宇宙海賊狩りのタナカ   作:水色の山葵

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第46話『最上位の商人』

 

 第6階層――そこはネビュラ・プライム・ハブの現地人からは『神の階層』と呼ばれている。

 

 10兆CMという莫大な値段の入場許可証を持つ者は極少数だ。

 そこは、もはや街じゃない。

 世界有数の資産家だけが訪れることができる、まさしくなんでも手に入る楽園だ。

 

 とはいえ、そんな天国のような場所に行っても……いいや、そんな場所に行くことができるほどの人間であるがゆえに、そこに住まう人間たちは皆一様に欲望を抱えている。

 

「今、この階層の入場許可証を持っている人間は32人。7大メガ・コーポの代表や次期代表、他には大きな国の王様とかそれくらい」

「シニカちゃんもその1人ってことでしょ? すごいね」

 

 僕はこの階層の入場許可証は持っていない。

 だけど、この階層に限っては入場許可証を持つ人間1人に対して2名までの同行が認められているらしい。

 

 まぁ、王族とか大社長しかいないわけだし、世話係や護衛くらいいて当然だよね。

 

 それでも2人までしか付き人を認めない時点で、この空間はかなり特別な場所なんだろう。

 

「そうだね。そろそろ着くよ。思ったより地味だから驚くようなものはないかもだけど、準備しておいてね」

 

 階層間エレベーターの扉が開く。

 開いた先には更に扉があった。頑丈そうな鉄の扉。エネルギーシールドの扉。古風な木製の扉。

 

 4つの扉を抜けた先に、その空間は広がっていた。

 

 壁も天井も床も、すべてが真っ白で埋め尽くされたその空間の中には40軒ほどの家が並んでいる。

 

 建築様式はかなり古いように見える洋館(アンティークハウス)

 だけど機能は最新のものが搭載されているようで、すべての家が個別のエネルギーシールドに護られている上に開錠システムも最新式の生体認証だ。

 

「建築士、技師、使用人、全部が機械で賄われているからここに住んでる人は100人もいない完全な孤島。ようこそ、トラセウム産業国最大のスペースコロニーであるネビュラ・プライム・ハブの最奥である第6階層へ」

 

 僕らを向き直ったシニカちゃんは、役者めいた言い回しでそう言った。

 

「ここが第6階層ですか……」

「思ったよりも地味で狭いところなのだね」

「シニカちゃんの家ってどれなの?」

「あっちだよテンメイ、さっきの部屋より狭いし何にもないけど、来る?」

「あれ、もっと豪華な生活してるのかと思ったよ」

「敷地がないから。そもそもここは会議室みたいなもので、王様や社長が話すため以上の機能は付属品でしかないんだよ」

 

 会議室……そう聞くとかなり広い気がする。

 ってことは、あの一軒一軒は控室みたいなものなんだろうか。

 

「でも、安全性は確保されてると思っていいよ。ここでの暴力行為は即座に感知されて、一瞬で防衛機構に制圧される。みんな気を付けてね」

 

 財界の大ボスみたいな人しかいないわけだし、そりゃそうだよね。

 

「わかった。暴力厳禁ね。それじゃあ話し合いに行こうか」

「うん。アロン・ケミカル社の代表取締役社長の家は、あそこだよ」

 

 そう言ってシニカちゃんが指した洋館に僕ら4人は向かう。

 その家の前にあったチャイムを僕が代表して鳴らした。

 

「入ってくれ」

 

 チャイムからしわがれた声が聞こえ、館の扉が開く。

 小さく目くばせして、僕らはその中へ招かれた。

 

 言葉を話さない使用人のアンドロイドにジェスチャーで案内され、僕らは客間に通される。

 ソファに腰かけると同時にアンドロイドがメニュー表を持ってきて、僕がコーラ、センリちゃんとミロクが紅茶、シニカちゃんがコーヒーを指さすと、指名通りのものが机に並べられる。

 

 それから少しして、その人物はその部屋に現れた。

 

「私の負けだ。降参する」

 

 彼の第一声はそれだった。

 現れたのは高そうな茶色のスーツを纏った初老の男。

 とはいえお金持ちって大抵のアンチエイジングがやってるイメージだし、見た目より実年齢は老けてそうだ。

 

「物分かりがいいねおじさん。でもその前に自己紹介くらいしてもいいんじゃない? 僕は……」

「いやいい。知っている。調べたからな。タナカ・テンメイ、元Sランクの傭兵……しかも第3位。そしてSランクで唯一個人だった傭兵でもある。……つまり君は、この宇宙でもっとも強い個人だ」

「それほどでもないけど、知ってくれてるなら説明の手間が省けて嬉しいよ」

「私はアロン・ケミカルの社長……キンジョウ・シオウだ。これくらいは調べられる。まぁ、調べるのが遅すぎたがな。しかし最大の不運は、君が彼女に肩入れしていたことだ。旧知の仲なのかな?」

 

 シオウさんはやけに冷静だ。

 いや、違うか。その姿はすべてを諦めてたってことの表れなんだろう。

 

「いや、知り合ったのはつい最近。シニカちゃんが最初に誘拐された日だよ」

「はぁ……だとしたら調べようも準備のしようもなかったわけだ。今日という日は私の運命を変える1日であると思っていたが、どうやらそれは想定とは逆の意味となってしまったらしい」

 

 シニカちゃんを誘拐して、シニカちゃんの会社を吸収する。

 それが彼の計画だったらしい。

 

 7代メガ・コーポはどこも経済力は僅差だ。

 そのバランスの上にトラセウムという国家は存在する。

 だからこそ、そのうちの2社が手を取るということはトラセウムの王になることを意味している。

 

 そうなれば、たしかに彼の運命は変わっただろう。

 

 僕がいなければ、彼はたしかに王様になれていた。

 

「シオウ、君は強いね」

「……どういう意味だね?」

「僕が見てきたどんな人間よりも君は欲望のために強かだったって意味」

 

 僕はそんな風には思えない。

 例えどんな分野であろうとも、1番になりたいなんて思ったことは1度もない。

 だから、そういう意味で尊敬する。

 

「シオウ、僕のお願いを聞いてくれる?」

「なんだ? 私を殺すか? 君ならこの階層の防衛機能など問題にもならずそれを実行できるだろう」

「そんなことしないよ」

 

 ここに来る途中、僕らは話し合った。

 シニカちゃんもセンリちゃんも僕に一任してくれた。

 ミロクに頼んだら、渋々だったけどミロクは了承してくれた。

 

「社長の椅子、貰ってもいい?」

「……断る」

「だよね。でも聞いてよ、このままじゃアロン・ケミカルに待ってるのは他の7大メガ・コーポからの集中攻撃だよ?」

 

 アロン・ケミカルは均衡を崩そうとした。

 7社の中で1番になろうとした。

 そんな危険な存在を他の6社が放っておくわけがない。

 

 アロン・ケミカルへ制裁が飛んでくる。

 

「考えてよ、どれだけ事業が縮小するかな? どれだけの従業員が職を失うの? 最悪、潰れるよ? いいの?」

 

 会社のことなんて僕にわかるわけがない。

 これは来る途中にミロクやシニカちゃんから聞いた未来予想だ。

 でも、ミロクがそう言うってことは大体当たってるってことだ。

 

「僕らはシニカちゃんに害意を持った君を許せはしない。でも、それに巻き込まれてアロン・ケミカルの社員全員が不幸になるなんて可哀想だ」

 

 と、センリちゃんはエレベーターの中で言っていた。

 弱者を護る。それがセンリちゃんの正義だ。

 

「極めてどうでもいいことを気にするのだな」

「ッ!」

「控えたまえ、センリ・ゴールドバーグ。私たちの団長が話をしている」

 

 ウェポンホルダーに手を添えたセンリちゃんをミロクが手で制す。

 

「まぁ君がそういう人だっていうのは、やったことを考えるとなんとなくわかってたから君向けのプレゼンもさせてよ」

「私向け?」

「そ。社長の椅子をくれたら、シニカちゃんは……つまりゼノ・エナジー社は提携してくれるってさ」

「テンメイとなら、組んでもいい」

 

 そうシニカちゃんは言葉を添えてくれた。

 

「アロン・ケミカルとゼノ・エナジーの2つが合併してトラセウムはこの2社を中心とした社会体系になるってこと。どう? 魅力的、じゃない?」

「違うな。私のために会社があるのだ。断じて逆ではない。君の提案に頷いてはその前提が崩れる」

「そ。じゃあこのまま滅びる?」

 

 センリちゃんも、この人が頷かなかったって言い訳があればアロン・ケミカルを潰しても文句は言わないでしょ。

 

「社長の椅子を渡せと言ったな。私はその後どうなる?」

「さぁ、副社長にでもなれば? あぁでも会長とか代表とか取締役はだめ。トップはこっちが貰う」

「バカか? 役員の同意があればいつでも社長の首など取れる。そうすれば私はすぐに代表の座に戻れる」

「うん、狙っていいよ。頑張ってやってみなよ。多分無理だから」

 

 色々と彼に不利な点はある。

 新しい社長をすぐにクビにしてしまえば、ゼノ・エナジー社との提携が切れる。

 そうなれば、他の5社から武力政治の両方面で集中砲火される。

 

 だからすぐには解雇できない。

 で、それだけの時間があれば……

 

「わかった。タナカ・テンメイ、次の社長は君でいいのか?」

「違う」

 

 僕は後ろに控えた彼を指しながら言った。

 

「次の社長はこっちのミロクだ」

「私が君たちを最効率で導いてあげよう。君の仕事は愚かな役員たちに多少の知恵を与え、私に反旗を持たないよう躾けることだ」

 

 それだけの時間があれば……ミロクならアロン・ケミカル社を掌握できる。

 

「バカな……アンドロイドを社長にだと……?」

「それを禁止する法律はこの国には存在しない、らしいよ」

 

 勿論、ミロクの本体をここに置く気はない。

 ホープでそうしたように、ミロクの子機(コピー)を置いておくって意味だ。

 

「もしかして自信ない? 副社長っていう立場から世界一を狙う自信は」

「ふっ……いいや、いいだろう。その挑発乗ってやる。そのアンドロイドに社長の座を譲ろう」

 

 折れるようにキンジョウ・シオウはそう言った。

 

 僕は目の前のコーラに口を付けて一気に呷る。

 

「ップ……疲れた」

 

 団長だからってなんで僕がこんな話しないといけないんだよ……

 

 ミロクが僕の頭を撫でて、センリちゃんが肩を揉んでくれる。

 

「よく頑張ったねテンメイ」

「お疲れさまでした、タナカさん」

 

 あぁ……頑張ってよかった……

 

「すごいね。トラセウムのトップ企業の社長になっちゃうなんて」

「僕はなってないよ」

「……なりたくないの? テンメイなら世界の覇者にでもなれるよ」

「ミロクみたいなこと言わないでよ。そんなのなれやしないし、なれたとしても面倒なだけ」

「そうなんだ。あなたのそういうところ、面白くて好きだよ」

「ありがと。僕も自分の自堕落なところはそんなに嫌いじゃないんだよね」

 

 

 ◆

 

 

 それから2日後、ミロクの社長就任が決まり、ゼノ・エナジー社とアロン・ケミカル社の提携も完了。

 ネビュラ・プライム・ハブで起こった事件は落着した。

 

 これでやっと遊べる!

 

 そう思ったけど……

 

 

『ごめん。仕事が多すぎてしばらく暇にはならなそう』

 

 

 というメッセージがシニカちゃんから送られてきた。

 まぁ、社長に就任してすぐにほとんど同等の企業との提携が決まったんだし、色々と社長じゃなきゃできない業務がかさんでいるんだろう。

 

 あのミロクですらちょっと忙しそうだった。

 

 でもそうなると僕は暇だな。

 どうしよっかなぁ……

 

 そんなことを考えていると、端末にもう一通の連絡が来る。

 珍しい。彼女が傭兵団のアカウントではなく僕の私的端末にメッセージを送ってくるなんて。

 

 

『タナカさま、いくつかお知らせしたいことがございますのでマーセルまでご足労いただいてもよろしいでしょうか?』

 

 

 それが傭兵支援機構統括管理AIメルからメッセージの内容だ。

 簡素だけど、かなり面倒くさそうな含みを感じる。

 

 行きたくないけど、一応傭兵だし……ていうか団長だし……

 

 行くか……

 

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