修学旅行の班決めを欠席したら、なぜか孤高の美少女と二人組にされていた 作:古野ジョン
「……最後に、担当の先生が急遽お休みされたので一時間目は自習すること。あんまり騒がないように」
ようやくホームルームが終わり、教室内の音量が少しだけ大きくなった。待ちに待ったチャンスとばかりに、僕は夜ノ森さんに話しかけようとしたのだけれど――
「お~い、ベアトー。一緒に職員室まで来い」
「はっ……はいっ」
担任の気だるげな声によって、再び妨げられてしまった。僕が上ずった声で返事をしている間も、隣席の夜ノ森さんは何も変わらない。いつも通りのすまし顔だ。
「ベアトー、何してる」
「あっ、今行きまーす!」
早く来いと言わんばかりに、担任が帳面を掲げてひらひらと揺らしている。班分けのことが気になりつつも、僕は教室の出口へと足を進めたのだった。
***
「まあ、座れ。隣の先生は授業中だから」
「し、失礼します」
職員室に着いた僕は、担任から隣の椅子に座るよう促された。込み入った話をするから覚悟しておけ、というメッセージだろうか。
「さて、何から話したものか……」
目の前で足を組んで座っている小柄な女性こそ、二年一組の担任を務める
「まあ、まずはだな」
先生は持っていた帳面をぱらぱらとめくった。わざわざ職員室に呼び出してまで伝えたい用事など、だいたい想像はついてしまう。心当たりが多すぎるのだ。
「お前、流石に休みすぎだろう」
「……はい」
ため息をつく先生の姿を見て、申し訳なさがこみあげてくる。
「ベアトが研究を頑張っているのは分かるよ。だけどな、上の先生がいろいろうるさいんだ」
「すいません。一年の頃からお気遣いいただいているのに……」
「私もなるべく公欠に出来るよう努めるから、お前も少しは自重してくれ」
「はい」
僕は研究生として大学のラボに所属していて、学会なんかのために高校の授業を休むことが多い。日奈子先生は事情をよく理解してくれていて、何かと理由をつけては僕の欠席を正当化してくれているのだけど……流石に限界らしい。
「ああそうだ、もう一個話したいことがある」
日奈子先生の声色が変わり、僕は思わず顔を上げた。表情から察するに、どうやら全く毛色の違う話題らしい。
「なんでしょう?」
「班分けのプリント、見たか?」
「班分け……あっ、ああ!」
意外な三文字の出現が、僕に大きな声をあげさせた。班分け……まさしく僕が気になっていたことだ。
「お前は夜ノ森と二人班に決まった。仲良くやってくれ」
「あの……どうしてこんなことに?」
「それは知らん。班分けの間、私は教卓の前で昼寝していた」
「ちゃんと仕事してくださいよ……」
ちゃんと出席していない生徒に言われたくはないだろうが、それはともかくとして。要するに、先生はクラスの皆が決めた班分け結果を受け取っただけなのだろう。過程は知らない、と言いたいのだな。
「なあお前、夜ノ森をどう思う?」
「えっ!?」
僕の声が、周囲の先生方の視線を一斉に集めてしまった。日奈子先生は首をかしげていたけど、やがて呑気に手を打って納得した表情を見せた。
「ああ、変な意味じゃない。そういう話は修学旅行の夜にとっておけ」
「先生が変な言い方するからですよ!?」
「いいから。クラスメイトとして、夜ノ森のことをどう思う?」
「……」
二年一組という組織の一員として、夜ノ森さんのことを見るとするなら。素敵な人だとは思うけど、必ずしもポジティブな言葉ばかりで語られる人でもないと思う。
「悪い人じゃないと思います。けど……周りとは距離を置いているのかなって」
「私もそう思う。あまり交友関係は広くなさそうだな」
仕事なんか興味ないという風に見えて、この人は生徒のことをよく見ている。
「だからな、お前には期待しているんだ。夜ノ森をよろしく頼む」
「よろしくって……僕にそんなこと」
「随分と自信がないな。夜ノ森が一番興味を持っている人間は間違いなくお前だと思うんだがな」
それは僕が彼女とたまたま隣席だからであって、その状況を生み出しているのは誰あろう日奈子先生ですよ……なんて言葉を飲み込んだ。先生は椅子とともにデスクの方を向いて、帳面にさらさらとペンを走らせ始める。
「もう戻っていいぞ。他のクラスは授業中だからな、静かに帰るように」
「は……はい。失礼します」
僕の動揺が、音となって椅子から響いた。日奈子先生は僕に夜ノ森さんを託した。自分にそれだけの資格があるのだろうか? ……僕には分からなかった。
***
静寂で無人の廊下に特別感を覚えながら、教室に帰った。ドアを開けると、さっそく近くのクラスメイトに問い詰められる。
「おーベアト、日奈子ちゃんに何言われてきたんだ?」
「別に……学校休むな、とか」
「なーんだ、つまんねーの」
ゴシップの不在にがっかりしたのか、そのクラスメイトは周りとのおしゃべりに戻ってしまった。自習ということもあり、他の皆も思い思いの時間を過ごしている。不規則に並べられた机と椅子が人間関係を可視化しており、僕はその隙間を縫うように自分の席へと戻った。
「……」
夜ノ森さんの姿勢は、僕が教室を出る前と寸分も違っていなかった。文字通りに背筋を伸ばして読書に勤しんでおり、この姿を撮影すれば出版社のポスターに出来そうだとすら感じてしまう。
なんて、同級生の姿に見惚れている場合ではない。ホームルームの前からおあずけにされていた懸案事項があるのだ。今こそ解決しなければ。
「えっと……夜ノ森さん? ちょっといいかな?」
「……何かしら」
夜ノ森さんはページをめくる手を止めて、本に栞を挟み込んだ。普段の夜ノ森さんなら、誰かに話しかけられても読書を中断することはないのに。今から修学旅行の話をすることを見通されているみたいで、会話の主導権が自分にないことを実感する。
「修学旅行のことなんだけど。僕、夜ノ森さんと一緒の班だよね?」
「ええ、そうよ。本当は一人だけが良かったのだけど、最低でも二人いないと駄目だと言われたから」
「そっ……そうなんだ」
カンペでも見ているかのように、夜ノ森さんは流麗に語った。二人班になった理由を聞いたつもりはなかったんだけどな。むしろ、まるで言い訳しているかのような……いや、夜ノ森さんに限ってそれはないか。
「どうしてこんな班分けになったの?」
「私と一緒じゃ不満かしら?」
「いっ……いや! そんなことはないけど」
「そう。なら良かった」
「でも、何も二人きりじゃなくても――」
「私と一緒じゃ不満かしら?」
「いっ……いやいや! そんなことはないけど」
「そう。なら良かった」
「でも、なんでわざわざ僕を――」
「私と一緒じゃ不満かしら?」
「いっ……いやいやいや! そんなことはないけど」
「そう。なら良かった」
僕は夜ノ森さんとの同行を不満に思うような身の程知らずでは断じてないのだけど、それはそれとしてさっきから質問をはぐらかされているのは気のせいだろうか。
「まったく、仕方ないわ。本当は一人が良かったのだけれど……」
「じゃあ、日奈子先生に相談――」
「班決め中に居眠りしている教師に何を相談すればいいのかしら?」
「そ、そうだね……」
夜ノ森さんは顔をしかめた。とにかく、僕が三か月後に夜ノ森さんと修学旅行の時間を過ごすというのは本当らしい。
僕にはまだ、自信がなかった。僕なんかにはとても釣り合わない存在なのに、共に京都の街を歩くことなど許されるのだろうか。夜ノ森さんだってきっと仕方なく僕を班員に選んだだけで、本心では――
「追良瀬くん、あなたの机の中に入れておいたものがあるの」
「えっ?」
「修学旅行の行程を立てるための資料だから。軽く見ておいてくれると助かるわ」
「うっ……うん。分かった、見ておくよ」
自分が一緒の班というだけでも申し訳ないのに、夜ノ森さんに下調べまでさせてしまったなんて。まったく自分が情けなく思えてくる。罪悪感を覚えながら、僕は机の中に手を入れる。
「……えっ!?」
百科事典だった。百科事典でも入っているのかと、僕にそう思わせるような手触りだったのだ。夜ノ森さんがいったいどんな資料を仕込んだのかと思い、慌てて取り出す。
「なっ……なんだこれ……!?」
A5判のガイドブックに、おびただしい量の付箋が挟まれていた。もはや本来の厚さをとどめておらず、扇形を積み重ねた立体のように変貌している。
「えっ……ええ……?」
困惑しながらぱらぱらとページをめくってみると、各々の付箋にびっしりと書き込みがなされていた。もちろん、紛れもなく夜ノ森さんの字だ。
「これ、全部調べたの……?」
僕がガイドブックを掲げると、夜ノ森さんは静かにこちらを向いた。孤高の美少女は、いたって真剣な顔で――僕の疑問を切り捨てる。
「私が修学旅行を楽しみにしていたら、不満かしら?」
夜ノ森さんの言葉が、ほんの少しだけ……僕に自信を持たせてくれた。そんな気がしたのだった。