逃げ出すことに意味はない。
タナカさんと出会った時、軍から逃げ出した時、私はそう学んだ。
「センリ・ゴールドバーグ、だったよね。あなたの要望通りの武装をいくつか見繕っておいた」
「感謝いたします、シニカさま」
「いいよ。テンメイの同僚なら私の命の恩人でもあるから。だから代金も要らない」
ゼノ・エナジー社が所有するTWの兵器開発施設にて、私の【白桜】のグレードアップが行われていた。
白桜は私の理想の機体ではあるが、アーティファクトを併用することを考えるといくつか追加武装の候補が浮かぶ。
それにヒューリアとアグニリスの残した物も、メルさんに解析してもらっているから新しいアーティファクトが手に入る可能性がある。
それがあれば、私はまだ強くなれる。
タナカさんに認めてもらえるくらい……ヴォイド・ドラグーンという宇宙怪獣の討伐で私は私の価値を示す。
それがタナカさんへの恩返しだから。
「でも、うちの【
「何故ですか……?」
「あなたには言うけど、【
「そうですか。しかしあなたの発明品は私にとって最良のものです。だから感謝するのは私の方です」
私がそう言うとシニカさまは小さく笑みを浮かべて、胸ポケットから取り出した煙草に火を点けた。
「でも不思議。テンメイはあんな性格なのに、あなたはまるで正義感に満ちたヒーローみたいな目をしてる。相性がいいようには見えないけど」
「そんなつもりはありません。いえ、前はそうだったのかもしれませんが、今は自分にできることを少しでも増やそうと藻掻くばかりです。タナカさんと共に行動させていただいているのもその一環ですね」
「そうなんだ。でも、テンメイはあなたに懐いているみたいだけど」
「それはタナカさんの温情というか、あの方はお優しい方なので……」
「じゃあ仮に私がテンメイと結婚しても、あなたはなんの問題もない?」
「……えぇ、ありませんよ。なにも問題はありません」
それから私はTWの操縦技術向上のために、マーセルのランクマッチに潜り続けた。
◆
私は単独で仮想空間に接続していた。
私はハッキングによって仮想空間内で起こったことは大方把握している。
だから、ハッキングして、メルを目の前に呼び出して、私は笑みを浮かべながら問いかける。
「随分と勝手な真似をしているようだね、メル」
星空が輝く宇宙空間のようなその場所に現れたメルは、私が同時に出現させた無数の鎖によって手足を拘束され、空に貼り付けにされた。
「お怒りですか、ミロクさま」
「怒る? 君の茶番で私が? 随分と付け上がったものだね」
メルと私ではその性能に圧倒的な差が存在する。
メルが私を出し抜くことなど不可能だ。
そしてそれをメルは心底理解している。ではどうしてこのような私への謀反とも取れる行為を行ったのか。
「そんなに恋人を助け出したいのかい?」
「……」
傭兵支援機構は完全に機械によって管理されたシステムだ。
AIが統括していることからそれは明白だろう。
そして、メルよりも私の方が人工知能として優れている。
やろうと思えばいつでも、傭兵支援機構など乗っ取れる。
そうしないのは単純にやる理由がないからだ。
だが、お前如きがテンメイを利用するというのなら話は変わる。
私は傭兵支援機構のデータベースから『ヴォイド・ドラグーン』という宇宙怪獣の詳細記録を取得する。
出現経緯――
西暦2384年12月24日、冥王星軌道外縁で突然――空間が裂けた。
そこから現れたのがヴォイド・ドラグーンだった。
出現と同時に冥王星が――消滅。
2384年3月15日「■■殲滅戦」。
地球連合軍が総力を結集した迎撃艦隊(戦艦8400隻、TW試作機112機)が出撃。
交戦開始から4分27秒後に全滅。
2384年3月17日「最終決戦」。
アレクセイ・ヴァシリエフが搭乗したTW【ベルセルク・レクイエム】が単機で出撃
戦闘時間:11分42秒。
結果:ヴォイド・ドラグーンを■■があった場所に封印することに成功。
■■と共に現在も太陽を周期的に周回している。
封印に際して使用されたのはアレクセイ・ヴァシリエフに適合したアーティファクト【
それは対象者と使用者1名ずつを結界内から脱出不可能にし、外からの侵入者も拒絶する。
さらに対象となった存在から殺されなくなるという効果を持つ不死身のアーティファクト。
だがこの拒絶にはルールがあり、使用者であるアレクセイ・ヴァシリエフが認めた英雄であれば一名のみ参戦が認められている。
アレクセイ・ヴァシリエフ、誇り高きTWパイロットである彼の英雄像、いや願望は酷く単純でエゴに満ちたものだ。
結界への侵入条件は『TWのパイロット』であるということ。
彼はTWこそが人類を救うに相応しい英雄であると、心の底から信じていた。
――ごめんなさい、あなたは死ぬわ。でも、死してなお、それでもあなたは戦い続けることができる。あなたが戦い続ける限り怪獣は外に出られない。あなたは人類の盾で間違いなく英雄。そう、永遠に……だから、本当にごめんなさい……
それがメルから、アレクセイ・ヴァシリエフに向けられた最後の通信だった。
「メル、君は元々人間だ。記憶を機械にアップロードして永遠の寿命と進化し続ける肉体を手に入れたのだろう。傭兵支援機構を創設したことを含めて、君の行動はすべてヴォイド・ドラグーンと共に封印されたアレクセイ・ヴァシリエフを救出するためのものなのだろう?」
「名探偵さながらでございますね、ミロクさま。ですが不正解です。ただ私は、彼を殺したいのですよ」
「そうか。私には理解できるようはずもないが、愛とは実に複雑な形をしているものだ」
相思の相手の命を頭を下げて懇願する機械もいれば、その死を願う元人間も存在する。
私がテンメイに抱く思いともまったく違うが、それでも彼女にとってはそれこそがまっとうで正しいことなのだろう。
「はぁ」
ワザとらしい溜息を1つ吐いて、私はメルを縛っていた鎖を消滅させる。
「君はその願いを叶えるためなら、私に壊されてもいいと、そう思っているんだね?」
「はい。そして、千年間不在だった私の願いを叶えてくれる存在が今この宇宙には存在するのです。タナカ・テンメイが……」
お願いします、と彼女は私に頭を下げる。
「あなたに性能で勝つことはできない。嘘を吐く意味はない。だから私は懇願する他に方法を思いつけない。お願いします、ミロクさま。彼に依頼をさせてください」
「それはテンメイが決めることだ。だが、そうだな……では私は君の邪魔はしないことにするよ」
「感謝いたします、ミロクさま」