綾小路 in Cクラス 作:NIES
「──────お久しぶりです、綾小路くん。8年と、212日ぶりでしょうか」
突如放たれたそんな言葉に、オレは困惑していた。いきなりなんだ、コイツは。誰だ?そもそも面識はない。
「………何を言っている。オレたちは初対面のはずだ。そんな昔に会った覚えはないが。そもそもおまえは誰だ?」
そう問いかけると、彼女はくすくすと笑ってから、こちらを向く。その目には、形容しがたい感情が渦巻いているように見えた。
「これはこれは、申し遅れましたね。私はAクラス所属の坂柳有栖といいます。綾小路くんが初対面だと言うのも無理はありません。なにせ、私が一方的に知っているだけですから」
Aクラスの、坂柳。というと、つまり彼女こそが葛城と勢力を二分しているAクラスのリーダー格の片割れその人というわけか。
しかし、今の発言を聞いて増々意味が分からなくなった。なにせ、オレの場合
「一方的に? 冗談じゃない。坂柳、何が目的でそんな無意味な嘘を?」
オレが尋ねると、彼女のサファイアのような瞳が一瞬光る。その直後、オレは高育で過ごす三年間で少なくとも同学年の生徒の口から聞くことになるとは思ってもみなかった単語を聞くことになる。
「改めまして、こんにちは。─────────。」
目を見開くオレを他所に、坂柳はまるで今後が楽しみで仕方がないとでもいうような顔をしている。オレのそれとは対照的だろうな。
「どれだけ今日という日を待ち望んだことか。これでようやく、悲願を叶えられるというものです」
「悲願?」
「ええ。天才を作ることなど不可能であり、真の天才は生まれながらに決まっている。そう証明することです」
「はぁ。仕方ない、か。何を以って証明完了とする。付き合ってやるから答えろ」
「いいのですか?」
「今後も付きまとわられる方が正直言って迷惑だ。但し、結果が出たなら今後オレに関わないでくれないか」
「それなりの年数あなたを想い続けてきた乙女に酷いですね」
「一方的に知ってる状態でいきなり接触してきたそっちもかなりだからな」
「まあ、いいでしょう。では賭けませんか?」
「何を?」
「あなたが幼い頃やっていたチェスで勝負しましょう。あなたが勝てば、あなたの言うことを何でも聞いて差し上げます。但し、私が勝ったなら今後も暇潰しに付き合ってください」
「……分かった。その条件でやろう」
後日。白組として共に戦うことになった龍園と一之瀬による、互いに数名の護衛をつけた上での会談が、ケヤキモールのカラオケの一室で行われようとしていた。
「────よぉ、お早い到着だな」
「君より遅れるってのは嫌だからね」
「そうかい」
俺、龍園翔の挨拶にも、一之瀬は動じない。船上無人島共に叩き潰してやったが、余程効いたらしい。願ったりだな。
「それで、今日は呼び出して何の用かな?」
「そりゃ当然、体育祭の話さ。今までのことを水に流せとは言わねぇが、今だけは忘れようぜ?」
「当然、体育祭では協力したいよ、私たちだって。でも、それが簡単に決定できるわけないのは、今までの自分たちの行動から分かってるはずだよ」
一之瀬の言葉も、分からなくはない、というより当然だ。無人島試験では石崎を使ってリタイアとリーダー当てのマイナスを押し付け、グループ別では考える暇も与えず粉砕したからな。
「確かに騙したさ。だがな、俺は試験開始前に宣戦布告した筈だぜ。なのに、甘っちょろい善意を振り撒いたせいで負けた。敗因はお前だよ、一之瀬」
そう核心を突くと、一之瀬は苦虫を嚙み潰したような顔をする。一之瀬の腰掛けるソファの横に立つ神崎も、反論はしないらしい。
「まあ、そんなことはどうでもいい。提案がある」
「何、かな」
「俺のBとお前のC、
「──────え?」
一之瀬の、間の抜けた声が室内に響いた。横の神崎も、そして俺の後ろと入り口側に立つアルベルトと石崎も反応は似たようなものだが。
「聞こえなかったのか。参加表を─────」
「いや、そこは聞こえてる。ただ、何でそんなことを、って疑問。これは紅白対決であると同時にクラス対抗なんだよ?」
「んなこと百も千も承知の上で言ってんだ。どうせ何が目的で言ってんのかも理解してねぇだろうから言ってやるが、今回の勝負白組が圧倒的に不利なのは知ってるよな?」
「うん。二三年生のAクラスが圧倒的だからね。私たち一年生だけじゃ捲れない差があるのは知ってるよ」
「なら、俺たちは一位と二位をとってマイナスを可能な限り少なく終わらせるのが最適解だってのも分かるはずだ」
俺の言葉に、神崎は意図を察したらしい。が、一之瀬の方はまだ。学力と知力はイコールじゃないってのがよく分かるな。
「──────つまり俺が言いたいのは、俺たち白組同士で参加表を共有し合い、互いの優秀な生徒で潰し合いが起きないようにしないか? ってことだ」
「それはつまり、AとDの面子は分からないけど、せめて点を獲りやすいように私たちから速い人が出るなら、龍園くんのクラスからある程度速い人を。とか、龍園くんのクラスから速い人を出すならうちからはある程度の人を、ってこと?」
「まあ、本質は合ってるが少し違うな。厳密に、いや正直に言っちまえば今回の体育祭、俺は
──────
体育祭八日前。俺は揃った全クラスの参加表を見て、満足していた。俺と一之瀬白組で、上位を掻っ攫う。その為の準備は、全て終えた。あとは実行するだけだ。
DクラスとAクラスの出場者も考慮したうえで、俺と一之瀬で決定した布陣。互いに点を獲りつつ、最後にどちらが勝つのかは当人たち次第の大接戦。とはいえ、身体能力の高い生徒の多さから、ほぼ俺たちが勝つだろうが。
『勝てそうなのか?』
綾小路からきたチャットを見て、少しだけ笑う。心配するまでもねえっつーのに。まあ、社交辞令みたいなもんだろうがな。
『当たり前だ』
『そうか』
他クラスのを全て揃えてから細かな調整を行ったが、雑魚共には何の種目に出るかはかなり前に伝えてある。綾小路には、推薦参加は借り物競争だけに出てもらう。それだけなら文句も出なかったしな。出たらぶん殴ってたかもしれねぇ。
何にせよ、計画はもう終わりを迎えたと言っても過言じゃない。櫛田と、加えて坂柳には笑うしかねぇな。自分の為にクラスを裏切る背信者二人。抱えてる奴らが可哀想だぜ。
薄暗い自室に、俺の笑い声が木霊した。
これで遅れを取り返せた気がしなくもない