「なにをしている!!?」
アロン・ケミカル社の社長室で、上がってくる報告を聞きながら男は頭を抱えていた。
「この作戦は俺たちがトラセウムのトップ企業になるために必要なものだ。俺たちとの提携を断りやがったゼノ・エナジーの野郎を潰して、あの一族の秘密を奪う。それで俺たちが……この俺が宇宙一の金持ちになれる」
それが彼の――アロン・ケミカル社代表取締役社長『キンジョウ・シオウ』の描いた道筋だった。
しかし、上がってくる報告内容は芳しくなく、彼は拳を机に叩き付ける。
「クソが、陽動の方は上手くいってる。警察も買収して出動を遅らせてある。なのに、肝心のあのガキが手に入らねぇんじゃ意味がねぇ!」
ゼノ・エナジー社が保有する星への同時攻撃。
そちらへゼノ・エナジー社が有する軍事力を誘導し、手薄になった本陣『シニカ・ゼノ・ブラックルート』を狙うはずだった。
だが、肝心のシニカの誘拐がことごとく妨害されている。
「うちの秘蔵の超能力者を100人以上投入してんだぞ……失敗したらシャレになんねぇ……!」
違法薬物、違法手術、非人道的行為……
超能力者の作成には複数の違法性がある。
それでもシオウは、『超能力者』こそが次世代の白兵戦最強兵器であると確信していた。
だからこそ、今回の作戦に踏み入った。
7つに分権するトラセウムの企業のうち1つを吸収し、アロン・ケミカルをナンバーワンの企業に押し上げる。
「俺は必ず……超能力者という新兵器で世界を獲るんだ……」
シオウは携帯端末を取り出し、電話をかけ始める。
密かにその人物の連絡先を調べておいてよかったと、過去の自分に感謝しながら……
『……誰だ? もしかして……社長か?』
通話の相手は低い声の男だった。
通話を取ってくれたことにほっと胸を撫で下ろしたシオウは、しかしすぐに険しい表情を浮かべながら自らの胸元を掴む。
発汗が増しながら、シオウは振り絞るように声を出した。
「……ロウ、頼みがある」
『ブチ殺されてぇのかテメェ!? 俺をこんな身体にしてくれやがったテメェが、どの面下げて俺に頼みだなんて言ってやがんだ!?』
音量の上昇ボタンを3回は押したかのように、一気にボリュームが上がった。
「……お前が俺を嫌ってるのはわかってる。俺がお前の人生を潰したこともわかってる。だが、お前はうちの最高傑作だ。これはお前にしか頼めないことなんだ」
『キンジョウ……まさか依頼だけ言って報酬は言わねぇ気か?』
「金か?」
『バカか、要らねぇんだよそんなモン。俺を元の身体に戻す研究をしろ。それだったら受けてやってもいい』
ふぅ……
シオウは胸の手を退け、息を吐く。
よかった。その程度の出費ならなんの問題もない。
『それとな、あんたを1発殴らせろ。死なねぇように加減はしてやるが、死ぬほど痛くしてやるよ。それでもやらせるか?』
キンジョウ・シオウにとって、最も重要なものは『資産』だ。
それをキンジョウは公言していて、通話の相手もそれを知っている。
そのために自分が超能力者に改造されたことを理解している。
だからこそ、問うているのだ。
――本当は金なんかより自分の命の方が大切なんだろ?
と……
「お前が俺を否定したいのはわかる。俺は金を得るためにお前の人生を壊したんだからな。だが俺は変わらんよ。いいだろう、殴らせてやる。その代わり確実にシニカ・ゼノ・ブラックルートを俺の前まで連れて来い」
◆
僕は今まで生きてきた22年間で、暴力というものに恐怖を抱いたことがない。
痛そうとか、殺されそうとか、そんな風に構えたことがない。
僕にとって暴力というのは一方的に与えるものだ。
だから、彼との戦いは少しだけ驚きがあった。
「君……えっと、ロウだったっけ? すごく強いね」
息も絶え絶えの彼に、頬の傷から溢れた血を拭いながら愛想笑いを浮かべて声をかける。
「なんなんだテメェ……なんなんだ、その強さは……?」
「さぁ、なんなんだとか言われてもまっとうな説明はできないかも。でも君はよく頑張った方だと思うよ」
彼、『ロウ・アルベルト』は人間というにはかなり奇妙な外見をしていた。
脇腹から生えた3本目の腕。背中から生えた鴉のような翼。鋭利で尖った牙。体全体を覆う黒い体毛。
身体能力も、耐久力も人並外れている。
なにより、周囲の液体を自在に操作するという超能力は普通の人間相手なら無双だろう。
実際僕は彼を倒すのに式神を沢山使った。
玄武、白虎、朱雀、青龍、貴人、勾陳、六合。
貴人以外は完全顕現こそしていないものの全部殺す気で放った。
それでも彼は生きている。
全身に雷撃を浴び、手足を千切られ、腹に穴が空き、操っていた水も全部蒸発した。
それでも……生きていること自体が結構すごい。
「君で終わりだよね?」
「追手の話か? そうだな、俺で終わりだろうよ。俺より強いヤツなんて、あの会社にはいねぇから」
「会社って?」
「アロン・ケミカル。今回の事件を仕組んでるのは全部そこだ」
たしか7大メガ・コーポの1つだった気がする。
僕もその会社の酔い覚ましとか使ったことあるな。
「でも、大元の名前を言ってよかったの?」
「俺には関係ねぇよ。俺はとっくにあの会社から逃げ出したんだから」
「逃げた?」
「俺は実験動物だったんだよ。だが、ヤツら俺の能力がここまで進化するとは思ってなかったんだろう。収容機能を全部ブチ抜いて脱走してやった」
そう言って彼はなにかを思い出すように笑う。
なるほど、その姿は超能力の実験の成れの果てってことか……
「でもそんな君が、どうしてその会社のために戦っているの?」
「俺は元の身体に戻りてぇんだよ……こんな格好じゃ気味悪がられてバイトもロクにできやしねぇ……」
気味悪がられて……
メタロ星人であるニノミヤさんも見た目で結構苦労したみたいだけど、この人はそんなレベルじゃないほどに人間離れしている。
「大変だね」
「ッチ、お前になにがわかる……」
「わかんないよ。それくらいの違いで悩んでる君のことなんて」
「……?」
同情なんてしてない。
後天的に変化した君はきっと『普通』というものを知っている。
僕はそれを知らないから、想像することしかできないし、きっとこの力を失っても僕は普通になんかなれやしない。
自堕落で甲斐性もない子供染みた大人が残るだけ。
いや、これも全部言い訳だよね……
「航海の吉将・
天后の力はその生物の状態を正常なものへ戻す。
なにをもってして『正常』とするのかはよくわからない。
でも、この人の今の状態は正常ではないと、僕はそう思った。
「女神……?」
「……」
ロウは天后を見て小さくそう呟いた。
天后はロウを憐れむように見つめている。
「テンメイ、この者を治せばよいのだな?」
「うん、お願い」
「よかろう」
天后が口に手を添え、ロウへ向かって息吹を吹きかける。
その傷が完全に治癒されていく、どころかロウの異形の姿が人間に近付いていく。
3本目の腕も、悪魔のような翼も、鋭利な牙も、全身の黒い体毛も、すべてがまるで最初からなかったかのように消えていく。
「は? 本当に……元に……あぁ……」
呻くように彼は泣いていた。
自分の身体を隅々まで見て、触り、元に戻ったことを確認しながら、彼は泣き崩れる。
「ありがとう、ありがとうタナカさん……! 俺に、俺にできることはなんでもする。なんでも払う。ありがとう!」
「それじゃあちゃんと知ってることは教えてね」
「もちろんだ……!」
その姿を見た天后は、少さく笑みを浮かべて消えていった。
「テンメイ、よかったの? 敵なのに」
「敵じゃないよ。もう敵じゃない」
ロウは自分の身体を人質に脅されていたようなものだ。
だったらもう、今の彼には僕らと敵対する理由はない。
「そうでしょ?」
「あぁ、あんたは俺の恩人だ」
「じゃあさ、その人のところに案内してくれる?」
「いいのか……?」
「もう面倒なのは御免なんだ。さっさよ終わらせて僕はゲームとかしてたいの。え、ちなみにロウくんはゲームとか得意?」
「あ、まぁVRの格闘ゲームならちょっとは……」
「そうなんだ、僕身体動かすの下手すぎてそういうのからきしなんだよね。よかったら教えてよ」
あれ、なんか普通の人相手に普通に喋れてる。
いつもの……今までの僕ならこんな風に自分から入っていくことなんてあんまりなかった。
機械や霊と話す時と似た感じで喋れてる。
もしかして、僕のコミュチカラも結構上がってきてるのかな?
それとも
そんなことを考えていると、ペンシル型の携帯端末が振動した。
ミロクとセンリちゃんから同時にメッセージが飛んできてる。
センリちゃん:こちらは片付きました。これからどうされますか?
ミロク:ニノミヤ・タンゴの方にも襲撃があったから護っておいた。採掘は切り上げて今トラセウムに戻っている。合流してもいいが、どうする?
うん、だったらみんなで行こうか。