「ふぅ、やっと静かになった」
仮想空間にログインした僕が吐いたのは独り言のつもりだったが、その呟きには返答があった。
「現実世界でなにか困りごとでも?」
そう言いながらマーセルのプライベートルームの中に白髪の半機械の外見を持つ少女は突如として現れた。
「久しぶりだね、メル。別にちょっとストーカーの被害にあってるだけだよ」
「ご健勝でなによりです。タナカさま」
僕の言葉を冗談だと判断したのか、メルは薄く笑って一礼した。
「それで、要件って?」
「まずは傭兵団『海賊狩り』のSランク昇格が確定いたしました」
「え? なんかしたっけ?」
「タナカさまは忙しくされていたようなので、センリさまとミロクさまに急遽依頼を発注させていただきました。内容はゼノ・エナジー社の令嬢の護衛です。今回の一件とも合わせて評価を更新させていただきました」
あぁ……だからセンリちゃんとミロクは僕とシニカちゃんが監禁されてた倉庫に来てくれたのか。
「勝手なことをしてるんだね」
「お怒りでしょうか?」
「いいや、2人が自分の意志で受けたなら問題はないよ。話はそれで終わり?」
「いえ、もう1つ。『海賊狩り』に追加で依頼があります」
「へぇ、どんなの?」
改めてといった様子で、彼女は話始める。
「傭兵支援機構最終クエスト【宇宙怪獣ヴォイド・ドラグーンの討伐】を、お引き受けいただけませんか?」
「無理。話は終わりだね」
それはSランクだった時に、メルから何度もしつこく打診された依頼だ。
1度だけ現地に赴き、その相手を観測したことがあるけれど、僕はその討伐を不可能だと判断した。
いや、『ヴォイド・ドラグーン』という宇宙怪獣そのものを倒すことができないという意味じゃない。
ただ、ヴォイド・ドラグーンの生息地には特殊な結界が存在している。
僕はそれを突破する手段を持っていない。
だから、実質的にその宇宙怪獣の討伐は不可能だ。
「無理ではないはずです。今のあなたなら……」
「僕今機嫌良いんだよ。なのにまだその話を続けるつもり?」
「ヴォイド・ドラグーンの結界には通過条件があります。それは〝パイロット1名を搭乗させたTW〟であるということ。つまり、センリ・ゴールドバーグなら突破できる。彼女が内部から結界を破壊することができれば……」
「黙ってよ、って言ってるんだけど? わかんない?」
僕がそう言うと、メルはやっと口を噤んだ。
「悪いけど、その依頼は断るよ」
「……それは、何故ですか?」
そんなことわかり切ってるはずなのに、わざわざ聞くのか。
相変わらず、メルはなにを考えているのか掴みどころがない。
「だって……」
そもそもあの結界、あの封印は僕が見た限り永続する。
わざわざそんな厄災を解放する必要がない。
それに、なによりも……
◆
「センリちゃんじゃ、アレには勝てないよ」
そう言い残し、タナカさんは仮想空間からログアウトしていった。
もうメルさんと話すことはないという意志表示だろう。
それを見たメルさんは、小さくため息を吐いて部屋から消える。
その姿はモニターを通して今の会話の聞いていた、私の前に現れる。
「ということだそうです。センリさま」
Sランクへ昇格したことによって、私たちが受けられる依頼の種類は大きく増えた。
そして私は、傭兵支援機構が誕生した目的ですらあろう『最終クエスト』に関する情報を得た。
最初の宇宙怪獣にして、【黒き終焉の竜】。
それは『戦』と『病』に並ぶ人類進歩の第三の壁。
その目的は宇宙に進出しようとする存在の根絶。
それが【ヴォイド・ドラグーン】と呼称される黒い龍型の宇宙怪獣の概要だ。
地球から5億8800万kmから9億6800万kmの場所に生息……いや、封印されている。
人類は未だ、その宇宙怪獣を克服できてはいない。ただ、結界に閉じ込めて時間稼ぎをしているだけだ。
「私では勝てない。タナカさんがそう判断なさるのであれば、そうなのでしょう」
タナカさんより先にメルさんに呼び出されていた私は、ヴォイド・ドラグーンの討伐に関する詳細な情報をメルさんから聞いた後、彼女にこの場を用意された。
「私を焚きつけ、タナカさんにその依頼へ挑戦させることがあなたの目的ですか?」
「はい。その通りです」
その瞳には一切の迷いなく、彼女は頷く。
「ですが、タナカさまが仰っていたようにあの結界内に侵入できるのはTWとその搭乗員1名のみです。今までSランクへ到達した数多の英雄がソレに挑み、そして死に絶えていきました」
「英雄……」
「あなたと同じ天才的なTWのパイロットたちです」
「それに私を挑ませるということは、私の力がそれ以上であるとあなたは思っているということですか?」
私にはアーティファクトがある。
それを使用すれば、たしかに通常のTWに敗北する可能性は極めて低いだろう。
それを使用して宇宙怪獣を討伐する……それがメルさんの計画?
「いいえ。あなたの能力はアーティファクトを含めても、今まで挑戦していった英雄に比べれば『30点』といったところでしょう。勝率は限りなくゼロに等しい」
「そうですか……」
「ですが、あなたの場合は過去の英雄とは目的が異なります」
結局、そういうことだ……
私という存在は、この傭兵団にとって……メルさんにとって……
「あなたは結界を解除するだけでいい。その後、件の宇宙怪獣はタナカ・テンメイが撃滅する」
荷物。雑用。足手纏い。庇護対象。
メルさんにとって私は結局、最強の傭兵をその依頼へ向かわせるための餌でしかない。
そう理解すると同時に頭に熱が昇っていく。
この感情は理不尽を目撃した時と似ている。
これはきっと……【怒り】と呼ばれる感情だ。
「あなたは人ではないはずなのに、本当に人の心の動作を理解している。私がこう感じ、こう考え、この後どう行動するのか、そのすべてをあなたは最初からわかっていたのですね」
「……」
忘れていたわけですらない。
ただ、再三に渡って自覚させられ続けていただけだ。
私は弱い。
――だから、私はもっと強くなりたい。
タナカさんに頼れると思わせられるくらい。
違う。もっとだ。
――タナカさんが私を頼りたいと思ってくれるくらい。
「メルさん、私はあなたの思惑に乗りましょう」
そこには喜びも悲観も感じられず、彼女はただ、私をジッと見つめているのみだった。
◆
トラセウムに来てから1カ月が経った。
ニノミヤさんから用意してもらった期間は終わったけれど、僕らは今このネビュラ・プライム・ハブを中心に傭兵業をしている。
ニノミヤさんはそれ以降の滞在費も払ってくれようとしたけど、さすがに悪いから断った。
ミロクがメガ・コーポの社長に就任したわけだが、それは定期的な同機さえすれば離れていて問題なく行える。
ここを拠点にした理由は単純にビクトリアより物が揃っていることと、センリちゃんがここを気に入ったからだ。
センリちゃんは連日ゼノ・エナジー社に向かっているらしい。
なんか、TWの設計について一から見直すのだとか。
センリちゃんは本当に真面目だね。
シニカちゃんもセンリちゃん用のTWを造るのに協力してるとかで、最近は全然遊んでない。
「暇だなぁ」
『だったら私に霊能力を見せてくれ、教えてくれ! 頼む!』
この霊はこの霊でずっと僕に憑いていてうるさいし……
「君シニカちゃんに憑いてたんじゃないの? 帰んなくていいの?」
『どうでもいいわそんな娘。きっと向こうも今はそう思っている。ならば私は私の欲求に従うのみなのだよ。君を教えてくれ、タナカ・テンメイ』
と、おじさんが僕に嘯いてくる。
まったく嬉しくない。
そもそも霊だし、多分千年くらい前の霊だし、おじさんだし、なにより彼は僕じゃなく僕の力だけを凝視している。
「ゼノだったっけ? シニカちゃんに聞いたけど、遠い昔の天才発明家なんでしょ? でも死後に研究なんてして意味あるの? 誰に届くわけでもないし、人類が進歩するわけでもないじゃん」
『人間とはすべからく自分のために生きている、生きるべきだ。故に私も私のためだけに生きているにすぎん』
「もう死んでるんだって」
『意識がある。それだけで私にとっては十分な生存だ』
「……あっそ。でも、そもそも僕だって僕の力についてなんてほとんど知らないんだよ。それを教えてくれって言われても困っちゃうよ」
調べたい、なんて思ったこともない。
僕にとってはそれは最初からそこにあるものだし、願ったわけでも幸福に寄与してくれているわけでもない現象だ。
それについて詳しく理解するよりも、美味しいスイーツを食べに行った方が満足度は高い。
『そうか知らぬか……ならば調べよう』
「だからどうやって?」
『今の私にできるのは対話のみだ。君に質問するから答えて欲しい』
「まぁ、それくらいならいいけど……1日1時間までね。それ以外は静かにしてくれるなら答えてあげる」
『よかろう。残りの23時間は思考に充てるとしよう』
それが科学者の生き方なんだ。
自分の興味のためなら子孫の繁栄も他人への配慮も無視する。
知りたい、理解したい。そして造りたい。
その想いだけで死んでも行動し続ける。
共感はしないけど、まぁ、多少の尊敬はできるかな。