『へいマークス、そっちの調子はどうだ?』
『心配はいらねぇ、ヤツらのIQじゃあのトラップを越えられるわけはないさ』
『へっ、それもそうか。それじゃあ俺はちょっくら午後のティータイムにでもしゃれ込むとするか』
『おいおい、そんな呑気なことしてお前まであいつらみたいなノロマになるんじゃねぇだろうな?』
『そんなびゃ…………げ……ヴォ……ヴォヴォヴォ……』
『お前、ゾンビに……! やめろ、俺たち親友だろ?』
『ヴォー』
END
「うわー、バッドエンドオチだ」
僕はリビングの明かりを消してB級ホラー映画を鑑賞していた。
映画は退屈な人生を紛らわせてくれる。
それに大体面白い。監督も脚本も俳優も効果も音響もメイクも、他にも色々、僕にはできないことが集合して造り上げられているそれは、バッドエンドだって芸術なのだろう。
今見ていた映画はバッドエンドなことが評価を下げていたけれど、『怖さ』という点はよかったし、それはバッドエンドだったからこそ体験できるような気もするから「☆5つ」と評価フォームに送信しておく。
「ヴォー」
「はうわっあっあっあ! ぞ、ゾンビ!?」
「ヴォ?」
……そこには重厚なマスクを装着したセンリちゃんがいた。
「せ、センリちゃんか……はぁ、ビックリした……なにやってるの?」
僕がそう聞くとセンリちゃんはマスクを外す。
「水中用の酸素マスクを買ってみたんです。ナノマシンテクノロジーで造られているので収納も便利です」
酸素マスクがボンベを含めて指先程度まで小型化していき、センリちゃんはそれをポシェットに仕舞った。
「へぇ、海にでも行きたいの?」
「今後そういうこともあるかと思いまして」
「なるほど、準備万端だね」
そう言えば昔、ミロクが今の地球は海に沈んでいるとか言っていた気がする。
機会があれば地球にも行ってみたいな。
「私は備えることくらいしかあなたに勝ることはできませんから」
「別にそんなことないでしょ。センリちゃんならゾンビとかに襲われても僕とは違って怖がらなさそうだし」
「ゾンビ?」
「今映画見てたんだよ。一緒に見る?」
「ですが見終わったのでは?」
「良い映画は何回見ても面白いよ」
僕が座るソファの隣をポンポンと叩くと、センリちゃんはそこへ座った。
90分のその映画を僕はセンリちゃんと一緒に鑑賞する。
今しがた見たばかりなのに忘れているところとか、ここがあれの伏線だったんだとか、いろいろ発見できて楽しめた。
ふと、センリちゃんの方に視線を向けると、まるで重厚な教科書でも見ているのではないかと彼女は思えるような真面目な表情で映画を鑑賞していた。
「このゾンビウイルスというものは、自我を失ってしまうのですか……」
「そうそう、ゾンビに噛まれたらゾンビになっちゃうんだよ」
「……なるほど」
センリちゃんはそう言って少し俯く。
「面白くなかった?」
「いえ、そうではなく……アクルシアでヴィーナさんやカムイさんが洗脳された時のことを憶えていますか?」
「もちろん」
あの時は
「ですが、例えばこのゾンビのようにもう元に戻らないとしたら……タナカさんは私を殺してくれますか?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「私はあなたの足枷にはなりたくありません」
「そっか。でも殺しはしないだろうな」
「やはり私はあなたの庇護対象なのでしょうか?」
「そりゃ当たり前に守りたいとは思ってるよ? でも、それはセンリちゃんが僕を支えてくれる大切な人だからだ。失いたくないって思うのは足枷じゃないからじゃないのかな?」
僕の足を引っ張っている。
相手をそう思えたのなら僕はその人をきっと殺せる。
宇宙海賊とか、そういうのは何万人と殺してきたんだ。
僕にとって『人を殺す』という行為はそこまで特別なものじゃない。
でも、殺したら戻らないことは知っている。
だから、殺す相手は吟味する。
僕はきっと、何があってもセンリちゃんを殺さない。
「それに、もし逆だったらセンリちゃんは僕を殺すの?」
「それは……」
「僕ってセンリちゃんの足を引っ張ってるの?」
「いえ、そのようなことはありません」
「センリちゃんって結構ネガティブだよね?」
「申し訳ありません」
「いや、良いことだよ。不安ってことは備えられるってことじゃん? 楽観的な僕にはそれはできないからさ」
僕は脅威を想像できない。
そんな体験を今までしたことがないからだ。
映画の中の登場人物に共感した恐怖なら理解できる。
でも、仮に自分がその場面に出くわしても、僕はきっと怖いとは思わない。
だから、それらに対策を講じておくという考えはできない。
でもセンリちゃんは逆だ。
あらゆる不運を想定し、それを乗り越えるための
「それってすごい才能だと思うよ?」
「そうでしょうか?」
「うん」
言い切った僕にセンリちゃんは驚いたような表情を浮かべて、少しだけ頬を朱色に染めた。
「君たちなにしてるんだい?」
「な、なんでもありません!」
「電気まで消して、もしかして……」
「ち、違いますよ!」
センリちゃんが声を大きくするほどなにかやましいことをしていたような雰囲気になるのはなんでなんだろう。
ちょっとおもしろい。
「ホラー映画見てたんだよ」
「なんだ、そういうことか」
白々しい。
この船の中で起こってることはほとんど把握してるクセに。
「それよりテンメイ、センリ・ゴールドバーグ、客人のようだ」
「「客人?」」
僕とセンリちゃんは同時に疑問符を浮かべる。
何故なら今は先日のテラフォーミングの惑星からビクトリアに向かっている最中、つまりは航海の途中だ。
そこに客人なんて……
「どういうこと?」
「たまたま同じ場所を航海中の宇宙船がいてね、その者たちから通信が届いている。内容は〝勧誘〟だ」
「「勧誘?」」
「仲いいね君たち。取り敢えず送られてきた映像を出すよ」
リビングのモニターが切り替わる。
薄暗い部屋の中には赤いカーペットとカーテンに覆われていて、顔まで隠れた白いローブを纏った人間が五人ほど映っていた。
その中の1人が1歩前に出て、胸に下げた六芒星のネックレスを掴みながら語り始める。
『初めまして、わたくし共は【ヴェルミリオ・ルクス】という星からやってまいりました宣教船でございます。わたくしはこの船の代表を務めております。アーク・レイドと申します』
「宣教船?」
「宗教を広めている船という意味だろうね」
『この広大な宇宙で出会えたのは奇跡以外の何物でもないでしょう。ゆえにぜひとも我々の教義を知って欲しいのです』
ヴェルミリオ・ルクスっていうのは聞いたことのない星だ。
それに、宗教の布教をしている船なんていうのも初めて遭遇した。
『お金に困っていませんか? 人間関係に困っていませんか? 将来に不安はありませんか? きっと我が教団はあなたの問題を解決することでしょう。この船は我々の教義やヴェルミリオ・ルクスの生活についての様々な資料があります。ぜひとも見に来られませんか? お待ちしております』
それで映像は終了した。
「ヴェルミリオ・ルクスという星はたしかに存在するね。ホープと同じように単一の星しか持たない惑星国家だ。その住民の全員がルクス教を信仰しているということでも有名らしい」
どうやら検索をかけてくれたらしい。
ミロクがいると色々と話が早くて助かる。
人間関係……将来の不安か……でもたしかに僕にもそういう悩みはあるんだよね。
「行ってみる? どうせ今日の分のワープも終わって暇だし」
この船にいてもやることはゲームとトレーニングくらいしかない。
船内生活は不便ではないけれど、正直飽きる。
「タナカさんがそう仰るなら」
「テンメイは本当にこういう勧誘に弱いよね」
「どういう意味ですか、ミロクさん?」
「ん? 見ていればわかるよ」
◆
「ようこそおいでくださいました」
僕ら3人は子機に乗り込みヴェルミリオ・ルクスの宣教船を訪れた。
ハッチに入ると白い宇宙服を着た人たちがいて、僕たちを出迎えてくれる。
百人以上いそうだ。
「すごい出迎えだね」
「ここにいるのは皆、ルクス教徒でございます。見てください、皆楽しそうでしょう?」
彼らの中からそう言って出てきた彼の声には覚えがある。
さっきの映像で喋っていた人だ。
「たしか、アークだったよね? 今回は招待してくれてありがとう。僕はタナカ・テンメイ、傭兵をしている。この2人も傭兵団の一員だよ」
「センリ・ゴールドバーグと申します」
「ミロクだ」
「タナカさま、ゴールドバーグさま、そしてミロクさまですね」
アークは一礼し、僕らに奥へ行くように手で指した。
彼に先導されて向かった先は、まるで美術館のような風体をした部屋だった。
おそらくはヴェルミリオ・ルクスという星についてであろう資料が沢山並べられている。
公転周期:412標準日。自転周期:19.7標準時間。主な大気組成:酸素21%、窒素74%、微量のヘリウムと「
ビクティリアからのワープ回数は12回。
惑星国家であり、この星にしか存在しない『ルクス・コア』という資源によって富を得ている。
ルクス教徒は約3億2000万人で、宣教のために外に出ている人間を除いたすべての人間が一つの都市で生活している国らしい。
説明と共に色々と展示物がある。
都市の写真とか……なんか浮いてるんだけど、すごい技術だ。
それにルクス・コアという希少資源の現物。
「どうでしょう? 我が教団では常に信者を受け入れています。ルクス・コアの採掘という業務が存在するため仕事に困ることもありませんし、同じ神を信仰すれば一体感が生まれ、人生にやりがいを見出すこともできることでしょう」
一体感、か。
そんなの今までの人生で感じたこともない。
やりがい、か。
たしかに僕の人生には足りていない気がする。
だから……憧れる。
もしも入信するだけで、そんなものが手に入るのなら……
「楽しそうだね」
「そうでしょう? どうでしょうか、ぜひ」
そう言ってアークは書類を差し出してくる。
ヴェルミリオ・ルクスに移民するための書類みたいだ。
「少し見てもよろしいですか?」
「もちろんです」
センリちゃんが書類を受け取り、それに目を通していく。
その様子を見ながらミロクが小声で話しかけてくる。
「テンメイ、本当に入信するつもりかい?」
「んー、そのつもりはないかな。僕は今の生活にそれなりに満足してる。ミロクとセンリちゃんがいるからね」
「じゃあどうしてここに?」
「美術館みたいで楽しいじゃん」
正直こういう場所に興味があったかと言えば微妙だけど、こういう体験をするのは楽しい。
誰かと何かを見て、体験して、共有して、多分そういう生き方を僕はしたかったんだと思う。
今までは、ミロクはいたけれどミロクを友人だとは思えていなかった。
でも今は違う。
だから僕はミロクやセンリちゃんといろんな体験をしてみたい。
「そうだねテンメイ、私も楽しいよ」
ミロクが耳打ちすると同時にセンリちゃんが書類を持って戻ってくる。
「タナカさん、正直な感想としてはあまり良い内容とは思えません」
「そうなんだ。ちなみにどこら辺が?」
「業務内容が不透明すぎます。それに業務上発生した損失についてこちら側が補填する必要があるようです」
ルクス・コアの採掘だったっけ?
それを採掘する仕事があるから、お金にはあんまり困らないって話だったけど、もしかして危険な仕事なんだろうか?
ミロクの方をチラリと見る。
「なんだいテンメイ?」
「推理とか僕ができると思う? 答えを教えて」
「まったく仕方ないね」
ミロクが蟀谷に指を当て、数瞬黙り込む。
「センリ・ゴールドバーグ、君の不信感は正解のようだね。ルクス・コアは微量ではあるが毒性の粒子を発している。それが埋蔵されているヴェルミリオ・ルクスの大気もそれは含まれる。暮らすことはできるだろうが、
この船のデータベースにアクセスしたのであろうミロクが結論を言う。
「彼らの星に住む場合、平均寿命が35歳くらいになることを覚悟する必要があるだろうね」
「……それはちょっと嫌だな」
折角人生楽しくなってきたんだ。
寿命を縮められるのは困る。
「最初から受ける気はなかったけど、やっぱり断ろうか」
「タナカさん……」
拳を握りしめたセンリちゃんが僕の名前を呼んだ。
その声には僅かな怒りが込められていた。
「どうしたの?」
「私は許せません。彼らの所業は人を騙し、搾取するものです。このまま野放しにはできません」
僕は少し考える。
けれど、僕みたいな道楽で人生を過ごしてきた人間に賢い答えはでるわけもなく、結局聞き返すことになった。
「じゃあ、どうするの? 彼らの母星に乗り込んで都市を滅ぼす? それで信者の人たちは幸せになれるのかな?」
「それは……ならないと思います」
「じゃあどうするの?」
「わかりません……」
そう言ってセンリちゃんは俯いてしまった。
「それじゃあまぁ、一度船に戻ってから考えよっか」
「わかりました」
センリちゃんが頷いたのを確認して、僕はアークの方へ向き直る。
「どうでしょう? 色よい返事を期待しますが」
「悪いけど僕らは君たちの星に住む気はないかな」
「そうですか、それでは仕方ありませんね」
「ごめんね。折角誘ってくれたのに」
「いえいえ、問題はありません。そう、なにも問題はないのです」
アークは僕らに数歩ほど近付き、袖の中から何かを取り出しす。
彼が勢いよく腕を振ると赤い粉末が周囲に巻かれた。
「なにこれ」
呟く僕。
「タナカさん、吸ってはいけませ――」
焦って僕に駆け寄るセンリちゃん。
「なるほど、それはたしかに高値で取引されるわけだ。粉末状にしたルクス・コアによって製造された吸引した人間をトランス状態にする催眠薬物とはね」
冷静に分析するミロク。
三者三様の反応はしたけれど、その効果は一様に不発で終わる。
僕は式神の常在効果に護られ、ミロクはそもそも機械で、センリちゃんは多分アーティファクトの効果により……誰もミロクの言った効果に冒されることはなかった。
「何故……何故だ……」
白い法衣のような宇宙服を身に纏ったアーク・レイドが数歩後ずさる。
ユグドラといい皇帝といい、人を操るのが最近のトレンドなんだろうか。
まぁ、ハーメルンもそうだったけれど、人間というのは1人では思った以上になにもできない生物だ。
「どうして効かないか、よりも効かなかったからどうするかを考えた方がいいんじゃない?」
僕に薬品が効果を発揮しないことを確認したセンリちゃんは、アークの方を向きながらビームサーベルを展開する。
「先に攻撃を仕掛けてきたのはあなた方です」
「くっ、もういい! お前たち、こいつらを殺せ!」
2つある部屋の入口から白いローブに身を包んだ信者たちが大勢現れる。
全員がビームサーベルとレーザーガンで武装していた。
「センリちゃん、手伝おうか?」
「タナカさんのお力を見せるわけにはいきません」
「関係ないよ。全員殺せば関係ない」
こいつらは明確に〝敵〟だ。
なら躊躇する理由は一つもない。
宇宙海賊と何も変わらない。
でも、センリちゃんは悩むようにミロクへ問いかけた。
「ミロクさん、あの方々は操られているだけだと思いますか?」
「この船にあった記録をすべて閲覧した私の見解としては、証拠こそないけれど十中八九彼ら全員が薬物を投与されている」
「では、彼らは現在責任能力が一切ない状態です。心神喪失者を罪に問うことはできません」
「罪とか罰とか関係ある? 僕らの邪魔をする。殺そうとする。要するに彼らは〝脅威〟だ。それだけで殺す理由には足りると思うんだけど」
「……私は、そうは思いません」
ふん……そっか……
「それじゃあ僕は手を出さないでおくよ」
「ありがとうございます」
霊能力を使えない僕は、最近筋トレを始めたばかりの一般人だ。
センリちゃんに護ってもらえるように、その背中に僕は一歩近づく。
「女の後ろに隠れるとは、恥を知れ」
おぉ、この言葉は本音っぽいな。
それに、ちゃんと刺さる。
もうバレてもいいから全部壊してやろうか。
「タナカさん……」
「わかってるって、なんにもしないよ」
横目で僕を見たセンリちゃんにそう言うと、彼女は小さく頷いて追加の武装を展開していく。
「電鬼イカズン(パルスノックガン)」
ナマズのような人形が握り潰されると同時に出現した黄色い銃を、センリちゃんはアークへ向け、
バチリ――
と、なにかが弾ける音と共に電光が飛ぶ。
だが、アークの前に身体を差し込んだ白いローブの1人によってそれは受け止められる。
「ババババババババ!!」
そんな声を上げながらその男はその場に倒れる。男から白い湯気が上がっている。
「遠隔式のスタンガンだね。未来の猫型ロボットみたいな手数だね」
「TWの戦術もそんな感じだもんね」
最初に気絶した男を皮切りに周囲を取り囲んだローブの男たちが一斉に動き始める。
センリちゃんの動きは非常に軽やかで、それを補助する『強化ブーツ』を召喚してからは更に軌道に難解さが増す。
前後左右だけではなく上下を合わせた縦横無尽な機動力に相手は翻弄され、センリちゃんを捉えられない。
闇雲に撃たれるレーザーガンを剣とシールドで弾きながら、雷光と峰打ちで相手を気絶させていく。
その様子はまさに無双だ。
『ピンポンパンポーン♪』
唐突にそんな音が船内に響く。
『みなさん錠剤を呑みましょう。そして神の声に耳を傾けるのです。我を知らぬ者たちに我を知らしめ、信仰を広め、自からだけではなく他者にも同様な救済を与えるのです。それこそが幸福へ至る方法なのですから』
それを聞いたルクス教徒たちは、懐から赤い錠剤を取り出し口へ運ぶ。
その様子を観察していたセンリちゃんが、高速軌道で僕らの方へ戻って来た。
「タナカさん、一旦逃げます」
「どうして?」
「この放送はハーメルンが流していた音楽と似たものだとお思います。教徒たちの催眠状態を継続し、命令を出すためのものでしょう。ならば……」
「それを止めることによって催眠状態の持続性を解除するということだね」
「その通りです。なので通信室に行きます」
ミロクの言葉に正解! って感じで人差し指を立てたセンリちゃんはそのまま天井を見上げる。
「あそこに通気口があります。人2人分くらいの幅はあるので、タナカさん失礼します」
「え?」
何を失礼されるのかまったく理解していなかった僕の手をセンリちゃんが握る。
そのまま僕の身体がセンリちゃんの肩に担がれた。
「ちょっとま……」
「行きます! 捕まっていてください。ミロクさんは地力でお願いします」
「さすがに恥ず……」
僕の言葉は虚しくも最後まで紡がれることはなく、センリちゃんの強化された脚力によるブーストによって僕らは通気口へ向かって跳躍する。
センリちゃんによって扉が蹴破られ、その中で侵入していく。
「あっ、クフ……あはははは!」
追従するミロクが、荷物みたいに担がれた僕を見ながら爆笑していた。
この野郎!
「船の外観と、内観を見て回った感じから通信室の位置は大体わかっていますので、すぐに着きます」
「そう言えば、センリちゃんが初めて僕らの船に乗った時も外観からTWのある格納庫の位置を特定してたよね」
「あの時は本当に緊急事態で……すいませんでした……」
「責めてないよ。むしろ褒めてるんだって」
僕じゃ絶対無理だし、勉強しようっていう気にもならない。
「それにしてもさっき見てたゾンビ映画みたいだね。こうやって逃げてるところとかそっくりだ」
「それで言うと、この中にすでに
「うそ、ミロクもしかして……」
「テンメイ、なんで最初に疑うのが機械の私なんだい?」
「じゃあセンリちゃんが……」
「……?」
あ、違うっぽい。
全然「なに言ってんだこいつ」みたいな顔で僕の方見てたよ。
じゃあ僕が……自分でも気が付かない内に洗脳されて……!
「タナカさん、先ほどは反応が遅れてしまって申し訳ありませんでした。タナカさんにあの薬品が効果を及ぼさないと保証があったわけでもないのに」
なんてことはないか。
こうやって普通に話してるわけだし。
「いやでも急だったし仕方ないよ。それに、そんなこと言い出したら自分で自分の身も守れない僕の方が問題は大きいわけだし」
「しかし、団員として団長を守るのは私の責務です」
「その気持ちだけで嬉しいよ。それに僕はセンリちゃんにはまず自分を守って欲しいと思ってるから」
なんて、担がれている僕が言っても説得力がなさすぎるかな……?
「私も、あなたのその気持ちが嬉しいです。着きました」
狭い通気口の中をもぞもぞと歩くこと数分。
センリちゃんがそう呟いて、通気口の扉を外し、部屋の中へ下りていく。
その部屋にも白いローブの男たち数人いたけれど、センリちゃんの手によって十秒と経たずに無力化された。
「後は定期放送を止めてこの部屋を防衛すれば解決ですね」
「いや、その必要すらないね。ここまで到達できたのなら、放送用音声データを消去してしまえば済む話だ」
「なるほどね。っていうかそれでいいなら、最初からミロクがやればよかったんじゃないの?」
「いえ、ミロクさんのハッキング能力は常識の範疇を超えていますので、ここまで到達してクラックしたという事実が必要です」
ミロクの能力も元を正せば僕の力だ。
船内のどこからでも自由にハッキングできる能力は異常だが、通信室に物理的に侵入してそのデータを改ざんすることは異常じゃない。
センリちゃんは僕の能力が露呈するリスクを少しでも軽減してくれたのだろう。
「ありがとね、センリちゃん」
「いえ、そもそもこの作戦は私の我儘から始まったことなので」
「データの消去が終わったよ。後は隠れていれば教徒たちの催眠は自然に解除されていくだろう」
ミロクがそう言うとセンリちゃんは胸を撫で下ろした。
けれど、その表情はすぐに引き締まる。
「しかし許せません。このような方法で信者を増やし、都合のいい労働力として使っているなんて……」
センリちゃんは拳を握りしめながらそう呟く。
それは間違いなくセンリちゃんのよいところだ。
でも、騙される方に問題がないとは僕は思わない。
「まぁ、隠れておこうか」
通信室をジャックしたのだから、教徒たちの情報共有も停止させられる。
いくら数が多くても、それだけならかくれんぼでも鬼ごっこでもセンリちゃんは負けないだろう。
実際に僕の予想は当たっていたようで、僕らは誰にも見つからず五時間ほど船内に潜伏し続けた。
通気口からアークがいる部屋を覗いていると、その時が訪れる。
放送が流れなくなったことで赤い薬品の摂取をやめた彼らが正気に戻る。
「僕たちは一体何を……」
「私たち……変な薬で操られたの……?」
「どうする?」
「どうするっつったって……」
きっとセンリちゃんは、催眠を解除すれば彼らが自分で考えルクス教をやめるだろうと思っていたのだろう。
でも、そもそも人という生き物は誰だって何かに操られて生きている。
みんながみんな、独力を道を切り開ける
「帰ろう」
「俺たちに帰る場所なんて1つしかない」
全員が頷いて、彼らは舵を切る。
自分たちを操り利用していた教団の本星に。
「そんな……どうして……」
「きっと彼らは1人じゃ生きていけないんだよ。誰かに必要とされて、愛されて、それでようやく自分を認められる」
僕には彼らの気持ちがわかる。
僕が彼らと違うのは、霊能力を持っていたことと、ミロクが傍にいてくれたことだ。
誰に必要とされるわけでもなく、自分が正しいと思ったことを貫ける。センリちゃんみたいな人は稀だ。
だから僕には彼らを止める気はない。
「どうする? 彼らは君に助けられることを望んでない。それでも助けるの?」
「……いいえ。あの方々が自身の意志で決めたのなら、私にはそれに介入する動機はありません」
切なく、寂しそうに、センリちゃんはそう呟いた。
「じゃあ僕らも帰ろっか」
「はい」
「ミロク、この船のデータはコピーしてあるよね?」
「あぁ、私のアーカイブにはこの船の全データが残っているよ」
「それじゃあ帰って、この船のことをインターネットにでも公開しよう。そうすれば、少しはルクス教の被害も減るんじゃないかな?」
「タナカさん……ありがとうございます」
◆
船に戻った僕らは、彼らの船とは真逆の方向へ進み始めた。
催眠の薬物のこと。
信者を労働力として危険な業務に従事させていること。
他にも、ルクス教がやっている可能性のある悪事を匿名でネットに公開した。
ルクス教の宇宙船のデータであることがわかる証拠も添えたから、信憑性はかなり高いはずだ。
今後、ルクス教に勧誘される人がいてもその人がネットで検索すればこのデータが目に入る。
そうすれば、多少は彼らの被害に会う人も減るだろう。
けれど、ゼロになるわけじゃない。
口車に乗って、もしくは薬物を投与され、僕らのやったこととは無関係に信者になる人もいるだろう。
だけど、彼らの本星を滅ぼして解決する問題じゃない。
ルクス・コアが採掘できなくなってこれ以上の薬物被害がなくなったとしても、そもそもその星に住んでいた人が路頭に迷うことになる。
それを僕らだけで解決するなんて不可能だ。
「センリちゃん、あんまり気にしない方がいいよ」
「気にはします。答えが出なくても考えなくいい理由にはならないと思いますから」
「そう。じゃあちょっと息抜きに映画でも見ない?」
悩んでいた様子のセンリちゃんは、僕の誘いに薄っすらと笑って答えた。
「ありがとうございます。そうします」