綾小路 in Cクラス 作:NIES
──────人生というのは、何か唐突に劇的な変化が起こるものだ。それは、小説やアニメの中だけの話ではない。
突然、自分を縛っていた環境がなくなったり、突然小鳥が檻の外に放り出されることだってある。突然友達ができたり、突然裏の関係を持つ相手ができたりもする。
それに、突然──────ずっと会っていなかった自分の親と、再会することだってある。
「──────久しぶりだな。
冬季休暇が始まる直前、オレは坂上によって呼び出された。今日は、冬も本格化してきた寒い日だ。外は上着を着なければ凍えてしまう。だが、オレは外に出たくなった。
オレを下の名前で呼ぶ者は、この学校にはいない。追加でいえば、人生でもオレを名前で呼ぶ者には少数しか出逢ってこなかった。ほとんどは、すぐに別れてしまったしな。
「ああ、久しぶりだな。その仏頂面を見るのも久しい気がする」
オレがそう返すと、目の前の男はふっと笑ったのか息を吐いたのか分からない反応を示す。しかし、オレに対してあまりいい感情を抱いていないのは確かだ。
「言うようになったな。ついこの前まで何も言わない機械のようだったのに」
「生憎と、周りに口が達者なヤツが多くてな。その影響だ」
「だから遠ざけていたんだ。──────
目の前の男…………オレの父親はそう言ってオレの目を射抜く。坂上は部屋の外、二人きりというのは気まずいな。まったく、何で来るんだか。まあ理由は明白だが。
「結論から話してくれないか? 無駄話をする気はない筈だ」
「まあそうだな。清隆──────この学校を自主退学しろ」
用意はしてある、そう言ってテーブルの上に置いてある自主退学届をオレの方へ差し出した。
「断る。まだ、ここで学び切っていないことがあるからな」
「お前は俺の所有物だ。拒否権などない」
「少なくとも、この学校にいる限りある」
「聞き分けのない子供だな」
「たった三年間だ。三年間で学びを得たなら、オレは元居た場所に戻る。何が不満なんだよ」
「ホワイトルームは再始動した。お前には新たな役目を用意してある」
「まだ、その役とやらに収まる気はない。気長に待っててくれないか?」
オレには、まだ、学べていないものが多くある。すべてとは言わないが、三年間でできるだけ吸収したい。でなければ、ここに来た意味がない。
「…………松雄は死んだ。お前がこの学校に入ったからだ」
「そうか」
「やはり、この程度じゃ罪悪感を抱くわけもないか」
「過去のことだ。感謝してるが、それだけの話に過ぎない」
「強欲だな。その折れかけの壊れた翼で、何を目指す気だ?」
「出来るだけ高く、出来るだけ遠くへ。それだけが望みだ」
そんな問答を繰り返していると、扉が開き一人の男性が入ってきた。優しそうな雰囲気を纏った白髪の男だ。
「──────お久しぶりです。綾小路先生」
「坂柳か。一体いつ以来だろうな、懐かしい顔だ」
「大体七八年ぶりです。今日は、一体何の用で…………」
そう言い、テーブルの上に置かれたプリントに目を移す。それだけで、意図を察したようだ。オレに、視線が向く。
「迷惑をかけたね。でも、安心してくれていいよ。ここにいる限り君は私が守る」
「…………」
オレは答えなかった。代わりに、大人である二人の話に耳を傾けた。そこで語られたのは、高育の入試は意味のないイベントであり、入学者は本来推薦で決まっているとのこと。
そして、元来オレの名前はその推薦者の中になかったこと。坂柳理事長の独断でオレをCクラスに入れたことなどだ。
「──────今日は退く。だが清隆、自分の立場を忘れるなよ。本来お前は、学ぶものを自由に選べる立場ではない」
そう言い残して、あの男は去っていった。出て行ったあとの応接室には、オレと坂柳理事長だけが残る。
少し気まずいが、聞いておくチャンスでもある。この機を逃せば次いつまともに話せるか分からないからな。
「坂柳理事長。お聞きしたいことが」
「何かな?」
「もしオレが、特別試験のルールによって退学処分となった場合はそのまま適応されますかね?」
「残念だけど、そこまでのカバーは厳しいかな。不当な理由なら対処できるけど」
「そうですか。では、最後にあなたに一つだけアドバイスというか警告を」
オレは部屋を出る直前、ドアノブに手を掛けたまま振り返る。彼の瞳には、一切感情の起伏がない無表情なオレが映っていた。
「──────ご自身の立場と身を大切にしてください。崩されてからでは、遅いですから」
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
年末年始、ケヤキモール内は当然のように混雑していた。一週間だけ期間限定で開催されている福袋のイベントをやりにきた者も多いようだ。
そんな人混みの中、オレと椎名は本屋へと向かって一直線で向かっている。今日は、椎名が好きな作家の新作が出る日らしい。オレも新しい出会いを求めて付き添っている次第である。
「混んでますね」
「だな。年明けだし、仕方あるまい」
「はぐれそうです」
「それは困るな」
オレはそう返し、隣に並んで歩いている椎名の右手を握った。なるべく力を込めないように且つ離さないように。拒絶されたら結構傷ついたが、それは杞憂だったらしい。
「………嫌か?」
「嫌なわけありませんよ。それに、これにははぐれないようにという大義名分がありますから」
「そうだな」
とりあえず拒否されなかったことに安堵しつつ、オレたちはエスカレーターに乗る。上から見下ろせば、全校生徒が約四百八十人なのにうち半分くらいが来てそうな勢いで人がいる。
椎名は前に人が多いところは好かないと言っていたし、遊ぶにしても時期と曜日は鑑みた方がいいかもしれない。
その後は、本屋で椎名は目当ての品を買い、オレは別の新作を二冊ほど買ってから本屋を出る。結構居座ってしまったが、まだまだ時間はある。
「まだ少し、付き合っていただけますか?」
「オレもそう言おうと思っていたところだ。どこへ行こうか」
「私は雑貨店や服屋を周りたいですね」
「分かった。オレも行こう」
「いいのですか? 全然、綾小路くんの希望も聞きますが」
「オレの行きたいところは椎名の行きたいところだからな」
「またそんなこと言って………」
椎名は少し不満そうだったが、同時に嬉しそうでもあったのでオレの判断は間違っていなかったんだろう。こんな平穏な日々がいつまでも続けばいいと、そう心の中で願った。
次回から三学期入ります