夕暮れの海軍本部。
一人、拳を握る男がいる。
モンキー・D・ガープ。
英雄と呼ばれた男。
だが今、その胸にあるのは勝利ではない。
迷いだ。
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## 友 ― 海賊王
若き日。
海を駆け回っていた頃。
宿敵がいた。
ゴール・D・ロジャー。
何度拳を交えたか分からない。
何度捕らえ損ねたか分からない。
だが不思議と、憎しみはなかった。
ロジャーは笑っていた。
「ガープ!! また追いついたな!」
ガープは怒鳴る。
「黙れ海賊!! 今度こそ捕まえる!!」
本気だった。
だが同時に、どこかで認めていた。
あの男は悪ではない。
少なくとも、単純な悪ではなかった。
ゴッドバレー。
共闘。
ロックスを止めたあの日。
命を預けた。
海兵と海賊が、背中を預けた。
それが“正義”なのかどうかは分からない。
だが世界を守ったのは事実だった。
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## 約束
処刑前夜。
ロジャーはガープを呼んだ。
「頼みがある」
赤子のことだった。
血を守れとは言わない。
「生きる場所をくれ」
ガープは怒鳴った。
「ふざけるな!!」
だが引き受けた。
なぜか。
正義だったからか。
友だったからか。
その両方だった。
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## 孫
やがて生まれた赤子。
ポートガス・D・エース。
そしてもう一人。
モンキー・D・ルフィ。
血は違う。
だが同じだ。
無鉄砲で、真っ直ぐで、馬鹿で。
そして、笑う。
ガープは思った。
海兵にする。
正義の側に立たせる。
そうすれば守れる。
海賊になど、させん。
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## 正義の形
だが正義は一つではなかった。
センゴクの正義。
赤犬の正義。
自分の正義。
そして孫たちの正義。
頂上戦争の日。
処刑台の下で拳を握った。
エースは泣いていなかった。
覚悟していた。
ルフィは叫んでいた。
守ると。
その瞬間、ガープの心は裂けた。
海兵として立つか。
祖父として動くか。
拳は震えた。
殴れたはずだ。
止められたはずだ。
だが動かなかった。
それが正義だったのか。
それとも逃げだったのか。
今でも分からない。
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## 生き延びた命
だが歴史は変わった。
王ネレウスの介入。
海のうねり。
エースは死ななかった。
その事実に、ガープは誰にも見せぬ場所で涙を流した。
「馬鹿者が……」
それしか言えなかった。
守れなかったかもしれない未来。
だが守られた命。
ロジャーとの約束。
ルージュへの責任。
そして自分の孫。
すべてが、まだ続いている。
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## 英雄ではない男
ガープは海を見る。
自分は英雄ではない。
正義を貫いたわけでもない。
友を捕らえ、
孫を止められず、
世界を変えられなかった。
だが一つだけ分かる。
正義とは、立場ではない。
選択だ。
あの日、ロジャーの子を引き受けた。
あの日、孫を殴れなかった。
あの日、涙を流した。
それもまた、自分の正義だった。
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## 未来へ
遠くの海で、ルフィが笑っている。
エースが炎を纏って立っている。
時代は動く。
四皇も、
世界政府も、
王も。
だが孫たちは前に進む。
ガープは拳を握る。
「好きにしろ、馬鹿共」
それが祖父の言葉。
それが不器用な愛。
そしてそれが、
海軍の英雄の、本当の姿だった。
――追憶、了。