領の場所はすぐにわかった。

 

 頭領の部屋に入った僕は天空を解除。

 

 世界が色を取り戻す。

 

「誰だテメェ!?」

「僕はタナカ・テンメイ、傭兵だよ。よろ――」

 

 僕が言葉を言い終えるより早く、ビームサーベルを展開した頭領に白虎が飛び掛かる。

 

 まだ自己紹介の途中だったのに、白虎は血の気が多くていけない。

 

 白虎が海賊の頭領であろう男の首を僕の目の前の床に置き、「グルゥ」と唸って頭を差し出してくる。

 

「はいはい、よしよし。さてと……【葬魔の聲】」

 

 そう唱えれば、この船に憑りついた霊たちが黒い骨の身体を得て、続々と復活していく。

 

「暴れていいよ。でもその前に、もし捕まってる人がいるなら教えてくれる?」

「カカ」

 

 黒い骸魔(スケルトン)の1体が、僕の前に膝を付く。

 

「君が案内してくれるんだね」

「カカ」

 

 骨を鳴らして先導を始めたスケルトンに僕は付いて行く。

 

 頭領の部屋の外でもスケルトンが海賊を殺しまわっている。

 

 そんな殺伐とした風景を眺めながら、僕は先導されるままにその部屋に辿り着いた。

 

「ありがとう。君も戦いに行っていいよ」

「カッ」

 

 僕の指示に従ったスケルトンは、近くの海賊の首筋に勢いよく噛みついていく。

 

 案内された部屋に入ると、中には沢山の牢屋があって、異臭が充満していた。

 

「助けに来たよ」

 

 牢の中には捕われた多くの人がいたけれど、僕の言葉に返事をできる体力が残っている人は1人としていなかった。

 

 通信が入る。

 

『テンメイ、敵のワープ装置は停止させた』

『タナカさん、敵の掃討を開始します』

「了解。よろしくね」

 

 僕は近くに掛かっていた物理的な鍵を使って、1つずつ牢を開けていく。

 

 

 ◆

 

 

 翌日――

 

「捕われていた者たちの傷は治療したぞ」

「ありがとう、シアト爺」

 

 昨日助けた人たちは怪我が酷かったから、シアト爺に預けて治療をしてもらった。

 

「ほとんどの者たちは故郷へ帰ることを願っておる」

「うん、じゃあ僕らが送って行くよ」

 

 あの宇宙海賊5隻しかいなかったし、あんまり大きい海賊団じゃないんだろう。

 

 星を侵略して奴隷にしたんじゃなくて、宇宙船を襲ってたんだと思う。

 

 それなら、捕まっていた彼らの故郷も無事なはずだ。

 

「だが1人、少々問題がある者がいる」

「問題?」

「見た方が早いだろう。来い、42番」

 

 シアト爺がそう言うと、手術室に隣の部屋から女の子が1人入って来た。

 

「42番とはどういうことですか?」

「他の捕われていた者から聞いた海賊が付けた名だ」

「何故その名前で呼ぶのかを聞いているのです」

「そう呼ばんと反応せん」

「……そんな」

 

 多分、センリちゃんと同い年くらいだ。

 虚ろな目をした黒髪の女の子は、ゆっくりとした足取りで僕らの前まで歩いて来る。

 

「大丈夫……なわけないよね。安心して、ここはもう安全だから」

 

 僕がそう声を掛けてみるが、その子はほとんど反応を示さなかった。

 

「……話せる?」

 

 彼女は首を左右に振った。

 

「声、出ないの?」

 

 首を1度、縦に振る。

 

「シアト爺、喉に問題があるってこと?」

「いいや、この者の身体の異常はすべて治した。喋れぬのは精神的な理由だろう」

「……そっか」

 

 僕はもう1度、その子に向き直る。

 

「シアト爺は記憶を消せるんだ。君が望むなら海賊に捕まっていた時の記憶を消してあげる。どうする?」

「っ……」

 

 か細かったけれど、咽ぶような声が彼女の喉から漏れる。

 

 そうして彼女は首を1度、縦に振った。

 

「タナカ、儂はタダ働きは御免だぞ」

「わかってる。費用は僕が出すよ」

「……またか、破産しても知らんぞ?」

「大丈夫。これでも結構稼いでるんだ」

「……今回の依頼費分で請け負ってやる」

「それじゃあ治療費が安すぎるでしょ?」

 

 記憶消去手術はシアト爺以外の誰もできない。

 

 だからすごく高い。大体1億からが相場だ。

 

 でも、今回の依頼料なんて100万CMってところだろう。

 

「気にするな」

 

 そう言ってシアト爺は、妖怪みたいな顔で笑った。

 

「笑った顔怖っ」

「おい、値上げするぞ」

「ごめんごめん」

「お前は儂の金ズルだ。次も依頼しに来い」

「いつもありがとね」

 

 相変わらずシアト爺は素直じゃない。

 

「それじゃあ他の人たちを駅のある星まで送り届けて来るね」

「あぁ、手術は2日ほどで終わる」

「わかった、よろしくね」

 

 そして僕らは船に戻った。

 

 

 ◆

 

 

「タナカさん、彼女にとって記憶を消すことは本当に幸せなのでしょうか?」

「どうかな、わかんない」

「辛い記憶でも、それはその人間を構成する要素の1つです。それを奪うということは、その人を壊すことなのではないでしょうか?」

「そうかもしれないね」

「ではどうして、記憶を消す提案をしたのですか?」

「僕は別に善人じゃない。僕はただ自分が納得できる選択をしているだけだよ」

 

 僕はあのままの彼女を見ていられなかった。

 

 手術をお願いした理由があるとすれば、それだけだ。

 

「なるほど」

「センリちゃんはどうするべきだと思ったの?」

「……わかりません。代案もなく文句のような物言いをして申し訳あしません」

「そんな風には思ってないよ。実はシアト爺に海賊の被害者の記憶を消してもらうのは初めてじゃないんだ」

 

 シアト爺に手術をお願いをしているのも、僕がよく金欠になる理由の1つだ。

 

「もしかしたら、僕はずっと悪いことをしているのかもしれない。だからもしセンリちゃんが答えを見つけた時は、僕にも教えて欲しいな」

「……私はあなたのようになれる気がしません」

「僕みたいになる必要なんてないよ。センリちゃんはセンリちゃんが正しいと思うことをすればいい。もし意見が食い違った時は喧嘩しよ?」

 

 僕が冗談めかしながらそう言うと、センリちゃんは笑って応えた。

 

「わかりました」

 

 

 ◆

 

 

「テンメーイ、このゲームやろーよー!」

「いいよー、でもこれ結構難しいよ?」

「難しくないよ、テンメイが下手なだけ!」

「酷い! 本当のことだからって酷いよナギサちゃん!」

「あはははは!」

 

 けらけらと笑っている彼女の名前は『ミツカ・ナギサ』。

 センリちゃんと同い年の19歳だった。

 

 シアト爺は、手術の過程でその人物の記憶を閲覧する。

 

 彼女はこの6年間ずっと宇宙海賊に捕われていたらしい。

 

 その間の記憶をすべて消したわけだから、今の彼女の精神年齢は13歳ということになる。

 

「タナカさんにすごく懐いていますね」

「テンメイの見た目と彼女の精神年齢が近いから話しやすいんじゃないかい?」

「なるほど」

 

 聞こえてるよ2人共。

 チビの童顔で悪かったね。

 

「テンメイー、よそ見してると死んじゃうよー?」

「え、ちょまぁー!」

 

 その後、テレビゲームというジャンルになるレトロゲームを彼女が寝るまで続けた。

 

 今日の分のワープはここに戻ってくるのに使ったから、明日にはこの彗星から出て、彼女を故郷に送り届けることになる。

 

 シアト爺に別れの挨拶……はしなくていいか。

 

 そういう関係でもないし、多分お互いに照れくさい。

 

 

 ◆

 

 

「シアトさま、お世話になりました」

「わざわざ別れの挨拶に来たのか? 照れくさいことはよして欲しいのだがな」

「申し訳ありません。ですが、少しだけわかったことを伝えたいと思って」

「わかったこと?」

「ミツカさんは6年分の記憶を失った。ですがそれはあの方の中だけの話です」

「ふん……」

「失った時間は取り戻せない。可能性は取り戻せない。周囲だって彼女を1度海賊に誘拐された人だと見るかもしれない」

 

 時間。可能性。関係。

 

 自分の意志とは関係なく、その後にどれだけ助けられたとしても関係ない。

 

 過去(キズ)は残り続ける。

 

「私は誰かを助けたいと思って傭兵になりました」

 

 そもそも軍に入ろうと思ったのも、私のように理不尽に家族や故郷を失った人を助けたかったからだ。

 

 不条理に困っている人を助けたい。

 それは変わらない。

 

 でも、助けられる人は、助けられる前にすでになにかを失っている。そしてそれは、助けられたからといって必ずしも解消されるわけじゃない。

 

 それも、事実だ。

 

「結局私も対処療法しか知らない。できない。それでも、そうだとわかったとしても、私はこれからも困っている人を助けたい。あなたと同じように」

 

 タナカさんと同じように。

 自分が納得するために。

 

「……儂は金のためにやっているだけだ」

「ふっ、そうでしたね」

 

 タナカさんも同じことを言っていた気がする。

 海賊を討伐するのは、お金のためだと。

 

 でも、タナカさんもこの人も嘘ばかりだ。

 

 お金のためにやってると言っていたのに、タナカさんは被害者の記憶消去を大金を積んでやろうとしていた。

 

 シアトさまも、こんなところに1人で住んでいる時点で、お金の使い道なんて限られるだろう。

 

「お前も儂の世話にならぬように気を付けることだ。失ったことを強さに変換できるのは稀なことなのだから」

「はい。肝に銘じておきます」

 

 私にも失いたくないものはある。

 

 もう2度と私の居場所を失わないように、私はもっと強くならなければいけない。

 

「それでは」

「待て、これを持っていけ」

 

 そう言ってシアトさまは、セラミックのカードを私に放った。

 

「なんですかこれ?」

「儂の古い友人がいる場所の会員証だ。そこに書かれた研究所に行ってそれを見せればその者に会える」

「何故これを私に?」

「お前がどういう経緯でタナカと傭兵団を組んだのか知らんが、あいつは規格外だ」

「タナカさんの力を知っているのですか?」

「知らん。が、途方もないことはわかる。その隣に立つことも同様に途方もないことだろう。だからそれをやる。儂の古い友人は、『アーティファクト』の研究をしているのだ」

 

 アーティファクト……

 

「……わかりました。ありがたく頂戴します」

「あぁ、ではな」

「はい、失礼いたします。お世話になりました」

「こちらこそ、世話になった。また頼む」

 

 

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