邪龍という脅威が去り、僕が宇宙船に戻るとリビングに瓶に封入された『脳ミソ』が置かれてあった。
「グロっ! 怖っ! なにっ!?」
「お帰りなさいませ、タナカさん」
「センリちゃん、これなに!? めっちゃ怖いんだけど!」
「これは私が戦ったアレクセイ・ヴァシリエフさんの〝脳〟です」
本当に脳じゃん!
ていうかなんで脳!?
TWのパイロットしてたんじゃないの!?
「タナカさんのお顔を見れば疑問が湧いているのはわかりますので説明をさせていただくと、彼は千年という時の中で生物的な進化を遂げ、脳だけになってしまわれたのです」
「なってしまわれたのです……じゃないよ。これどうすんの?」
「どうしましょう?」
うわ、こんなに目が泳いでるセンリちゃん初めてだよ……
「ていうか生きてるんだよね?」
「はい。脳波は正常に稼働しています。それを受信するマイクも取り付けているのですが、喋られる気配はありません」
喋れるけど喋らない……ってことか……
「テンメイ、メルから連絡だ。対応してくれるかい?」
ミロクが紅茶を淹れながらそう言うと同時に、リビングのモニターにメルの姿が映し出される。
「お疲れさまでございました。タナカ・テンメイさま、あなたは正真正銘人類を救った英雄となりました」
「別に肩書に興味はないよ。これで依頼は終わりってことでいいんだよね?」
「はい。傭兵支援機構の悲願を成し遂げていただき、誠にありがとうございました」
もしかして傭兵支援機構って、アレを倒せる人間を探すための機関だったりしたんだろうか。
メルとセンリちゃんが戦ったアレクセイが知人ということからもその可能性は高そうだ。
「それで報酬なんだけどさ」
「はい。私のすべてをあなたに捧げましょう」
「そんなの要らないよ。けど一つだけ、傭兵支援機構をこのまま維持して欲しい。手に職がなくなっちゃうと少し困るから」
「かしこまりました。私は私の存続と傭兵支援機構の運営繁栄に尽力すると誓います」
「うん。で、彼はどうすればいいの? 一言も喋ってくれないみたいなんだけど」
そう言って僕は、机の上の脳ミソを指さす。
「その人は一人で戦い続けたのです。私などには想像しかできぬことではございますが、自分の身体を壊し、心を壊し、それでようやくかの邪龍を封じることができたのだと思います。人類を千年護った守護者を、英雄を、どうか眠らせてあげてください」
「殺せってこと?」
画面の向こうのメルは、悲しそうな顔をしながら頷いた。
「わかった」
「タナカさん!?」
「どうしたセンリちゃん? 大変な目に沢山会って来たんだ。壊れるくらい頑張ったんだ。休ませてあげるのが人情ってものじゃないの?」
センリちゃんを向き直ると、センリちゃんの目には不安そうな意志は微塵もなかった。
まるで僕がそう言うとわかっていたかのように。そして、どう返答するか決めていたような硬い意志を持った表情で……
「シアトさまのところに連れて行くのはどうでしょうか?」
シアト爺は、僕の顧客の一人。
この宇宙でおそらく唯一、特定の記憶を消す技術を持った医者だ。
「シアト爺に千年間の記憶を消してもらうってこと?」
「はい。そうすれば壊れた心も元に戻るのではないでしょうか?」
「だとしても、身体はそのままだよ?」
「現代のアンドロイド技術なら、脳さえ残っていれば身体を持つことは可能です。そうですよね、メルさん?」
「……可能か不可能かと問われれば『可能』です。ですが……」
「ミロクさんから聞きました。アレクセイさんはメルさんの恋人だったのですよね? 千年もの間彼を助ける方法を探していたのに、そんなに簡単に諦めて本当にいいんですか?」
数瞬の沈黙の間に、メルの表情は変わっていく。
辛くて、悲しくて、今にも泣きだしそうな、そんな顔へ。
「嫌です。死んで欲しくない……生きて欲しい……」
彼女がここまで人間のような顔をするところを僕は初めて見た。
魂を機械に捧げたメルの決心。殺害の依頼を出したメルの想い。
それは彼女だけのもので、僕なんかが想像するなんて烏滸がましいことだ。
だけど、本心からのその言葉をメルが出せて本当によかったと思う。
「だったら、生かす道を探しましょう。シアトさまに診てもらいましょう。私も一緒にお願いしますから」
「ありがとう……騙して、利用して、本当にごめんなさい……」
「謝る必要はありませんよ。でも次からはもっと普通にお願いしてください。私はあなたを助を請われて無視したりはしませんから」
そう言ってセンリちゃんが微笑むと、メルは何度も感謝と謝罪を繰り返し述べていた。
「センリちゃんはシアト爺のやり方には反対なのかと思ってたよ」
「シアトさまともそんな話をしたことがあります。結局私はあの方のやり方以上の救済の方法を見つけることはできなかったですけど」
「そんなことないよ。シアト爺がどれだけ頑張ってもアレクセイには勝てなかっただろうし、センリちゃんが彼とメルを救ったのは紛れもない事実だ」
そう言って僕は紅茶に口を付ける。
メルとの通信はすでに切れた。ミロクもオープンダイニングでなにか作業をしている。
こっちの声はミロクにも聞こえているだろうけど、会話に混ざってくる気はなさそうだ。
「シアト爺なら君がシアト爺以上の方法を見つけようとするのを喜ぶんじゃないかな。それに、まだ『見つけることはできなかった』は言い過ぎなんじゃない?」
「そうですね」
センリちゃんは僕に向き直って微笑む。
「タナカさん、私はあなたと出会えてよかった。あなたと出会えたから自分を知ることができた。無知で無謀で無遠慮で、そんな自分を変えたかったけどどう変わればいいかわからなくて、一度はすべて諦めようともしました。だけど、あなたが私と出会ってくれたから私は前を向けたのです。本当にありがとうございました」
「それは僕も同じだよ。センリちゃんと出会うことができたから僕は僕を知れた。式神のみんなを好きになったし、自分を不幸だとも思わなくなった。センリちゃんお陰だよ」
「タナカさん……私はあなたを尊敬しています。それと同時に愛している……ということがどういう意味なのかわからないので断言はできませんが、愛していないなんてことはないと思えるくらいにはあなたのことを慕っています」
「僕も好きだよ、センリちゃんのこと。一緒に旅をできて楽しいし、頼りになるし、ちゃんと僕と向き合ってくれる。センリちゃんがいたからセンリちゃん以外の人とも関わろうと思えた」
僕の旅はまだ続く。
センリちゃんはきっとそれに付き合ってくれる。
旅の目的は、自分の人生に納得するため、なんて曖昧なものだけれど、それがどれだけ重要なことなのか今の僕には少しはわかる。
「センリちゃん」
「なんですか?」
「僕、霊能力のこと隠すのやめるよ」
「え、いいんですか?」
「うん。この力も含めて僕は僕だから。僕はもうこの力を受け入れてもらえないことに恐怖はないんだ。多分、ミロクやセンリちゃんが一緒にいてくれるから。センリちゃん、僕を救ってくれてありがとう」
「そうですか……私はあなたの役に立てているのですね」
「うん。センリちゃんは僕の自慢の団員だよ」
センリちゃんはゆっくりと目を閉じた。
そしてまた、ゆっくりと目を開く。
「よかった。私は私の選んだ道を誇りに思います」
◆
それから僕らはシアト爺のところにアレクセイの脳を持って行った。
シアト爺の診察結果は数時間で出た。あまり大人数で聞きに行ってもあれだから、傭兵団を代表して僕と、機械の身体でやってきたメルにも同席してもらった。
「診察した結果、これはもう人間の脳ではないということがわかった。アーティファクトの影響で進化した人類の脳だ。基本構造は似ていても非なるもの。少なくとも今の儂の技術ではこの脳の記憶……しかも千年分の消去など不可能じゃ」
「そう……ですか……」
不可能……それが結論か……
メルが俯くと同時にその白い髪が床に付く。
「が、儂は不可能を可能にする方法を知っている」
「それってどういう意味?}
「研究させろという意味じゃ。人間とは違うが近しい部分は多い。ならばその機能を調べ、人間と同じ処置を施すことは可能かもしれぬ」
「頑張ればできるってこと?」
「可能性はある。ということだ」
「それって、全然いいでしょ」
「テンメイの頼みじゃし、旧友の頼みでもある。10年か20年か、時間はかかるだろうが、研究はしてやれる」
10年単位か、さすがに長……
「お願いします! アレクを救ってください!」
いや、千年待ったんだ。今更10年や20年、どうってことはないのかもしれない。
勢いよく椅子から立ち上がり頭を下げたメルに、シアト爺は小さく頷く。
「うむ、了解した」
そう言うと、シアト爺は奥の部屋に引っ込んで行く。
話は終わりってことなんだろう。
「じゃあ僕らもここで解散かな。メル、どこに降ろせばいい? 送っていくよ」
「タナカさま、今回は本当にありがとうございました」
「依頼を受けて完了して、報酬を貰った。ただそれだけのことだよ。何度もお礼を言われると少し照れくさいね」
メルは前に会った時よりずっと感情的に見える。
ヴォイド・ドラグーンを倒し、アレクセイを救い出し、肩の荷が下りたといったところだろうか。
「それにアレクセイがいたから僕らは今を生きている。もし彼がいなかったら僕らの祖先はずっと昔に滅びてたってことだからね。そのお礼にしては今回の依頼完了はいささか足りないくらいだよ」
アレクセイ自身がどう思っていたかは知らないけれど、少なくとも僕やセンリちゃんや今を生きるすべての人間にとって彼は英雄だ。
ヴォイド・ドラグーンは情報規制されているし、アレクセイやメルがどう思っているかわからないから彼の名前が広まることがあるかはわからないけど、人気があろうがなかろうが彼がヴォイド・ドラグーンを千年足止めするという偉業を成し遂げた英雄であることに変わりはない。
それに、彼は僕がこの世で壊せない唯一の
そういう意味では僕を超えた最強だった。
「誰も知らない事実だとしても、僕やセンリちゃんは彼が英雄だと知っている。だから元気になったら感謝を伝えるつもりだよ」
「そうですか、それではシアトさまには頑張っていただかなくてはいけませんね」
「まぁシアト爺は天才だったらしいし、待ってればうまくやってくれるんじゃない?」
「そうですね、彼は間違いなく天才でした。いえ、今もきっと天才です」
「そういや、2人は昔の知り合いなんだよね?」
シアト爺がセンリちゃんに渡したカードキーはメルが運営する会社に通じるものだったらしいし、さっきもシアト爺はメルを見て懐かしそうな顔をしていた。
「えぇ、遠い昔の仲間です。アレクセイを失った私を憂い、電脳となった私にこの身体を造ってくれた恩人です」
「そうなんだ。失恋で悲しんでる女の子に不死身の身体を渡すなんて、シアト爺は相変わらず鬼畜だね」
「それが彼なりの優しさなのだとわかっていますから」
「そうだね。シアト爺は顔が気持ち悪いだけで優しい人だよ」
「酷いですよ。タナカさま」
「悪口じゃないさ。褒めてるんだよ。シアト爺は不老になった代わりにずっとあの顔で生きてきた。表面で自分を見る人間なんて要らないっていう態度に僕は憧れるよ」
「あなたほどの人物がですか?」
キョトンと彼女は首をかしげる。
いったい、僕をなんだと思っているのだろう。
いや、そういう勘違いを生んでるのは僕の秘密主義のせいだよね。
「ねぇメル」
「はい」
「僕って実は、霊能力者なんだ」
「霊……能力者……ですか?」
「そう。幽霊が見える。触れる。祓える。あと式神とかも使える。ミロクも式神。他にも色々普通の人にはできないことができる。それが僕の強さの秘密。どう?」
「どう、というか何故それを今私に話したのですか?」
「メルとはわりと長い付き合いだからかな。友達、みたいなものでしょ?」
「友達……? 私はあなたを利用していただけです」
「それって一緒に仕事をするなら当然のことでしょ? 僕だってメルを利用してお金を稼いでるよ」
「しかし……私は自己利益のためにあなたを騙したり、誤解させたり、誘導したり、色々と仕掛けました。それでも、そんな私を友人と呼びますか?」
「呼ぶよ。僕にとってはその程度のことは友達が冗談を言っているのと大差はない。センリちゃんを巻き込んだのは少し嫌だったけど、それはセンリちゃんの意志を僕が尊重できなかったことに起因する僕の不足だから怒ってはない」
「……なんだか、変わられましたね」
「自分がどれだけ小っちゃい人間だったのか少しだけわかったんだ。それにミロクから勉強しなさいって怒られたからね。これからは、色んなことに興味を持って接してみようと思ってるだけだよ」
勿論、メルや他の今まで出会った人たち、これから出会う人に対しても。
「だからメル、これからは嘘を吐かなくても大丈夫。ちゃんと言ってくれればちゃんと考えるから」
「わかりました。今まで大変失礼をいたしました。これからは傭兵支援機構を運営する上で問題が発生した場合は、キチンと情報を整理してミロクさまかセンリさまにお送りさせていただきます」
「……なんで僕じゃないの?」
「書類を見て内容を理解できるのですか?」
…………
「センリちゃんやミロクに教えてもらうよ」
「それではお2人が大変でしょう。私がお教えいたしますよ」
「助かるよ。じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「はい。お世話になりました」
「僕の方こそ、これからもよろしくね」
◆
結果だけ述べればアレクセイは14年後に記憶処置手術を完了させた。
ヴォイド・ドラグーンと戦闘を開始する直前の記憶までしか持っていないアレクセイは、アンドロイドに脳を移植することで復活し、メルとほぼ同一の存在となった。
それ以降、アレクセイはメルと共に傭兵支援機構の運営を行う生涯を選択した。
ちなみに復縁したそうだ。どちらも生殖機能は残っていないからか、海賊に攫われていた身元不明の孤児などを支援する事業を始めたとか。
僕は三十を超えたけど、愛変わらずセンリちゃんやミロクと気ままな傭兵稼業を続けている。
変わったことと言えば、他の傭兵と共同依頼を熟すことが増えたこと。それと僕を指名してくる依頼人が増えたこと。
霊能力を使えるということを隠さなくなったせいで、『詐欺師』なんてネットに書き込まれることも増えたけど友達も増えたから別にいい。
それにしてもカムイが僕の力のことを知っていたのには驚いたな。
センリちゃんが色んな依頼を積極的に依頼を受けようとするから、傭兵支援機構内でのランキングも上がって今や第1位の傭兵団だ。
団員数3人しかいないのに過ぎた称号というか、それも僕が悪く言われる理由になってる気がする。
「ゼノ・エナジーのCMに出てるセンリちゃんも美人だね」
「やめてください。これはスタイリストさんがすごいんです」
ゼノ・エナジーのTWを使うセンリちゃんは広告塔として起用されていて、今やちょっとした有名人だ。
TWの腕は反射神経が大きく影響するから普通30代以降は下手になっていくものらしいけど、センリちゃんはまったくそんなことはなく今でも成長し続けている。
本人曰く、経験と予測で反射を上回れるらしい。
いざとなれば切り札と呼べる2つのアーティファクトもあるわけだし、実はもう宇宙一のTWパイロットになっているのかもしれない。
「センリちゃんがメイド服着てた時が懐かしいな。今度そういう趣旨のCM撮ってくれないかシニカちゃんに相談してみよ」
「絶対にやめてください。私もう30歳ですよ」
「えー、いいじゃん」
「嫌です。そんなに見たいなら今度着ますから」
「いいの?」
「まぁ大勢に見られるよりは、タナカさん1人に見られる方がマシですから」
「やった。チェキ撮ってもらお」
「……はぁ。それよりタナカさん、次の仕事を持ってきましたよ」
「えぇ、またぁ? 今週もう三つ目じゃん」
「傭兵として普通のペースです。私たちはランキング1位に座らせていただいている身、メルさんの顔に泥を塗らないように実績は常に作り続ける必要があります」
「変な建前覚えちゃって……それならもっと目立つ仕事にすればいいじゃん」
ホログラムの書類に目を通すが、辺境の海賊討伐やアーティファクトの捜索とかあんまり賞賛されるタイプの依頼じゃない。
これならどっかの慈善団体に寄付でもした方が人気取りになりそうだ。
「センリちゃんは昔から変わらないね」
「嫌ですか?」
「いいや、センリちゃんのそういうとこ好きだよ」
「タナカさん、そういうことを女性に簡単に言ってはいけませんよ」
「簡単じゃないって、すっごく考えて、しかも相手を選んで言ってる」
「なんかチャラくて嫌です」
「なんかってなに? 酷くない?」
「まぁ、こればかりは私もセンリ・ゴールドバーグに賛同するよ。最近のテンメイは人付き合いが増えた分、少々慣れ慣れしい部分が散見される」
「ミロクまで……一応僕団長なんですけど?」
「部下の意見にも耳を傾けるのも団長の度量だよ」
「その通りです」
「わかったよ。気を付けます」
これも学びってヤツか。
「あと……」
「うん?」
「私も、タナカさんのこと好きですよ」
「え……?」
「さ、次の依頼に生きましょう。選んでください」
そう言ってセンリちゃんは僕の顔にホログラムを押し当ててくる。
近すぎて文字が読めないんだけど……
まぁでも、なんか気分がいいから適当に選ぶか。
「じゃあこれ!」
「ふむ、悪くないんじゃないかい? 面白そうだ」
「そうですね。では、次の仕事は『アーティファクト【世界で一番面白い小説】の捜索』ということで、行きましょうか」