綾小路 in Cクラス 作:NIES
放課後、オレは龍園に呼び出された体育館裏へ向かうため、鞄を肩に掛けた。気分は乗らないが、断ってもしつこそうなので行かないという選択肢はない。
「綾小路くん。実はお勧めの新刊が──────」
「悪い椎名、今日は用事がある。また明日でいいか?」
隣から意気揚々と話しかけてきた椎名の誘いを、心苦しいが断る。本当は龍園などと話すより椎名と話す方が楽しいのだが、致し方ない。
「そう、でしたか。ではまた明日に」
「ああ、すまないな」
「いえ、お気になさらず。それよりも、どんな用事が?」
「少し知人と話すためにな。重要なことじゃないが、断ると後が面倒だ」
「成程。では、また」
椎名はそう言うと、軽く手を振ってから教室の扉を開けた。その姿が見えなくなるまで一点を見つめ、消えればオレは振り返る。
視線の先には、教室前方の扉から出ようとしている龍園翔。一瞬だけ、こちらに視線を向けたのが分かった。心の中で溜息を吐いてから、オレもワンテンポずらして教室を出た。
「よぉ、遅かったな」
「数分の差だろ。それに、お前と関わってると思われたくない」
オレは、体育館裏に行くなり文句を言ってきた龍園に軽く言い返す。実際、もう既に彼に逆らう人物はほぼいないため、独裁政治がスタートしている。そんな奴に関わってると知られればいじめられるかも…………嫌だ。
「はっ。まぁ、んなことはどうだっていい。俺が訊きてぇのは、お前の小テストの結果についてだけだからな」
「オレの結果がどうかしたのか」
「ああ、どうかしてるな。全教科揃っての六十点、狙ったな?」
こちらを捉える龍園の視線は鋭い。まるで、獲物である小動物を見つけた、肉食獣のようだ。獰猛でかつ、冷静。まったく嫌になるな。
「偶然だ」
「二教科くらいならまだしも、五教科でその言い訳は通じねぇよ」
「もし仮にオレが狙ってその点を獲ったと思ってるなら、お前はオレに何を求めてるんだ?」
「この先、絶対クラス同士の戦いが熾烈化する。オレたちは上から三番目、俺以外雑魚の強いクラスとはいえねぇチームだ。俺を支えるブレインがいる」
龍園の口から語られたのは、今後起こるであろうクラス間戦争と、それの勝ち抜き方。龍園は裏工作などは得意だが、正攻法はめっきりらしい。
「──────だから、てめぇの頭脳をよこせ。使えるヤツには、相応の報酬を払ってやる」
「………その報酬というのは、オレの望みをある程度叶えてくれるという意味か?」
「ああ。可能な限りはな」
「そうか。なら──────認めよう、オレは確かに、勉強ができる。恐らくだが、学力だけならAクラスにも引けを取らない」
「ほう?」
オレの言葉を聞いた龍園は、妖しく笑う。それは、いい駒を見つけたという意味なのか、オレに期待してかは分からない。だが、確かに微笑んだ。
「必要なときには手を貸す。勉強を教えろと言うのなら出来ることはする。だから」
「だから?」
「──────椎名には手を出すな。お前は暴力が全てで、好きみたいだが彼女には手を出さないで欲しい」
「はっ、やっぱり惚れてんのか?」
「友達としての情だ。それと、オレは目立ちたくないから大勢の前では頼らないで欲しい」
「あくまで、裏で動きたいと?贅沢だな」
「その方が、役に立てると思っての判断だ」
…………凡人、オレは確か前に自分を称した。だが、勉学だけは少し上を行っていると認めよう。親が厳しかったせいで、無駄な知識だけ蓄えてしまったからな。オレと彼女の平穏な生活を守るためなら、協力は惜しまない。
「まぁ、いいぜ。だが、条件がある」
「それは?」
「坂上の言っていた次の中間試験。目立つのが嫌なら、各教科オレの指定した点数を獲ってみろ。そうすりゃ、お前の望みを叶えてる。俺も動くのはどうせその後だしな」
「…………分かった」
「んじゃまぁ、一先ずよろしく頼むぜ? 綾小路」
「よろしくする気はない。手を貸すだけだ。龍園」
「つれねぇ野郎だ」
こうしてオレは、龍園と手を組むことになった。とはいえ、オレは目立つのが苦手なので裏で多少アドバイスをするだけだがな。
「綾小路、てめぇはどう思う?」
放課後の教室、オレと龍園以外いない静寂の中龍園は尋ねる。今日、突然中間試験の試験範囲の変更が告げられた。試験まで二週間だというのに、あまりにも理不尽がすぎるよな。
「どうも何も、範囲変更に意味なんてないだろ」
「馬鹿かお前は。この学校のことだ、何か意図があってやってるに決まってる」
「…………あくまでオレはお前のサポートだ。お前が思いつかないならオレが教えることはできる」
「思い上がるなよ、綾小路。これはお前を試してんだよ、俺と同じ結論に至ってるのかどうかのな」
カマをかけてみたが無駄だった。一応思い付いてはいるが、これが合っているのかは定かではない。だが、平穏な日常を守るためにも、答えないわけにはいかないだろう。
「…………意図は分からない。だが、この試験を急ピッチで乗り切る方法なら、思いついたつもりだ」
「言ってみろ」
「過去問、だろ。四月末の小テスト、最後の三問だけが異様な難易度だった。そこから考えれば、前回の小テストにも過去問があり、もし辿り着ければもっとクラスポイントが貰えたかもしれないと推測できる」
オレがそう答えると、龍園は笑った。期待通りといった意味なのか、このくらいは分かって当然と言う意味なのか。真相は彼本人にしか分からないことだ。
「坂上は、今回の試験結果次第ではクラスポイントの上昇もあり得ると言った。お前なら、どうする?」
「…………過去問を配らないという選択肢もありだとは思うぞ」
「…………クク。続けろ」
「試験で赤点を獲れば退学、というラインがある以上、赤点を獲る奴はほぼいないと考えられる。なら、小テストでは測り切れなかった全クラスメイトの正式な学力を見るのにいい機会ともいえる」
「それで、退学するヤツがいたらどうすんだ」
「この先不要な駒だった、という話でしかない。もしAクラス行きの条件に『退学者がいない』という条件があるかもと考えているなら、それはほぼあり得ないぞ」
オレが先回りして言うと、龍園は一瞬驚いた顔をした。入学してから、始めて見る顔だ。
「理由は」
「この学校は、Dクラスを落ちこぼれだと言った。だが、四月時点ではA~Dまで一律同様に1000ポイントが与えられていた。これは、この学校が公平を重視していることを意味する」
「それがどうした」
「全クラス平等にAクラス行きのチャンスを残すのなら、そんなルールは不要だ」
納得する龍園に向け次の言葉を発そうとしたとき──────
「──────綾小路くん?」
教室前方のドアが開き、声がした。咄嗟に視線を向ければその先には
「──────椎名」
図書室で借りてきたであろう本を抱えた椎名が、棒立ちしていた。
困ったな。