綾小路 in Cクラス 作:NIES
──────時は過ぎ、三月一日。いつも通りプライベートポイントが振り込まれていることを確認してからオレは、自室を出た。
約束をしているわけではないが、八時過ぎにエントランスで合流し、一緒に登校する。それが、オレと彼女の間に出来たある種のお約束だ。
「おはようございます。
「ああ。おはよう、
オレとひよりは、互いを下の名前で呼び合うようになった。その経緯は少しというか二か月程度遡って一月二十一日に起因する。
その日は、ひよりの誕生日だった。
──────ケヤキモール内を駆け回り、いろんな店を行ったり来たりして忙しなく、オレはひよりへのプレゼントを考えていた。人にアドバイスを貰うことも考えたが、自分で選んだものの方がいいとネットに書いてあったからだ。
結果選んだのは一般的な小説のサイズに合わせたブックカバーだった。落ち着いたベージュ色に小洒落た花の柄が浮き出ている。
「………嬉しいです。本当にありがとうございます」
オレがひよりの部屋でプレゼントを渡すと、ひよりはとても嬉しそうな顔をした。噓偽りがないことが、人間関係の薄いオレでも分かる程に。だからか、オレの心も少しだけ暖かくなったような気がした。
「喜んでくれて、こちらとしても嬉しい。しかし、少し味気なかったか?」
「いいえ。綾小路くんから貰った物なら何でも嬉しいんです。それでも、やはりこれは格別ですが」
そう言ってオレの渡したブックカバーを大切そうに抱きしめる椎名を見ていると、やはりいつものオレではないような気がした。
「今日は年に一度のめでたい日だ。何でもお願いしてくれ、パシリだろうと何だろうとオレに出来ることはしよう」
「それでしたら…………下の名前で、呼んで欲しいです。それで、私も綾小路くんを下の名前で呼びたいです」
「そんなことでいいのか? 分かった。じゃあ今日からはひよりと呼ぼう」
「はいっ! 清隆くん」
「──────と思うんです。清隆くんはどう思いますか?」
「すまない。聞いてなかった」
「もう。学年末試験も終わりましたし、今度映画でもどうかと誘ったんです」
わざと呆れたような顔をするひよりを見ながら、オレは彼女と共に映画を鑑賞する自分の姿を思い描く。ちゃんと、楽しそうな筈だ。
「いいぞ。何か見たいやつがあるのか?」
「ええ。小説が原作になったものなのですが、とても良い仕上がりだと予告を見て思いまして」
「ひよりがそう言うのなら期待できるな。夜にでも予定を決めよう」
「是非。楽しみにしていますね」
「オレもだ」
残すイベントも学年末の特別試験だけとなり、オレ含め多くの者の気は緩んでいたであろう。しかし、そんな甘い時間も長くは続かなかった。
それは、坂上が学年末試験の成績を発表した後に起きた。平均点も向上し、クラス全員が赤点を免れたことに喜びを見せる一方、彼は一瞬辛そうな顔をした。
それが何を意味していたのかは、すぐに分かった。
「──────皆さんには伝えずらいことなのですが、急遽、追加の特別試験実施が決定されました」
クラスの雰囲気が変わった。どこか間の抜けた空気が、一瞬にして引き締まる。前の席に座る龍園も、背中だけで動揺がはっきりと分かったくらいだ。
「どういうことだ。坂上」
「今年の一年生は中間試験でのDクラス生徒の退学以降一人も退学者が出ていません。これは、今までになかったことです。納得は出来ないと思いますが、理解して頂きたい」
「内容は?」
彼の不遜な言葉遣いに坂上は一瞬何かを言おうとしたようだが、諦めたのか口を閉じ、再び開いた。
「名称・クラス内投票。内容はシンプルです、クラス内の生徒で称賛に値する者三名と批判に値する生徒三名を投票してもらいます。試験の結果は称賛票-批判票で算出され、それに基づいて順位付けが行われることになります」
「で?」
「合算を行い最も称賛票の多かった生徒には、プロテクトポイントという賞品が与えられます。これは、一度退学処置を取り消す効力を持ちます。そしてもっとも少なかった生徒には
──────退学してもらいます」
…………内容は過去一単純、しかし過去一残酷な試験だな。クラスで一番使えない奴か、一番嫌われている奴か。誰が退学するのかは、誰にも分からない。
「そして、一人一人が他クラスの生徒に対する称賛票も一票持っています。これは他クラスであれば誰でも構いませんが、投票は必須です。称賛票批判票共に自身の名前や同一人物の複数回記入は認められません」
「一応聞いておくが、二千万出すことでの救済は可能か?」
「二千万を積まれれば、いくら学校でも退学を取り消さないわけにはいかないでしょう。それと、票は完全匿名性で開示等は一切認められません」
「そうか。じゃあもういい」
龍園の言葉を聞いてか聞かずか、坂上は教室を出て行った。あの態度だ、彼も学校側の決断に納得しているわけではないのだろう。一介の教師に止める権利はないわけだが。
「──────お前らに残念なお知らせだ。今俺が持ってるプライベートポイントは去年の六月からお前らに納めさせてる分を合わせても約千百二十万。救済は出来ない」
教壇に立った龍園はそう断言した。去年の夏休みからAクラスに納めさせてる契約金を合わせても、やはりその程度か。しかし、一年経たずで半分集められただけでも奇跡だろう。
「今回の試験、票の開示がない時点でコントロールは不可能だ。だからこそ言っておく、
龍園は怪しく笑った。彼の瞳が誰を見据えているのかは、オレにも分からない。もしかしたら、誰も見ていないのかもしれない。
「俺が退学したら誰がこのクラスを率いる? 坂柳は勿論のこと、一之瀬にだって勝てやしないだろうな。金田や、ひよりだってそうだ。コイツらはクラスにとってこれからも必要不可欠な存在であり続ける」
彼の言葉を聞いて、何人かは驚いたような顔をした。彼がまさか自分の駒を庇うような発言をするとは思っていなかったのだろうか。
「感情じゃない、頭を使って対象を選べ。お前が入れた批判票一票でここにいる奴らの未来を左右すると思え。これは嫌がらせの為の試験じゃない、今後を見据えた試験だ」
退学救済がない以上、オレも優雅にしていられる立場じゃないだろう。龍園がいくら何かを訴えたところで、人の真意なんて分からない。
──────こうして、過去最悪の特別試験は幕を開けた。