綾小路 in Cクラス 作:NIES
六月下旬。既に季節は梅雨を迎え、毎日のようにジメジメとした天気が続いている。そんな中でも、オレの友人である椎名は趣味の読書に専念していた。
「…………」
目の前で黙々と本を読み耽る椎名を、オレはバレない程度に眺める。生憎と前髪が良い感じで視線を隠してくれているし、椎名も集中しているためバレない筈だ。
「綾小路くん。どうかしましたか?」
呑気に今日の夜ご飯を思い浮かべていると、椎名の声が耳に届く。そこでようやく、オレは自分の視線を椎名から外していなかったことを思い出した。
「少し、考え事をしててな。すまない」
「いえ、見られるのは別にいいのですが…………照れます」
「気をつけよう」
椎名の頬が少し紅潮したのを見て、オレは金輪際同じミスをしないことを誓った。
椎名に勧められた本を改めて読み始めて数十分が経っただろうか、互いに静かに本を読んでいるので、時間の感覚が曖昧だ。それでも、オレのスマホの通知はやけに鮮明に耳に届いた。
「…………」
折角物語も佳境に入ったというのに、間の悪いやつだ。なんでヤツとか呼んでるのかだって? オレに連絡してくるのは椎名か龍園。目の前に前者がいるのだから、対象は一人に絞られるからだ。
──────なんだその目は。可哀想なものを見るような目でこっちを見るな。
ロック画面に表示されているメッセージを読むと、オレの心も外の天気のように暗くなる。龍園というヤツは、つくづく悪い人間のようだ。まぁ、知っていたことだが。
『Bクラスに仕掛ける』
たった九文字、たったそれだけでこれだけ人を憂鬱に出来るのは最早才能ではないかと考える。しかし、返事を返さないことにはどうしようもない。
『そうか』
『リーダーの一之瀬ってヤツは相当なお人好しらしい。アイツのクラスを使って迷惑行為やいじめがどこまで黙認されるのか、その境界線を見極める』
『そうか』
『対象だが、クラスの中心人物だけか、クラス全員。どっちがいいと思うか教えろ』
『個人的には、クラスの中心人物だけでいいと思うが』
『理由は?』
龍園の意地の悪い顔が脳内に浮かび、思わずそれにパンチを入れる。それから、理由を打ち込むことにした。
『対象が多ければそれだけリスクも増える。見極めるだけなら、数人で事足りるだろ』
『それは、見極める以外が目的なら違う回答をするって遠回しに言ってんのか?』
『今は関係ないだろ』
龍園のメッセージにそう返し、オレはスマホを閉じる。視線を前に戻せば、不思議そうにこちらを見る椎名の姿があった。
「チャットですか?」
「ああ」
「…………龍園くんからですね」
「時々思うが、椎名はエスパーか何かか?」
感情を表に出した覚えはないのだが、すんなりと相手を当てられてしまった。椎名には、人の心情を読める超能力でも備わっているのではなかろうか。
「綾小路くんがチャットする相手は、私か龍園くんくらいですから」
「他人にそう言われると結構くるな」
自嘲するよりもダメージが大きいぞ。もうオレのライフは0だから、攻撃を止めてくれ。
「それで、どんな内容を?」
「近々Bクラスに仕掛けるらしい」
「それだけなら、あなたは関わらなくともいいのですよね?」
椎名が、下からオレを見上げる。その視線から、少なからず心配はしてくれているであろうことが読み取れる。
「ああ」
「なら、良かったです。人から恨みを買って良いことなんてありませんから」
「それには同意だな」
内心でこれから龍園たちに嫌がらせをされるBクラスの人たちを憐れみつつ、面倒なことに巻き込まれないため首を突っ込まないことを決意した。
一之瀬…………だったか、頑張れ。 応援してるぞ、心の中でな。
後日・校内渡り廊下。
自販機で飲み物を買い終えたオレは、渡り廊下を伝って校舎へ戻ろうとしていた。しかし、目の前から入学式で見た男子生徒が歩いてきたことで、そのスピードが数段落ちる。
オレも人と少なからず関わるようになったからか、嫌な予感というものの的中率が上がってきている気がしている。そして、今まさにその嫌な予感を感じていた。
「…………」
眼鏡をかけた男子生徒と無言ですれ違った直後、背後で足音が止んだ。違和感を覚えたが、オレは迷わず進み続ける。
「─────一年Bクラスから、一年Cクラスに嫌がらせをされているとの打診があった」
その言葉を聞いて、オレは立ち止る。確かに、今日で龍園がクラスの皆に命令してBクラスへの嫌がらせを開始してから一週間ほど経つ。
心当たりしかないものの、オレと椎名は内密に嫌がらせを免除されているので関係ないと思い留まり、オレは再び足を進め始める。
「一年Cクラス、綾小路清隆。…………お前だよな?」
あと少しで校舎に入れると思ったタイミングで、名前を呼ばれる。最悪だ。よりにもよって生徒会長に名前を把握されてるとは。オレ何かしたっけな…………
「確かにオレは綾小路ですね。何か、御用でしょうか生徒会長」
オレは嫌々振り返り、こちらを見ている彼と向き合う。眼鏡をかけた男子生徒・堀北学。生徒会長にして完全無欠と称される史上最高の生徒会長だ。…………って坂上が言ってた。
「先の件、お前が絡んでいるのではないかと思ってな」
「何故でしょうか。確かに自分もCクラス所属ですが、嫌がらせなんてしてませんよ」
周りに、一瞬の沈黙が訪れる。だが、その安寧も彼が再び口を開いたことで終わりを迎えた。
「──────ふっ、そうか。てっきりオレは、お前が絡んでいると思っていたんだがな。なぁ?
…………おいおい、この学校のプライバシー管理はどうなってるんだ。なんでたかが生徒会長如きが、生徒個人の成績を把握してる。人権侵害だっ!
「古い話を持ち出しますね」
「その後の小テストでも全教科六十点、狙ったな?」
「偶然ですよ」
「そういうことにしてやってもいいぞ。龍園の嫌がらせを認めるのならな」
コイツは、オレを試してるのか? 自分を取るか、龍園を取るかで天秤に掛けている心算でいるらしい。だが、生憎とオレには迷う要素がない。
「金輪際オレに関わらないなら喜んで認め──────
「なぁに楽しそうな会話してんだ?」
オレが言い終える前に、最近では聞き慣れてきた声がオレの言葉を遮る。彼の登場に生徒会長は顔を顰め、オレも同じ顔をする。
「龍園か」
「よぉ、お二人さん。オレも談笑に加えてくれよ」
生徒会長の圧に怯むことなく、龍園はいつもの態度でそう言った。場が荒れることを覚悟したオレはひっそり教室に帰ろうとしたが、龍園に肩を掴まれてしまった。
…………助けてくれ