雨の夜だった。
血の匂いが石畳に混じり、裏路地に倒れていた少年。
それが後のボンゴレ十代目――
沢田綱吉。
まだ王ではない。
まだ帝王でもない。
ただ、追われ、撃たれ、裏切られた少年。
世界政府の諜報網に目をつけられ、
裏社会の抗争に巻き込まれ、
瀕死で倒れていた。
「……生きてる」
その声は、静かだった。
赤い髪が、雨に濡れて揺れる。
腹に手を当てる女性。
身重の体でありながら、
倒れた少年の脈を確かめていた。
ポートガス・D・ルージュ。
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目を覚ました綱吉は、混乱した。
知らない天井。
薬草の匂い。
そして、膨らんだ腹を抱えた女性。
「動かないで。まだ縫ったばかりだから」
静かな声。
だがその目は、鋼より強かった。
「なんで……俺を?」
綱吉は警戒する。
裏社会では、善意は罠だ。
だがルージュは淡々と言う。
「目が、まだ死んでなかったから」
それだけだった。
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綱吉は知る。
彼女が抱える命を。
父は――
ゴール・D・ロジャー。
処刑された海賊王。
世界が最も恐れた男。
その血を引く子を、
彼女は命を削って守っている。
「どうして逃げない」
綱吉は問う。
裏社会の人間として、
逃亡と隠匿の術は知っている。
だがルージュは首を振る。
「逃げたら、この子は一生追われる」
その言葉は、重かった。
自分の命より、
生まれてくる命の未来を選ぶ。
それが母だった。
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本来、守るのは綱吉の役目だった。
彼は戦える。
撃てる。
炎も使える。
だがあの時、
守られていたのは彼の方だった。
夜な夜な、外で気配が動く。
追手が近づく。
だがルージュは怯えない。
「静かにして」
そう言うと、
彼女は灯りを消し、
綱吉を隠した。
「あなたは、まだ生きなきゃいけない」
その言葉は不思議だった。
自分より危険な立場なのに。
身重で、
追われる血を宿しているのに。
彼女は綱吉を優先した。
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ある夜、銃声が響いた。
窓が割れ、
敵が踏み込む。
綱吉は立ち上がる。
「下がって!」
炎が灯る。
未熟な、だが確かな覚悟の炎。
敵を撃退した後、
息を荒げながら彼は言った。
「今度は、俺が守る」
ルージュは微笑む。
「あなたは、王になる人よ」
「王?」
「守る人」
その言葉は、
綱吉の中に残り続けた。
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月日は流れ、
ルージュの体は限界へ近づく。
命を引き延ばし、
胎内に留める。
綱吉は焦る。
医者を呼び、
情報を隠し、
裏社会の力を使う。
だが彼女は言う。
「大丈夫」
強がりではない。
覚悟だった。
その背中を見て、
綱吉は知る。
王とは支配者ではない。
守る者だ。
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出産の日。
雨は止んでいた。
赤子の泣き声が響く。
炎のような命。
ポートガス・D・エース。
綱吉は震える手で、その命を見る。
ルージュは弱々しく笑った。
「守ってあげて」
「必ず」
その約束は、
命を賭けた契約だった。
やがて彼女の呼吸は静かになる。
だがその顔は、穏やかだった。
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綱吉は知っている。
自分が生き延びたのは、
あの夜、彼女に守られたからだと。
だから今、
裏世界の帝王となった彼は誓う。
あの赤子を、
自由に生かすと。
母が命を削って守った未来を、
今度は自分が守ると。
守られた少年は、
守る王になった。
そしてその原点には、
身重のまま、誰よりも強かった一人の母がいる。
ポートガス・D・ルージュ。
彼女こそ、
裏世界の帝王を生んだ“守護者”だった。