多々良葉風楽という、キヴォトスの外から転移してきた男子。
経緯や過程は違えど、結果がほとんど同じものとなっている者がもう一人いる。
「「失礼します」」
”今日は来てくれてありがとう。こちらにどうぞ”
「今日はよろしくお願いします、先生」
「よろしくお願いします」
そう、先生である。彼もまた外から来た者。
”君が多々良葉くんだよね”
「……はい」
”私はここ、シャーレで先生をやっている者です。はいこれ、名刺ね”
「ありがとうございます……」
”そこまで畏まらなくてもいいよ。私は別に怒ってないから”
そう言って笑う先生の顔は、いつも通りの何一つ曇りのない笑顔。
だが2人は同時に同じことを思い浮かべる。
((怖い……!!))
先生の善意は底知れない。そしてその底なしの善意は、「いつどこで琴線に触れるかわからない」ということでもある。
「先生、その……」
”大丈夫だよ、イチカ。……多々良葉くんが来た時の概要は、ツルギからの報告書で全部見てる。……えーっと、そしたら……”
うーん、うーん、と唸り頭を捻る先生に、お互いこっそりと話をするイチカと風楽。
「イチカさん、これって大丈夫なんですか……?」
「大丈夫のはずっす……先生が怒った所、大人相手以外じゃ見たことないし……生徒というか、子供相手にするときは基本優しいっすから」
「不安だ……」
”あ、そうだ!2人とも、提案があるんだけど──”
「「?」」
・・・・・
「おお……シャーレの屋上は初めて来たっすね……」
「屋上とか上がる機会なかったからなー、なんだか新鮮」
「そうなんすか?てっきり屋上でお弁当とかサボったりとかするのかと」
「あっちじゃ大抵の学校は屋上閉鎖されてるからね。俺は階段の踊り場でぼっち飯」
「意外だなあ……」
”ごめんね、遅れちゃった!”
「先生!」
「大丈夫ですか?息切れが凄いですけど……」
”あはは……終わりかけだった書類の処理で少し手間取ってね。でもこれで話が出来るよ”
「……!」
風楽は緊張している。先刻のイチカとの会話で、何気なく気を抜いていたのだ。
キヴォトスに来て、初めて会う大人であり、先生。評判はなんだか変人のようなものではあるが、生徒からの評価は総じて「もの凄くいい人」。それが、風楽はなんとなく怖かった。
”2人はさ、イチカの家で暮らしてるんだっけ?”
「はい。風楽くんの護身用に銃も買ってあるっす」
”ちょっと見せてもらえる?……うん、いい銃だね。軽くて扱いやすそうだよ”
「ありがとうございます……」
”……それで、2人は普段どんなことをしてるの?良ければ教えてほしいな”
「「!!」」
その問いに、2人は一層気を入れた。実のところ先生は純粋な疑問を投げかけているだけだが。
そんな先生が、何を思っていたかというと──。
”(あ、悩んでる。それくらい濃い日常を過ごしたのかな。絆が生まれてる証拠だ)”
この男、あまりにも鈍感である。
「えーっと……その……」
「俺は基本、イチカさんの家から出ずに家事をしてます。料理とか掃除とか洗濯とか」
「あっ、ちょ……」
「たまに2人で外に出てますね。よく噴水前のベンチでお話したりもしてますよ」
”そうなんだ!他には何があるの?”
「そうですね、他には──」
風楽はこの際諦めていた。先生の目線に耐えきれず、つらつらと事実を喋るだけのマシンと化していた。
無心だったからか、イチカとの甘い日常も全て話してしまった。……イチカの静止も効かず。
「……」
「……あれ、俺どこまで話しましたっけ?えっと……」
”うん、それ以上はもう大丈夫だよ。30分は経ってるし”
「あれ、ほんとだ。……イチカさん?」
「……ふぇえ……」
先生に全てを話された結果、イチカの顔は真っ赤に染まっていた。
”(この2人、お似合いかも)”
先生は未だ、不釣り合いな思考を重ねている。いや、案外間違っていないのかもしれないが。
結局、風楽から先生への恐怖の払拭は叶わなかった。