綾小路 in Cクラス 作:NIES
「──────俺も混ぜてくれよ」
「お前は呼んでないぞ」
「連れねぇこと言うなよ。オレのもんを勝手に口説いておいてそりゃないぜ?」
オレを挟む形で対峙している堀北と龍園が、互いに睨み合う。だが、その均衡を先に破ったのは龍園だった。
「んで、何話してたんだ?」
「先輩には敬語、できて当然だぞ」
「俺にそんなこと期待するだけ無駄さ」
「…………Bクラスを対象にするのは構わないが、やりすぎれば足元を掬われるぞ」
トーンを少し下げた堀北が言う。その言葉に、龍園は一瞬驚いた顔を見せてから、フッとニヒルな笑みを浮かべた。コイツがこういう顔をするときは、大体良いことが起こらない。
「クク、生徒会長自ら忠告か? 有難いこった」
「ここは徹底された実力主義、上だろうが下だろうが勝つ者のみが認められる。地力が低いクラスをどう持ち上げるのか、期待しているぞ」
「あんたに言われずとも、一年が終わる頃には俺たちがAクラスだ」
背中を向けた堀北に、龍園が投げかける。顔は見えないが、堀北は笑った気がした。なんとなく、雰囲気でそう感じた。
「…………その言葉が、嘘でないと証明してみせろ」
「当然だ。黙って見てろ」
隣で、龍園が吐き捨てる。だが、その瞳は冷えてるどころか、まだ熱く滾っている。元来熱くなる性格じゃないオレでも、少しだけ期待してしまうな。
龍園が、どこまで行けるのか。この先、オレに何を魅せてくれるのかを。
数日後。
休み時間、オレが手洗いのために教室を出ると、ほぼ同時に肩を掴まれた。が、敵意を感じる程ではなく、所謂ダル絡みみたいな距離感だ。
「ん?」
「よぉ、綾小路。少し話そーぜ!」
振り返ると、そこには笑みを浮かべた石崎が立っていた。なぜはにかんでいるのか、なぜオレに声をかけてきたのかを探るため、口車に乗ってみることにした。
「まともに話すのは初めてじゃないか。どうした石崎」
「お、名前覚えててくれたのか。サンキューな」
「クラスメイトなら当然だ。本題は?」
オレがそう尋ねると、石崎は少し間を開けてから口を開いた。そこから発せられたのは、オレが生涯聞かれることのなかった、見当違いな質問だった。
「…………綾小路、お前椎名と付き合ってんのか?」
トイレへと歩みを進めながら彼の話を聞き流していたオレは、思わず足を止める。理解不能、ただその言葉に尽きる。
「そのような事実はない」
「けどよ、いつも一緒にいるじゃねぇか。一緒にランチしてたって聞いたぜ」
「読書友達だからな。石崎は椎名のことが好きなのか?」
別に実害があるわけではないが、あまり他人に友人関係を詮索されるのは好きじゃない。プライバシーなことだし、本人の自由だと思うからな。
オレが話題を変えるためにそう聞くと、石崎はすぐに首を横に振る。その速さは、廊下の窓ガラスを割りそうなほどだ。
「なんつーか、椎名ってうちのクラスの女子の中でも人気あるだろ? 狙ってるヤツ多いんだよ」
「聞いてこいと言われたわけか」
「まぁ、そんなとこだ。それに、俺も綾小路と話したかったしな」
なんだ、ただのいい奴か。にしても、石崎にそんなことを訊きに来させるとはしょうもない奴らだ。
「そうか。なら、そのお前に頼んだ奴らには、マイルドにこう伝えておいてくれ。『自分で椎名に話しかけに行けないうちはチャンスはない』とな」
「はは、分かったぜ。またな、綾小路」
「ああ、機会があればまた話そう」
そう言うと、石崎は手を振って教室に戻って行った。別に椎名が誰と交際関係を持とうが本人の自由だが、直接聞きに行く度胸もないようなヤツはおすすめできんな。
「──────そんな話をされていたのですね、私自身に人気があるとは思っていませんでした」
帰り道。オレは石崎の名前は伏せつつ、椎名に彼女がクラス内で人気があるらしいことを話していた。別に他意はなく、話題がなかったので振っただけだ。
「そうか? 椎名は可愛いし、オレは想像通りだったけどな」
「可愛い、ですか。私が?」
「ああ。客観的にも主観的にも椎名は可愛い部類に入ると思うぞ」
歩きながらそう言うと、隣を歩いていた椎名の姿が消える。振り返ると、椎名がオレの少し後ろで立ち止まっていた。何やら、何とも言えない表情を浮かべている。
「綾小路くん」
「どうした」
「あなたは、もう少し女心を理解すべきです。お世辞でも、そう言うことは想い人にしか言うべきではありませんよ」
椎名はそう言うと、再び歩き始める。オレの真横まで来ると、椎名が背伸びをして、オレの頭頂部を掌で撫でる。
「やっぱり、綾小路くんもまだまだですね」
「そう、かもな。善処する」
椎名のことは好きだぞ、そう言おうとした口は、開かなかった。友人として、そう付け加えるまでもないし、言うべきではないと思ったから。
椎名と別れた後、オレは久しぶりにコンビニに出向いていた。理由は単純明快、ここまで苦難を乗り越えてきたオレへのご褒美にアイスを買うためだ。お気に入りはチョコミントかコーヒーミルク味、どちらかが狙い目である。
アイスが置かれているコーナーへと足を踏み入れたら、目で探すのは当然目的の品。視力がいいのを活かして、目を動かし始めてから二秒でチョコミントを発見。オレは迷わず手を伸ばず。
「「あ」」
残り一本だったそのアイスに、二つの手が同時に伸び、重なった。そして、驚いた声も重なる。
「すまん」
「ううん、私こそごめんね」
聞き馴染みのないその声の主を知るために横に視線を流せば、ピンク色の髪を腰あたりまで伸ばした美少女が立っていた。しかし、見かけた覚えはない。だが、その特徴から、誰であるかは推測が可能だ。
「えーと確か…………Bクラスの一之瀬、で合ってるか?」
以前龍園から聞いていた、彼女の特徴と一致する。雰囲気も優しそうだし、龍園に舐められて標的にされそうなのも納得できるし。
「そうだけど、よく知ってるねぇ。君は?」
「一年Cクラスの綾小路清隆だ」
オレがそう名乗った瞬間、一之瀬の顔が沈んだ。同時に、Cクラスの名前を挙げるのは失策だったなと後悔する。いずれ分かることだが、ここで言う必要はない。
「Cクラスの子かぁ」
「すまないな。オレ自身は関与してないが、Bクラスに対しての非道は聞き及んでいる」
「ううん、いいのいいの。やりたくなくてもやらされてる子がいるのも知ってるし」
そうは言いつつも、やはり一之瀬の表情は晴れない。これ以上話しててもどちらのメリットにもならないと判断したオレは、アイスから手を放し彼女に背を向ける。
「機会があれば、龍園に抑えるように言っておく。そのアイスは一之瀬に譲ろう、ほんの謝罪の気持ちだ。受け取ってくれ」
一之瀬帆波、か。今後関わることがあるか分からないが、名前と外見は覚えておこう。