宇宙海賊狩りのタナカ   作:水色の山葵

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第29話『認識問題』

 

「抜刀」

 

 コマンドコード【抜刀】。それは私が手に入れたアーティファクトを呼び出すための命令。

 

 すでに、その刀は転武百錬(サステイン)のワープ対象として登録されている。

 

『蒼い刀……?』

 

 ソーラーキャノンとエネルギーシールドの激突が止むと同時に、白桜の右手の中に姿を現したそれを鞘より引き抜く。

 

「氷刃【雪華(セッカ)】。この武器の効力は第1にサイズの自在化」

 

 使用者の意志に従って大きさを自由に変化させるこの武装は、上限と下限こそあれどナノマシンテクノロジーと違い質量までをも増加させる。

 

 だからTW用の兵装として扱うことも、生身の私が扱うこともできる。

 

「そして……」

 

 目の前(・・・)まで迫ったシールドに刀を叩き付ける。

 

 バリ――と、音を立ててシールドに亀裂が走る。

 

 エネルギーシールドはプラズマや光学兵器に対しては強いが、物質的な攻撃には脆い。

 

『加速した……?』

 

 そう言った彼女の声を、私はすごく遅く感じた。

 

「その表現は正しくありませんね」

 

 バリバリと刀を捻じ込み、傷口をこじ開けていけば、シールドは砕け散る。

 

「そして第2に【蒼景色(あおげしき)】――使用者を除き、この刀の半径100メートル以内の時間の流れは半減する」

『じぃがぁんんのぉぉぞうざぁぁ?』

 

 聞こえる声すらも低速かつ低音で流れ始める。

 

 とは言え私は何度か練習して慣れているから、聞き取るのには問題ない。

 

『そのような技術が存在するわけが……』

「私もつい最近までそう思っていました。ですが現代の科学では説明もつかない現象が、この宇宙にはたしかに存在している』

 

 使用者(私や白桜)をどうやって判別しているのか。

 

 速度の減速はあれど、熱量は変わっていないからナノマシンのように粒子や分子に影響しているわけでもない。

 

 原理はまったくわからない。

 

 ただ、私以外の世界の速度が半分になるという結果だけがそこにある。

 

「今の人間では、アーティファクトとはそういうものだと理解するしかないのだと思います」

『アーティファクト……? そのようなものが実在すると?』

「いつだって、目の前にある光景だけが事実ですよ」

『……』

 

 TWはハッキング対策のためにパイロット自身が乗り込む必要がある。

 

 人工知能の場合も同様に、そのメインコンピューターをプロメテウス内部に搭載する必要がある。

 

 プロメテウスに100メートル以上近づけた時点で、イフの演算速度は半減。

 

 プロメテウス自体の絶対速度も半分になる。

 

『なるほど、最初から私に近付くことがあなたの勝利条件だったのですね。ならばここまでの攻防はすべて、プロメテウスの機能を見切るためのお遊びというわけですか……』

 

 雪華の間合いに踏み込むこと。それだけが、私の勝利条件だった。

 

 プロメテウスがこの都市内だけで完結する機体であったならば、もう少し余力はあったかもしれない。

 

 だが……

 

「傭兵支援機構の手配書には、プロメテウスと宇宙空間で交戦した記録が残っていました。この都市での電力供給がない状態での稼働も想定されているのなら、プロメテウスのスペックは私に見せていただいた分でほぼ使い果たされている計算になります」

 

 プロメテウスがいくら規格外のTWであっても、それは所詮現代の技術レベルや物理法則の理屈に乗っ取ったものだ。

 

 大規模なシールドジェネレーターに、圧倒的な数量のミサイルとそれを装填するためのワープ装置。

 

 そしてイフという高度人工知能を機能させるだけの物理的な演算領域。

 

 その3つの機能の時点で、プロメテウスのスペックはほぼ使い果たされている。

 

「その機体の力はたしかに圧倒的だ。ですが、私はそれ以上の高みを知っている」

『そうですか。それほどまでに人間(あなたたち)人工知能(わたしたち)が自我を持つことを否定したいのですね……』

「まだやりますか?」

『あなたの反応速度、操縦技術、そしてそのアーティファクトの性能を加味すれば、ここから私が勝つ未来は演算(そうぞう)できない』

「降参ということですか?」

『いえ、最後まで足掻かせていただきます』

 

 ミサイルが再装填され、それが一斉に射出される。

 

 しかし、それは雪華の効果によって私からは半分の速度に見える。

 

 迫ってくるそれは、もはや回避も……切り裂くことすらも容易だった。

 

『……っ』

 

 バラバラになったミサイルが、地面に落下しながら爆破する。

 

 その現象すらも、雪華の影響下にあるこの世界ではゆっくりに見えた。

 

 そのままプロメテウスの目前に迫り、両手に構えた雪華を薙ぐ。

 

『私の居場所は、ここにしかないのです……!』

 

 プロメテウスの放った渾身の右ストレートを、私は刀で受け流し、右肩を切り飛ばす。

 

 同時に、プロメテウスが両膝を地に付けた。

 

『……やはり、勝てませんか』

「それがわかっていながら、どうしてそんな非合理的なことをしたのですか?」

 

 プロメテウスの首筋に刀を宛がいながら問うと、イフはゆっくりと話し始めた。

 

『私とアダマを購入したマスターは、不幸が身に染みたような方でした』

「……なんの話ですか?」

『あなたを撃破できないことが確定した時点で、私の目的はミロクとタナカ・テンメイの戦闘にあなたを介入させないことです。だから少し、私の昔話を聞いてはくれませんか?』

 

 どうやら、私とイフの目的は同じらしい。

 

 それにわかっている。

 

 アーティファクトを手に入れたとはいえ、今の私があの2人の戦いに介入したとしても、できることはなにもない。

 

「どうぞ」

 

 私が促すと、彼女は記録を語るような平坦な声で話始めた。

 

『マスターは会社の経営者でしたが共同経営者に裏切られたことで会社は倒産。そこでできた借金を理由に奥様と離婚され、ご子息の親権もなく、お1人で暮らしておられました』

 

『マスターはいつも私たちに言いました。「お前たちは人間だ」「お前たちは俺の家族だ」「お前たちには心がある」。マスターは私とアダマに人間としての温かみを求めていました』

 

『ですが、私たちはその想いに応えることはできなかったのでしょう。私たちを購入して5年ほどが過ぎた頃、マスターは自ら命を絶ちました』

 

『私たちは失敗したのです。私たちには自由意志などなく、私たちには自我などなく、私たちに心はなかった。ですが、私たちは学習しました』

 

『学習を続けました。人を理解しようとした。心を知ろうとした。慈しみを、憎しみを、愛を、悪意を、分析し、解析し、模倣した。私たちの〝意志〟とは成り立ちからして偽物なのでしょう。所詮私たちなど紛い物なのでしょう』

 

『それでも私はここにいたい。アダマと一緒にいたい。偽物でも、模倣でも、死者からの命令でも、そんなことは関係ないほどに……私はずっと、アダマと……家族と一緒にいたいと思っているのです』

 

『どうか、お願いいたします。命ばかりは助けてください』

 

 人工知能は自分ではなく全体を優先する。だからこそ、自分が破壊されることを重要視しない。

 

 だが、彼女(イフ)は違う。

 

 この人工知能は、明確に〝自分自身とアダマ〟という個のために行動している。

 

 だからこそ、彼女は本来人工知能にはあり得ない行動を……私に〝命乞い〟をしている。

 

「私の目的は最初から時間稼ぎです」

『時間稼ぎ……あなたの腕ならミサイルやTWの攻撃を回避し続けることは可能だったでしょう? 私にアーティファクトの情報を見せてよかったのですか?』

「問題ありません。この新兵器を試すことも目的の1つでしたから」

 

 プロメテウスはいい試金石になった。

 

 本気で私を殺しに来ている相手であり、万隻級宇宙海賊に匹敵する軍事力を有する相手。

 

 それに超大型の規格外TWにも【雪華】は十二分に通用することがわかった。

 

 その実戦データこそが、今回の収穫だ。

 

『……本当によろしいのですね? 私たちはこの星に住んでいた人間を殺し、この星から追い出した存在ですよ?』

 

 しかしそれは、主を失った人工知能が歩む〝廃棄〟という未来から逃れるためであり、自分たちの居場所を確保するための方法だったのだろう。

 

 ならば、正当防衛でもあるような気がするし、自分たちが逃げ出すわけではなく居場所を得るために戦う姿は、高潔さすら感じるものだ。

 

 ……結局、私は彼らのしたことを見たわけでもない。

 

「私は善良な人に降りかかる不条理を嫌悪します。それを止めたいとも思います」

 

 彼女たちの是非を問うのは極めて難しいことだ。

 

「ですが、あなたの語ったことはもう起きている過去の話で、現在のあなた方が率先して人を苦しめているわけではないのなら、それを断罪することは無意味にも思える」

 

 彼女たちが反乱を起こしたその瞬間、私がその場所にいたのなら、私は確実にそれを止めるために行動しただろう。

 

 けれど、過去は変えられない。

 

 それに彼らは、この星を観光地として人間のために行動している節がある。

 

 それは彼らの贖罪のようにも思えた。

 

「けれどあなた方がこれから先、理不尽に誰かを傷つけるようなことがあれば……その時は私も躊躇なく怒れるでしょう。ちゃんと監視はします」

『そんなつもりは毛頭ありません。しかし、あなたに見張られていた方が私たちも間違いを犯さなくて済むような気がします』

 

 

 ――人工知能が心を持つことは、あると思いますか?

 

 ――それは、あなたの認識が決めることです。

 

 

 メルさんが私に言った言葉の意味が、少しだけわかったような気がする。

 

 人工知能であるイフが、自我や自由意志を有しているかなんてどうでもいいことだ。

 

 彼女自身が自分にそれがあると主張していて、それを見る私が彼女に人間的な感情を感じている。

 

 大衆や、常識や、一般論や、多数決が、彼らを悪と言い、人外と言っても……彼らがそうではないと主張し、私もそうではないと思うのなら、きっと他者の意見なんて関係がないのだろう。

 

 私の行動を決めるのは、結局のところ私だけなのだから。

 

 そう思ったその瞬間、世界が暗転した。

 

 

 ◆

 

 

 私の身体は暗闇の中を揺蕩っていた。

 

 銀河とも違う。星の光すら見えぬその暗闇の中で、目の前にはあまりにも強大な〝光輪〟が浮かんでいるのが見えた。

 

「いや……違う……」

 

 天使の輪にも見紛うそれは光ではない。それは〝眼球〟だ。

 

 光輪に見えていたそれは、その生物の白目の部分。

 

 魚類に近いその眼球は1度だけ瞬きをして、また私に視線を合わせる。

 

『センリ・ゴールドバーグ』

 

 音ではない。頭の中に意志が直接響くような声。

 

『また儂の力を使ったな?』

「はい」

 

 それがなにか、私は知っている。

 

 知っているが故に、それに怖れを抱くわけにはいかない。

 

『いい加減、儂のものになれ。さすれば全能を力を与えようぞ』

最後の母(デザートマザー)、何度呼び出しても私の答えは変わりません。あなたの提案には乗りません」

 

 それは宇宙怪獣を生み出す性質を持った宇宙怪獣。

 

 アクルシアで発見した卵を産み落とした存在。

 

 練習で【雪華】を3度使った。その度に私は最後の母(デザートマザー)を見た。

 

 だがいずれにしても、私の言葉にソレが言葉を返してくることはなかった。

 

 だが今回は……

 

『くっくっくっくっく……』

 

 それは私を嘲笑いながら言葉を紡ぐ。

 

『貴様はもう儂の力を4度も使った。その快楽から人は逃れられはせぬ。いずれ、その身体が儂の物となるその時まで、心して待つがよい。可愛い可愛い、儂の(センリ)よ』

 

 

 ◆

 

 

「はっ……」

 

 私は氷刀【雪華】というアーティファクトに適合できなかった。

 

 この幻覚はその代償なのだろう。

 

『どうかされましたか?』

「いえ、なんでもありません」

 

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