宇宙怪獣『ヴォイド・ドラグーン』が封印された結界の間際に私たちの宇宙船は停泊している。
ハッチが開き、白桜に搭乗した私は出撃する。
『無理しなくていいからねセンリちゃん。ヤバかったらちゃんと逃げてね』
『センリ・ゴールドバーグ、テンメイを巻き込んだんだ、自分の仕事くらいはキッチリ熟してくれたまえ』
『センリさま……タナカさまを説得していただいたこと、そしてあなた自身が先陣を切っていただけること、本当に、本当に感謝いたします』
タナカさん、ミロクさん、メルさんから三者三様の
タナカさんと出会ったころの私は、弱者のために、他人のために生きることこそが正義であると信じていた。
でも、実際は違う。
正義なんてものはこの世のどこを探しても存在しない。
私が正義だと信じていたものは、それはつまるところ私の『願望』でしかなかった。
そう生きたい。そう在りたい。
私はただ、私が満足したかっただけだ。
でも、それを自覚したからといって、それでも私の行動原理に変化はない。
それが願望でも、エゴでも、押し売りでも、なんでもいい。
私の人生は私を満足させるためにあると、タナカさんからそう学んだ。
だから私は私のやりたいことをする。
タナカさんやミロクさんを巻き込んだとしても、我儘を押し付けたとしても……それでも私は、メルさんの依頼を達成したい。
「TW【白桜】――出撃します」
闇夜の中、私はその宙域へ向けてブースターを吹かす。
アーティファクト【
情報通りだ。これはTWとそのパイロットに関してはまったく意味を持たない結界。
私がここへやって来た目的はこの結界を形成している人物の――『アレクセイ・ヴァシリエフの殺害』であり、それはすなわち彼が搭乗するTW『ベルセルク・レクイエムの破壊』である。
結界を通り抜けてすぐに、音声通信の申請が届く。
私はそれを受理する。相手はその宙域に存在する唯一の人間。
『こちらは地球連合軍所属アレクセイ・ヴァシリエフ少佐である』
本当にいた。いや、疑っていたわけじゃない。
メルさんもタナカさんもこの人の名前を口に出し、その存在の異常性を語っていた。
千年間、宇宙怪獣と戦い続けている人類の英雄の名だ。
「私は傭兵をしております。センリ・ゴールドバーグと申します」
『傭兵……まぁいい。協力を要請したい。あの宇宙怪獣を打倒するために……』
周囲を見渡せば、その辺りには大量の金属が浮遊している。
その塊をよく見れば、それがTWの残骸であることは明らかだった。
何度も彼はそう言って来たのだろう。
ここへ迷い込んだTWに協力を要請し、共に戦い、されど黒い龍は仕留めるにあたわず……未だ人類が罹患した呪いは解けていない。
「それは不可能です。少なくとも現在の私が有する戦力ではかの宇宙怪獣を討伐することはできないと想定されます」
タナカさんもメルさんもその見解は一致していた。
そして、この空間に入って私も一瞬でそれを理解した。
金属の破片が浮遊するだけの宙域。結界によって外の星空すら見えることはない。
だが、身体の内側にいくつもの煌めく光を持った極太のホースのようなそれが流動的に動く様はまるで自身が宇宙そのものであるとでも言いたげな姿に見えた。
推定全長2km。和風の龍の形状を持ちながら、その肉体は銀河のような模様を持っている。
黒の中にいくつもの星のごとき光を宿した龍……『黒き終焉の竜』『星喰いの零号』『争いと病いの次の絶望』『
今まで見たどんな宇宙怪獣とも違う。圧倒的で絶対的な存在だ。
でもこの人、思ったより会話が通じそうだ。
これなら普通に説得して結界を解除してもらえるかもしれない。
「ですが、私たちにはTWとは違う方法でアレを倒す作戦があります。なのでどうか、この結界を解除していただけませんか?」
『おかしなことを言うな。この世界にTW以上の力は存在しない。TWこそが人類を救える唯一の兵器だ』
「何故、そこまで……」
『そうでなければならない、そうでなければ私は……俺は、どうしてこんなところに、ずっと……俺は、俺はぁぁぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――』
支離滅裂な絶叫が通信に乗って数秒間響く。
千年という常軌を逸した時間。人間の記憶容量など二百年かそこらで、アンチエイジングなしの肉体なんて百年も持てばいい方だ。
なのに、アーティファクトによって強制的に生かされ、不死身の肉体を持って戦わされ続けていた。
『はぁ、はぁ……俺はTW以上の力など認めない。あるはずがない!』
「どうしてTWに拘るのですか?」
『拘ってなどいない。ただ事実を述べているだけだ』
「千年封印されていたあなたが今の事実を知れると?」
『あぁそうだ。俺は英雄になるためにここにいる。俺がならなければいけないんだ。そのためにここでこうして待っている。俺の横で戦えるもう一人の英雄を』
「そうですか……では、私はあなたを撃破いたします」
『……くだらない女だった。次を待つとしよう』
その通信と共に、TWの残骸の中からそれは現れる。
塗装のない灰色の装甲。歴戦を思わせる多くの擦り傷と汚れ。
白桜よりは少し大きい体躯。
だが、その最大の特徴は人間でいう肩甲骨の辺りから伸びた翼のような武装だ。
動物のソレとは違い、その翼は剥き出しの叉骨のような見た目をしていて、叉骨から垂れ下がるように左右に3つずつ黒い箱のような機構かが搭載されている。
『特殊機構【
箱が開く。
その中に収められていたのはTWで、それらは棺が開封されると同時に瞳のカメラから光を放った。
「特殊機構……? それは千年前の機体ではないのですか?」
そんな旧世代のTWに特殊機構なんて搭載できるゆとりがあるとは思えないけれど……
『この結界には何千何万もの
そうか、この男は、メルさんや帝国の皇帝と同じ……永遠の時を生きた超越者。
そして、そのすべてを宇宙怪獣の討伐という一点に捧げた異常者。
「……研究と開発の時間はあったと……たしかに、この場所は思ったよりも静かです。ずっと戦い続けているのかと思っていました」
『君の気が変わることを願って一応教えておこう。ヴォイド・ドラグーンには冬眠のような習性があってね、どちらかと言えば戦闘を行っていない時間の方が多いのだ。こちらにもあちらにも相手を殺す方法がないのだから戦うだけ時間の無駄だと、向こうも理解しているのだろう』
「なるほど……では、あなたと戦うのに邪魔が入ることはなさそうですね」
『あぁ、その通りだよ。だから君を殺すか追い出して、次の英雄を待つとしよう』
灰色の機体……ベルセルク・レクイエムの翼の棺より現れた6機のTWが私を囲むように展開する。
『紹介しよう。TW【レッド・ノヴァ】【ブルー・ライオット】【イエロー・デルタ】【グリーン・ロック】【ホワイト・ファング】【ブラック・ナイト】だ。俺は子供のころ戦隊物が好きでね、軍人に志願したのもそれが理由だったような気がする……』
遥か昔を懐かしむようなその言葉に思う。
この人は……紛れもなく人間だ。
少なくとも彼の中で彼の行いは正義で、彼がいたからこの宇宙のすべての人が護られていたのは紛れもない事実だ。
けれど、私の仕事は彼を殺害すること……
アーティファクト【
私なら彼を殺せるということだ。
だが彼は……
紛れもなく、絶対的に、完全に……彼は、アレクセイ・ヴァシリエフは『正義』であり『英雄』であり……人類の守護者だった。
それを殺す。敬意もなく、勇気を踏み躙り、狂人の如きに扱って……
無理だ。私にはそんなことはできない。
もう、この心に嘘は吐きたくない。
「戦闘を開始しましょう」
『あぁ、了解した』
「ですが私は、どうやらあなたを殺したくはないようです。なのでどうぞ、お好きなタイミングで降伏してください」
『まぁ……戦争法においては相手の降伏は認められ、捕虜となった者は人道的に扱われる。それは私も順守されるべき規律だと思っている……が、あまり俺をナメるなよ?』
「あなたのような英雄を相手に私如きが侮れる部分などありませんよ。こうやって会話をし、それは確信いたしました。その上で貴殿の投降を要請しているのです」
『なるほど……どうやら私は勘違いをしていたようだ』
「……?」
『傭兵と言っていたが、どうやら貴公の志は私とそう遠くはないところにあるらしい。なれば私は全霊を持って、君に私の志を伝える必要が生じるだろう。今一度我が志を示し、君に願うとしよう……俺の手を取ってくれと』
互いに相手を降伏させることを目的とした一騎打ちか……
数多の宇宙海賊を見て来たからか、なんて生温いのだと、そう思った。
しかし、相手は騎士なのだ。
これこそが、騎士と騎士の決闘の形なのだろう。
愉悦を志す蛮族とは違う。誇りを懸けた決闘。私はそこに心地よさすら感じている。
この人は私の理想の体現者だ。
軍から逃げた私とは真逆。その中で正義を貫き、結果としてここにいる。
己のすべてを犠牲にし、万民を護り続ける英雄の姿。
ならば、私などはこの人にとっくの昔に負けている。
でもそんなのは、今までずっとそうだった。
負けて、負け続けて、不要だと、不必要だと、無意味だと……どこまでもそれを自覚する人生だった。
名誉とか、地位とか、志とか、尊敬とか……そういうことじゃない。
ただ、私は私の生涯に満足したいから戦うだけ。
「抜刀」