これは――誰にも語られていない夜。
海軍の英雄と、海の王。
そして、ひとりの赤子の追憶。
嵐の夜だった。
港は閉ざされ、灯りは消え、世界政府の船が沖を巡回していた。
その裏で。
小さな倉庫に、二人の男が立っている。
ひとりは海軍中将、
モンキー・D・ガープ。
もうひとりは海を統べる王、ネレウス。
立場は敵。
思想も違う。
だが今、その腕の中にあるものは共通だった。
毛布に包まれた赤子。
――
ポートガス・D・エース。
かすかに泣く声が、嵐の音に溶ける。
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## 沈黙
ガープが低く言う。
「貴様が来るとはな」
ネレウスは答える。
「妹の子だ」
その声は王ではない。
兄の声だった。
ガープは赤子を見下ろす。
「ロジャーの血だ」
「だが罪はない」
二人の視線が交わる。
覇気ではない。
覚悟だ。
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## 取引ではない選択
ネレウスが一歩近づく。
「俺が連れて行けば、この子は王の庇護下に入る」
「だが、それは戦を呼ぶ」
ガープは鼻で笑う。
「最初から戦だ」
「世界政府は血を消そうとしている」
嵐が強まる。
赤子が泣く。
ネレウスの拳が震える。
守りたい。
奪い返したい。
だが分かっている。
王が抱けば、“国家の子”になる。
それは生き延びても、自由ではない。
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## ガープの正義
「俺が預かる」
ガープの言葉は重い。
「海兵としてではない」
「祖父としてだ」
ネレウスが睨む。
「貴様は正義の男だ」
「命令が下ればどうする」
ガープは沈黙する。
やがて低く言う。
「その時は、俺が殴る」
誰を、とは言わない。
だが意味は明白だった。
上層部か。
世界か。
あるいは自分自身か。
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## 王の葛藤
ネレウスは赤子を抱き上げる。
小さな手が指を掴む。
その温もりに、ルージュの面影が重なる。
ポートガス・D・ルージュ。
守れなかった妹。
守りたい命。
だが王は知っている。
守ることと縛ることは違う。
「……ガープ」
「この子は選ばせろ」
「海兵でも、海賊でもない」
「自分で決める未来を」
ガープは頷く。
「そのつもりだ」
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## 約束
ネレウスは赤子をガープへ渡す。
その瞬間、嵐が一段と強まる。
まるで世界がこの決断を拒むかのように。
だが二人は動かない。
「もしこの子が泣いたら」
ネレウスの声は低い。
「俺が迎えに来る」
ガープは笑う。
「その時は全力で殴り合いだな」
短い沈黙。
そしてネレウスは背を向ける。
海へと消えていく。
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## 赤子の未来
倉庫に残ったガープは、赤子を見つめる。
「とんでもない血だな」
赤子は泣き止む。
まるで理解しているかのように。
「安心しろ」
「海兵にしてやる」
そう言いながら、どこかで分かっていた。
この目は、檻に入る目ではない。
嵐はやがて止む。
夜明けが来る。
その日、世界は何も知らない。
海軍の英雄と海の王が、同じ命を守るために並び立ったことを。
赤子は静かに眠る。
その胸に宿るのは、
海賊王の血。
王の誓い。
英雄の覚悟。
未来はまだ白紙だ。
だがその白紙を守るために、
二人の男はそれぞれの道を歩き出した。
正義と王権。
敵同士でありながら、
同じ夜を共有した者として。
――追憶、了。