それは今から四十年以上前。
海は今よりも荒れていた。
四皇という枠組みもなく、七武海もなく、均衡という言葉すら存在しない時代。
ただ一つ、頂点を目指す怪物たちがいた。
その中心に立っていた男。
ロックス・D・ジーベック。
「世界を獲る」
それが彼の口癖だった。
王になる、ではない。
奪う。
支配する。
天竜人も、海軍も、歴史も。
すべてを踏み潰して頂点に立つ。
それがロックスだった。
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若き日のネレウスは、その名を海底で聞いた。
当時、彼はまだ“海王”ではない。
海を読む者。
海を操る素質を持つ男に過ぎなかった。
だが、海は知っていた。
嵐の中心が近づいていることを。
ロックス海賊団。
それは一つの“国”だった。
船には怪物しかいない。
若き日の
エドワード・ニューゲート。
若き日の
シャーロット・リンリン。
若き日の
カイドウ。
そして後に伝説となる面々。
だが彼らは仲間ではない。
互いに牙を向け合う怪物の群れ。
それを束ねていたのがジーベック。
覇気だけで空気を裂く男。
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初めての邂逅は、新世界のある島だった。
島は既に半壊していた。
ロックスが来たからだ。
ネレウスは海を通して感じた。
「この男は均衡を壊す」
彼は海面を割り、姿を現す。
ロックスは笑った。
「海が人になるとは面白ェ」
その視線は王のそれではない。
略奪者。
だが、知性を持つ怪物。
「お前も俺の船に乗れ」
唐突な勧誘。
ネレウスは答えない。
海がざわめく。
ロックスは続ける。
「俺は世界をひっくり返す」
「天竜人も神も関係ねェ」
「力こそが全てだ」
ネレウスは静かに返す。
「力だけでは海は治まらない」
その言葉に、ロックスは初めて目を細めた。
「ならお前は何を求める」
「均衡」
その瞬間、覇王色がぶつかった。
島の空が裂けた。
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ロックス海賊団は強かった。
だが“まとまり”はない。
白ひげは力を求めた。
リンリンは支配を求めた。
カイドウは死に場所を求めた。
それぞれが異なる野望を抱いていた。
だがジーベックだけは違う。
彼は“歴史”を狙っていた。
「空白の百年を暴く」
「神の正体を引きずり出す」
それは革命家に近い思想。
だが方法は暴力。
徹底的な破壊。
ネレウスは知っていた。
もしこの男が勝てば、世界は崩壊する。
支配の連鎖が続くだけだ。
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そして来る。
ゴッドバレー事件。
天竜人の宴。
ロックスはそこを襲撃する。
目的は一つ。
“神殺し”。
だがそこに立ちはだかったのは、
若き日の
モンキー・D・ガープ。
そして
ゴール・D・ロジャー。
皮肉にも、海賊と海兵が手を組んだ。
ネレウスもまた、海からその戦いを見ていた。
世界を左右する一戦。
ロックスの覇気が空を割る。
ロジャーが笑う。
「お前は急ぎすぎだ」
ガープの拳が山を砕く。
ジーベックは叫ぶ。
「世界は奪うものだ!」
ネレウスは海を隆起させ、戦場を分断する。
彼はどちらにも完全には与しない。
ただ、崩壊を防ぐ。
最終的に、ロックスは敗れた。
だが“消えた”。
死体はない。
証拠もない。
ただ歴史から抹消された。
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戦後。
ロジャーがネレウスに言う。
「お前は王にならねェのか?」
ネレウスは答える。
「王が増えれば争いも増える」
ロジャーは笑う。
「面倒くせェ男だ」
だがその目は、理解していた。
ロックスは“過激な正解”だった。
イムの支配を壊そうとした最初の男。
だが急ぎすぎた。
力でねじ伏せようとした。
だから潰された。
ネレウスは学ぶ。
壊すだけでは意味がない。
均衡を保ちつつ、時を待つ。
それが自分の役目だと。
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ロックスの最後の言葉。
ネレウスは忘れない。
「世界は一度壊れなきゃ変わらねェ」
その通りだった。
だが壊し方を誤れば、ただの地獄。
ネレウスは静かに海へ帰る。
怪物たちは散った。
白ひげは家族を作り、
リンリンは国を作り、
カイドウは軍を作る。
ロックスの思想は形を変えて生き続けた。
だがジーベック本人は、
歴史の闇へ沈んだ。
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現在。
ネレウスは空を見上げる。
イムは倒れた。
だがロックスの言葉は正しかったのか。
世界は壊れ、再構築された。
もしロックスが生きていたら――
黒ひげの中に、その影を見る。
Dの意志。
支配への野望。
だが決定的に違う。
黒ひげは“奪う”。
ロックスは“暴く”。
ネレウスは静かに呟く。
「ジーベック……お前は間違っていた」
「だが、無意味ではなかった」
世界を揺らした最初の覇王。
ロックス・D・ジーベック。
その時代があったからこそ、
今の均衡がある。
海は全てを覚えている。
勝者も敗者も。
怪物も王も。
そしてこれから生まれる者も。
波は続く。
意志も続く。
ロックスの時代は終わった。
だが覇王の海は、今も揺れている。