「ミロク、何言ってんの? この星は3日までしか滞在できないんだよ?」
僕の言葉に応えたのは、ミロクではなく案内用人工知能のイフだった。
「いえ、この星に3日間しか滞在できないのは〝人間〟に限ったルールであり、
「……あのさ、君に聞いてないんだけど?」
そう言ってイフを睨むが、僕の視線など気にしないとばかりに彼女は続ける。
「ミロクさまはすでに手続きを行い、この星の王より永住権を与えられています」
いつの間に、と思ったけど、よく考えれば別行動してる時間は結構あった。
「センリ・ゴールドバーグ、嫌味ばかり言って悪かったね」
「……ミロクさん」
「君は今までずっと1人で生きて来て、1人で壁を乗り越える方法を知っている。だが、その分すべてを自分で解決しようとし過ぎるきらいがある。傭兵団に入ったのだからもう少し他人に、テンメイに頼ることを憶えてもいいかもしれない」
センリちゃんを見ながらミロクは微笑む。
相手を安心させるような優しい笑みだ。
センリちゃんは、そんなミロクを睨むように目を細めていた。
「テンメイ、君は体格以上に人と関わってこなかった分子供っぽい。それにお金に困ったことがないから自堕落だ。団長として責任ある立場になったのだから、そういうところを見つめ直して、もっと大人になるべきだ」
そう言ったミロクは、今までにないくらい真剣な顔で僕を見ていた。
「なんでそんな話をするの? まるで、本当にいなくなるみたいじゃないか……」
「テンメイ、君が人として生きると決めたのならば、私の願いはそれを叶えることだよ。人の隣にいるべきは人なんだ。機械の身体に死人の魂。私は君の隣人として相応しくない」
なんだよそれ……
たしかに僕は友達が欲しかった。人と関わりたかった。
でも、それはミロクにいなくなって欲しいなんて意味じゃない。
「勘違いしてるよミロク」
「していないよ。君は私ではなく、人と共に在るべきだ。それが君の願いを成就させる方法なんだよ」
ミロクはそう言って歩いて行く。
僕らの船の方向とは真逆。
黒い鉄で覆われたこの都市の中心にある一際巨大なビルへ……ミロクは歩いて行く。
「他者が保有するアンドロイドを所有者の同意なく奪うことは、連邦法でも帝国法でも窃盗に当たります」
「我々はどちらにも所属していません。この
「っ……タナカさん、止めますか?」
センリちゃんが小声で僕にそう聞いた瞬間、周囲を歩いていたアンドロイドたちが一斉に止まり、銃器を僕らへ向けた。
「この程度の数なら、私1人で……」
「いや、いいよ」
ミロクが自分で決めたことだ。
それをやめさせる権利も言葉も、僕にはない。
「一旦船に戻ろ」
「……っ、わかりました」
僕とセンリちゃんは2人で宇宙船に戻り、センリちゃんの操縦で惑星ホープの大気圏外に出た。
◆
いつもと同じリビングにいるはずなのに、やけに部屋が広く感じる。
いつもよりずっと静かなそこで何時間過ごしたかわからないけれど、纏まらない思考が止んだのは僕の腹の虫が「ぐぅ」と音を立てた時だった。
「タナカさん、僭越ながら食事を作ってみました」
いつの間にダイニングを使っていたのか、センリちゃんが作った料理がテーブルに並べられている。
カレーだった。
「食べていいの?」
「もちろんです」
お腹は空いているのに食欲はあまりない。
でも、センリちゃんが折角作ってくれたんだから食べないわけにもいかない。
「美味しいね……」
「……そうですか」
僕が笑いかけると、センリちゃんはぎこちない笑みを返した。
そうだ。ミロクはもういないんだから、ミロクがしていたことは僕がしなくちゃいけない。
――大人になるべきだ。
ミロクだって、そう言っていたんだから。
洗濯をしてみた。最新の洗濯機は機能が多すぎてどのボタンを押せばいいのかよくわからない。
洗い物をしてみた。茶渋の取り方がわからない。食洗器に入れていい食器とダメな食器の見分けが付かない。食器が2枚割れた。
掃除は、やる気が起きなかった。
「タナカさん、申し訳ありませんでした」
「……何が?」
「私のせいです。私がこの船に来なければ、ミロクさんが出て行くことはなかったと思います」
「それは違うよ。ミロクはいつだって僕の幸せを願ってくれてる。ミロクがどこかへ行ったのはミロクの判断だ。それよりこっちこそごめんね、いろいろ迷惑かけちゃって」
洗濯機の使い方はセンリちゃんが調べて教えてくれた。
僕が割った食器はセンリちゃんが片付けてくれた。
掃除も僕が寝ている間にセンリちゃんが済ませてくれていた。
団長、なんて名前だけは大層なクセに、僕はなにもしていない。
「迷惑だなんて思っていません。ただ私は、あなたがそんな顔をしていることが嫌なんです」
センリちゃんは僕の隣に腰を下ろす。
ソファが少し沈んだ。
「タナカさんはこのままでいいのですか?」
「ミロクが自分で決めたことだから。それにミロクの言う通り、僕は大人にならなきゃいけないんだよ。ミロクがいなくてもちゃんと……やっていかなくちゃ」
「たしかにあなたは子供のようです。私より年上なんて今でも信じられません」
「……ごめん」
センリちゃんは僕の頬に両手を添え、俯いた視線を強制的に合わせた。
センリちゃんの手は女の子にしては少し硬くて、でも、すごく暖かかった。
「ですが、大人になるということは、なにかを諦めるということではないはずです。あなたにそんな
月光だけが照らす船内のリビングで、彼女は僕に問いかける。
「あなたが叶えたい願いはなんですか?」
僕の叶えたい願い……?
◆
「世界には面白いことが沢山あるよ。TWと呼ばれる巨大人型兵器。数多の星を滅ぼした宇宙怪獣。夜しかない星。生物の血液をエネルギーにして活動する人種。人間の故郷【地球】は今やそのほとんどが海に沈んでいる。他にも面白い場所は沢山ある。だから、世界はきっと退屈なんかじゃないんだよ」
いつか、ミロクは僕にそんな話をしてくれた。
今になって思えば、それは1人でいた僕を励ますための言葉だったんだろう。
「すごいすごい! ぼくもいつか行ってみたい!」
「あぁ、君なら行けるさ」
「でも、ひとりはいやだな……」
「だったら私が君を連れて行こう」
「ほんと? 約束だよ」
「あぁ、約束だ。私は君の願いを叶える」
でも、ミロクの気遣いなんてわからなかった子供の時の僕は、ミロクの語ったものを心の底から見てみたいと思ったんだ。
◆
「僕はあの嘘吐きを連れ戻したい。少なくとも、もう1回ミロクと話したい」
「では、そうしましょう。私も手伝います」
「でもセンリちゃんには関係ないんじゃないの?」
そう言った瞬間、センリちゃんが僕の頬を抑える手の力が強くなって、僕の唇がすぼむ。
「私だって団員です。団の問題を解決するのに、関係ないはずがありません」
「……いいにょ?」
「勿論です。それとも嫌なんですか?」
「いいひゃ、嬉ひいよ」
そう言った僕の顔をジッと見たセンリちゃんは、僕の両頬を抓った。
「いたっ」
「あ、つい……」
「センリちゃんってたまに暴力的だよね……」
「ごめんなさい……タナカさんの顔を見ているとつい潰したくなるというか……」
潰したくなる……?
「別にいいけど、次からは優しくしてね」
「ぴゃ……はい」
赤みが増していくセンリちゃんの顔を見ていると、後ろ向きな気分が晴れていく感じがする。
ミロクは1番最初の式神で、僕と1番長く一緒にいてくれた相手だ。
そのミロクの決意なら受け入れるべきだと思っていた。
去る者は追わない。それは僕が決めたルールみたいなものだった。
いつだって僕が追えば、相手の恐怖は増していって、もっとずっと遠くに行ってしまうから。
でも、やっぱり嫌だ。
ミロクがいなくなるのは、嫌だ。