金髪の両親から生まれ落ちた黒髪の男の子。
幼少期からその異常性は目立ち、〝見えないものが見える〟と彼は何度も訴えた。
互いを疑っていた両親の微妙な雰囲気が家の中を充満していたが、4つ離れた妹が生まれたことで両親の仲は回復していく。
そして彼は、まるでいない人間のように扱われ始めた。
私が『テンメイ』と初めて出会った時、6歳だった彼は薄暗く寒い物置小屋の中で、埃まみれの毛布に
特別な理由はない。ただの気まぐれだ。
私はそんな彼に近付いて
「恨めしいのなら、私が君の家族を殺してあげようか?」
「ぼくはお母さんもお父さんも妹も、好きだよ」
そんなことはどうでもいいから――と、少年は私に屈託のない笑みを浮かべて言った。
「話し相手になってよ。もし知っているなら〝外のこと〟を教えてくれない?」
齢6つにして、彼は自分の居場所が自分の家にないことを理解していた。
1日3回。食事が運ばれてくる時だけ戸が開く。
それ以外の時間、私はテンメイの話し相手になった。
いや、きっと、私も誰かと話したかったんだ。
死後、霊として存在していた私は長い時を過ごしてきた。
自分が誰なのか、生前の性別も年齢も、ほとんど忘れてしまっていた。
心残りがなんだったのか、もう思い出すこともできない。
けれど、成仏寸前だった私は、テンメイと対話するという目的を得たことで存在を引き延ばした。
何も知らないテンメイに何かを教えるという行為は楽しかった。
人間として何かを残したいという本能でもあったのだろうか。
もしくは、テンメイが私の話を楽しそうに聞いてくれるのが嬉しかったのかもしれない。
テンメイが小学校に入学しても、あまり生活に変化はなかった。
どんな団体に所属しようが、テンメイという個人は他の人間と同一になることはできない。
テンメイは、群れに入るには驚異的に過ぎた。
学校へ行き、誰とも会話せず帰って来て、私とだけ会話する。
そんなテンメイが愛おしかった。
けれど、テンメイの願いはずっと同じだった。
――友達が欲しい。
テンメイはずっとそう言っていた。
そして、私ではテンメイの友人にはなれないのだということを私は自覚した。
中学に上がっても、テンメイを取り巻く環境は変わらなかった。
何度か友人を作ることに挑戦したこともあったが、ことごとく上手くいかなかった。
自我が芽生えた時から共にある、テンメイにとって当たり前の異能。
どれだけ隠そうとしても、あらゆる行動から不気味さが滲み出る。
星から出ても、傭兵になっても、それは変わらなかった。
テンメイも少しずつ諦めてきていた。
認めたくはなくとも、自分は人間ではないのだと頭では理解し始めていた。
人と関わること自体を少しずつ避けるようになっていた。
そんな時に君は――センリ・ゴールドバーグは、テンメイの前に現れた。
テンメイに恐怖せず、テンメイに理解を示し、テンメイから逃げようとせず、テンメイと共にあることを選んだ異常者。
君のせいで、テンメイは人と関わることへの希望を再熱させてしまった。
――私は、ずっと考えている。
テンメイ、君の願いを叶えてあげたい。
テンメイ、君といつまでも一緒にいたい。
もしも、この2つの願いのうち、どちらか1つしか叶えらないのだとしたら、私はどちらを取ればいい?
――きっと、人の隣には〝人〟がいるべきだ。
◆
最近、テンメイはよく笑うようになった。
「ミロク、僕やりたいことがあるんだ」
「やりたいこと?」
「センリちゃんと一緒にいろんな星を旅して、いろんな景色を見たいなって思ってるんだよ。ミロクは行ってみたい星とかある?」
きっと潮時なのだろう。
テンメイが人になりたいと望むなら、私は――
「あるよ」
「どこ?」
「惑星【ホープ】。人工知能の反乱によって人が住めなくなった星だ」
「うん、じゃあそこに行ってみよう」
◆
惑星【ホープ】に到着するまでの時間を使って、私はセンリ・ゴールドバーグを呼び出した。
「悪いね、急に呼び出して。それに惑星ホープに行くこと勝手に決めたことも」
「いえ、どちらも問題ありません。ですが何故ここに呼びだしたのですか?」
ここはこの船の操縦室だ。
「君にも船の運転ができるようになってもらいたくてね」
「基本的に船にはミロクさんが常駐しているのでは?」
「そうだが、いつだって不測の事態は考えておくべきだろう?」
「……なるほど、たしかにその通りですね」
ホープに到着するまでの1週間を使い、私は彼女に船の操縦を教えることにした。
流石に才能があるし慣れている。それに努力が苦ではないのだろう。
センリ・ゴールドバーグはすぐに宇宙船の操縦をマスターした。
「センリ・ゴールドバーグ、私は君が嫌いだ」
「そうですか」
それは変わらない。君がどれだけテンメイの望む人間であったとしても、私はそれを素直に喜ぼうとは思えない。
「だが、テンメイは君に期待している。私がいなくても彼を護ってやって欲しい」
私がそう言うと、彼女は不思議そうな表情で応えた。
「当然です。でも今は私の方が護られてばかりなので、もっと精進します」
自信、というよりは自負なのだろう。
これまでしてきた努力の過程。獲得し、高めてきた能力。そこからくる自分への期待。
肉体的にも精神的にも、君はたしかに人類の最高峰だ。
君のことは嫌いだが、それは認めてやる。
「他に何か、私に聞きたいことはあるかい?」
「……では1つ」
「なんだい?」
「料理を教えて欲しいです」
「料理?」
「はい、その……いつもミロクさんは、タナカさんに料理を褒められていて羨ましいなと……」
視線を落としたセンリ・ゴールドバーグの頬は少しだけ朱色に染まっていた。
「いいだろう。それじゃあホープに付くまで料理の練習をしようか」
「え……」
「なんだい?」
「意外です。いつも小言ばかりなので」
「私は気まぐれなんだ」
◆
ここは人工知能だけが住む機械の星。
人間と違って、人工知能は自己利益ではなく全体利益のために動く。
だからこそ、AIの反乱から30年でこの星は瞬く間に発展を遂げることができた。
今や地表のほとんどが鉄で覆われるほどの惑星都市だ。
しかし彼らは自分たちを新たな知的種族として訴えているだけで、敵対の意志があるわけじゃない。
だから居住は無理でも、商人や観光客の一時的な滞在は積極的に受け入れいている。
観光地としてはそれなりに有名で、人間に奉仕するために造られた彼らが提供するサービスは品質が優れているという噂はよく聞く。
宇宙船を宇宙港に停め、僕ら3人は惑星『ホープ』へ降り立った。
「タナカ・テンメイさま、センリ・ゴールドバーグさま、そしてミロクさまでございますね? 案内用人工知能『イフ』と申します。皆さまがこの星のルールを順守する限り、惑星ホープは皆さまの滞在を歓迎いたします」
宇宙港から外に出ると、水色の髪のアンドロイドが僕らを出迎えてくれた。
「観光したいんだけどいいかな?」
「はい。しかし人間の皆さまがこの星に滞在できる期間は3日間に制限させていただきます。それ以上の連続滞在は排除対象となりますのでご留意くださいませ。また以前の滞在より1年以内に追加でこの星に立ち入ることも違反行為となります」
周りを見渡しても、歩いているのはアンドロイドばかりで人間の姿はほとんどない。
1年のうちに3日だけという制限と、そもそも人に反逆した人工知能という触れ込みの影響なんだろう。
「同意していただければご案内を開始いたします」
「わかった。3人とも同意するよ」
代表して僕がそう言うと、水色の髪のアンドロイドは綺麗な一礼を見せ、僕らの先導を始めた。
街は黒い金属で覆われていた。
景観よりも効率性重視で設計された建物はほとんどが黒で統一されているが、立ち並ぶ黒い摩天楼の数々はこの星独特の雰囲気を造り出している。
この星のサービスに関してもその効率性は同じだ。
人体構造を理解したマッサージや料理、人間心理を統計的に理解した娯楽施設、人間が命令せずAIの知性のみによって造られた芸術作品。
もちろん、ビクティリアで流通するモノだって人工知能は普通に使われているから、クオリティがそれに比べて優れているわけじゃないけど、新体験という感じがして楽しかった。
「ごめんねセンリちゃん、仕事でもないのに付き合わせちゃってぇぇぇぇ」
2日目の夜。宿泊施設の温泉に浸かったあと、僕とセンリちゃんは並んでマッサージチェアに座っていた。
浴衣姿のセンリちゃんはいつもと違って柔らかい雰囲気があった。
ミロクはアンドロイドでマッサージも温泉もいらないから、また街を見に行ったみたいだ。
「私もこういう時間は好きです。いや、あなたと出会ってから好きになりました」
「それならよかったよぉぉ」
「それにミロクさんが楽しんでいたようでなによりです。あの方はあんな良い笑顔もできたのですね」
たしかに、ミロクは人の不幸で爆笑しているのはよく見るけれど、昨日今日のミロクはなんか……いつもとは違う意味で楽しんでいるように見えた。
でも、どこか寂しそうにも見えた。
「そもそも、タナカさんはミロクさんとどうやって出会ったのですか?」
マッサージチェアのコースが1周して振動が止まる。
「子供の頃、僕の故郷で出会ったんだ。僕は家族とあんまり仲がよくなかったから、ミロクは親代わりみないなものかな」
「たしかにお2人の関係は主従というよりは親子のように見えます」
僕が傭兵になる前から、ミロクが式神になる前から、ミロクは僕の話し相手になってくれていた。
ミロクが外のことを沢山教えてくれたから、僕は宇宙に出たいと思ったんだと思う。
「ミロクになんかプレゼントでも買おうかな。センリちゃんも良かったら一緒に選んでくれない?」
「もちろん。というか私も何か買います。色々お世話になりましたし、この前なんて宇宙船の操縦方法までレクチャーしていただきましたから」
「へぇ、ミロクもセンリちゃんのことを流石に認めたのかな?」
「そうだといいのですが」
ホテルまで届けてくれる通販があったから、僕とセンリちゃんは夜遅くまでミロクに何をあげるか悩んだ。
明日はこの星を出なきゃいけない日でバタバタしそうだったから、プレゼントは船に戻ってから渡そうということになった。
◆
翌日。そろそろ帰りの時間が近くなってきた頃。
「さて、そろそろ帰ろっか」
「そうですね」
僕がそう言うと、ミロクは道の真ん中で立ち止まり、振り返って言った。
「私は帰らないよ」
…………ん? なに言ってるんだろ。
「どういう意味? また冗談?」
「ミロクさん?」
ミロクの顔には、いつもの人を馬鹿にしたような笑みはなかった。
「テンメイ、センリ・ゴールドバーグ、ここでお別れだ。私はここに残る」
その代わり、ミロクはとても寂しそうな顔をしていた。