宇宙海賊狩りのタナカ   作:水色の山葵

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第52話『終焉の竜』

 

 一見すればいつもと同じ宇宙の景色にしか見えない。

 

 けれど、その星空はこの辺りから見える星座とはまるで異なる景色を描いている。

 それに、僕は今、自転している星の上に立っているわけでもないのにその景色は動いているように見える。

 

「僕の声は聴こえているのかな?」

 

 それに声があるのか、それに言葉があるのか、それに知性があるのか、なにもわかりはしないけれど、僕はとりあえず呼びかけてみた。

 

 すると、蠢く星空からそれは『人の声』を発した。

 

「よぉ、人間」

「喋れるんだ」

「そりゃな、人間とは文字通り頭の出来が違う。お前らが用いる言語の解読と模倣なんて、数単語聞けば十分だ」

「すごいね。国語の成績が2だった僕に少し分けて欲しいくらいだよ」

 

 言葉を理解できるとしてもこの竜は千年ここにいたんだ。なのに普通に話せるんだな。

 閉じ込めた方の精神は壊れかけていたのに、この宇宙怪獣は当たり前のことみたいにそれを受け入れいている。千年なんて気にもならないくらい長い時を生きているということなのだろう。

 

「けど人間、お前らって面白いよな」

「なにが?」

「俺は宇宙に進出できるくらいの文明に進化した種族を狩り取るのが趣味なんだがよ、お前らは俺が食ってきた連中とは少し違った」

「へぇ」

「俺を前にして、絶望して、勝てないと悟ったクセに『封印』なんて真似をした」

「昔の人にとってはそれが合理的だったんじゃないの?」

「なに言ってんだ。俺が復活すれば滅びる連中だぜ? 何千年、何万年経とうが俺と同レベルになることなんざねぇのに、未来に滅亡しかねぇってわかってるクセに延命なんてしてなんの意味があるんだよ?」

 

 周囲の景色が高速で蠢き始める。

 

 黒龍とはよく言ったものだ。

 この宇宙の景色そのものがこの宇宙怪獣の身体そのもの。

 外から観測している時にミロクが測定した限り、こいつの推定全長は200km以上……

 

 アーティファクト【彼方の戦場結界(ヴァルハラ・レギオン)】の結界に張り付くように身体を丸めていたそれは、解き放たれたかのように『竜』と形容するべき姿を取った。

 

 そして、全身宇宙模様のその巨大生物の蒼く燃える鬼ような大きな顔面が僕の前に晒される。

 

「今から俺は人間という種族を根絶させる」

「なんで、そんなことするの?」

「なんでってそりゃ、退屈だからに決まってるだろ。暇で暇でたまらないから、遊びたいんだ」

「あぁ、君ってそういうタイプ? たまにいるんだよ、戦いが好きだとか負かすのが楽しいとか、相手の苦しみが嬉しいとか、そういう変な人が。僕にはまったく理解できない。だって、家で動画見たりゲームしてる方が楽しいに決まってるじゃん」

「お前、なに言ってんだ?」

「それは、君の最初の一言からずっと、お互い様だよ」

 

 僕は戦いを楽しいと思ったことなんてない。

 血のにおいや焦げた人のにおいは、ただ臭いだけだ。

 

 武人とか戦士とか英雄とか海賊とか、どうしてそんなものになりたいと望むのかまったく理解できない。

 傭兵だって、生きていくのにお金が必要だからやってるだけで、戦いに意味や好奇心を感じたことなんかない。

 

「戦いが楽しいって思えるのはきっと、君が〝苦戦〟ってヤツを知ってるからだよ。羨ましいね」

「話が合わんな。これなら、俺を封印したあの男やそれを打倒したあの女と戦った方が楽しめたかもしれん。まぁそれも、お前を殺した先で戦えば済むことか」

「かもね。でも、君がアレクセイ・ヴァシリエフと再戦することはもうないし、センリちゃんと戦うこともこの先の未来には存在しない。始めようか、早く終わらせたいからさ」

 

 僕は腰のホルスターから式符を取り出す。

 

 最初から最大火力で行こう。

 

「火炎の凶将・(うま)たる輪廻・南の星――名を【朱雀】」

 

 朱雀の完全顕現。すべての火力を集中させたその爆発範囲は10kmにも及び、中心点の温度は太陽を凌駕する。

 

 僕の後方に呼び出された不死鳥は、大翼を扇ぎ竜へと向か――

 

「ヴォオオオオオオオオオオ!」

 

 黒竜が吠えた。ただ吠えた、だけなのに……朱雀の炎でできた身体が爆散して消火した。

 面白いな。こんなことは初めてだ。

 

銭財(せんざい)の吉将・(とら)たる天蓋・北東の星――名を【青龍】」

 

 青い龍は、黒い竜へ極光の咆哮(ブレス)を放つ。

 

「ヴォオオオオオオオオオオ!」

 

 しかし、青龍もまた遠吠え一つで消し去られる。

 なんだろう、空間ごと潰されてるみたいな……

 

「じゃあ避けよう。病辣(びょうら)の凶将・(さる)たる羅刹・南西の星――名を【白虎】」

「ヴォオオオオオオオオオオ!」

 

 あの咆哮の能力は聞いた者を爆散させるわけじゃない。

 だって僕は無事だし、この声は宇宙船内にも届いているだろうけどミロクやセンリちゃんも無事だ。

 だったら、あの咆哮は座標を指定した攻撃ってことだ。

 

 白虎の加速力なら避けられる。

 

「グルァ!」

 

 青い雷光を纏ったまま白虎は【ヴォイド・ドラグーン】へ向けて突き進む。

 

「いいね」

 

 あの攻撃はたしかに驚異的な力だけど、白虎の速度ならあいつの反応速度を超越できる。

 

 雷光が顔面を穿つ。

 

「グル!?」

 

 しかし、稲光を纏うその爪はヤツの身体をすり抜けた。

 

「霊体って感じじゃないよね? その身体、どうなってるの?」

「俺の身体はとうに肉も骨も逸脱している。物質じゃない。エネルギーでもない。俺という存在は、この〝空間〟そのものだ」

 

 なるほどね、【天空】と似たタイプの姿を持たない存在ってわけだ。

 

「めんどくさいな」

「とれる手段が存在しないクセに面倒もなにもないだろ? やっぱりつまらねぇな」

 

 そう言った瞬間、僕の身体に大量の負荷がかかる。

 まるで超重力の星に降り立ったみたいだ。

 

「でも、【六合】の常在効果で僕は潰れない」

「結界の類か? しかし俺が捕らわれていたものに比べて随分と脆弱な代物だ」

 

 マジか……六合の常在結界が破れかかってる……

 

「調和の吉将・()たる中道・東の星――名を【六合】」

 

 まぁ、完全顕現で補強すれば問題はない。

 

「なるほど、それが全力か。じゃあこれで終わりみたいだな」

「お? おお? お、お、お、お?」

 

 やばい、折りたたまれる、潰される……

 すごい、すごいすごい……六合の完全顕現を破れるなんて……

 

「すごっ」

 

 ――プチッ、と音を立てて僕の身体は潰れ、血肉を凝縮したコトリバコに姿を変えた。

 

「つまらん……なんとつまらん世界だ……退屈だ。乾く。空く。次はどこだ?」

 

 一人、虚空の中で黒い竜はそう呟いた。

 

 

 ◆

 

 

「って感じで幕引きのようね。中々面白い相手みたい」

 

 真っ白な肌。まっ黒な髪と瞳。黒いセーラー服を身に纏った僕と同じくらいの背丈の彼女は、宇宙という人間には生存不可能な空間で微笑みながら僕に話しかけてくる。

 

「なるほどね」

 

 空間の圧縮。空間という不死身の肉体構造。そして六合すら容易に貫く出力。

 

「ありがとう【太陰(たいいん)】」

「君に呼ばれるのは久々だからね、役に立てたのなら嬉しいよ。もっと沢山呼んでくれたっていいんだよ?」

「でも、その代わりに毎回面倒な条件を出してくるじゃないか」

「妾みたいな美少女が添い寝することのどこが面倒な条件なのさ?」

「見た目の問題じゃないよ。特に君に関してはね」

「テンメイ? ――君さ、殺されたいの?」

「ごめんごめん、あらゆる幻覚を生み出す君の『本当の外見』について言ってるわけじゃないんだ。式神と添い寝するっていうのが、ちょっと面倒で寝難いって話」

「なんだなんだ、そういうことか! ごめんね、勘違いしちゃった!」

 

 僕の式神の一柱【太陰】は『嘘』を司る存在だ。

 その完全顕現は対象にあらゆる幻覚を見せつける。

 今、僕が見ている【太陰】の姿すらも彼女が造り出した幻だ。

 

「それでどうするの? あのドラゴン、妾が壊してあげてもいいよ?」

「君の力じゃ倒すのは難しいでしょ?」

「倒す必要なんてないよ。恐怖と絶望を刻み込んで、この宇宙に二度と近づかなくなるくらいまで追い詰めればいいじゃない?」

「それだとあいつが暴れて近くの星とか壊れちゃうかもしれないでしょ?」

「テンメイって、どうでもいいことを気にするようになったんだね? 君が仲間にしたっていうのあの娘の影響かな? やだなぁ、君が妾以外の誰かの手で変わるのは」

「でも、センリちゃんのお陰で僕は君のことも好きになれたよ」

「えっ……!?」

「また呼ぶね」

 

 僕の呟きと共に、太陰の姿は消えていく。

 

「僕らの話が終わるのを待っていてくれてありがとう。意外と空気の読めるドラゴンだったんだね?」

「なんで生きてるんだ?」

 

 今だ余裕の残る声色で……どころか面白そうなものを見つけた子供のような微笑の籠った声で、黒竜は僕に問いかけてくる。

 

「あれ、話聞いてたんじゃないの? 君が見ていたのは全部、嘘偽りの幻覚だったってことだよ」

 

 別に最初から僕が行ってもよかったけれど、相手は世界を滅ぼす力を持った竜王だ。敬意を払って太陰に様子を見てもらうことにした。

 

 そのお陰で『空間圧縮』の原理もなんとなくはわかった。

 そもそも僕がいるこの宙域はあいつの体内みたいなものなんだろう。

 ヴォイド・ドラグーンが幻影の僕に使っていた空間圧縮も、彼にとっては人間がお腹をへこませる程度のことってわけだ。

 

「幻覚? 俺の目は宇宙の目だ。世界そのものを誤認させるなどということが……」

「世界なんて誰が見るかで簡単に形が変わっちゃうのに、誤魔化せない方がおかしいでしょ」

「そうか……お前ならいい暇潰しになりそうだ……」

「君が戦いに暇潰しを求めるように、僕は人の生存に暇潰しを求めてるんだ。だからここから未来(さき)に君はもう必要ない」

 

 センリちゃんも、ミロクも……今まで出会った人たちがいたから僕は楽しかった。幸せだった。

 

 それを壊そうって言うならさ……

 

「僕って案外我儘なんだって、君のお陰で知れたよ」

「まるでもう勝ったような言い草だ。だか俺はまだ全力などまったく出していない」

「わかってるよ。でも君がこの宇宙で全力を出すことはない」

 

 この竜は人類を滅ぼすと言った。

 たしかに空間の圧縮や超大な寿命は脅威だが、それだけで宇宙に根付く人間という種族を絶滅させられるとは思えない。

 

「君ってさ、ここじゃない他の〝宇宙〟なんでしょ?」

「――あぁ、その通りだよ人間」

「意志を持った宇宙なんてあるんだね」

「自分の知ることだけが知識であると思い込むから、知性種という存在はくだらない。お前たちが住むこの宇宙にだって意志はあるさ」

「そうなんだね。だったら僕も自分の世界を主張するよ」

 

 自分という空間を圧縮して、この竜は他の……僕らの宇宙へやって来た。

 すでに中に入られている。だったらその圧縮を解放されたら僕らの宇宙はどうなるんだろう。

 宇宙と宇宙が混ざるのか。それとも対消滅でもするのか。わかんないな。科学は得意じゃないんだ。

 

 でも、やらせるわけにはいかないってことくらいはわかるよ。

 

「少し、場所を変えようか。霧氷(むひょう)の凶将・(いぬ)たる瑠璃・北西の星――名を【天空】」

 

 それは『時間のない世界』という式神。

 あいつが膨張してもこの宇宙に影響を与えないように、すべての運動が停止した別次元で戦うことにした。

 巨大な入り口を開き、頭からあいつを取り込む。

 

「抵抗、しようと思えばできるんじゃないの?」

「あぁ、だがそれじゃあおもしろくない。この空間、この式神とやらは俺を楽しませてくれそうな気がする」

 

 戦いを楽しいなんて思ったことは一度もない。だって……

 

「戦いなんてただの一方的ないじめじゃないか。そんなことしてなにが楽しいのかまったく理解できないよ」

 

 黒竜は僕の創り出した停止空間に身体のすべてを包まれた。

 

「さぁ、好きなだけ暴れていいよ。僕もそうするから。潔浄(けつじょう)の吉将・(とり)たる功徳・西の星――名を【太裳】」

 

 僕が祝詞を唱えれば、目の前にはいつもとはまるで違う衣冠を身に纏った黒髪のミロクが現れる。

 

「戦いで私を呼ぶなんて珍しい……というか初めてのことじゃないかい?」

「そうだっけ? でも僕一人だと少し疲れそうだから手伝ってよ」

「しょうがないな君は」

「多様な術を使うのだな。いや、それでこそ知性種、人間というものか」

「人の言葉を喋る蜥蜴なんて珍しい。でも残念なことに、君を標本にするのは難しそうだ」

 

 煽るようなミロクの口調と同時に、ミロクの身体が潰される。

 

「おや、怒らせてしまったかな? まぁ怒れる分、蜥蜴にしては上等な知能があるのではないかな? 会話もできない相手を一方的に殺す趣味もないからありがたいよ」

「何故……」

「何故? 一度やったのだろう? 幻覚だよ。すべては夢現の嘘なのだから、君がどれだけの力を持っていようが意味はない。ほら、頑張れ頑張れ」

「ミロク、言い過ぎだよ」

「どうせ殺す相手だろう?」

「それはわからないよ」

「……君はとことん甘い子だね。そんなのだからブラックコーヒーが飲めないんだよ」

「甘い方が美味しいんだから仕方ないじゃん」

 

 ミロクと僕は同時に式符を取り出して、一言一句違わぬ祝詞を謳いあげる。

 

「「(おそ)れの凶将・()たる灯籠(とうろう)・南東の星――名を【騰蛇(とうだ)】」」

「「火炎の凶将・(うま)たる輪廻(りんね)・南の星――名を【朱雀】」」

「「調和(ちょうわ)の吉将・()たる中道・東の星――名を【六合】」」

「「怒争(どそう)凶将(きょうしょう)(たつ)たる夜叉・南東の星――名を【勾陳(こうちん)】」」

「「銭財(せんざい)の吉将・(とら)たる天蓋(てんがい)・北東の星――名を【青龍】」」

「「福徳(ふくとく)の吉将・(うし)たる般若(はんにゃ)・北東の星――名を【貴人】」」

「「航海(こうかい)の吉将・()たる大悲(だいひ)・北西の星――名を【天后(てんこう)】」」

「「潔浄(けつじょう)の吉将・(とり)たる功徳(こうとく)・西の星――名を【太陰】」」

「「亡骸(なきがら)の凶将・()たる阿修羅(あしゅら)・北の星――名を【玄武】」」

「「病辣(びょうら)の凶将・(さる)たる羅刹(らせつ)・南西の星――名を【白虎】」」

「「霧氷(むひょう)の凶将・(いぬ)たる瑠璃(るり)・北西の星――名を【天空】」」

 

 僕を含めて13人。

 いや、「人」と数えるのはすこし無理があるかな。

 

「なんだ……なんなのだ……? 存在の質がどれもこれも俺と同等……?」

 

 召喚に際しミロクと共に霊力を込めたことによって、全員の能力が倍以上に向上している。

 

 

 【騰蛇】……常人には目視すらできない竜の霊体。それは魂へと干渉し、あらゆる生物の意識を奪い取る。刹那の通過でも意識を失い。もしも体内に滞在などされようものなら、精神は容易く崩壊を始めるだろう。

 

 【朱雀】……それは火炎というよりも爆炎だ。爆ぜたそれの全力は星すら壊し太陽にすら打ち勝つ。純粋たる熱の塊。宇宙というスケールすら破壊し尽く滅びの炎は、同時に不死身を体現する癒しの炎。

 

 【六合】……あらゆる暴虐を退け、許さず、この世の力のすべてを断絶するそれは、しかし護りを司るわけではない。その者が真に司るはその『領域』。かの式神に指定された空間は、それ以外からのあらゆる干渉を受け付けない。

 

 【勾陳】……霊を祓い、魔を断ち、不浄を許さない。魑魅魍魎はその黄金の怖れ慄き、上げた怯えと怨嗟は人々の希望となって武具へと宿る。魔、霊、怪、その黄金はこの世ならざるすべての天敵である。

 

 【青龍】……頭上より見下ろすその龍は、天地万物一切合切を見渡す唯一の存在。すべてを見通し、すべてを()り、故に森羅万象は常にその青い龍に利するように動き続ける。

 

 【貴人】……運命も命運もその騎士の前には塵芥となり下がる。あらゆる未来に存在する希望と絶望の一切は、未来を見通すその者からすれば過去に斬り捨てし残骸でしかない。であるのならば、その覇道に後悔の介在する余地はない。

 

 【天后】……美しく、尊く、高貴でもあるその女神の権能は〝最適〟。それは常なる最良であり、それすなわち最高の状態を維持するということ。その女神の愛以上の幸福なく、万物は皆一様にその癒しを求めて平伏していく。

 

 【太陰】……あらゆる嘘とあらゆる幻、あらゆる偽りを支配する。なれば現実とは彼女の手中にのみ存在する概念である。物質(じじつ)も、感情(うそ)も、酸いも甘いも食いつくし、最後には彼女の存在だけが謎となる。

 

 【玄武】……力とはつまりは質量。あらゆる強さを蹴散らして、最後に残るはその重さだけ。実在の最強へ至りしそれは、最早動く必要すらなくそこにあるだけでことごとくを引き付けるのだ。

 

 【白虎】……稲妻よりも速くに翔けて、光よりも多くを照らす。量の最強が玄武であるのならば速きの最強のその白にこそふさわしい。瞬くな、そうすれば足跡くらいは見えるかもしれない。

 

 【天空】……この世界の理に支配されることはない。尋常の世界とは感じる時が違うのだ。ここには過去も未来もありはしない。ここには前後も左右もありはしない。ここにはただ、無限だけが広がっている。どこにも行けない。ゆえにこそ、どこへでも行けるのだ。

 

 【太裳】……個の強さなどに意味はない。どれほどの最強が眠っていようが、それを従えしその者には勝らない。挑まれることも、挑むことすらできはしない。それはあらゆる最強を統治し、手札として揃え、意のままに操る、故に最恐の魔王である。

 

 

 式神……死した魂を式符へ封じ、僕の霊力を混ぜて創り上げた意志を持った力の奔流。

 全12柱の彼らは、言うなれば僕の力の分け身だ。そして、少なくとも今この瞬間にいたるまで彼らが本領を使ったところを僕は見たことがない。

 

 そんな相手は今までいなかった。だから目の前で起こる光景を見て思う。

 

「すごいね」

「あぁ、そうだね。人類滅亡、宇宙崩壊、そんなこと簡単に成し遂げてしまうような存在だ。我ら12柱の猛攻を受けながら未だに生存しているなんて奇跡的だよ」

 

 火炎を、雷鳴を、質量を、光を、あらゆる暴力を受けてまだその黒い竜はそこにいる。

 精神までも摩耗して、あらゆる嘘で目に映る物にすら信用を抱けず、未来も幸運もこちらに味方していて、破魔の武具で何度もその肉体を穿たれて、それでも尚……かの黒竜は生きている。

 

 メル曰く、戦と病に続く人類に訪れた3つ目の絶望。

 

 打倒することなど考えることすら馬鹿らしい人類悪。

 

 なるほど、メルにそう言わせるだけのことはある。

 

「とはいえ、あの邪竜の手札はそう多くはない。端的に言ってしまえば『圧縮』と『膨張』の2種類だけだ。空間を縮めて圧殺したり、空間を広げて攻撃を避けたりね。けどそれだけじゃ私たちには勝てないよ」

 

 時が止まっていなければ、もしもヴォイド・ドラグーンの行動が世界に干渉していたならば、この辺り一体の星は全部なくなっていただろう。

 それどころかあらゆる星が超新星爆発を起こして、宇宙全体を巻き込むような異常事態になっていたかもしれない。

 

 と、ミロクは捕捉してくれた。

 

 よくわからないけれど、ヤバいってことはわかった。

 

「それでも、限界は近そうだね」

 

 血はでない。肉も骨もない。ただその肉体を形成していた『宇宙』という空間が削り取られていく。

 

「ねぇ、相手は『空間』そのものなんでしょ? 自分の力ながら、式神(みんな)はどうやってそんなのにダメージを与えられてるの?」

「実際に空間を削っているわけではないよ。宇宙怪獣は君が使うものと同じ『霊力』によって生命を維持している。彼の肉体構造や技すらもそれが起点だ。だから私たちはヤツの『霊力』を削っているんだ」

「霊力に攻撃……?」

「騰蛇は元々相手の霊力に干渉して意識を刈り取っていたし、勾陳の破魔の武具は霊力そのものに干渉できる。それ以外の皆だって力の源は君の霊力で、それを炎や雷、重力に変換しているだけだ。ならば、彼らの力に霊力へ干渉する効果があるのは当然のことだよ」

「……なるほどね」

 

 まったくわかんないや。

 

「ミロクはさ、これが苦戦だと思う? 僕、感じたことないからわかんないんだ」

「いや、苦戦という程ではないね」

「そっか」

「けれど、どうしてそんなことを聞くんだい?」

「だってあの竜は退屈だから人を滅ぼそうとしてるんだよ? 退屈を紛らわしてくれる存在を戦いに求めてるってことでしょ? できればその気持ちをわかってあげたいんだ。センリちゃんが僕を受け入れてくれたみたいに」

「……相手は人類の敵だよ? この宇宙の敵だよ? それに君は情を抱いているというのかい?」

「ダメ?」

「君は人のことが好きで、それは護りたいってことじゃないのかい?」

「うーん。いや、もしみんな死んだとしてもさ、死後の世界でみんなで笑えるなら僕はそれでいいよ」

 

 好きとか、護りたいとか、よくわからない。

 

 ただ、知りたい。

 センリちゃんの言っていることを理解したい。

 この邪竜の言っていることを知ってみたい。

 

 僕はずっと【普通】って言葉の意味を知りたいって願ってるんだと思う。

 

 海賊も、怪獣も、傭兵も、超能力者も、サラリーマンも、医者も、社長も、AIも……色んな人たちがいた。

 でもみんな、僕の知らない『普通』を共有していた。

 

 それが羨ましくて、僕もその輪の中に入りたくて……だから……

 

「そうか。それじゃあこれからもちゃんと生きて、学んでいかなければいけないね。勉強は大人こそやらなければいけないことだから」

「でも僕、勉強嫌いだよ?」

「センリ・ゴールドバーグや私と話すのは?」

「それは好き」

「それだって勉強さ。君の言う普通を知る人間を君は見て話し、学んでいるんだから。重要なのはね、目に移り、耳に聞こえ、肌に感じるその情報にどれだけの意味を見出すかだよ」

 

 意味を見出す……か……

 難しそうだ。でも、なんとなくわかる。

 

 センリちゃんと出会って……

 いや、それ以前から、僕という命が生まれた時から僕は色んなことを感じて生きて来た。

 人の違いに怯えながら、他人の目に恐怖しながら、それでも僕は人と関わりたいと思っていて、今この瞬間に至るまでその想いは変わっていない。

 

 僕は、人生という時間を使って自分を学んでいるんだろうな。

 

「ねぇ」

 

 僕の言葉に応じるように、式神たちが攻撃の手を止める。

 道を開け、僕と彼の目が向き合う。

 

「君の名前はなんて言うの?」

 

 ヴォイド・ドラグーン……それは人が勝手に付けて呼んでいる名前だ。

 

「名か……そんなものがあっても呼ぶヤツなんかいないんだ。意味なんかないだろ」

「僕が呼ぶよ。だから教えてくれない?」

 

 空間を削られ続け、最初よりずっと小さくなった彼は……数メートルの顔を起して僕に告げる。

 

「俺はルア、昔の昔のずっと昔、俺はそう呼ばれていた」

「そっか。ルア、君さえよかったら僕の13番目の式神にならない?」

「……そうか、お前はなにも気が付いてはいないんだな」

「ん?」

「この空間を創り出している【天空】と言ったか、それとどこで出会ったのか覚えているか?」

 

 えっと、【天空】とはたしか……えっと、どこだっけ?

 

「憶えていないだろう。なにせ天空は最初からお前の中にいたのだからな。お前の力、霊力の源は【天空】という世界から流れ込んだ霊力だ。そうか、そういうことだったのか……」

「なに言ってんの?」

「俺はすでに時間という概念を超越している。多元宇宙というスケールでは時間軸すら尋常ではない動きをし、俺は数多の時間に複数存在する宇宙怪獣となっている。勝てないはずだ。圧縮の制約のない俺自身が相手なんだから……」

「天空が君自身?」

「あぁ、【天空】が未来の俺か過去の俺かはわからんが、何故そこにいるかはわかる。俺の願いを叶えるためだ」

 

 言われてみれば同じような空間を司る存在だ。

 時間を超えるか、まぁ天空は時を止めたりもするとセンリちゃんの刀は周囲の時間を遅くする。

 

 そんなことがあっても今更不思議とは思わない。

 それにこの竜がここに来て嘘を言っているとも思えない。

 勝敗はすでに付いている。

 

「願いってなに?」

「敗北と死だ。俺を殺せる存在などこの世界に存在しない。自殺もできない。そんな俺を憐れんだ別の俺がお前に俺を打倒する力を与えたのだろう」

 

 そっか、暇つぶしなんて言っていたけれど、本当はただ死にたかったってことか……

 

「謝罪はしない。俺は俺のためだけに生きた。その事実に、その気持ちに、嘘偽りはないからだ。お前の人生が狂ったことは俺のせいだが悪いとは思っていない。だから憎しみを込めて俺を殺せ」

「まぁそうだね。君が言っていることが本当なのか嘘なのか、僕にはどうでもいい。僕も僕の願いを叶えるために人生を歩くだけだよ」

「それでいい。お前が【天空】と呼ぶ式神は俺自身だ。だから、すでに俺はお前の式神であるのだから……俺を式神として迎える必要などない」

「でも一つ、君に言いたいことがある」

「なんだ?」

「ありがとう。君が君自身を打倒するために僕に力を与えたんだとしても、僕は僕の人生を今はもう呪っていない。ミロクやセンリちゃんと出会えて僕は幸せだった。だからありがとう、ルア」

「そうか……じゃあお前の名前聞いてもいいか?」

「そっか。まだ名乗っていなかったね。僕はタナカ・テンメイ、人間だよ」

 

 僕はすべての式神の力を合わせ、勾陳の力で武具化した白い剣を彼に向ける。

 

「いいんだね?」

「あぁ。感謝する。できれば天空(そいつ)を大切にしてやってくれ」

「当たり前じゃん。僕の式神は僕の家族だよ。さようなら、ルア」

「久しぶりだ……誰かに名前を呼んでもらうのは」

 

 そう言った彼の眉間に僕は剣を突き刺した。

 

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