修学旅行の班決めを欠席したら、なぜか孤高の美少女と二人組にされていた 作:古野ジョン
ここで、修学旅行の詳細を確認することにする。僕はさっきから京都京都と言っていたけど、正確な目的地は「関西」ということになっている。出発日はおよそ三か月後の十月五日で、二泊三日の予定だ。
うちの高校は「自主性」を重んじているらしく、旅行中のかなりの時間が班ごとの自由行動に割かれている。夜に宿舎に戻ることと、最終日の集合時間までに京都駅に着くこと。この二つさえ守ればあとは関西エリアを好きに動いていいというわけだ。
「……」
僕は夜ノ森さんが用意してくれたガイドブックを机に置いて、ページをめくる。いくら一時間目が自習に変わったからって、付箋まで含めるととても読み切れないな……。
「追良瀬くん、何を悩んでいるの?」
「えっ?」
凛とした声が、僕の顔を横に向かせた。夏用のセーラー服に身を包んだ夜ノ森さんが、表情を変えずに淡々と口を開く。
「全てのページを事細かに読む必要はないわ。『
「それじゃ申し訳ないよ。こんなに調べてもらったのに」
「違うわ。あなたには別の仕事があるの」
「仕事?」
僕が言葉の意味を理解できないでいる間に、夜ノ森さんは自分の机から一冊の大学ノートを取り出した。表紙には綺麗な字で「修学旅行」と書かれている。
「追良瀬くん、もちろん関西に行ったことはあるわよね?」
「ああ、うん。東京に比べたら少ないけど、よく行くよ」
「……まったく、羨ましいことね」
「えっ?」
僕から目を逸らすように、夜ノ森さんは窓の外を眺めた。何か気に障ることを言ってしまったのではないかと思い、心臓の動きが少し速くなる。
「いえ……なんでもないわ。別に遊びに行っているわけではないものね」
「あ、うん……」
夜ノ森さんは自らの発言を取り消し、件のノートを両手で持った。
「このノートをあなたに預けるから」
「僕に?」
「そう。好きに使っていいわ」
突然のことに困惑しつつも、僕は夜ノ森さんからノートを受け取る。この人はさっき「仕事」と言っていたけれど、それとこの帳面がどう関係しているのだろう。
「形式は問わないわ。さっきのガイドブックとそのノートを使って行先の候補を絞り込んでほしいの」
「ど……どういうこと?」
「あなたの方が旅行には慣れていると思ったのよ。当然の役割分担でしょう?」
夜ノ森さんの口調は、まるで部下に仕事を割り振る管理職のようだった。要するに、集めておいた情報を厳選してくれないか――と、お願いされているわけだな。
「分かった。そういうことなら引き受けるよ」
「じゃあ、よろしく」
用が済んだのか、夜ノ森さんは文庫本を開いて栞を取った。この人は修学旅行を楽しみにしている、と言っていた。本当は一人で優雅な時間を過ごしたかったのだろう。
となれば、僕がそれを邪魔するわけにはいかない。せっかく夜ノ森さんと共に時間を過ごす機会を得たのだから、せめて有意義なプランを提案しなければ。
「そうそう、言い忘れていたわ」
「ん?」
「定期的にノートを見せてほしいの。あなたにお任せするけど、一応ね」
「ああ、もちろん」
「たまにでいいから。毎日見せようなんて思わなくていいわ」
「あ、うん」
「たまに、ね」
何かを念押ししているようだったけど、僕には夜ノ森さんが意図した文脈を読み取ることは出来なかった。要するに、進捗確認がしたいということだろう。なんだか本当に管理職みたいだ。
ふと、自分が所属している大学のラボを思い出した。あそこも
夜ノ森さんも「たまに」と言っていたし、報告の間隔はそれくらいで良さそうだ。あまり彼女の手を煩わせることもしたくない。時間をかけて、念入りに考えることにしよう。
どうして夜ノ森さんは僕と二人班を組んだのか――なんて疑問は、与えられた
***
「進んでるかしら?」
「ふぇっ?」
上司からの進捗確認というのは、唐突にやってくるものらしい。そう知ったのは、七月八日――すなわち、七夕の翌日――の昼休みに隣席から声を掛けられた瞬間だった。白飯を頬張っていた僕は、何の話題を持ち掛けられたのか理解できないでいる。
「進んでるって……何の話?」
「もう忘れたのかしら? 修学旅行の自由行動について、あなたに行先の選定を任せたと思うのだけれど」
「あっ、ああ! ちょっと進めたよ」
「そう」
僕は水筒の麦茶でご飯の塊を流し込む。会話はここで終わりだと思い込んでいたのだけど……そう考えていたのは僕だけだったらしい。
「……ノートは?」
「えっ?」
「ノート、あるのでしょう?」
夜ノ森さんのいう「たまに」というのは「ランダムな間隔で」という意味なのだろうか、などと考えてしまう。確率1%のガチャでいきなり当たりが出ることがあるように、この人の進捗確認も初日から起こり得るのだろう。
「ごめん、家に置いてきちゃったよ」
「そう。……今度は持ってきてくれるかしら?」
「えっ? 毎日は見せなくていいって――」
「
「う、うん……」
夜ノ森さんは「気にしてないわ」と言わんばかりに、澄ました顔で窓の外を見た。仕事ぶりを信用してもらえていないのかな、なんて心配しつつ……僕は再び弁当を食べ始める。
「……今度は、ちゃんと持って来るのよ?」
「えっ? うん、今度ね」
「よろしく」
僅かに開いた窓の隙間から、夏の風が吹いてくる。夜ノ森さんの長い髪が揺れて、思わず目を奪われる。彼女の横顔は……いつもより、ほんの少しだけ不満げだった。
「……明日、ちゃんと持って来るよ」
何も返事はなかった。僕は視線を下に向け、弁当箱の隅にある卵焼きを箸でつまみ、口に運ぶ。すると再び風が吹いてきたので、思わず顔を上げてしまった。
夜ノ森さんの横顔は――いつも通りに、とても美しかった。