修学旅行の班決めを欠席したら、なぜか孤高の美少女と二人組にされていた 作:古野ジョン
夜ノ森さんから引き受けた仕事の内容は、修学旅行で訪れる場所の候補を絞り込む――というものだった。とはいっても、ガイドブックに載っている情報は多い。そこでまず、「行くのが難しい場所」から除けることにした。
初日の昼に飛行機で伊丹空港に着き、三日目の夕方に京都駅から新幹線で帰る……という変則的な行程であることと、二泊とも京都の宿に泊まること。その二つを考えると、関西と言っても行けるエリアは限られてくる。
夜ノ森さんは神戸や奈良、さらには和歌山まで調べてくれていたのだけれど、その辺りは一律でカットすることにした。無理をすれば行くことも出来るだろうけど、せっかくの時間を移動で食いつぶすのは彼女の本意ではないと思ったのだ。
七月九日、すなわち進捗報告を求められた次の日。朝のホームルームが始まる二十分前に教室に到着した僕は、以上の内容を記したノートを夜ノ森さんに提出した。
「大雑把に整理しただけだけど、良かったら」
「ええ、ありがとう。拝見するわ」
夜ノ森さんはわざわざ読書を中断して、さっそくノートのページをめくっていた。かなりバッサリと行先の候補を切り落としてしまったから、あれこれ調べてくれた夜ノ森さんの機嫌を損ねるのではないかと心配になったけど、幸いにして彼女は特に表情を変えていない。
「……追良瀬くん。その、奈良に行くのは厳しいのかしら?」
「奈良? んー……伊丹空港からだと時間がかかるから、どうかと思って」
「そう、分かったわ」
たしか、ガイドブックの「奈良公園」のところに付箋が貼られていた気がする。もしかして行きたかったのだろうか?
「奈良公園、行ってみたかった?」
「……いえ、別に。毎年秋に鹿の角を切る伝統行事があると聞いていたから、気になっただけよ」
「そっか」
夜ノ森さんは窓の外に視線を向けた。一人を好む夜ノ森さんが選ぶにしてはメジャーすぎる観光地だと思っていたけど、そういう理由があったのなら納得だな。
「ところで、あなたは奈良公園に行ったことはあるの?」
「ああ、あるよ。一年前だったかな、奈良の大学に行ったから」
「……本当にあんなに鹿がいるの?」
「街中にいっぱい歩いてたよ。鹿せんべいもあげたし」
「……」
夜ノ森さんの視線が何を意味するのかは分からなかったけど、ある種のジェラシーというか羨望というかを含んでいるのはなんとなく察せられた。……もしかして、伝統行事云々は建前で――鹿が見たかっただけなのかな。
「……何かしら?」
「いや、別に……」
少しムッとしてこちらを見る夜ノ森さんが、なんだか可愛らしかった。普段は凛としている印象だから、こういう一面を見るのは初めてだ。修学旅行で一緒の班になった人間の特権だな、なんて変なことを考えたりもする。
夜ノ森さんは再び手元に視線を戻し、ノートをめくっていた。奈良はともかくとして、神戸や和歌山はもっとスケジュールがタイトになるだろうし……どうかな。
「追良瀬くん、神戸も難しいのかしら?」
「まあ……そんなに遠いわけじゃないけど。京都から逆方向だしね」
「そう……」
「何か見たいところでもあった?」
僕がそう尋ねると、夜ノ森さんはプイっと窓の方を向いてしまった。気分を悪くすることを言ったかな、と思わず心配してしまう。
「よ、夜ノ森さん?」
「……夜景」
「えっ?」
「神戸の夜景って、綺麗?」
そのとき、僕は初めて気がついた。夜ノ森さんは僕から目をそらしたのではなく、窓から空を見上げていたのだ……と。
「うん。きっと綺麗だと思うよ」
「あなたも見たことはないの?」
「ないよ。少なくとも、ちゃんと展望台から見下ろしたことはないかな」
外の景色を見たまま、夜ノ森さんの姿勢は変わらなかった。しかし、僕はたしかに聞いたのだ。静かに、呟くように……彼女が口を開いたのを。
「……だったら、なおさら残念ね」
僕にも夜景を見させたかったというだけの話か、あるいは。一緒の班になっただけで思い上がるのもよくないなと思ったけれど、それでも……僕は夜ノ森さんの言葉を嬉しく感じた。
ホームルームが始まるまで、夜ノ森さんはずっとノートを見続けていた。